第17話 こうしてぼっち部の夏休みが始まる
こんにちは魂夢です。新しいあいさつその2、うぃーす、どうも魂夢でーす。
Eスポーツ部の大会が終わるって試験まであと少し、彼女らは今、勉強をしていた。明日からは試験一週間前で部活停止だし、何気に今学期最後の部活だ。
扶桑花が恋綺檄に勉強を教えている。まぁそもそも努力以来の扶桑花は教えてるだけで勉強をしているわけではないのだが。
「こ、恋綺檄? ここの英文、間違ってるぞぞ?」
扶桑化がそんなことを言うから少し気になって、俺も恋綺檄の文をチラリと見る。
〈問題〉次の英文を日本語訳しなさい。
意味がわかりません
(sore) do you (imi)?
ジャパニィィィィィズ!! アルティメットジャパニーズ、究極的日本語、いや逆に一周回って英語説もある?
てかこいつ神様じゃねぇの? なんで英語ダメなんだよ、おかしいよ友達にキリストとかいるんじゃないの?
あ、キリストは神じゃないんだっけ。よくわからん。
「そろそろ期末なのにそんなんで大丈夫か……?」
もうすぐ、期末試験だ。それが終われば念願の夏休み。
夏休みって本来なら魅力的な物なんだけど、今年はぼっち部があるからなぁ……。流石に家でゴロゴロしたい。
俺はわちゃわちゃやってる二人を見て、少しだけ笑った。
○
試験一週間前は皆いつにも増して慌ただしい。ある者は教室で談笑しながら勉強(笑)に励み、またある者は自習室で静かに自習していた。
だが、俺と扶桑花は何も変わってはいなかった。否、部活には行っていない。
今日も俺たちは真っ直ぐ帰路につくだろう。家に帰って勉強するわけでもなく、部活に入る前と同じようにだ。
「なぁ荻野。ボーっとしてっぞー?」
言って、鶴城は俺の目の前で指ぱっちんを二、三度繰り返した。
俺はハッとして扶桑花から目を逸らす。
「最近どうかしたか? もしかして扶桑花に惚れたとか」
鶴城はニカっといたずらっ子のような笑顔を見せる。
俺がうんざり気味に鶴城を見ていると、彼はつまらなそうに笑みを消した。
「俺は──」
「わーってるよ、わーってる。お前のことなんてお見通しだ」
言わなくたって、そう彼は付け加えた。まるでお前は不幸者だと言いたげな瞳で。
俺は決して不幸なんかじゃない。あの無駄な努力たちのお陰で俺は努力の無意味さを知れたのだから。
俺は止めていた手を動かし、弁当を頬張った。
○
俺にとっては、いや、俺と扶桑花にとっては試験一週間前の期間の居心地は悪くない。
部活だるいわーとか言ってる愚か者どもを見かけずに済むからな。とはいえ、部活仲間で勉強してるのを見かけることはあるが……。
この試験が終われば次は一学期最後の試験、そのあとは夏休み。
夏休みに部活は……、あるだろう。あの先生のことだ、きっと無理にでも部活動を俺に強いるだろう。
俺はいつものように下駄箱から靴を取り出して履く。
なんだか校門から出るのは気が引けて、俺は人気の無い裏門に足を運んだ。
「おい! 今日ゲーセン行くんだけど、金、貸してくれるよなぁ?」
俺の耳に怒声が飛び込んでくる。声の主は裏門付近の用具庫の中にいるようだ。
「そ、そんな、もうお金無いよぉ……」
「なら親の財布から盗んでこいよ!」
ガシャン! 音から察するにいじめっ子らしき人物が何かを蹴りつけたようだ。
それに合わせるようにして、いじめられっ子らしき人物は、ひぃと短く悲鳴をあげる。
イジメの現場を押さえることも今ならできただろう。
けれど、俺があのいじめられっ子を助けてやる義理は無い。
俺はその声に聞き覚えがあると思いつつも、その場を立ち去った。
○
期末試験なんて余裕のよっちゃんいか、焼き肉さん太郎、おまけにビッグカツ。知ってる? ビッグカツってカツっぽいのに原料は魚なんだぜ?
そんな戯れ言は置いておいて、期末試験は俺にとってボーナスステージだ。ちょいちょいと学校に行ってさっと試験受けて帰る。それだけ。
ノー勉だからとは言え、それなりの点数を取って赤点はしっかり回避するのが俺たちのやり方だ。
試験期間と呼ばれる三日間はすぐに過ぎ去り、また部活動が始まる。
最後の試験が終わり、俺はすぐに部室へと足を運んだ。
「久しぶりね」
先に部室にいた扶桑花が俺にそう声をかけた。恋綺檄の姿はまだ見えない。
「テスト、どうだった? ノー勉で大丈夫だったか?」
俺が席に着きながらそう言うと、扶桑花はフっと微笑を浮かべる。
「ふっ、私を誰だと思っている? 頭脳明晰、品行方正、容姿端麗の扶桑花 麗良だぞ。赤点なんて取るわけがない」
「事実だとは言えドヤ顔で言うなよ。あと頭脳明晰とか言っといて全部満点取れるとかじゃなくて赤点回避なんだな」
俺がそう言うと扶桑花は口に手を当てクスクスと笑い、俺もつられるようにして少しだけ笑った。
不思議と、心地良かった。俺はぼっち部を居場所として認識してきているのかもしれない。
俺と扶桑花と恋綺檄との三人で駄弁ったり、ゲームしたりするのは、思い返せば確かに心の底から楽しいと呼べていたような気がする。
「ごめん! 間に合った?」
走ってきたであろう恋綺檄が、息を切らし肩で呼吸しながら俺たちに訊いてきた。
「安心しろ、この部活に遅刻とかいう概念ねーから」
えへへと笑いながら恋綺檄は席に座る。
一つの机を三人で囲む。俺の対面に扶桑花、で俺の隣に恋綺檄、扶桑花の隣は空席だ。
ここが俺の定位置、そしてここが、俺の居場所。
俺はもうそう感じていた。
○
数時間後、ドアがガラリと開けられた。勢いよく開けられたドアからは小原先生が現れる。
「皆の衆! 部活動に励んでおるかね?」
皆がポカーンとしていて返事をしないから、俺が代わりに返事をする。
「いやまだやることが決まってないじゃないすか」
それもそうか! と小原先生は笑った。いや笑い事じゃない気がするけど……。
この部活入ってやったことと言えば雑談してEスポーツ部の特訓したくらい? 結構やってんな……。
「小原先生、なんのようですか」
少しだけ姿勢を正した扶桑花が、久しぶりに登場した小原先生に尋ねる。
小原先生はそれを聞いて、ここに来た理由を思い出したのか、そうだったそうだったと呟きながらポケットから一枚の紙を取り出した。
「……海の家、ですか」
紙には近くの海の家についてあれこれ書いていた。なんだこの紙キャピキャピしてて眩しいぞ。
小原先生はうむと頷く。
「この部活の目的はコミュニケーション能力の向上にある。だから夏休みの内の数日、ここで働いてもらうと思ってな」
えぇ……。めっちゃやだ。働きたくないニートしたい。金持ちと結婚して紐として一生誰かの金で生きていきたいまである。
てか大人になりたくない……。ほ、ほら! 俺トイザらスキッズだから!
小原先生の言葉を聞いて扶桑花は眉間を抑え、一つため息をついた。
「それ、バイト代は出るんですか」
「もちろん出るぞ」
言った瞬間扶桑花の目の色が変わった。
「行きます」
「麗良ちゃん行くの!?」
「もちろん、部活動だしな」
花のような笑顔を見せる扶桑花。いやあんた絶対金に目が眩んだでしょ、汚い高校生やでほんま。
恋綺檄がぐちぐちと言っているが、まぁ俺たちに決定権なんて無いんですけどね……。
働きたくねぇなぁ…………。