交通戦争
前回の続き。
戦後の「高度成長期」は、マイカーの普及ももたらした。
狭い道路にあふれるクルマ。
車道と歩道が区分されていない道路で、
人とクルマは共存できない。
交通事故の死者が年間1万人超の時代が続き、
「交通戦争」と言われた。
特に、都市部で交通量が多いところでは、人身事故が続発。
命はどうにかとりとめても、頸椎や脊椎に重大な損傷を受け、
日常生活が困難になる事例も増加した。
ある都市の、ある場所・・
人身事故の続発に歯止めがかからず、年間の死者は10人超。
それが10年近くも続いた。
クルマと歩行者を分離するために、「歩道橋」が作られたが、
足腰の弱い高齢者や障害者には利用が至難、もしくは不可能。
若い人たちでも、急ぐので道路を横断する風景がよく見られた。
夜間は特に危険で、黒い服装だと、クルマから見えにくい。
歩行者用の信号機と横断歩道が整備去れのは、近年になってから。
地元の運送業界では、「夜にあそこは通るな。迂回してかまわない」
ただし・・
タクシーは無理。
乗客から頼まれた場所へ行くのには「最短コース」が当然で、
遠回りするとトラブルの原因に。
(続く)