第31話 うっすらと彼の耳はメロディを捉える
こんにちは魂夢です。昨日は小説漬けの日だった……。
テクテクと俺は便所に向かう。もちろん一人だ。てか数人連れ添って無駄に大人数でトイレ来る奴なんなの? 女子だけじゃなくてバスケ部とか運動部も来るときあるじゃん。
あれか、何するにしてもみんなと一緒じゃなきゃやだってこと? あらやだ連れションとかまじ現代社会の闇ぃ~。
そんなことを考えながら小便器で用を足していると、ちょうど目の前になんらかのポスターが貼ってあるのが目に入った。吹奏楽部主催! 演奏会! だ、そうだ。
ズボンのチャックを挟まないように気を遣いながら閉める。ナニを、とは言わない。
演奏会ねぇ……、来る奴とかいんのかな。そう頭に浮かんだ問いを振り払って、俺は教室に戻る。
○
放課後、部室にて。俺は頬杖をつきながらパラパラと本を読んでいた。もう超パラパラしてる、まじパラパラ踊っちゃおうかなってくらい。……は?
「あっちあっち! あっちに敵! いやそっちじゃなくてあっち」
「……し、静かにしてくれないか。それかせめて方角で教えるようにしてくれ」
扶桑花はコントローラーをガチャガチャやりながら呆れるように言う。今、彼女はAPEXをやっているのだ。
それを見て横からギャーギャーと恋綺檄が言っている。正直擬音とか指示語ばっかで何言ってるかはさっぱりわからん。
ゲームからブンブンバンバンゴーオンジャーってな感じで銃声やら爆撃音やらが鳴っている。やだ世代ばれしちゃう!
でもおかげで、昨日ほど窮屈には感じなかった。彼女がゲームに没頭しているからってのも関係しているかも知れない。
『YOU ARE CHAMPION!』
野太い男の声でそう告げられると、扶桑花はふぅーと息を吐いてコントローラーを置いた。どうやら勝てたようだ。
その時、ガラガラと勢い良く部室の扉が開かれる。おいやめろよ、音にびっくりしてビクンってしちゃったじゃねぇか。
扉を開けたのはもちろんこの方、我が校を代表する問題教師! 小原 和博先生ー!
「よし! 諸君。部活動をするぞ」
先生は腰に手を当て胸を張り、ドヤって擬音がジョジョ風に見えるくらいドヤ顔をする。
そのポーズ表情に流石の我々も唖然とした。さっきまで賑やかだった部室に聞こえてくるのは、APEXの音楽と練習中の吹奏楽部のメロディだけだった。
○
なんの反応もされずシラーッとした目を向けられたのが流石に恥ずかしかったのか、先生は顔を伏せ気味に手頃な椅子にちょこんと座る。
扶桑花がため息をついてプレステの電源を落とすと、先生に訊く。
「なんのようです?」
「そのことなんだが……」
言いながら、先生はポケットの中をゴソゴソとやってから、一枚の紙を取り出した。いつもいつも紙持ってくんなって、口頭でいいって。
しかし、今まで先生が持ってきた紙を色々見てきたが、それはいつも見たことのないものがほとんどだった。だが今日は……違う。
「君たちに、部活動を持ってきた」
先生の持ってきた紙は、今日俺が便所で見た吹奏楽部主催の演奏会についてのポスターだった。そして先生は俺たちに目を向ける。
扶桑花が真面目な雰囲気を察して姿勢を正す。それを隣で見ていた恋綺檄はなぜか胸を張った。いやそれ姿勢正したことになんねぇからな? 胸が強調されてるだけだからな?
「君たちに、演奏会に出てもらう」
真剣な瞳で、先生は俺たちにピシャリと言い放つ。それを聞いて扶桑花の目に力が入ったのが見えた。
一瞬、俺の脳内に過去の風景がフラッシュバックする。けれど、過去の俺はもう既に今の俺とは似ても似つかない、そう考えて、俺はその考えを忘れてしまおうとした。
まだ残暑の厳しい日の部室で、俺の耳は練習中の吹奏楽部のメロディを、うっすらと捉えていた。
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