第52話 なぜ彼にきっちり話を付けなかった
こんにちは魂夢です。最近暑いですねw
本を数冊買って当分は大丈夫と思っていたらすぐに読み切ってしまう、これ何気にあるあるな気がする。
家にある読んでない本のストックが切れてしまったから、俺は家の近くにある本屋に来ていた。
結構大きめの本屋だと思う、三階建てだし。俺は階段を上って三階まで足を運ぶ。三階の参考本とかの勉強コーナーの隣、それがラノベとかの大衆文芸が置いてあるコーナーだった。
タイトルを見て気になった本を一つ一つ裏返し、あらすじに目を通す。面白そうだったら手に持ち、そうでもなければそっと本を戻した。
何度かこれを繰り返していると、俺の隣、つまりは勉強コーナーに人が来たので、俺はチラとその人を見た。
カチッと音が鳴って、隣の人間とバッチリ目が合う。その人とは、クラスの人気者で久しぶりのご登場、柳 津々慈様である。
「やぁ」
柔らかな笑みを選び俺にそう声をかける柳。やっべぇ……超面倒くさい。
陰キャにとって会話とはあまり好き好んでするものじゃないのだ。このまま無視してくれればいいのに、わざわざあいさつされちゃったら返さなきゃじゃん……。
「……おう」
「松葉さんは本読むんだね」
名前を覚えられているのは驚きである。てかこいつ会話を広げて来やがったぞ……。さっさと切り上げて帰ろうかな……。
「まぁ、多少は」
「僕は勉強したくてね。学校の宿題はもう終わっちゃったし、大学に備えて今のうちからでも勉強した方が良いと思って」
言って、柳は少しだけ笑う。その声は爽やかで柔らか、人の警戒を解くような声だった。
人間とは多かれ少なかれ必ずパーソナルスペースを持っている。初めて会った人間や、関係の浅い人間はそのパーソナルスペースに入ることが出来ないのだ。
だが、一定数。陽キャ特有のパッシブスキルを発動させ、人のパーソナルスペースにスルスルと入り込んでくる人間がいるのだ。それは柳のような人のことなのだろうと思う。
てか唐突な自分語りやめろ。どうでもいいんだよお前が良い大学行きたいとかそんなのは。
「あぁ、そ、そうなんだ」
「やっぱり、最大限努力したいんだ。自分の限界を知りたい」
その言葉が俺の耳に入り込むと、本を本棚に戻そうとする俺の動きがピタリと止まる。
……努力したい、彼は今そう言った。彼はまだ、努力がいかに不必要なのかを知らないのだろう。愚かだと言いたい。
柳のような人間は努力と才能を履き違えてることが多い、結果は努力のおかげなんかじゃない、それは才能だ。先天的に持って生まれた才能を引き出したにすぎない。
それを努力のおかげだと思い込むのは、愚かだ。
「やっぱり僕は、何事も努力して、最善の結果を求めたいな」
声音は暖かく、その柔らかさは雲のようですらある。でも、彼の言葉は俺を苛つかせる。
俺の心に浮かんでくるのは少しの怒りと嫌悪、そして、疑問。
彼が努力を盲信し、何事も努力を欠かさず努力を惜しまないと仮定しよう。
ならなぜ……大倉にきっちり話を付けなかった。
彼が大倉との関係破綻を恐れたが故に苦汁を飲まされたのはこの俺だ。
結局、すべて彼のご都合なのだ。彼が好きなのは努力ではない、努力をする自分だ。
もし彼が本当に努力を惜しまないなら、大倉に田中のイジメを止めるべきだった。今となっては、すべてもう手遅れだが。
「……そうかよ」
「ああ」
ボソッと返して、俺は彼に背を向ける。もう同じ場所にもいたくないし、同じ空気も吸いたくない。
それにこの会話は無駄だ。松葉 荻野と柳 津々慈の価値観は真逆、ならば、わかりあうなんて不可能だ。
いくら努力が尊いかを説かれようと、俺は経験に基づき努力を否定する。
加えて俺が彼に事情を説明して彼が俺の過去をわかった気になるのも気に食わない。
事実は知り得ても、俺がどんな思いだったかなんて経験しない限りわからない。それを知った気になって、そして上から物を言われる。そんなのは正直ごめんだ。
俺は柳に背を向ける。参考本を見つめていた彼が、今どんな表情をしているかは、俺は知らない。