第53話 忘れたふりをして彼は笑った
こんにちは魂夢です。足くじいてイテェ!
金城 梓はペンで机をトントンと叩きながら唇を尖らせていた。そして同様に、扶桑花と恋綺檄も頭を抱えている。
「柳くんの落とし方……ねぇ」
吐き出すように恋綺檄が呟くと、金城は大きなため息をつく。正直こうなってしまうのもわかる。てか俺も頭抱えてため息を吐きたいわ。
金城と恋綺檄の持っている柳のステータス並びにその他情報を整理すると、こうだ。
整った顔立ちに高身長でコミュ力の化け物で、オマケに心優しい……らしい。さらに成績は常にトップ、一度も二位を取ったことすらないんだと。しかも運動神経抜群で、サッカー部でもエース的活躍。
……付け加えると、何事にも努力って単語を持ち出してくるような、重度の努力中毒者でもある。
「隙がないんよねぇ」
金城の放った言葉は事実だった。柳は自分にストイックだ。まぁ、努力する自分が大好きなだけだとは思うが。
でも恋人に対しても努力を強要するのだとすれば、どれだけ努力しているか、というのは彼にとって一種の判断基準になっているかもしれない。
そうだとしたら、金城は彼が求めるくらいには努力をする必要があるのだが、彼女がどれくらい努力しているかはわからない。
「マッチャンなんか無い?」
「いやマッチャンて……」
なんか不名誉なあだ名を付けられたが、とりあえず少し考えてみるとしよう。
告白して、付き合う。これをゴールに設定して、そこに至るまでの過程や手口は考慮しないとするならば……。
「ジェットコースターで興奮状態に持ってって、降りてすぐそこにある人気の無いベンチの近くで告白する……ってのはどうだ?」
金城は一瞬眉をひそめ、汚いやり方じゃね? と言うような顔をするも、ワンチャンあるんじゃね? と表情を一変させた。
「アタシの乙女心はノーって言ってるけど……。まぁ、悪くないかも」
恋綺檄は金城からペンを取って、ノートに何かを書き込み始める。それをちょっと覗き込んでみれば、『アズサの告白大作戦♡』なるものが書かれていた。
俺は意識せずとも勝手に苦笑いを浮かべてしまう。いやすっごいネーミングセンスしてるわ、アメリカの売れないコメディ映画見たいになってるじゃねぇか。
とか考えてると、俺はさっきから一言も話さない"彼女"のことが気になって、声をかけてみる。
「おい、扶桑花?」
「ん? あぁ、すまない。少しボーッとしてしまって……」
言い終えるとほぼ同時に、扶桑花は微糖の缶コーヒーの縁に口を付けて、一気に飲み干した。
どうにも、彼女は何か思い詰めているような気がしてならない。けれど、俺が彼女の悩みを聞いてやって、何かできることをしてやるのが正しいのか、わからない。
何事にも手を出すことが正解だとは限らないのだから……。
窓から差し込む太陽の光は、俺だけを照らして、床に影を落としていた。
○
「それじゃっ!」
「うん、バイバイ!」
金城と恋綺檄の愉快なやりとりの後、見えなくなるまで見送っているのを、俺と扶桑花は微笑ましく見つめていた。
そして金城が見えなくなると、恋綺檄はこっちに振り返って、ギンギラギンとした笑顔を見せる。さりげないね!
「そーいえばこの前の遊園地デート、どうだったの?」
恋綺檄はその大きな碧眼をパチクリさせながら俺たち二人に訊いてくるが、俺と扶桑花は曖昧な笑みを浮かべるだけで何も口にしなかった。
なんだか、最後の観覧車を思い出してしまって、扶桑花の体温を思い出してしまって、気恥ずかしさを感じていたのだ。
流石に何も言わないのはまずいと思ったのか、扶桑花は突然笑顔になって口を開く。
「そういえば、松葉が酔ってな。ベンチで数十分近く休んでたんだ」
その話を聞いて、恋綺檄はケラケラと笑った。そして扶桑花も、俺も笑った。
頭の片隅にある観覧車の出来事を、忘れたふりをして、俺は笑ったのだった。