第55話 もうこの本を開くことは二度と無いだろう
こんにちは魂夢です。暑いねww
努力は嫌いだと何度も何度も自分に言い聞かせてきた。努力は無駄だ、努力は不必要だ、努力は無価値だと。
俺はゆっくりと立ち上がって、棚を開けた。中にあるのはサッカーボール、バスケットボール、ギター、胴着、ドラムのスティック、他にも色々だ。
…………未だに捨てられていない、努力家松葉の遺品たち。こんな無駄なものは、もう捨てるべきだろうに。
まだ未練があるのか、それは俺にもわからない。死んだはずの過去の俺がまだ生きてるのかとも思ったが、そんなはずは無いと頭を振る。
そして俺は戸を閉めた。
○
数週間前、俺は扶桑花を探して校内を駆けずり回った。今思えばあの時からずっと、もう一人の松葉荻野が俺に語りかける。
『あの時の行動は努力では無かったのか』
その時は頭から振り払えた。まぁあの時は大倉と殴り合ったりもしてアドレナリンが出てたし、一瞬だけ忘れられただけに過ぎない。
あれから既に数週間が経過しているが、未だにあの時の問いは消えてはくれていなかった。
俺は努力をしない。そう誓ったはずだろ。お前の行動は矛盾だらけだ。息を切らして走り回り、痛い思いをして大倉を凌いで。
これを努力と呼ばずしてなんと呼ぶのか。そう耳元で松葉荻野が言い続けるのだ。
……たしかにあの時の行動は努力と呼べてしまうと自分でも思う。
かのアドルフ・ヒトラーは言った。天才の一瞬の閃きは凡人の一生に勝る、と。
それと同じように、天才の軽い努力は凡人の一生を賭けた努力に勝ってしまう。オマケに俺は凡人以下で、なんの才能も無い。
凡人以下の努力は無意味で、その無意味さは他人に迷惑をかける性質を持つ。だから凡人以下の俺の努力は害悪そのものだ。
結論として俺は努力しないということに行き着いた。それも数年前に。
それなのに何故また同じ方程式を作って同じ解を出したのか。
きっと、そうしないと自分を納得させることができないからだろう。努力はしてはいけないことなはずだ。
もし俺が努力をしようものならば、悲劇が起きる。なぜなら俺の努力は害悪で、人を不幸にするからだ。
これを念頭に置いてもう一度、扶桑花を探したときの行動は努力だったか否かを考えてみる。
俺があれが努力ではないと言うためには、他に道が無いか、誰かに命じられていたか、義務だったか、みたいな理由があればいい。
……あの時、俺は他に道はあっただろうか。わざわざ扶桑花を探さなければならない理由が。
……いや、無い。俺の目的はぼっち部を守ることだ。恋綺檄が過去に言った『誰も助けてくれないって』と言う言葉を信じるのであれば、助けてくれる者は俺か恋綺檄だけだ。
恋綺檄が行けば、扶桑花の二の舞になるだけ。なら、必然的にあの行動は半ば俺の義務だったと言える。
なぜか、それは俺は彼女らになんとかなると言ってしまったからだ。
「ふぅ……」
あの行動は俺の嫌う努力では無いと証明できて、俺はホッと一息ついた。
あの時の行いは俺がしなければならない最低限の努力だ。もし自らの望みを叶えるために、自分のために努力をするならば俺はその行動を恥じるが、今回は違う。
俺は長い考察を終えて、小説を開く。主人公が自分の行動理念を仲間に説明している場面だった。
『居場所を守りたいと願う。だからその願いを叶えるために努力するだけだ』
この小説の主人公はそう言うのを視線でなぞって、俺は眉をひそめ、小説をパタンと閉じる。
そして俺はその本を本棚の一番目立たないところに置いて、立ち上がった。
勉強机の端に置いてあるペットボトルを開けて、お茶をがぶ飲みして、さっきのセリフを忘れろと頭に言い聞かせる。
そしてきっと、もうこの本を開くことは二度と無いだろうと、俺は直感で理解した。