第39話 きっとどんな言葉でも今の彼女には届かない
こんにちは魂夢です。ストックがぁ……切れるぅ……。
全力で彼女たちにぶつかる? そんなことが俺にできると、先生は本気で思っているのだろうか。
扶桑花を悪にしようとしていた最低な奴が、今になって「やっぱり許してくれ、仲直りしよう」と、スラスラと言えるわけが無いのだ。
関係というのは移りゆくものだ。変わってしまった俺たちの関係は、きっともう戻らない。
授業中の先生の話を右から左に聞き流しながら、俺はそんなことを考えていた。
○
俺は鶴城と弁当を食べながら、雑談をしていた。マーベルの好きなキャラクターについてや、鶴城がバイトで死にかけていることなど、その内容は様々だ。
その時、チャイムが鳴った。昼休みの終了を表すチャイムではない。放送を始める前のピンポンパンポーンというやつだ。
『今日、十月十日。放課後四時半から吹奏楽部による演奏会を開始します。皆さん是非見に来てください』
だいたいこんな内容だった。俺は演奏会の言葉を聞いた瞬間、何も考えられなくなって口ごもる。
「どうした? 大丈夫か?」
「……あぁいや。大丈夫だ」
言って、俺は卵焼きを口に入れる。やっぱりあの日から、味がしない。
「……演奏会、行ってみたらどうだ?」
「はぁ?」
俺が眉をひそめると、彼はおどけてみせた。
「良いだろう? 楽しいと思うぜ」
「楽しいって……お前なぁ」
俺が弁当に視線を落とすと、鶴城も俺に続いて米を口に放り込んだ。
○
突然思い立って放課後、俺は他クラスにやってきていた。
「田中呼んでくれる?」
……同じ学年ではあるが、なんだかほとんど顔も知らないようなやつばっかりだから堂々と中に入っていくなんて無理だ。
俺の陰キャ属性強くないですか……。
「松葉さん、どうしたんですか?」
よかった傷はほぼ完治しているようだ。安心安心。
てくてくと俺の方までやってきて、田中は首をかしげて言った。
まぁどうしたと言われても別にそんな大きなことではないんだが──。
「大倉とは、あの後どうなった?」
少し小声で、あまり周りには聞こえないよう配慮しつつ、彼に訊いてみる。
「……大丈夫です。あれ以来一切会ってません」
少し俯き気味に、彼は言った。表情は覗えないが、きっと暗い顔をしているように思う。
「松葉さん……。前々から思ってたんですが、なんでそこまでしてボクを気にしてくれるんですか?」
それは、俺はそれだけ言って言葉に詰まった。本当は田中なんてどうでも良くて、部内の関係を保つためだけだなんて言え────。
考えていて、気付いた。いや気付いてしまった。彼女らとの関係を絶って、もう俺が大倉からイジメを受ける必要は無い。
…………それでも、俺は。
「……田中を、守りたいと思ったからだ」
噓六割、本音四割。割合としてはこのくらいだ。
最初はどうでも良かった。けど、今は大倉から守りたいとは少し思う。
けれど、それは今さら俺の自分勝手な理由で田中をまた危険にさらしたくないと思うからだ。
扶桑花を悪者にしようとした罪悪感から逃げるためだと思うからだ。
結局、俺は自分のことしか考えていないのか。
少しだけ、心が痛くなった。
「……あ、ありがとう。ございます」
「おう、とりあえず俺は行くから。じゃあな」
俺がそう言って背を向けると、彼は俺の背にさよならと投げかけてくれた。
○
チラリチラリ、俺は時計を気にしていた。時刻はそろそろ四時四十五分。扶桑花の演奏会に行こうかと、思い始めてきてしまっている。
自分から縁を切っておいてつくづく最低だと自分でも思う。何様のつもりだと思う。
だが、気がついたら俺は演奏会の会場までやってきてしまっていた。
握っていた拳に力が入る。爪が手のひらにめり込むのがわかった。
その時、俺の耳に入り込んでくる音があった。その音は聞き覚えのある音だ。
何度も何度も繰り返し練習していた扶桑花の奏でる音だ。そうに違いない。
そう思ったときには俺の体は動き出していた。
会場に入って、扶桑花から見えにくい位置まで移動して、俺は彼女を見た。
いつになく必死な表情で、それでも楽しそうに、彼女はトランペットを吹いていた。黒茶色の短髪を揺らし、体全体でリズムを取っている。
ライトに照らされた彼女は美しかった。過去、俺は彼女はどんな天才的な画家でも正確に描けないと思った。
そして今俺は、彼女を正確に表す文字はないと思った。どれだけ言葉を使おうと、言葉で表現しようとも
きっとどんな言葉でも今の彼女には、届かない。
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