第44話 あまりにも想定外の事態が彼の中で発生する
こんにちは魂夢です。夜ならこんばんわなのかな?(今更)
金城の言う遊園地デートは来週の日曜の予定だ。そして、今週の日曜は件の意見交換会とやらである。
いやまじ行きたくねぇ。そもそも土日祝日の休日まで外に出たくないのだ。家でゲームして映画見てクソして寝たい。
とは言っても部活をすっぽかすこともできず、ダーダー文句を言いつつも、俺たちぼっち部員と小原先生は高岡高校、もといタカタカの会議室にいた。
「……なぁ、こんなに早く来る必要あったか?」
隣にいる扶桑花に訊いてみる。彼女は首傾げて頭の上にはてなマークを浮かべた。
「普通だろう? それに他の部活との約束なんだから遅刻したらダメだしな」
さも当然のような振る舞いではあるのだが、流石に三十分前に到着は早過ぎる。五分、十分とは訳が違う。
三十分もあったらアニメが見られるぞ。しかもフルで。俺の時間を返せ。
こんな感じにぶち切れて緑色の筋肉マッチョになって叫びながら暴れて、新聞で「リアルハルク現る!」とかの見出しで報道されても俺は一向に構わない。だが、それは大人の対応では無いから自重する。
しかし、やっぱり三十分もあるとスマホだけでは時間を潰しきれない。俺のスマホにはゲームとか入ってないし、ギガ少ないから動画も見たくないし。
チラリ、扶桑花とは反対側の横にいる恋綺檄を見てみれば、彼女は本を読んでいる。しかも小説だ。
「何読んでんの? なろう小説?」
「ん? 違うよ。『罪と罰』っていう小説」
『罪と罰』とはドストエフスキーによる長編小説だ。主人公のラスコーリニコフが……。流石にここで話しきれるほど簡単に説明できる内容じゃないな。やめよう。
代わりに俺の友達が調理実習でカレーライスを作ろうとして、どういうわけかハヤシライスを作ったって話しましょうか? やめときますか。
「お前『罪と罰』って結構難しい話じゃないか?」
「そーだけど、別にそんなにだよ」
と言って恋綺檄は白く細い指でぺらりとページをめくる。
こいつ……、結構小説に精通してたりするのか……? やっべ友達になりたい。
「『罪と罰』なぁ……。オレも若い頃読んだよ」
一人で目を瞑り深々と頷く小原先生。なんなの? 疲れた大人になったらこんなのになっちゃうの? ならもう俺一生トイザらスキッズとして暮らしたい……。
「若い頃はあんなに美人だった奥さんも、今では鬼嫁。二人の子供に休日を潰される日々……」
やだこの大人死んだ目をしている!! これだから結婚はしたくないんだ……。
嫁の尻に敷かれるなんてごめんだ。それなら二次元の方がマシ、いや二次元の方が良い、いや二次元しか認めない!!!
「な、なにをしているんだ。私をのけ者にしないでくれ」
ずいっと扶桑花が体を前に出して言う。
そして俺たちの話のせいで読む気がなくなったのか、それとも区切りの良い所まで読んだのかはわからないが、恋綺檄がパタンと本を閉じる。
「おう、今二次元嫁の話をしてたところだ」
「ニジゲンヨメ? 野菜か?」
「そんな話はしてないぞ松葉」
小原先生が言って、俺たちはそれぞれクスクスと笑う。別にそこまで面白くはなかったが、そういう雰囲気だったからだ。
「そういえばさ、麗良ちゃんは去年もぼっち部の部員だったんでしょ? どんな人が来るの?」
言われてうーむと考える仕草をして、あっと口を開く。
「この前の海の家にいた結城って人がいたろ。あの人はぼっち部の部長だ」
扶桑花がそう言うと、恋綺檄はえー!? っと声を出し、俺はへぇっと気怠げに言い、小原先生はフッと笑った。
大丈夫か結城先輩で。あのホワホワして抜けた感じの人が部長だと結構色々と大変そうである。
天然とかそーゆう感じの人は人を引っ張るのは往々にして苦手だしな。あくまで個人の見解です。
「あ、そろそろだぞ」
扶桑花が言って姿勢を正す。それを見て俺と恋綺檄も姿勢をすっと正した。
ガラガラとドアが空いて、結城先輩とその他数名の部員がゾロゾロ出てくる。
「ど、どうしたの松葉くん」
恋綺檄が俺にそう声をかけてくれるが、その声は俺には聞こえていない。
あまりにも想定外の事態が俺の中で発生していたからだ。
高岡高校のぼっち部員たち、その中に一人だけ、俺のよく知っている人間がいた。何度も会いたいと願った相手だ。
紺色の髪につり上がった瞳、紛れもなく、俺の元カノだった……。