第51話 街の光が彼女の頬を優しく照らす
こんにちは魂夢です。書くことがぁ!
あの日から、正真正銘、本当の本当に大倉のイジメは消えて無くなった。
強すぎる松葉荻野に恐れをなしたとかなら良いのだが……。まぁたぶん違うだろう。
正直あの大倉がイジメをやめる訳がない。田中、俺、扶桑花と来て、パッタリとやめるなんてありえるのだろうか。
だとしても俺ができるのは大倉をバレないように見張ることしかできない。疑いだけでは罰することはできないしな。
「おーい!」
聞き覚えのある声が聞こえて、俺はスマホをポケットにしまう。
水色の髪と、凶悪で凶暴な胸を揺らしながら走ってくるのは同じぼっち部員である恋綺檄 美嘉だ。
てかあの胸痛くないのかな。男でも痛そうに見えるぞ……。
彼女は俺の前まで来るなり、膝に手をついて肩で息をした。
「ふぅ……待った?」
「八分な」
「そんな! そこは待ってないって言うとこでしょ!?」
「待ち合わせ時間からは八分遅れてるんだから噓はダメだろ」
乙女心とはよくわからないものだ。どう考えても八分待ったことを正直に言った方が良いだろう。
むしろ「俺も今来たとこ♡」って言ったら俺までもが遅刻してることになるし、それはそれで問題だろうが。
てゆうか、こんなこと考えてる奴が乙女心なんて理解できるわけ無いわな。
「まぁ、今日はお前のためのデートだし、そーゆーことにしとく」
「そーゆーことって、まぁいいけど」
明らかに不満そうな顔をして、恋綺檄はスマホを取り出して、地図を開く。目的地に設定したのは虹レンガ倉庫だ。
「よーっし! しゅっぱーつ!」
言って、恋綺檄は進行方向をビシッと指さした。ジョジョっぽく言うならビシィィィィィンンンッ!! である。
「そっちじゃなくてこっちな」
虹レンガ倉庫へは恋綺檄の指した方向の反対方向の道に行かなければならないのだが……。まさかこいつ、方向音痴なのか!?
○
先日、俺はぼっち部やめる騒動の件で恋綺檄に謝りに行き、その時に何か一つ願い事を聞き入れると約束した。
そして彼女が提示したお願い事とは、デート、だったのだ。
虹レンガ倉庫で遊びながら食べ歩きデート、と言うのが、恋綺檄のデートプランらしい。
だが結局彼女は虹レンガ倉庫に着くなり、あれがおいしそう! だの、これ良い匂い! だの言って、デートというよりは暴飲暴食のお手伝いに近い。
恋綺檄は一口サイズになった肉まんを口に放り込み、ゴックンして指をウェットティッシュで拭った。
「よしっ! 次はあれ行こう!」
「いや……もう腹一杯だ」
言うなり、恋綺檄は口をぽかーんと開けて噓ヤーンと言わんばかりの表情を浮かべる。
逆に恋綺檄がなんでそんなに食えるのかが知りたい。太るぞ、と言いたいが、今回はデートだし、俺は口を閉じた。
「えー、じゃあ……」
言いながら恋綺檄は辺りを見回す。ついでに俺も見回しておく。
「あそこ! あそこ行こ!」
恋綺檄の視線の先にあるのはゲーセンだ。一応言っておくがゲイ専ではない。
○
「ふざけるのも大概にsayよ!!」
生まれて初めて台パンをした。いや噓、台パンのふりをしただけだ。店のゲーム壊すほど俺は男気があるわけでは無いしな。
てかなんだあの待ちガイル……。こっちはザンギエフだぞ!? しゃがんでソニックブーム打ち続けて、近づかれたらサマソで凌ぐとか鬼畜か!
画面には黒背景に赤文字でコンティニュー? の文字。流石にこのまま金を入れるのは馬鹿らしくて、俺は立ち上がる。
恋綺檄は音ゲーをやりに行ったはずだ。しかし……、デートで別行動とかガチのリア充が見たら殴られそうだな……。
とか考えながら音ゲーコーナーに行ってみれば、恋綺檄はチュウニズムと呼ばれる音ゲーをしている。のだが……。
なんというか、こう、恋綺檄は荒ぶっていた。正確には単純にゲームをやっているだけなのだが、手を上に上げたり下げたりして慌ただしいその様は、完全にバグった時のNPCの動きだ。
チュウニズムはタッチパネルの横にセンサーが付いていて、ゲーム中にさながらエミネムのように「プチョヘンザッ!」って指示があり、彼女はただ指示に従ってるだけなのだが……。まぁ……ね。
小動物のようなかわいさを孕みつつ、驚いたタコのようでもあるその様は少し笑える。いやめっちゃおもろい、動画撮ってネットにあげたいくらい。
とか思っていると、恋綺檄はゲームを終わらせて、そばまでやってきた。
「次っ! なにしよっか?」
上目遣いでそう尋ねる恋綺檄に、俺は苦笑した。もう体力無いっす……。
○
十二月にもなると、日が落ちるのも随分早い。時刻は十八時を回った頃だが、闇に包まれた空に浮かび上がる月は、灯籠のようにも見える。
「綺麗だね」
海を挟んだ先に見えるのは、街の光。ビルや車のライトが、海面と彼女の頬を優しく照らす。
俺は彼女の言葉に頷いて、夜景を眺めた。お互いに何も話さなくとも、不思議と居心地悪さは感じない。
それは、俺と彼女の関係性が初めて会ったときから変化しているからだと、俺は思った。