第56話 彼にとってはもう笑い話だった
こんにちは魂夢です。なんかウサギのぬいぐるみの生首が落ちてました……。こっわ
人がぎっしり詰まった教室に話し声は一切無かった。そこにあるのは先生の足音と生徒の息、そしてシャーペンを走らせる音だけだ。
定期試験の終了まであと五分。俺は時計を眺めながら静かに冬休みの楽しみに思いを馳せていた。
俺は努力が嫌いだ。だからテスト勉強だとか試験勉強なんてやったことは無い。けれど、テストで赤点を取ったこともまた無かった。
俺には才能は無い、それはわかりきっていることだ。五年以上前、俺は受験勉強に励んでいたが、いくら勉強しようとまったくと言って良いほどに模試の点数は取れなかったし、第一志望の学校にも合格できず、第二第三の学校すら無理で、ここは第四希望で選んだ滑り止めだった。
第三希望までは決めていたが、それもダメだった時は急いで第四希望を決めた。そんなことは、今となっては笑い話だ。
ふと、扶桑花を見た。ちなみにカンニングでは無い。
彼女は窓際の席で、問題に向き合っている。窓から差し込んだ太陽光は扶桑花だけをピンポイントに照らしていて、その照らされた横顔はすごく絵になった。
あの時第四希望をここにしなかったら、彼女に会えなかったと思うと、あの時の俺は珍しく良い判断をしたと言えるかも知れない。
まぁでも今となっては笑い話、ではあるのだが。
○
十二月の下旬、定期試験も全てが終わり、俺たちは数週間ぶりに部室へ集まっている。
さっき来たばかりでまだ暖房が効いておらず、肌寒いはずなのに不思議と俺はそこまで寒いとは思えなかった。
「テスト終わっだぁ……」
机にぐでぇっと溶けながら恋綺檄がそう言うと、扶桑花もうんうんと頷いた。
「今回のテストは難しかったからな。まぁ今回もノー勉で挑んだわけだが……。流石にちょっと不安だ……」
表情を曇らせる。不安になるなどノーベンジャーの仲間として軽蔑する! 負けるなノーベンブラウン!
「松葉はどうだ?」
「普通だよ普通、ノー勉だけど赤点は取らないくらいだ」
言うと扶桑花は眉をひそめて露骨に嫌そうな顔をした。
「ノー勉で赤点になりそうな私をバカにしてるのか?」
「してねーよっ! 自意識過剰か!」
恋綺檄が笑って、俺も扶桑花も笑う。この光景がなんだか懐かしく思えるのは、初めて入部したあの日からずいぶんと時間が経ったからだろうか。
入部してすぐのときも似たような会話をしたのを微かに覚えている。けれど前よりも今の方が俺はその会話に血が通っているような気がするのだ。
お互いを知らないからこそ、当たり障り無いことを言っていた前とは違って、今では心で会話をしているように感じる。
暖房が効いて暖かくなった部屋の中で、俺は一人そんなことを考えていた。
○
明日から冬休みだ。冬休みに入ってすぐにクリスマスがあって、その時に金城は柳に告白するらしかった。
告白と聞いて、皐月の顔が思い浮かぶ。初めて告白したときの彼女、初めてキスしたときの彼女、初めて……事を致したときの彼女。
それがチラついて俺は眉間を抑えた。未だにそんなことを思い出すのはちょっとな……。
けれど、俺にとって皐月は最初の彼女で今の所最後の彼女だ。恋愛で思い浮かぶのもしょうが無いと自分に言い聞かせた。
「クリスマスかぁ……」
同じことを考えていたのだろうか、扶桑花はそう漏らす。それを聞いて恋綺檄も明後日に迫ったクリスマス告白大作戦を思い出したのか、そうだったと呟いた。
「なんだか今から緊張してきた……っ!」
「別に告白するんじゃねぇ……だろ」
恋綺檄は大きな碧眼を俺に向けて、野生動物見たいな顔をする。そして俺は思い出す。昔恋綺檄に告白されたことがあったことを。
町が夕映えに包まれて視界を淡い紅色に染める。そんな幻想的な町景色の中、俺は彼女に出会った。
太陽の光を受ける彼女はこの世の物とは思えなかったことを覚えている。まぁ実際に恋綺檄は神様だったのだが。
あの時、俺は告白されたのか。あれから半年ほど時間が経ったが、未だに信じられない。
隣の恋綺檄に目をやる。彼女は碧眼を扶桑花に向け、その目を細めて笑っていた。青いロングヘアーを揺らして、笑っていた。
もしもう一度告白されたら、俺はなんと答えを出すのだろう。受けるのか、それとも受けないのか。
いや、考えるのはやめておこう。そんなことを考えても意味は無いはずだ。
俺は恋綺檄から目を逸らした。
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