第26話 彼女の深紅の瞳はあまりにも美しい
こんにちは魂夢です。ワンッ!
俺はぼっち部の部室へと歩みを進めながら、一人で考える。
扶桑花や恋綺檄は田中を助けたいんだろう。そして、俺は助けたくない。
いや、損失を出さないなら助けたいとは俺も思うのだ。だがイジメはそんな簡単に止められる物じゃない。
こちらから大倉たちに接触すれば、多かれ少なかれ俺たちも被害を被る。
近づく物全てを傷付けるのがイジメという存在なのだ。
靴が床に触れて軽く音を鳴らす。その小さな音が、なぜかうるさく感じる。
もしも、扶桑花と恋綺檄どちらでもいい。どちらかが大倉に接触して、イジメの対象にされてしまえば……。
俺は部室の扉をゆっくり開ける。
田中の姿はもう無かった。部室には一人の美少女がいるだけ。
彼女は窓を見ていた。今は五時ごろで、外は夏頃だからかまだ空は青めで、運動部の連中のかけ声やらで騒々しい。
俺は椅子に座って、窓を見ている扶桑花に声を投げかける。
「お前はなんで田中を助けたいんだ?」
「…………私は田中君と小学校の頃の友達なんだ。だから、助けたいと思う。これはおかしいことなのか」
外の景色から身を逸らさず、彼女はそう言った。
小学校の頃の友達をイジメから助けたい……。まるで過去の愚かな自分を見てるようだと、そう純粋に思った。
「おかしくない。なんにもな」
俺は自分に語りかけるようにそう口にした。
「田中を助けるために、私に何ができるかはわからない。けど、私にできることはやるつもりだ」
強く芯のある声音。扶桑花は少し強気な女の子だ、大倉に直談判してもおかしくはない。
それだけは避けなくてはと、心の底から湧き出すように思った。
「お前にできることってのは?」
「大倉にやめるように言う」
少し前のめりに、彼女はそう言った。
やめさせなければ、それだけは絶対に。それだけは、それだけはダメだ。
そう思うと同時に、俺の中で、一つ声が聞こえる。
答えはもう知ってるだろ松葉 荻野。
お前の持つ答えをすれば全て上手くいく、柳たちの関係性を持続して田中を救い出し、なおかつぼっち部の関係性をも繋ぎとめるだろ、と。
「それはやめてくれ」
「なんでだ」
彼女の瞳がこちらを捉える。その深紅の瞳はあまりにも美しい。
思えば、俺が初めてこの部室に来たときも、彼女は同じ瞳で俺を見ていた。
あの日から、俺の生活は変わった。でも楽しかったんだ。
俺と恋綺檄と、そして扶桑花。俺たち三人の部活は俺の安らぎになっている。
それを守るためなら、俺は……、俺は…………。
その時、部室の扉が開く。
「……ダメだった。残ってる人は誰も助けてなんてくれないって」
部室に入りなり、しょんぼりといった様子で恋綺檄は告げる。
「そうか、なら私が──」
「いや俺が、なんとかする」
俺がその言葉を口にした瞬間、扶桑花と恋綺檄は予想外だと言わんばかりにこちらを向いた。
俺は言葉を続ける。
「俺が全部なんとかする。お前らはここにいるだけでいい。だから手を出すな」
俺が淡々とそう言うと、しばらくポカンとしていた恋綺檄が我を取り戻したのか俺に問いかける。
「なんとかなる?」
「あぁ」
「田中くんはいじめられなくなる?」
「あぁ」
「柳くんたちは大丈夫?」
「もちろん」
質疑応答に答えていると、扶桑花も一つ質問をしてくる。
「……なにをするつもりだ」
「イジメを止めるために俺ができることだ」
俺は部室置きっぱなしにしていた己の鞄を拾い上げる。
その鞄はたいした物は入っていないのに、酷く重いように感じた。
「すまん、今日はもう帰るわ」
言っても、扶桑花と恋綺檄は真剣な顔で俺見たまま、何も言葉を発さない。
俺は少し俯きつつ、部室のドアを開く。
「…………じゃあな」
言葉を探して、それでも何も出てこなくて、結局普通の別れを告げる言葉が出てくる。
俺はそのままドアを閉めて、下駄箱の方向へ歩みを進める。
あの時、もっと他に何か言うことはあったかも知れない。それでも俺は、今も何を言えば良かったかわからない。
それに、今となっては、もう、何もかも遅い。
夏の始まりを感じる暖かい気温のはずなのに、俺はなぜか、寒気を感じていた。