第18話 海の家バイト一日目の彼らは社畜する
こんにちは魂夢です。もーあいさつもないよぉ!剣ないよぉ!
夏休みと聞いて、何を連想するだろうか。
夏祭り、花火、スイカなどなど、夏休みは他の長期休暇よりも多少長いこともあって楽しみも多いだろう。
そして、我々男子が最も好きな夏休みの行事など決まっている。そう、あれのことだ。
「夏だ! 海だ! 女子の水着だ!」
雲一つ無い青空に向かって、そう叫んだ。俺の心の中のオーディエンスが湧いている。
水着姿の扶桑花と恋綺檄が引いているのが見えるが、そんなものこの際どうだっていい。
「松葉……、性犯罪者一歩手前だぞ……」
現れたのは担任の小原先生だ。先生はアロハシャツに茶色の短パンという出で立ちで、片手にビールを持っていた。
小原先生はビールぐいっと呷ると、扶桑花たちに目をやる。
「今日から三日間、この海の家で働いてもらう」
先生がそう言うと、件の海の家から一人の女性が現れた。
恐らくは俺たちと同じくらいの年齢だろう。彼女はぺこりとお辞儀をして、ニッコリ微笑んだ。
「どうも~、わたしはこの海の家で従業員をしています結城 ひなです~」
聞いて扶桑花もお辞儀をし、恋綺檄は手を振った。
結城さんは、いわゆるフワフワ系のお姉さんで、周囲にのほほんとした空気を纏っている。
「よろしくお願いします」
俺がそう言うと、結城さんは笑顔のままこっくりと頷いた。
○
なぜ水着は素晴らしいのか、神に問いたい。なんなら水着という物を作った人と三日三晩議論したい。
「荻野君~、三番テーブルにコーラ持っていって~」
俺はカウンターにコーラを受け取りに行ってから、三番テーブルにコーラ届ける。
さっきからこんな感じだ。客から注文を受けたり、料理を運んだり、普通に仕事。そこに青春のせの字もない。
もっとこう、外部での部活動ってキャッキャウフフとするもんじゃないの? 完全に社畜だぞ……。
一方の扶桑花や恋綺檄は、あっちはあっちで忙しそうだった。
恋綺檄はそもそも男受けする体つきだからか、やたらとナンパされている。その度に小原先生か店長が出てきて客に注意しているのだ。
さらに、扶桑花は全体的にほっそりとしたシルエットだからなのか、女子に絡まれている。
あれだ、ネットでたまに見る、男の好きな女と女の好きな女みたいなやつだ。
「小原先生も働いてくださいよ」
夕方頃になり少し手が空いたので、俺は小原先生にそう言った。
もう何杯目かわからないビールを一口飲むと、先生は口を開く。
「これはオレのためじゃなくてお前らのためにやってるんだから、オレはやらなくていいんだよ」
ぼっち部の目的はコミュニケーション能力の向上である。小原先生もコミュ力向上した方が良いと思うけど。
そんなことを考えていると、俺は結城さんに呼ばれてその場を離れた。
カウンターを行ったり来たりして、特にこれと言った会話は交わさない。なんなら部員の二人ともだ。
今思えばコミュ力向上はあの二人のためか? やたら人に絡まれてるしそうじゃね?
そうなると俺はもうバイトしてるだけじゃねーかよ。なんだよ嫌になっちゃうわ。
コミュ力より社畜力が上がってる気がする。悲しき能力よ……。
○
「それじゃあまた明日~、さよなら~」
結城さんがそう言うと俺たちも一斉にさよならと口にした。
俺たちは裏で着替えてから外に出る。日は下がってきていて、海風も相まって肌寒い。
「いやー、大変だったね」
恋綺檄が大きくのびをしながらそんなことを誰に言うわけでもなく呟いた。
扶桑花は疲労から頭痛がするのか、眉間を人差し指と親指で挟みながら口を開く。
「はぁ……。あの女子たちスタイル維持がどうこうとかしか聞かないんだ……。注文をしろ注文を」
相当イライラが募っているのだろう、彼女はそう愚痴った。
あ、でもでもと、恋綺檄が扶桑花に質問する。
「どうやったら麗良ちゃんみたいなスタイルになれるの?」
「今は聞かないでくれ……」
疲れているやつによくもまぁ客と同じことを訊けたな……。どこで買えるのその図太さ。
もうちょっと楽な仕事だとばかり思っていたのだが、どうやら現実は甘くないようである。