第36話 だから彼は自分の罪を償う
こんにちは魂夢です。シリアスなシーンほど書きやすい物は無いと思いつつありますww
現実の厳しさをまだ知らない純粋無垢な少年少女たち。そんな彼ら彼女らために書かれたおとぎ話では、ハッピーエンドは必ず訪れる。
例えばシンデレラは最後には王子様と結ばれるし、白雪姫だって魔女からの魔の手をかいくぐって最終的にはシンデレラと同じように王子様と幸せに暮らした。
だがそのハッピーエンドに至るまでの過程にはハッピーのかけらもなく、あるのは辛く険しい現実だけだ。
ではなぜ、おとぎ話の彼ら彼女らは最後には必ずハッピーエンドにたどり着けるのか。
元からそういうお話として作られたからか?
──いいや、違う。
神様がそうやって定めているからか?
──それもまた、違う。
彼ら彼女らはハッピーエンドにたどり着くまで何があろうと諦めず、歩みを止めなかったからだ。
前述した例であれば、シンデレラは嫌がらせに耐えながらも夢を追いかけていたし、白雪姫は魔女から殺されかけ、そして王子様と幸せ手に入れた。
そう考えるのなら、止まらず、前に進み続けさえしていれば、いつかはきっとハッピーエンドに辿り着く。
──だから俺は己の求めるハッピーエンドに歩みを進めた。
けれど、俺の求めるハッピーエンドへの道はあまりにも過酷だった。進んでも進んでも、一向に前が見えなかった。
傷付き、人に迷惑をかけ、そして得たものは、なにもなかった。
────だから……俺は歩みを止めたんだ。
○
朝、刺すような音を鳴らす目覚まし時計を止め、ゆっくりとベットから起き上がる。この間まで何とも思わなかったのに、俺の部屋は薄暗く、汚れているように思えた。
「お兄おはよ」
妹の真莉がそう言う。それに俺は頷くことで返すと、一瞬俺に違和感を感じたような表情をするが、テーブルに食事を並べてそっと席に着くだけで、特になにも言及はしてこなかった。
これが、俺と真莉との距離感だ。自分に関係の無いことなら、人から無理に話を聞いたり、自ら話をしない人間に問い詰めたりしない。
話を聞いたことで拗れたり、問題が複雑化する可能性があるということを、俺たちは知っているから。
だから、自ら話すのを待つ。
箸を持って、真莉の作ってくれた卵焼きを口に運ぶ。きっと、旨いとは思う。けれど今は……。
なんの味も、しない。
○
始発駅なため、席に座っている。それでも電車は混雑していて、向こう側の窓からの景色は見えない。
いつもは何とも思わないはずなのに、今日はやけに窮屈だった。サウナに入ったときのように、息をするのですら体力を消耗している気分だ。
電車に揺られながら思い出すのは、扶桑花 麗良。今日、どんな顔をして会えばいいのか、わからない。
いつもみたいに笑って会うのか? いや、そんな卑怯なことはできない。そんな勇気もまた、無い。
きっと、いつものように過ごしていれば、お互いに違和感を残したままではあるだろうが、日常は遅かれ早かれいずれ戻ってくるだろう。
けれど、今の俺が時に頼るのは、なんだか卑怯な気がするのだ。彼女を知った気になっていた俺が悪いのに、彼女を嘘つきと思い込もうとして、人に罪をなすりつけようとして。
そんな俺が自分の罪を償わず、時が違和感を風化してくれるのをただ待つ。そんな姑息なやり方はしてはいけない。
だから俺は、きちんと自分の罪を償う。
○
学校について、鶴城とさえ話さず、誰とも話すことなく六限目を終えた。鶴城は俺と何年も共に時間を過ごしてきたからか、何を言うわけでもなくすべてを察していて、飯すら誘うことはなかった。
その気づかいはありがたくて、でも、苦しくて。自分の胸がギュッと締め付けられるようだった。涙が、出そうだった。
でも、ここで涙を流すことは許されない。泣くのは、すべてを終わらせてからでも、遅くはないのだから。
俺は帰りのホームルームが終わる前に、一枚の紙の空欄をすべて埋めた。そしてその紙を折りたたんでポケットにしまう。
その紙に記されている、退部届の文字が、俺の頭から離れなかった。