重なる願いと想い
自らの行動で愛する人を傷つけ、そして別れてしまった美麗。
傷心のまま、ナンパな上級生のお誘いに乗ってしまって暴行を受けてしまう。
そんな最中に聞こえた生物兵器の咆哮。
男は去り何とか純血は守れたが、逃げる中で生物兵器に見つかってしまったのだった…。
物凄い衝撃音が頭上で起こった。風圧と共に何か埃か粉らしきものが髪に降りかかる。それを感じて少女はうっすらと目を開いた。そこに黒いプロテクターを纏った足が見えた。そのまま少女の視線が上へ上がると、黒ずくめの人間が怪物の腕を両腕で防いでいた。
「えっ?!」
その人は美麗の目の前で自分を守ってくれていた。そのK・M・Eの隊員が先日の隊員であることがなんとなく分かった。
怪物は更に押し潰そうと力を込める。しかし隊員は受け止めた丸太のような腕を真下にいなしながら掴み、そのまま相手の喉元に足刀を蹴り入れた。まともに喉元へ蹴りが入る。それによって後方へよろめく怪物に対し、隊員が持った腕を曲がらぬ方向へと、関節を極めながら怪物の体にぶつかる。計算された関節技は、見事にその腕をへし折った。
凄まじいほどの咆哮。それと同じくらいの音量で折れた右腕を押さえる怪物。痛みで叫んでいるが、そのような暇は無かった。瞬く間に距離を縮めながら、隊員は腰のダガーナイフを取り出し、懐から怪物の喉元へ突き立てた。しかし流石の怪物はその隊員を掴もうとした。が、止めとばかりにナイフを更に斬り込ませる。これにより生物は動きを止め、音を立てながら後方へと倒れた。
怪物が倒されると同時に後方から声がした。美麗が振り向くと、大きいゴーグルを付けた口髭の男がインカムに連絡を取り合っている。その横に4名の隊員がおり、2人はライフル銃を装備していた。
「1体はドラゴン01が討ち取った。そちらはどうだ?」
そう言いながら横の隊員に合図を送ると、その隊員が来た道を戻って行った。
「よし、ホーク01はドラゴン02、03とで南側へ迎え。」
その声に、残っていた3人の隊員が南門のほうへと駆けて行った。残った指揮者が美麗の後ろ、怪物へ移動しようとした。その方向で何か隊員が作業をしている。美麗がそちらに向き直ろうとした時、指揮者がそれを制した。
「そのままでいなさい。今、そっちを見てはいけない。」
ゴーグル越しで見つめられたその視線から、顔を移動できなかった。耳を背後へ澄ましてみると、ガサゴソと音がしていた。多分、後始末をしているのだろう。あの怪物は多分人間の姿に戻っているはずだ。とすれば死体があるわけだ。その凄惨な現状を見せないためだと、恐怖を感じながら俯いた。
「それより、怪我は無いかい?」
優しげに尋ねられ、美麗は蒼ざめた表情を向けてそのまま頷いた。そのうちに、一人の隊員がやってきた。どうやら先ほど戻って行った隊員らしく、肩にライフル銃を装備していた。そしてその手に真っ白なシーツを持っており、美麗のそばに駆け寄ると、そのシーツを頭から掛けてくれた。そして、
「よくがんばったね。もう大丈夫だから。」
かわいらしい声が、ヘルメット越しに聞こえた。その隊員もそのまま後方へ向かう。代わって指揮者が近くまで歩み寄った。シーツに包まりながら、呆然と美麗がその指揮者に目を向ける。
(ほぅ、これは凄い美人だ。龍輝も隅には置けないという事か)
体中を埃にまみれながらも、その瞳の輝きに感心しつつ、ふと、ある人の顔が思い浮かんだ。
(似ている…?!)
その間に、奥で事後処理が終わったのを確認した。
「ホーク02、それはこちらで回収する。お前は南へ加勢に向かえ。」
背後で離れていく足音がした。遅れてもう一つの足音も聞こえた時、
「ドラゴンはそのまま待機だ。」
足音は止まった。そして指揮者は「全員30秒ほど連絡を遮断する」と言って、インカムのスイッチを切って美麗の横をすり抜けた。それに習って振り向く美麗。その瞳に助けてくれた隊員が映る。もうそこからは、その隊員から目を離せなかった。
「怪我はないか?」
見るとヘルメットに大きな亀裂が入っている。尋ねられた言葉に、そのヘルメットが縦に振られた。
「よし、ならばお前はこの少女を家まで送れ。」
隊員はうろたえる素振りを見せた。だが、それを指揮者が制した。
「先ほども前回同様の命令違反を犯している。これ以上違反を重ねるつもりか?」
直立する隊員。そして敬礼を行った。そして指揮者がインカムを入れる。
「現状報告。」
通信が行われる。どうやら危険は取り除かれた様子だった。
「よし、300秒後には撤収する。ドラゴン01は軽装備で単独任務を与える。以上だ。」
そう言ってから、指揮者が隊員の肩に手を置いた。
「時間は十分与える。さっき話していたこと、きちんと決着つけて来い。答えはどうなってもいい。命令違反を続けられては堪らんからな。」
少しして隊員は大きく頷く。そしてその腕に付いた防具などを外していく。その内に2名の隊員が向こうから現れると、一人は大きな袋を手にし、もう一人は外された防具を預かり、代わりにジャケットなどを手渡した。そして、壊れたヘルメットが外れ、変わりに大きめのサングラスを掛けた。その一瞬で、美麗の鼓動が大きく鳴った。
「よし、戻るぞ。」
指揮者の声に隊員たちは美麗の横を駆け抜けていった。その後を指揮者が続く。美麗の横を通り過ぎる時、その口元が微笑みを浮かべていた。
一団が去って、美麗は残された隊員と二人きりになった。時計塔の前で外灯がその姿を映し出す。サングラスに紺のジャケットを身に着けた男が立っている。長身でさらさらの黒髪。サングラスを掛けたその顔は非常に端整だ。どう見ても、見間違うはずがなかった。
「古牙君…。」
思わず呟く。呆然とした表情で眼前の男性に意識を集中する。もう会えないと思っていた。会ってくれないと諦めていた。もうその姿を見ることでさえ許されないと。それだけの事を、私はしてしまったのだから。
(もう、私のことなんて忘れていると思った)
なのに、今、そこにいる姿は紛れもないその人なのだ。会いたかった顔なのだ。本当は、あの生物に殺されて夢を見ているのかもと疑う。けど信じたい。この時間が永遠に続くことを願った。そんな中、目の前の男が歩み寄ってきた。そして声をかけてくる。
「怪我はないか?」
忘れられない声だ。思わず瞳が潤む。男は片膝をついて、少女を見つめた。
「こんなに埃にまみれてしまって…。美人が台無しだな。」
少し不慣れな微笑みが浮かんだ。そう、彼の笑顔はいつもだ。でも、それが彼だと確信できた。間違いない。古牙龍輝だ。愛しくて、会いたくて仕方ないほどに願ったことが叶った。美麗は顔を両手で覆って泣いた。嬉しさと安心感、そして先ほどまでの恐怖が入り混じって、もう思考が出来なくなっていた。
泣き崩れた少女に、龍輝は手を差し出す。しかし、以前に拒絶されたことを思い出し、一度止めてからその手を戻した。変わりに声をかけた。
「もう、泣かないでいい。大丈夫だ。俺が守るから。」
その瞬間、少女は龍輝の瞳を見つめる。何かを求め、決意を宿した瞳に、龍輝は釘付けとなり、その両手が自分に迫ったのが気付けなかった。その手に続き、抱きついてくる少女の顔に気付いた時には、その唇に少女の唇が重ねられた。
蕾が並ぶ桜並木の中、少女は初めてキスをした。勢いで、歯がかち合うが気にしない。その時をとても長く感じた。ただ、その人を感じたくて。傍にいるという実感が欲しくて。何より衝動が抑えられなかった。
実際は僅かの時間ながら、唇をそっと離すと、少女は少年の胸の中に顔を埋め、力いっぱいに抱きしめた。人の温もりに心が癒された。しかも愛する人の温もりだ。もう、感情を堰き止められなかった。表情は崩れ、今度は大声を上げて泣いた。想いは爆発し、幼子のように人目をはばからず泣いた。
白いシーツが剥がれ、その全身が露になった。全身を土や埃がまとわり付いている。伸びきったセーターの襟元から、下のシャツがはだけている。ズボンもずり下がっており、何かがあったことを物語っている。
その姿に龍輝は怒りを覚えた。熱いものがこみ上げ、少女の体を抱きしめた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。古牙君、ごめんなさい。」
何度も謝罪の言葉が出された。まるで見捨てられそうになった駄々っ子が、親に許しを請うように。
何を謝る必要があるのだろうか?
祐樹にでも何か聞いたのか?
それとも自分のせいで、俺が離れたと思ったのだろうか?
違う。
あの時は辛かったが、それは仕方がないこと。何より、この少女たちを守ることを優先しようとしたんだ。だから、学校も辞めようと思った。
そっとその頭を撫でながら、努めて優しく言った。
「何も謝らなくていい。君は何も悪くはないんだ。」
「だって、ヒック…だってあたしが、酷いことしたんだよ。」
涙でクシャクシャになった顔を見せる。
「何も酷くない。俺も早くに言っておけば良かった。心配かけてすまない。」
「そんな、そんなことないよ!」
再び声をあげて泣いた。それを優しく抱きしめた。
「もう泣かないでくれ。今こうして会ったんだ。何も心配するな。」
抱きしめると、なぜか心が落ち着く。その感覚を不思議に思うが、その心地良さに、今少しこのままでいようと感じた。
その時、サイレンの音が聞こえた。
瞬く間に警官が姿を現すと、その中に美麗の父『藤枝 警部』と相方『林 警部補』の姿があった。父親の目の前で可愛い娘が泣いていた。そして乱れた服装。抱きしめる男…。
拓馬の額に血管が浮かび上がり、一気に怒りが最大まで達した。
「貴様―ッ!ワシの美麗に何したー!!」
今にも駆け出しそうな相方を、林は警官を総動員して制した。
「離せーっ!」
「落ち着け、拓馬。」
「これが落ち着いていられるかぁー!美麗っ、そいつから離れろー!!」
その声に仕方ないと、龍輝は手を離した。しかし、娘はより強く抱きしめると、顔を向けもせずに反論した。
「やだっ!」
「何ぃ!いいから言うことを聞きなさい。」
「いやっ。そんな事言うお父さんなんかキライっ!」
瞬間、拓馬の動きは止まり、その顔に悲壮感が漂い始めた。
「美麗…、今なんて・・・。」
たちまち勢いが衰える姿に、警官たちは離れる。このままでは威厳に関わると判断した林は厳しい口調で告げた。
「藤枝警部っ、今は仕事を優先していただきたい。」
警官時代からの相棒に言われ、拓馬はグッと持ち直した。そして周囲の警官を引き連れると、南の現場へと移動して行く。別れ際、拓馬が言い捨てた。
「古牙龍輝!貴様っ、これ以上美麗を泣かせると許さんぞ!!」
拓馬たちが去って、二人の近くに林が寄ってきた。
「ご苦労だな、古牙君。今回もオウガが原因かい?」
「はい、複数がいましたが、現在はグリーンだと思われます。」
『グリーン』とは安全状態を意味する。石田隊長の友人たる林は、龍輝も知った人物である。そのため、若干の情報も共有していた。
「そうか。で、君はここでどうしたんだい?」
インテリ系の細い眼鏡を掛け直しながら尋ねる。その問いかけに、そっと美麗の頭を撫でながら答えた。
「家に送るのが、今の任務です。」
「フッ、石田らしいなぁ。じゃあ、今のうちに出たほうがいいだろう。これからここはマスコミとかが嗅ぎ付けるだろうからね。」
「分かりました。」
龍輝が美麗を立ちらせようと抱き上げる。しかし、美麗は立ち上がっても龍輝にしがみ付いていた。どうやら足が震えてしまっているようだった。
「…ちょっと我慢してくれ。」
龍輝はそう呟くと、お姫様のように美麗を抱き上げた。いわゆる『お姫様抱っこ』である。美麗は少し驚いていたが、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「何なら車で送るが?」
林の申し出を美麗は不機嫌そうに首を振って断った。まんざらでもないと、林は落ちていたシーツを美麗の体に掛けた。
「じゃ、古牙隊員。任務引き続きがんばってくれ。」
「了解。」
そうして踵を返したとき、美麗が彼の肩越しに林に告げた。
「林さん、お父さんにお仕事がんばってって、伝えてください。」
林は笑顔で頷いた。そして龍輝は歩いて行く。藤枝家の方へと進む龍輝を見て、林の周囲にいた警官らが呟いた。
「何か、警部には悪いけど、お似合いですね、あの二人。」
「フフッ、拓磨には聴かれるなよ。さて、仕事に取り掛かろう。これより現場検証を始める。」
途端、広場は慌しくなった。
通学路だった。何度か一緒に歩いた道を、今日は彼の腕に抱かれながら進んでいる。少女はまだ、涙が止まってなかった。でも、今は歓喜の涙であった。傍に好きな人がいてくれる。それがこんなに嬉しいことだとは、思っていなかった。一緒にいるのが楽しいと思ったことは何度もある。しかし、しばらく会えなかったことで、喜びに変わったことが、美麗をまた一つ成長させた。
「重くない?」
素直に尋ねる。だが、龍輝は全く苦にしておらず、サングラス越しだが、微笑んでくれる。気にするなと言う彼なりの否定の返答だ。さっきまであんなに戦った後だ、疲れてないわけがないのに、自分をしっかり抱き上げるその腕は、力強く、頼りがいがあった。
龍輝にしても、胸の中に少女がいることを意識していた。自分を惑わす存在だった。この数日は酷く精神状態が不安定だった。だが今はどうだ。こんなに晴れやかな気持ちは久しい気がする。
特に会話はないが、夜の静かな住宅地を二人は進んだ。時折人とすれ違い、お姫様抱っこするカップルを何とも言えない表情で見つめるが、二人は何も気に留めず、やがて目的地が見えた。二人が視線を向けた先、そこには遠くからでも分かる鋭いまなざしがあった。その様子に美麗はハッとした。
夜の9時近く、恭子は家の前で待っていた。先ほど、夫から連絡を受け、それからずっと待ち構えていた。やがて娘は男に抱かれながら帰ってきた。美麗はすぐに下ろしてもらうと、シーツに包まりながら母親の前に立つ。そして恐る恐る口を開いた。
「ただいま、お母さん。心配かけてごめんなさい。あのね…。」
「美麗っ!」
叫ぶように出された呼び声に、美麗は口を閉ざした。そしてその頬に恭子の掌が当てられた。軽い平手、でもその愛情が篭った平手は、甲高い音を立てた。
「お母さん…。」
頬を押さえ、悲しい目を向ける。その平手から、母親の気持ちが感じられたからだ。そして恭子は美麗を抱きしめた。力強く、とても優しく。
「バカッ、どうして心配かけるの?どれだけ心配したと思ってるの?」
いつも気丈な母が泣いていた。その声に娘もまた涙を溢れさせた。
「ごめんなさい。ごめんなさいお母さん。」
母の背中に手を回す。そこではじめて母が小さく感じられた。先週からずっと傍にいてくれた母。今日やっと退院したのに、また心配を掛けてしまった。
その気持ちに美麗はただ、謝るしかなかった。
「無事で良かった。本当に良かった。」
一層強くなる母親の抱擁に、美麗も強く抱きしめた。
ようやく落ち着いたとき、恭子は龍輝に顔を向けた。
「送ってくれてありがとう、龍輝君。久しぶりね。…時間があるなら話をしたいんだけど。」
龍輝は「はい」と一つ返事で答えた。どちらも厳しい口調だった。少し不安な美麗は龍輝を見た。が、気づいた龍輝はただ頷くだけだった。
母に助けてもらいながら玄関をくぐった美麗は、バスルームへと促される。
「龍輝君、悪いけどリビングで座ってて。美麗はこっちに来なさい。」
龍輝を通してから、美麗を連れて脱衣所に来た恭子は、じっと娘の姿を見つめた。白いシーツをはぐと、土にまみれた髪や顔、泣き腫らした瞳、そして頬には涙のあとがはっきりしていた。そして衣服。先ほど夫から事件に巻き込まれた連絡があった。そして泣きながら龍輝と一緒にいることも。だが、今の現状は夕方聞いた沙織たちの言動の方に関係すると思われた。
(男に乱暴を受けた)
伸びてしまったセーター、その下のシャツはボタンが外れ、中で着崩れしているのがわかる。ズボンもそうだ。きちんと履く娘がずれた状態で履いている。予想をするには容易な状況だ。だけど、それより気になったことがある。その瞳に光が宿っていることだ。1週間程前、そう、龍輝と会えなくなる前の瞳だ。
(やっぱり、この子は彼が大事なんだ)
じっと見つめられて、娘は不安そうに尋ねた。
「あのぉ、お母さん?」
「うん?あっ、何でもないわ。さ、汚いままでいないで、体を温めなさい。」
そう言ってリビングへと向かった。
リビングで、龍輝は窓から外を眺めていた。
「おまたせ。座ってね龍輝君。紅茶でいいかしら?」
「あ、いえ、お構いなく。」
「駄目よ。そういう時は素直に受けるものでしょ。」
「…はい、頂きます。」
「うん、よろしい。」
もうサングラスは外され、その素顔はいつもの少年だと感じ、恭子はようやく笑顔を見せた。そして龍輝に紅茶を出すと、そのまま電話機に手を出した。
「あ、沙織ちゃん?藤枝です。うん、今帰ってきたわ。心配かけてごめんね。これから詳しい話は聞くから。…うん、今はお風呂だから。心配はないと思うわ。うん、うん、ええ。また、明日学校に行かせるから、また仲良くしてあげてね。うん、絵里ちゃんたちにもよろしく伝えて。ありがとう。じゃ、お休みなさい。」
美麗の無事を伝えて、龍輝にそっと呟いた。
「貴方がいなくなってから、みんな色々と心配してくれてたのよ。やっぱり友達だからね。」
それを聞いて龍輝は視線を落とした。それを見て、恭子は慌てて取り繕う。
「あっと、貴方を攻めているわけじゃないわ。みんなのおかげで、美麗が生きてるって実感しただけよ…。それよりお茶を飲んでて。もう一回あの子を見てくるから。」
慌しく恭子は出て行った。
脱衣所へ訪れた。洗濯機の中にも、籠の中にも洗濯物は入っていなかった。あるのはシーツだけで、先ほどまで身に付けていた物は、全部セーターに包んでゴミ箱に捨てていた。恭子はすぐにそれを取り出し、ズボンと下着類をチェックした。幸い懸念していたことは見られなかった。一先ず胸を撫で下ろし、バスルームの近くに寄ってみる。シャワーの音に紛れ、すすり泣く声がした。
「美麗、ちょっといい?」
シャワー音が止まる。入り口が開くと、ぐしょぐしょに濡れた娘が抱きついてきた。母親は優しく抱きとめる。
「怖い目にあったのね。衣類が乱れてたからまさかと思ったけど…。だけど無事に帰ってきてくれてよかったわ。」
うっすらと涙が浮かんだ。そんな恭子に、泣き声のまま訴える美麗。
「ごめんなさい。わたし、みんなの言うこと聞かなかったから。誰もいないところで押し倒されて、体中触られて怖かったよぉ。」
「沙織ちゃんたちから聞いたわ。かなりのプレイボーイみたいね。しっかりしないと駄目よ。…念のために聞くけど、触られただけなの?」
「うん、服の上からお尻とか触られて、服の中に手を入れられて…、胸まで触られちゃったよぉ…ううぅ。」
どうやら最後までされなかったのは確かだ。しかし、触っただけとはいえ、暴行を受けたのだ。娘の心に傷が出来たと悟ると、話題を変えようとした。
「でも、ピンチに助けてくれたんでしょ?」
「うぅ、服を脱がされてる時、あの怪物の声がしたの。そしたらあの男は逃げ出したの。」
それを聞いて、恭子の脳内にあるブラックリストに名前が加えられようとした。夫に捕まえさせようか?いや、それは優しすぎるから龍輝君をけしかけて…。何にせよ、男として許しがたいと思ったが、今は娘の言葉に聞き入った。
「私も逃げたの。でも、足に力が入らなくて、…地面を這いずったの。でも、見つかって、誰もいなくて…。あの時本当は諦めたの。」
その言葉に恭子は胸が込み上げた。娘がいなくなる。そんなことを考えたくなかった。だが、それを知って悲しみを覚えた恭子は、知らずの内に抱きしめる力を強めた。そんな母心に、娘は泣くのを止めると、顔を向けてにっこり微笑んだ。
「でもね。助けてくれたんだよ。庇ってくれたの。危機一髪のところを。」
「そっか、良かった。流石貴方の騎士ね。それでどうなったの?」
微笑み返した。それに嬉々するが、やがて美麗の動きは止まり、一気に顔が紅潮した。
とても初々しく恥らう姿に、余裕の出来た恭子の追跡が始まる。
「あら?あれ~?可愛い反応ね美麗ちゃん。どうしたのかしら?」
知らずの内に、娘は口元を人差し指で触れた。それを察して、
「まさか、キスしてくれたの?」
一気に耳まで赤くなった。キスしたのは確実だ。しかし、その後で首を小さく左右に振った。それが意味するところは…。
「まさか…、あなたから…?」
更に顔を赤らめて両手で覆ってしまった。
「やるじゃない。」
「う~、何だか分からなくなって、気付いたらチューしちゃってたの。」
「うんうん。そんなこともあるわよ。」
「はしたない子だって思われてるかなぁ?」
指の隙間から覗いてくる。とても愛くるしい娘を抱きしめた。そしてついつい微笑んでしまう。
(そっか、きちんと自分で選んだんだ)
そう知って、恭子は娘をバスルームへと返した。
「心配要らないわ。それより風邪引かないように、温まってらっしゃい。お母さんは彼と話してるからゆっくり温もるのよ。そして、さっぱり綺麗になったら、きちんとお礼を言うんですよ。」
「うん、ありがとう。お母さん。」
中に入らせて、扉を閉めようとした時、心配そうな声が尋ねた。
「古牙君を怒ったりしない?」
「フフッ。そんなワケないでしょ。あたしはお父さんと違うわよ。」
「お待たせしてごめんなさいね。」
恭子が戻ってきた。そして龍輝の正面に座った。衣服が濡れているのを見て、何かあったのかと考えたが、その表情がいつもの明るいものになっていたため、それ以上の詮索はやめた。
「さて、龍輝君。」
姿勢を正し、真剣なその顔は、母親としての姿であった。
「今回の件、そして前回も含め、娘の命を救ってくれたこと、心より感謝しています。本当にありがとうございました。」
頭を下げられ、それをやめるように願った。
「頭を下げないで下さい。仕事として全うしたまでです。」
「でも、救ってくれたことは事実。親として、子供の無事は何よりの喜び。これを伝えねば、私は母親ではなくなります。」
そう伝えると、もう一度、感謝の言葉と共に低頭した。龍輝も一礼を持ってそれを受け入れた。
「そして、今回の件ではっきりしたことがあります。…これはお礼と申しますか、お願いと申しましょうか…、いずれにせよ、貴方に聞いていただきたいことがあります。」
その瞳に強い意志が感じられた。その迫力に龍輝も姿勢を正した。
「どういったことでしょうか?」
恭子は一度瞬きをすると、真剣な顔つきのまま言葉を発した。
「はい。美麗をもらってやって下さい。」
途端に目を丸くし、呆気に取られて口を半開した龍輝は、我が耳を疑い、言葉を失っていた。
その様子を見て、微笑む恭子。
「ふふふっ。驚かせてしまったかしら。でも本気よ。真剣にお願いしているわ。」
そう言って視線を下げると、テーブルのお茶を口にした。
「少し長い話になるけど、ちょうど10日前になるかしら?貴方が学校を休んだのが。
少しずつ変化があったわ。寂しそうな表情と一緒に、食事の量が減っていったわ。そしてあの事件で入院して2日目、貴方がテレビに出たのを見てから、もう正気じゃないくらい泣き叫んだわ。そして食事も摂らないまま寝たきりの入院生活。
「わたしは酷いことした」って何度聞かされたことか。ずっと貴方に謝りたかったと思うの。だって、夜に眠ってるときはごめんなさいばっかりだったもの。」
公園で再開した時、幼子のように訴えたのを思い出す。確かにあの姿は異常だと感じた。
「そして今朝、美麗が学校に行くって言ったわ。それが久々の言葉。そして笑顔を見せてくれた。私を心配させまいとした作り笑顔だった。無理して笑ってたの。親だから分かるのよ。その笑顔がね、痛々しかった。
…とりあえず昼から登校させたわ。そして放課後に出かけるって言って外出したら、入れ違いに沙織ちゃんたちが来てね、先輩からデートに誘われたって聞いたの。二人ともそれでケンカしたのに、美麗の事を心配して来てくれたのは嬉しかった。」
薄っすらと涙が見えた。
「二人も美麗がおかしいって分かってたみたい。笑いたくないのに無理して笑ってるようだって。学校で、貴方の名前を聞いた途端に笑顔が消えたらしいわ。」
それを聞くと、胸が痛む。
「ああ、ごめん。全く責めてるわけじゃないのよ。…まぁ、そんな状態だったの。そして公園での話。さっき確認したら、その男に暴行を受けかけたみたい。…でも、心配しないで。未遂だから。」
暴行と聞いて眉を動かした。でも、そうした反応を確かめたかったらしく、すぐに未遂であることを言ってきた。未遂でもあれだけ衣服が乱れていたのは未遂ではないと思うが、この人がそう言うならそうなのだろうと納得しておく。ただ、何だか試されているみたいであまり気分の良くない話だ。
「ちょっと意地悪みたいでごめんなさいね。さて、ここからは私の見解。
わずか数日の間に変わっていく娘を見て、私だって苦しかった。今朝なんか特にね。このままずっとあんな娘を見ていくのかと思ったら正直怖かった。
でもね、貴方と一緒に帰ってきた時、元に戻っていたのよ。もしも今朝みたいだったら、私はあの子を叱れなかった。さっき話したけど、女にとって暴行を受けるのは、未遂だとしても死にたくなるほど怖いもの。なのに、帰ったあの子はいつもの可愛い娘だったの。」
本当に喜んでいる。その瞳から涙が零れている。
「あの娘はね、やっぱり貴方が好きなのよ。大切な存在なの。この4月まで男の子の話題なんて聞いたこともなかった。なのに、それから毎日、この前まであなたのことを話さない日は無かった。」
再び真剣なまなざしが向けられた。
「勝手なのは百も承知。これは母親のわがままと思ってくれて構わない。それほど親として感じるの。あの娘は貴方がいないと駄目だって言うことが。だからあの娘の傍にいて欲しい。もしも駄目なら、きちんとあの娘に話してあげて欲しいの。」
確かに一方的で、勝手な申し出だ。だけどこの母が、それだけ娘を思っていることは理解できる。その気持ちは嬉しいと思う。俺を信頼してくれているのだから。でも、そのためにも自分のことを、まずはこの人に話すべきだと決意した。
「…どうして、俺がみんなと別れたのか、分かりますか?」
重みを感じさせるつもりだった。そういう話をすると促すつもりだった。
だが、恭子はあっさりした口調で返す。
「ええ。沙織ちゃんたちは美麗が取った行動を言ってたわ。でも、貴方はそれだけで離れていったりしないでしょう。本当はK・M・Eを選んだためね。」
流石だと感心した。それに頷くと、恭子が同じ口調で話し続けた。
「先日から話題の民間軍事企業。その中で、桐生院グループが持つ私的軍事部隊、それが桐生院軍事企業。それを英語にして頭文字を取ったのがK・M・E。でも、本当は違う名前。全国展開のために付けた名前でなく、今貴方が所属する部隊の前身の名前は『ガーディアンフォース』。本当ならK・G・Fかしら?」
思わず身構えた。そして驚きと警戒心を含め、恭子を見つめる。
詳しすぎた。K・M・Eの内容なら、雑誌の特集などで分かるだろう。だが、その前身ガーディアンフォースは部隊の人間しか知らない。K・M・Eでも上層の者しか知らないのだ。
「何故、貴女はその名前を知っているのですか?」
恭子はウインクしながら席に着くよう促した。
「そうね。それにはもう少し話が必要だわ。だったら情報交換しましょうか。テーマは自分の家族についてね。」
席に戻った龍輝を確かめて、恭子は淡々と語り始めた。
「さて、正直に話すわ。私の旧姓は『桐生院』。桐生院恭子が結婚前の名前よ。」
「桐生院…!まさか貴女は。」
「ええ、そうよ。桐生院グループ創設者であり、前総帥『桐生院誠三』は私の祖父よ。そしてK・M・Eの最高責任者、国防大臣『桐生院正孝』は私の父なの。」
驚くには十分な内容だ。俄かには信じがたかったが、先ほどの話をしたことを考えれば、納得が出来る。まさかこんな身近に関係者がいたとは。
「だとすれば…彼女は―!」
「ええ、美麗は紛れも無く桐生院の血を引いてるわ。桐生院誠三の曾孫よ。でも、それをあの子は知らないの。」
この事実を無視できなかった。自分の人生に大きく関わることが容易に考えられた。
「これから話すことは、美麗には絶対秘密にしてくれるかしら?」
龍輝は深く頷いた。それを確認して恭子は語り始める。
「私は桐生院家の次女に産まれたの。それからはお嬢様としてそれなりの生活をしてきたわ。もちろん、家族のみんなが好きだったし、祖父や父は誇りだった。そんな家族に憧れて、家の仕事を手伝うようになったの。そこで私は知ってしまったわ。桐生院家の罪をね。」
そこまで言って一度、ためらいを見せた。一度大きくため息を吐き、決意を込めた眼差しを向けて再開した。
「先の世界大戦で、この国が生体兵器を作っていたことは?」
「ええ。知っています。それに桐生院グループが携わっていたことも。」
「その通り、この国は世界一の軍隊を作ろうとした。そのため、桐生院では生物学に基づいた生体兵器の研究が進められた。その研究によって、動物たちに投薬を続け、挙句には人間にまで研究を行った。…、成果はわずかずつだけど、表れだした。それを良いことに、研究者はより強力な投薬、そして手術までも手がけた。その結果、生物兵器は完成間近だった。そこで終戦宣言を迎えたのよ。」
そこから先は知っている。一人の研究員がそれらの一部を持ち逃げし、挙句には地震でそれらを開放してしまった。直ちに回収を謀るが、回収できたのはほんの一部らしかった。その残った生物が、今、K・M・Eが相手しているモノたちだ。
「そのリポートを知ったとき、私は父や祖父にこれらを公表し、早急に対策を立てることを進言したわ。でも、企業としてはマイナスイメージになると、それらは却下された。祖父も家の名を汚す必要は無いって言ったわ。…しかし、万が一のことを考え、その対応策に私設部隊を結成していた。秘密裏に生物兵器の回収・処理を行うことを目的として。それがガーディアンフォース。それからしばらくは大した問題はなかった。
でも、数年して突如人々が襲われるという事件が勃発。生物たちは自然環境の中で変態し、怪物と呼べる存在になった。それからガーディアンフォースは、より巨大な組織となり、現在に至る訳よ。」
恭子は席を立ち、冷めた紅茶を引いた。そして、今度は煎茶を淹れてきた。
「だから、ガーディアンフォースは数十年くらい前に出来た物なの。私が生まれる前からの物で、生物兵器のことを調べるうちに知ったわ。私自身は経済界の方に進み、色々な人と知り合う中で、一族の罪を償う方法を探してた。
そんな中でね、私にも親友が出来たの。警察官で明るく、前向きな人。いつか警察のトップになって、世の中を平和にするんだって、口癖のように言ってたわ。あ、因みに女の人だからね。夫のことじゃないわよ。」
少しおどけて見せる。だが、次第にそれは沈んでいった。
「だけどね、運動能力の高かった彼女は、ガーディアンフォースからスカウトを受けたの。スカウト名簿に載っていたのを私が発見したわ。当然、私は彼女を止めた。命を落とす確率の高さ、何より、私の家のことに、彼女を巻き込みたくないって思った。だから、本当のことを彼女には話した。なのに…、彼女ったらこう言ったの。
「私が全て回収したら、貴女が楽になれる。それに、人々の命をたくさん助けられるよ。」って。笑顔で言ってくれた。」
言葉が途切れ、思わず目元を指ですくった。その様子に、よっぽど大切な友達だったのだと推測できる。
「ごめん。…それからは、連絡が取れなくなったわ。桐生院家でも、その情報は手に入らなかったから、彼女とはそれっきり。私も段々仕事に行き詰っていたし、何より、彼女のことが心配で家を嫌いになっていた。そんな時よ、夫と知り合ったのは。段々彼を好きになって、家を飛び出しちゃった。いわゆる駆け落ちしちゃったわけよ。」
微笑む恭子。だけど、その瞳は沈んでいる。
「まぁ、勝手に飛び出して、何度か連れ戻そうとしたみたいだけど、私の性格でしょ。言う事は聞かないし、終いにはガーディアンフォースを世間に公表するって脅しちゃった。」
この時はちょっと嬉しそうに話した。
「それから実家とは疎遠になって、実質勘当されたみたい。私ももう未練は無かった。だから美麗には桐生院のことは言ってないの。実家は火事が起きて、私だけが助かったって伝えてる。このことは、私たちと、義父と義母しか知らないこと。だから内緒にしておいてね。」
龍輝は頷いた。あまりの内容に、言葉を失う。話を信じないわけにいかなかった。その話し手が嘘を言ってるようには見えなかったからだ。一方で、ここまで語ってくれる恭子に対し、どう返答するかを迷った。
「そうして、美麗を産んでからちょっとして、一つの連絡を受けたわ。友達が死んだって。どこで、しかもどうしてかも分からない。ごく秘密裏に埋葬されてしまうと聞いたから、お参りもしてあげられない。それで家に対する憎しみが強くなった…。でも、私も結局その血族なのよね。だから今でも申し訳なく思ってる。」
哀愁漂わせ、その遠くを見る目は潤んでいた。よっぽど悔いているのだろう。テーブルに置かれた両手が、強く握りしめられていた。
「あっ、しんみりさせちゃったわね。ま、そういう訳で、多少なりあなたの所属する所のことは知ってるわ。その苛酷さも。だから、貴方には、貴方自身を癒してくれる存在が必要だと思う。」
更に祈る様に押し迫る。
「正直な気持ちを言えば、あの世界に、貴方はいるべきじゃないと思う。」
K・M・Eを辞めろということだ。かつての親友の様な事になってほしくないから、この人なりに心配をしてくれているのだろう。
しかし、それは出来ない。自分でそう決めたから。だから、それを話す決心をした。彼女自身が、正直に話してくれた以上、それに答えるのが礼儀だ。だから、一度自分に納得させ、大きく頷いてから話し始めた。
「話します。俺の家族…俺の過去を。」
その言葉に女性は耳を澄ませ、正視した。そして龍輝は視線を宙に浮かせた。
「4歳…いや、もう少し前かもしれない。それまでは両親と過ごしていたと思います。ごく一般家庭だったはずです。1人息子の俺をすごく可愛がってくれていた記憶があります。楽しかった記憶と、2人の顔も。…でも、突然あの日がやってきました。」
少し憂いを見せたことで、恭子は息をのんだ。
「あの日?」
「ええ…。両親が死んだんです。」
湯気が昇るほんのり朱を帯びた身体にバスタオルを巻き、美麗は急ぎ足で部屋に向かっていた。長い髪はタオルでターバンのようにまとめ、バスタオル以外は何も身につけていなかった。いつもなら、着替えを持って風呂に入るのだが、今回は緊急であり、ましてや着ていた衣類は全て廃棄した。唯一、籠に入れていた白いシーツは、母親が洗濯に回していた。こんな姿を母に見られたら、「何てはしたない」と叱られるだろうし、何より大好きな人が来ているんだ。彼にこの姿は見せられないと思った。
やがて、リビング横の階段に足をかけた時、その人の声が聞こえた。
「どこの施設にいたかは忘れましたが、そこに隊長が来ました。そしてこう言われました。「お父さんもお母さんも迎えに来れない」って。」
その話に美麗は足を止めた。そしてその話が龍輝の過去の話だと分かると、身体をそちらに向ける。途端、弾かれるように胸元のタオルが剥がれると、慌ててそれを押さえ直し、階段に座り込んだ。
「隊長に連れられた俺は、基地の医療室に行きました。するとそこにベッドがあって、それぞれに父と母が眠っていました。本当に眠っている様子で、起こそうと声をかけ続けたことを覚えています。周囲の人に止められるまで。」
美麗は口元を押さえる。そして、龍輝の両親がいない事を知った。
「その時初めて、2人が戦っていることを知りました。任務中に殺されたらしいです。それまで見たこともないタイプの生物で、部隊でも腕利きだった2人を瞬く間に殺したと聞いてます。…結局、未だにその生物は確認できていませんが、その時から俺は独りになりました。」
恭子は両手で口を覆った。ここにも一族の被害者がいる。そのことに何も言えなかった。ただただ申し訳ない気持ちになる。
「部隊員は極秘のため、俺は親類に会ったこともありません。ましてや2人の死は公表もされない。俺は自動的に孤児院へ入れられました。隊長が身元保証人となってくれましたが、まだ一兵卒だった隊長は忙しく、俺はそこで捨てられたと思いました。そして誰とも口は開かず、気に入らないと暴力で訴えました。荒んでいたんでしょう。そして周囲と馴染めないまま半年が過ぎ、ようやく会いに来てくれた隊長に戦わせてほしいと頼みました。
もちろん子供を戦わせる事は出来ないと、隊長は猛反対しました。結局隊長には許してもらえませんでした。でも、俺の素性を調べていた人がいたんです。両親の血を受け継ぎ、その身体能力が高いと判断されたんでしょう。その人に連れられて、ある施設に入りました。」
そこまで聞いて、恭子はハッとする。
「まさか、その場所って…!」
「ええ、特殊技術研究所です。」
恭子は心臓を掴まれた思いになった。そこが自分の最も嫌う場所であり、この一連を生み出した場所。生物兵器を作ったノウハウをもとに、日夜その対抗策を研究している場所。そして、その中に噂であったが、子供を戦闘員に養成する研究が行われていると聞いたこともある。だが、その時には家を去ったころだった。
「それから、その研究施設が廃止されるまでの8年間をそこで過ごしました。実際、死にかけたなんて何度もあったし、苦しいなんて言ってられなかった。そして十二歳のころから、今みたいに戦いに出されました。」
龍輝は喉を潤そうと煎茶を口にした。久々に思い出す過去は、やはり辛い物があると実感していた。
「そして施設が廃棄されて、俺は独り暮らしをすることになりました。それが中学2年のころです。その時に、隊長と再会しました。その時、凄く悲しそうな顔をされました。そして生まれて初めて学校に行かされました。」
「えっ?小学校は行かなかったの?」
「ええ、経歴には書けますが、架空の学校です。つまり、小学校には行ったことは無く、研究所内で学力を含めた様々な知識を得ました。」
子供ながらに遊ぶことも出来ず、ただ、訓練だけの完全管理体制の中を過ごしたらしい。通りで初対面の時、年相応の印象が無かった訳である。恭子は悲しそうな顔で頷き、話を続けさせた。
「1人暮らしを始め、仕事と学校の両生活をこなす。今だから思いますが、本当に機械みたいな生活でした。まるでロボットみたいで…。そして隊長が昇進した時から、よく家に呼んでくれました。奥さんも優しい方で、色々と接してくれたおかげで、感情が芽生えたと思います。」
「ふ~ん、その隊長さんのおかげね。今の貴方がいるのは。」
恭子の緊張が少し解けた。でも、龍輝は変わらない。
「それから間もなくして祐樹に会いました。任務中に出会ってから随分俺に付きまとって。そしてあいつが初めての友達になりました。強とも知り合い、あいつらには感謝しています。学校が楽しいと思えたのも、あいつらのおかげです。」
美麗は3人が肩を並べている風景を思い出す。そして頬笑みを浮かべた。
「でも、俺は部隊からは抜けられません。」
強い意志を秘めた言葉だった。美麗はハッとしてから、視線を落とした。そして、龍輝の前にいる恭子は、その言葉と力強い視線を浴びて、和みかけていた気持ちを引き締められた。
「それは…、規則?それとも身体が馴染んでしまっているから?」
龍輝は否定のために首を振った。
「部隊が嫌なら、デスクワークに移ればいいし、身体が馴染んでいるのは事実です。だけど、何より俺の気持ちがあります。」
「気持ち…?」
階段で美麗が小さく呟いた。一方で母親が厳しい口調で尋ねる。
「どのような意思を持ってるのかしら?」
「誓ったんです。両親の仇を討つって…。」
恭子の表情が険しくなった。
「それは貴方のご両親共、望んでないと思うわ。」
龍輝の口元がふと緩んだ。その反応に恭子の眉がつり上がる。
「ええ。そういう言葉を今日、隊長からも聞きました。両親が望むこと。親友だった隊長が聞いた話だと、それは俺の未来が明るく楽しい幸せな人生であってほしいと。」
恭子は緊張を解き、数回頷く。
「そうよ。その通りだわ。親なら子供の幸せを願って当然だもの。」
「はい、その気持ちは何となくですが理解できます。この間までなら否定してたでしょうが…。そしてそれまで悩んでいた俺の考えもはっきりしました。」
「どうなったのかしら。」
穏やかに尋ねられた。龍輝は珍しく躊躇うと、決意を持って話し始めた。
「隊長の話を聞いて、ようやく理解したのですが、この数日間、娘さんに拒絶されたとショックを受けていました。それまで人との関わりを軽視していた俺です。そんな俺に、穏やかで、温かい気持ちを与えてくれる。そんな存在がいることを気付かされました。」
恭子は驚く。そして階段でも、同じく驚く美麗が、頬を紅くし、両手でそれらを覆った。
「だけど、本当の俺を見せた時、そう、怯える彼女を見た時、住む世界が違うと思い、俺は身を引くことを決意しました。ちょうど、事件が多くなっていたから、学校にも行けないため、潮時だと感じていました。何もかもを幼い時の誓いに託そうと、そう決めた。なのに何かが引っ掛かった。それがあれ程、親の仇を一番に考えていたのに、少女と離れたことを最重要視している自分自身がいる。そんな自分が許せなかったし、一方で認めようとする自分がいました。」
少しの静寂。恭子は見守る思いで次の言葉を待った。
「ゆっくり考えたのね。」
「はい。二つの自分を選ぶのでなく、認めました。親の仇を願う自分と彼女を大事に思う自分を。その両面を見た時、共通点を探しました。それは、大事な存在を失うのは辛い。それを守るために戦おう。その果てに、仇がいるはずだと。ならば、戦い続ける。彼女が住む世界を守るため、たとえ途中で命が尽きようと、それまでは戦う事を選んだんです。それが彼女に対する思いであり、優しさをくれた恩返しだと思いました。」
そう言い終えた時、恭子はすぐに反論しようとした。だが、それは止められた。突如リビングにバスタオルだけの美麗が飛び込んできた。そして大声で反論する。
「違うっ!間違ってる。間違ってるよ、それっ!!一緒にいたいんだよ。傍にいたいんだよ。いてほしいの。私の知らない所で死ぬまで守ってくれても、そんなの全然嬉しくなんかないっ!」
泣き出しそうな切実な言葉。龍輝が背後を振り返った。
その時だった。
飛び出したことで弾んだ胸。美麗の胸は誰もが見てしまうほどボリュームがある。その衝撃によって、バスタオルがその戒めを解き放ったのだ。
視線を受ける中で、水分を含んだバスタオルが床に落ちる。同時に解放された胸は大きく弾み、揺れが納まる間静寂の時間が漂った。
そして我に返った龍輝は顔を元に戻した。その顔は見た事も無いほど赤く緊張している。同時に恭子の怒声があがる。
「何て格好しているのっ!早く服を着てきなさい!!」
美麗は怒鳴られたことで裸になった自分に気付き、慌てて両手で大事な部分を隠すと、悲鳴を上げながらバスタオルを拾い上げて、その場を去った。ドタドタと階段を上がる音がしてから、勢い良く扉が閉められた音が聞こえた。
「全く、盗み聞きしてるなんて。ごめんなさい龍輝君。」
「えっ?あ、いえ。」
赤面していた少年の姿。純情な少年だと恭子は微笑む。
「ところで、さっきの言葉だけど、ありがとう。美麗のことを本当に大事に思ってくれているのね。」
「…、はい。」
再び真剣な顔が答えた。
「なら、私もあの子の意見と同じよ。1人で死んでほしくないわ。」
「ですが、いつ死ぬか分からないし、俺の死を直面するよりも知らない方が。」
「それ。それが間違っているの。そこを貴方は分かってない。」
人差し指を立てて相手の言葉を途中で遮り、恭子は語った。
「私の夫は警察官。貴方ほどじゃなくても死とは背中合せよ。だからその覚悟はしているし、それを受け止める覚悟もしてる。これはあの娘にも、幼いころから伝えているし、あの子も覚悟している。だから万が一の事があっても直視するわ。悲しくてもね。だけど、何も知らないと、女ってずっと引きずってしまうの。さっき言ったけど、何も言われずいなくなって、あの娘がどれほど落ち込んだことか…。」
龍輝は奥歯を噛みしめた。
「女はね、愛する人のためならどれ程辛くても我慢できるの。あの娘、貴方の傍にいられるなら、どんな事にも耐えるわよ。」
恭子は問いかける視線を送った。それ以上の言葉は不要と思った。後は彼がどう答えるかだ。だから答えを待った。もちろん、龍輝はその意思を汲み、その答えをまとめ始める。
やがて、龍輝は観念したようにため息を付いた。そして―、
「流石は親子と言う事ですか。彼女の性格は母親譲りですね。」
それを聞いてにっこり笑う。
「そうよ。『そうと決めたら一生離さない』って言うのが私の覚悟。美麗はその性格をきっちり受け継いでるから。その辺は忘れないであげてね。」
肯定の頷きを受けて、恭子は席を立った。もうこれ以上は話す必要が無い。自分の伝えることは全て伝えた。結果は直接本人に言うべきであると。
恥ずかしくて降りてこられないであろう娘の様子を見に行こうとして、恭子はふと思い出したように言った。
「あっと、それからね。きちんとあの娘のことを受け止めてくれたなら、次から私の事、『恭子さん』て呼んじゃ駄目よ。」
初めて会った時から、祐樹と自分には名前以外で呼ぶことを禁止されていた。強はお姉さまと呼んでいるが…。それで、少し呆れながら尋ねる。
「…どのように呼べばいいんですか?」
待ってましたとばかりに、いつもの悪戯っぽい笑顔を見せる。
「ふふふっ。『お義母さん』よ。」
恭子はそう言い残して嬉しそうに部屋を出る。鼻歌を歌いながら―。
暫くして、美麗が現れた。俯き、手をお腹の前でもじもじと弄っているのが、先程の失態を気にしている証拠だろう。顔は紅く、恭子に押されながらやってきた少女は髪を首元でまとめ、ほのかに石鹸の香りを漂わせていた。白いワンピースが清楚で良く似合ってた。
「あの、さっきはごめんなさい。…見苦しい物まで見せてしまって。」
盗み聞きと裸を見せた事を言っているらしい。前者はともかく、後者は自分の方が辛いだろうにと思った。しかし、巧い言葉が見つからず、「気にしないでくれ」とだけ答えた。すると恭子がニヤッと笑い、娘の両肩に手を置いた。
「アラ~?あんなに貴重なものを見て、綺麗だとか言ってくれないの?」
聞いて更に紅潮する美麗が怒る。それを笑いながら母親が身を引いた。
「さて、後はきちんと二人で話ししなさい。お互いがきちんと話し合って、将来についても良く考えて。ただ、後悔だけはしないようにするのよ。」
そう言い残してから娘を軽く前へ押しやった。美麗が振り向いたときには、すでに姿は無く、若者二人がその場にいた。
「も~、お母さんたら。」
そう呟いてから正面を向き直した。席についてこちらを見つめる少年を意識して、顔を紅くして俯く。そんな美麗の態度に、龍輝は小首をかしげた。
(あ~ん、キスしたり、裸見せたりしたから顔が見られないよぉ)
もじもじしていると、龍輝の方が話しかけた。
「身体の方は何ともないのか?」
咄嗟に抱っこしてくれた事を思い出す。それもまた恥ずかしさを募らせるのだが、頑張って前を向き直した。
「うん。大丈夫だよ。もう平気だから。」
そうして龍輝の前に来ると、姿勢を正して一礼した。
「助けてくれてありがとう。…まだお礼を言ってなかったから。」
「礼なんか。仕事として当たり前だ。」
いつもの知ってる龍輝だと安心し、にっこり笑った。
「ううん。こうしてここにいられるのは、助けてくれたからだよ。本当にありがと。」
そして、さっきまで恭子の座っていた席に腰かけた。
「何だか久しぶりだね。こうしてお話しするのって。」
「ああ、そうだな。実際は10日くらいだな。」
「10日かぁ。私には凄く長い時間に感じちゃったな。」
それから僅かに沈黙。あの日からずっと会いたくて、逢いたくてずっと願っていた。そして今、叶ったのだ。ただ会うだけが難しいなんて。けれど会えた今、この人の事が本当に好きなんだって再確認した。でも、この願いの結末はどうなるのだろう?そう考えた時、怖くて何と言うべきか分からなくなった。
本音はずっと一緒にいたい。でも、彼の気持ちは戦い続けること。幼いころに誓ったことも共感できる。私だって、父が殺されたりしたら、その犯人を一生憎むだろう。さっきはあんなことを言ったけど、彼の思いや決意を邪魔したくは無かった。そして、私をどれだけ大切に思ってくれているかを知って、とても嬉しかった。
「何だか、話したい事いっぱいあったのに、言葉が上手く出せないよ。…正直、古牙君の事、知りたい一心で立ち聞きしちゃって、ごめんね。」
「ああ、別に構わない。そのつもりで話してたからな。」
「えっ?!」
「実はいるってわかってた。入口の向こうで気配を感じたから。まぁ、あんな格好だとは思わなかったが―!」
龍輝はしまったと思った。が、再び美麗が紅潮して俯く。
「すまない。辱めてしまって。」
「ううん。こっちこそはしたない格好で…。」
怒っては無かった。いつもの龍輝だ。紳士ながらに優しく、クールなようで実は人の事を気遣える人。だから素敵なんだ。だから、自分が彼に負担をかけてしまう。そう、彼の目標を応援したいが、自分の存在が妨げになる事が怖かった。彼は私を大事に思ってくれる。ならば私も、彼の決意を実行できるようにしよう。そう思って口を開いた。
「古牙君、今までありがとう。いっぱいいっぱい助けてくれて。でも、これから先私がいたら、また迷惑かけちゃうよね。…だったら、…だから…私は、…私―。」
段々声は小さくなり、口籠った。再び涙がこみ上げる。今年、ずっと好きだった。初めて会った時から私を助けてくれた。そしてそれからも、私のピンチには救ってくれた。そして、今日は私のために命をかけてくれた。それだけ思ってくれるのが嬉しいけど、それが負担になり、彼の命を奪うかもしれない。
それは嫌だ。足手まといになるなら別れを告げよう。そう思った。だけど、その言葉が出せない。悲しくて、哀しくて。本当は別れたくなんかない。だから泣いちゃうんだ。
今日は、ずっと涙を流してる。でも、これで終わりにしよう。泣くだけ泣いたら、ちゃんと言うんだ。だから今だけ、もう少しだけ傍にいてほしいと懇願した。
目の前で少女が泣いている。俯き、声を殺し、身体を強張らせ、両手は膝の上に強く握りしめられている。何かを言いかけて俯き、そのあと泣き出した。言いたいけど言えない。そんな感じだった。
あの話の流れから考えると、どうやら別れを言うらしい。そうか、仕方がないかと思うが、胸が痛む。
― 痛む?―
仕方ないと諦めるのに、どうして俺の胸が痛むんだろう?その覚悟はしているつもりなのに。そして、彼女はどうして泣いているのか?普通の少年なら…、特に強ならばこんな状況に詳しいだろう。だが自分はこういう状況は不得手だ。
何かが引っ掛かる。そして納得できない事がある。確認してみよう。さっき彼女が言った事を。
「いっぱい助けた」助けた覚えはある。「私がいたら、また迷惑をかける」また?迷惑?…違う。これは大きな誤りだ。
(俺はこの子のことで、迷惑だと思ったことはあったか?)
入学当日、初めて助けた時、この子は友達の大切なものを取り返そうと、男相手に必死に訴えた。中学時代に名の知れた悪童だったらしく、周りは誰も相手にしなかった。そして暴行を受けた。見る限りに筋が通らないために俺は庇った。
次に、彼女の知る近所の子供が公園でいじめらていた。複数の男の子相手に。ここでも彼女はすぐに助けに入った。しかし多勢相手にやられそうになった所を間に入って事無きを得た。
またある時は、刑事である父親を恨むチンピラにさらわれかけた時に助けた。
まだまだある。この一年間で彼女に危険が及ぶのを手助けした回数は多い。だが、どれも彼女自身が仕掛けたり、悪いことはしていない。彼女は人を助けようとするんだ。そんな性格であり、どんな相手だろうと、筋を通そうとする。しかもわが身を顧みずに行う。そんな姿を見て、放っておけなかった。だから自分で判断して手を出した。彼女が助けてほしいと言ってきたことは無い。言わば勝手に助けているのだ。初めのうちは面倒なことをすると思っていた。だが、それまで人と接することが少なかった自分にとって、それらが刺激となり、楽しくも思えたこともある。そして、最近では、美麗が泣く姿を見ると、自分の胸が掻き毟られるように痛む。
(そうか。これが人を想う気持ち・・・、愛情なのかも知れないな)
今日一日で、様々なことを知った気がする。隊長や恭子からの話、そして美麗の想いと自分の気持ち、何より、初めて知った両親の願い。
『愛すべき人と幸せな人生を過ごして欲しい』
この言葉に心が揺れる。自分にとって幸せとは?それは分からない。でも、人生での目標はある。それには努力をしているつもりだ。でも、かつて親友に言われたことがある。
『目標が達成されたら、龍輝はどうするの?』
何気ない言葉だが、これに対する返答は出来なかった。それは今も変わらない。それを達成した後…。このままずっとK・M・Eに居続けるかもしれない。それは別に良い。幼いころから誓い、思い描いた未来だ。ただ、そこに今までに無かった一つのビジョンが生まれている。
それは、自分の傍らに少女が笑っているのだ。そして想う。この少女を守りたい。大事にしたい。そう思うようになっている。
そうだ。今の自分には愛すべき人物がいるのだ。しかも目の前にいる。ならば別れるべきではない。それが許されるならば―。
その考えは行動へと導いた。立ち上がった龍輝は、俯く少女の傍に寄り添うと、そっと肩に手を置いた。それに反応して見上げる少女。涙で濡れ、その瞳から未だに涙が溢れていた。とても悲しい顔だ。その顔に優しく微笑みかけた。
「俺から先に話をさせてもらう。」
美麗はじっとその顔を見つめた。今まで彼を見てきた。だから彼のことをそれなりに知っているつもりだった。
だけど今、自分に向けられた表情は、今まで見たことがない。何とも心穏やかで、安心を与えてくれる、そんな笑顔なのだ。いつものちょっと不慣れな感じなどない、心地よい素敵な笑顔だ。その口元から、言葉が発せられた。いつになく優しい口調だ。
「この春から共に過ごして楽しかった。君のおかげで色々なことが体験できた。殺伐とした世界に生きた俺に、人の温かさを教えてくれて、君には感謝している。」
そう言って、指先を私の瞳に寄せると、優しく拭ってくれた。
「でも、もうこんな状態ではいけないんだ。」
ビクッとした。自分が言い出せないから、彼から言い渡される。そう想って目尻を下げた。
「前に、俺は誰も愛さないって言ったのを覚えてるか?」
覚えてる。忘れられるわけがない。
夏休み前の昼下がり。
学校の屋上。
初めての告白。
そして返された言葉。
あの時も悲しかった。そして視線を伏せながら頷く。そんな私に穏やかな言葉が降り注がれる。
「あの時、俺は愛さないじゃなく、愛せなかったんだ。そもそも人を好きになることさえ知らなかった。」
そして、彼の右手がそっと左頬に触れ、包むように添えられた。何度も私を掬ってくれて、一度は突き放してしまった大きな手。今ではこの手がとても頼もしく、そして優しい手だと思う。私は最後の思い出にと瞳を伏せて、その掌に顔を預けた。その掌の温もりを覚えておこうと。
「…、俺には目標があり、人々を守ると言う誓いがある。それを途中でやめる事は出来ない。」
その気持ちは理解できるために頷いた。
「だけど、それとは別の誓いを立てた。」
なんだろうと潤んだ瞳を向けた。そして気付く。彼のその瞳に強い意志が宿り、表情が真剣なものとなっていた。
「俺は、お前をずっと守りたい。そして許されるならば支えて欲しい。」
その瞬間、瞳を大きく開いた。口は開き、言われた言葉がすぐに理解できなかった。そして問い返そうとした次の瞬間、彼が自分に寄りかかり、抱きしめられた。力強く、けど優しく―。抱きしめられたと理解したとき、右側からはっきりした言葉が告げられた。
「美麗っ。愛してる!」
少しの間、時が止まったように感じた。やがて己の鼓動の高鳴りによって思考が再開する。
(これは夢?それとも幻?)
一瞬信じられなかった。だが、抱きしめられる温もり、高鳴る鼓動が現実であることを教えてくれた。
(間違いない)
気持ちが驚きからじわじわと喜びに変わり出す。そして再び涙が溢れると、ゆっくりと両手を彼の背に回し、力いっぱい相手の体を抱きしめ、はっきりと応えた。
「私も…、私も愛してます。だから、離れて生きたくなんかないっ!一緒に生きたいよ!!」
涙交じりの言葉。その返答に龍輝は返す。
「俺はいつ、どうなるか分からない。君に辛い思いをさせることも多いと思う。それでも俺の傍にいてくれるか?」
そう言って顔を離す龍輝。そしてじっと瞳を見つめられた。その問いかけに、間はいらない。直ちに涙顔をニッコリと…、自分で最高の笑顔を送った。
「はいっ!私はずっと貴方の傍にいます。」
左の泣き黒子が再び濡れた。今日最後の涙は喜びの涙となった。嬉しくて、彼をもっと感じたくて、自ら相手の胸元に顔を埋めた。夢でも幻でも、ましてや嘘でもない。自分の最も願ったことが実現した。
(絶対、もう絶対に離さないから)
その安心と、優しく抱いてくれる彼の鼓動が心地よくて、疲れ果てていた美麗は、やがて喜びに包まれながら眠ってしまった。
「んっ!?…眠ってしまったか。」
力の抜けたことに気付いた龍輝が気遣う。すると愛らしく寝息を立てる姿を見て、微笑みを浮かべた。そして優しく抱き上げる。
「おやすみ。そしてまた元気な笑顔を見せてくれ。」
龍輝はその寝顔を見つめ、そっと額にキスをした。そのまま窓を見上げる。
「これで良いんだよな。父さん、母さん。」
朝、まだ薄暗い時間に美麗は目を覚ました。ベッドの中、ぼや~っとした瞳が宙を漂う。いつもの見慣れた風景。少女はカーテンの隙間に差す朝日に目を向けると、ゆっくりと身体を起こした。気だるい。そして辺りを見回すと、再び目を閉じて呟いた。
「夢だったんだ・・・。」
嬉しい夢を見たことは覚えている。余りにリアルな内容だったため、わくわくして確認したが、いつものパジャマを着ている。夢ではお気に入りのワンピースだったから、その白い服を着ていたなら可能性もあるだろうけど、随分自分の都合良い内容なだけに、諦めの溜息を吐いた。でも、昨夜は実際どうなったのか思いだせない。確認は必要だが、母親に心配ばかりかけるのは嫌だ。だから、せめて先程の夢の話をしてから聞き出そうと、部屋を出た。
案の定、階下で母親の調理する音が聞こえる。キッチンに降りてきた美麗は明るく努めて声をかけた。
「おはよ、お母さん!あのね、私、すっごい夢見ちゃった。」
嬉しそうな顔に対し、母親は振り返ると、呆れた顔を送る。だが、そっちのけで美麗は勢いよく話し続けた。
「驚かないでよ。私、古牙君に告白されたんだよ。」
頬に手を添えてニマ~と微笑む。久々にみる緩みきった笑顔。母親は呆れ顔のまま、さらりと返す。
「何を言ってるのよ今さら。」
「えっ?」
不思議そうな美麗。話に乗ってくれると思ったのに、やたら醒めた態度が気になる。そんな娘にため息をつきながら、テーブルを指差した。
「どこまで覚えてるか知らないけど、昨夜の事、忘れてないわよね?」
テーブルに置かれた手紙。それを手にする美麗は目を通す。その間に母親は、皿へと目玉焼きを移し、それをテーブルに置いたところで声をかけた。
「二人で話してる間に、寝ちゃったんでしょ。全く…。」
「えっ…ええっ!まさか、ええ~っ!!」
手紙を読んでようやく悟った。そして、じわじわと昨日の事が思い出される。
「あ~、我が娘だけに、ほんっとに恥ずかしいわ。キスはするわ、裸は見せるわ。挙句には最高の告白シーンの最中なのに彼の胸の中で眠ってしまうなんて。龍輝君が嫌になってなければいいけど。」
母の呆れ顔など気にも留めず、ようやく大切なところが思い出された。
「そうだ…、夢じゃないんだ。私、本当に告白されたんだ。」
やっと思い出したかと思ったところで、恭子の悪戯心が疼いた。
「ええ、せっかく告白したのに、突然寝ちゃって、あんなにヨダレ垂らして、間の抜けた寝顔を見せたら、彼の気持ちも冷めちゃったわよ。」
「そ、そんなことしないもん!」
ムキになる娘を見て、母は笑い、その頭を宥めるように撫でた。そしてぎゅっと抱きしめる。そうされて驚く娘に安堵した声が聞こえた。
「はぁ~、良かった。やっといつもの美麗になった。」
数日間の気苦労が癒された思いだった。その言葉に娘はハッとした。
「お母さん。今まで心配させてごめんなさい。それとありがと。」
「フフッ、いいのよ。龍輝君にもいっぱい聞いてもらったし。それよりもう寝たりしたら駄目よ。せっかく送ってくれたのに。まぁ無理もないけどね。」
「うん…。龍輝君、何か言ってた?」
「貴女をベッドまで運んでくれて、着替えさせてくれたのよ。」
「うそっ!」
信じられないと言う娘の表情。
「嘘よ。あのワンピースは皺になるから、彼が帰ってから私が着換えさせたの。でも、帰る前に龍輝君がおやすみのキスしてたわね。」
「えっ!」
慌てて紅くなった顔を見せる美麗に、恭子は笑う。
「ホントに初心ね。それより大事なことあるでしょ。心配してくれたお友達に何も言わないの?」
「あっ、そうだ。用意してくる。」
慌しく用意を始める美麗。そこで、恭子は大事なことを思い出した。
「今日は帰りに迎えに行くから。」
「えっ!ああ、これに書いてある事だね。」
「そうよ。」
美麗が大事に持つ手紙。そこにはこう書かれていた。
『美麗へ
今日はこれで帰る。色んな事があったが、良い結果を迎えられたと思ってる。
これからよろしく。それで早速なんだが明日、恭子さんと2人で午後につきあって欲しい所があるんだ。急で申し訳ないが、是非お願いする。
じゃあ、また明日。今日はありがとう。
古牙 龍輝 』
早朝一番のバスが走る。それは真和学園へ向かうバスで、前から3列目の右側。沙織はいつもそこに腰掛けていた。いつもの朝、だけど少女は少し違っていた。普段にこやかな顔がその日は険しかった。理由は一つ、親友たる藤枝美麗のことである。昨晩、恭子から連絡を受けるまで気が気でなかった。絵里と街中を駆け回り、夕刻には公園で騒動があったために、そこからは自宅で待機していた。昨日別れた時は気まずい別れだった。それ以降会っていないことから、自然ともやもやした気持ちが顔に出てしまう。
会ったとき、昨日みたいに辛い表情だったらどうしようか。
それにあの先輩とのことも聞かなければならない。
何より古牙君のこともどうにか考えなければいけない。とここの所、悩み事ばかりだと感じた。
色々な不安が深いため息をつかせた。と同時に次の停留所に近づく。そう、美麗が乗ってくる場所だ。沙織は窓からその姿を探した。
「あれ?」
ガラス越しに見える親友の姿に違和感があった。バスが停車し、扉が開く。そこから最初に乗り込んだのは美麗だった。そして彼女はすぐにこちらへやってきた。その様子は、昨日の無理していた感じでないし、入院中の心配な美麗でもない。にこやかな笑顔の友人は、今までの知っている姿と少し違う。元々、美麗は『美人』だ。モデルやタレントになれる位である。でも今は更に洗練された感じだ。そう感じるのが自分だけでないのが分かる。普段バスに乗り合わせている常連の男性や、運転手も必ず美麗に視線を送って見惚れている。
やがて美麗がやってくると、申し訳なさそうに謝ってきた。
「お早よ、沙織。昨日はごめんね。」
そう言ってから隣に腰を下ろす。その様子に悲壮感など微塵も感じない。明るさいっぱいという雰囲気でもない。落ち着いた…そう、大人っぽい感じが、より彼女の美貌を際立たせている。挨拶を返すのも忘れて、沙織は尋ねた。
「何かあったの?」
「んっ?何かってどうかしたの?」
自分の変化に気付かぬ答え。沙織の声が大きくなった。
「どうしたもこうしたも、雰囲気が違うじゃない。」
ここで我に返った沙織は周囲に謝った。
「昨日のあなたとも違うし、今までの美麗とも雰囲気がまったく違うもの。何かあったと思うでしょ。」
心配そうな沙織の顔を見ていた後、少し考えてからニッコリ笑顔を見せた。その笑顔はいつもの弛みすぎるほどの笑顔だった。
「えへへ~。実はね~。ん~、学校で教えてあげる。」
両手を頬に添え、体をくねらせるようにして微笑んでいる。その嬉しそうな顔に、追求を諦めた。あまりの幸せそうな姿に、『幸せすぎて怖い』という言葉が、これほど当てはまる人はいない(使い方が違うのは分かってます)と思えた。それほどに、今の美麗は…。
その一方で、あの先輩と仲が進展したのではないかと不安が過る。何にせよ、今は公衆の前なので発言を控えたが、不安はより募る一方だった。その横で親友は、変わらぬ笑みを浮かべていた
バスを降りた時、向こうから祐樹と強が駆けてきた。呼びかける声に気付き、2人の少女が振り返った瞬間、強が反応した。
「うわっと、み、美麗ちゃん!どうしたんだ?」
「お早よっ。んっ?どうもしないよ。」
平然と答える美麗。さっきの緩んだ笑顔が消え、再び大人びた雰囲気が、美しさを強調していた。そんな少女に、祐樹はいつもどおりに挨拶する。
「お早う。昨日は大変だったみたいだけど、大丈夫なの?」
「うん。心配掛けてごめんね。もう大丈夫だから。」
普通に会話をする2人。その横で強がそっと沙織に話しかけた。
「ね、ね、沙織ちゃん。何があったの?」
視線を美麗に向けたままのため、それに合わせて答える。
「遠野君も気付いたのね。朝、会った時からああなのよ。詳しいことは学校で話すって言ってたけど、正直心配で仕方ないの。」
「昨日、あの田中って二年とデートしたんだろ。それからあの状況って…!」
「やめて。あんまり考えたくないんだから。…おば様に昨日電話をもらった時は、心配ないっておっしゃってたの。おば様が言うんだから、そうかもしれないけど、やっぱり気になって…。」
眉を下げて美麗を見つめる。そんな友人の気も知らず、祐樹と楽しそうに話す姿に、強は確信した。
「いやぁ、でも俺の勘が女として何かあったって言ってるよ。何かすっげぇ美人になってる。入院前の美麗ちゃんの何倍もレベルアップしてるよ。」
そういう強も、柄にもなく頬を染め、ドキドキと鼓動が高くなっている。男が美人を見て見惚れてしまう状態だった。
「あっ、やっぱりそう思うんだね。私もあんな美麗を見たの初めてよ。…、やっぱり、あの先輩と進展しちゃったのかしら。」
「おっと沙織ちゃん!それは誰も考えたくない事だし、男としたら許せない言葉だぜ。…それにしても、祐樹の奴ホントに鈍いなぁ。あの変化に気付かねぇのか?」
強が怪訝に見た。その視線に気付いたのか、何気なく祐樹が振り向く。
「ん?どうかしたの強。」
そんな少年の態度に、沙織は深くため息を付いた。
「ところで、藤枝さん、何かご機嫌みたいだけど、何かあったの?」
正門の手前で祐樹が尋ねた。すかさず、強と沙織が言葉にせずツッコんだ。
(そこで聞くか?)(そこで聞くの?)
すると美麗が照れたように微笑む。その笑顔が一段と可憐で、同性の沙織でさえ頬を染めた。
「えへへ、あったよ。もう人生で最高の出来事が!」
途端、強と沙織が顔を見合わせた。
((やっぱり!))
「へ~、いいなぁ。」
祐樹は単純に返す。羨ましがるその姿に、美麗はもう良いかなと思った。
「実はね…。」
言いかけた時、美麗の顔が強張った。その異変に三人は振り返る。
するとそこには昨日、美麗をデートに誘った田中がいた。その田中が笑顔を向けながら手を振っている。そして視線が合うと、声をかけてきた。
「美麗ちゃん。」
それを聞いてぼそっと沙織が呟く。
「昨日は名字で呼んでたのに!」
そして田中が美麗へと近寄ってきた。だが、美麗はすぐに校舎の方へと向き直ると足を進めた。すると田中は読んでいたのか、美麗の前へと回り込んだ。その足が止まり、美麗が顔を見上げた瞬間、田中は低頭した。
「昨日はごめん。怖くなって逃げてしまって…。でも無事だったんだね。良かった。」
少し後ろで様子を見る三人。どうやら公園の近くにいたみたいだと推測する。
「そうね。奢ってくれたことは感謝してます。でも、もう構わないで下さい。」
美麗は踵を返して三人の方へ向かおうとした。そんな態度を、三人は呆然と眺める。ただ、一つはっきりしたのは、美麗と田中は何ら進展していないということだ。その事に沙織は安堵した。
(どうやら問題なかったみたい。じゃあ、あの笑顔はどういうこと?)
突然後ろを向かれた田中は、再度回り込む。ちょうど美麗と三人の間に割って入った。
「この通り謝るよ。ごめん。それに、あんなことが無かったら途中で終わったりは―。」
「やめてっ!謝ってほしくなんかない。昨日のことは全部忘れてあげるから、もう私に話しかけないで!!」
相手の言葉をさえぎり、厳しく怒りを含んだ声を発した。その言葉に、沙織はハッとする。見れば、先程までにこにこしていた美麗が、瞳を伏せて田中から顔をそむけている。しかも小さく身体を震わせていた。
(美麗…まさか!)
女の勘が不安を募らせる。その答えはすぐに明かされた。それまでの態度を変えた田中が、不機嫌そうに喉を鳴らすと、ニヤついた声を発した。
「チェッ、何だよそれ。てっきり男がいなくて寂しいと思って相手してやったのに。それにちょっと触っただけじゃんか。しかもあんなに感じちゃって。この敏感巨乳チャン。」
大きな声だった。女子を前にして厭らしい声が発せられた。周辺は、まだ早朝と言っても登校生がおり、その声に皆が注目した。そして、その視線が俯く少女に浴びせられた。
「み、美麗…。」
辱められた親友。だが、それ以前にどのような事があったのか。さっきまで、久々の笑顔を見せてくれた少女は、今や震えながら立ち尽くしていた。
その姿に男子2人は怒りが込み上げた。強が田中の肩を掴む。
「おいテメェ!何しやがった。」
叫ぶ強を横目で見ながら、勝ち誇ったように笑った。
「はっはっは。何って分かるだろ。男としちゃ、あの美貌と身体を好きにしたいと思うじゃないか。まぁ、あんな怪物が来なきゃ、最後まで出来たんだけどな…。しかし、触っただけであんなに反応されちゃあ、俺もう堪んないなぁ。」
「このクソヤロォー!」
強が殴りかかろうとした。だが、美麗がそれを止めた。
「ダメ、遠野君!」
ぴたりと止める強。田中は掴まれた手を振り払い美麗を見た。と同時に美麗も田中を睨みつけた。
「そうやって吠えていればいいわ。あれは私の失態だもの。だけど、もうあんなことは忘れるし、貴方をどうとか言わない。犬に噛まれたとでも思うことにしたの。だから貴方に用なんか無いの。金輪際、私の前に現れないで!」
はっきりした口調だった。少し涙目ながら、じっと田中を見据えている。そんな堂々とした美麗に三人は動けなかった。だが、田中は怒りを表した。
「ふざけんじゃねぇぞ、このクソがぁ!相手してやったのに犬だと。偉そうなこと吹いてんじゃねぇ。」
右手を振りかぶる。美麗はグッと奥歯を噛みしめる。目の前で起きようとする暴挙を、後ろの三人は止めようとした。でもそれより早く、新たな動きがあった。
誰よりも速く、田中の右手を掴みあげ、そのまま体ごと地面に倒す。田中は地面につんのめる様に倒され、振り上げていた右手は、背中で関節を極められた。その右手を持つ男が、田中の背中に膝を着き、身動きできない状態にした。
「女性に対する暴行未遂、及び猥褻行為。十分に処罰対象だな。」
紺のジャケット、黒いズボンとサングラス。長身の男が田中に発した。
「しかも、美麗を泣かせたんだ。無事では済まさん。」
一段と腕を締め上げた。その痛みに田中が悲鳴をあげる。
「ヒ、ヒィー。痛い痛いっ!やめて、やめて下さい。ごめんなさい。俺が悪かった。」
あまりの情けなさに周囲から、クスクスと笑い声があがる。
「もう二度と美麗に近づかないと誓うか?」
「ち、誓います、誓います。」
「それから、今言ってたことは全て忘れろ。さもないと、この右手が…。」
告げた瞬間、田中の右腕の肩関節が抜けた。その衝撃に田中は絶叫し、泡を吹いて失神した。
「それほど強くしていなかったんだが…、ひ弱だな。」
そう言って男は関節を戻すと、スッと立ち上がった。そして美麗に振り向くと、その肩に手を置いた。
「おはよう。良く眠れたか?」
優しい声だった。その問いかけに笑顔で返す。だが、少しその目に涙が浮かんでいた。男は自然な動きで美麗を抱きしめてやった。そして労わるようにその頭を撫でる。途端に周囲から黄色い歓声があがる。
「良く辛抱したな。もう平気だから心配するな。」
「うん、ありがとう。それに昨日はごめんね。」
身体を離し見つめ合う2人、その前で、三人は口を半開させて驚いている。
「その格好…、やっぱり学校はやめちゃうんだね。」
「ああ。もう提出したからな。それより美麗に伝える事があってな。」
「?どうしたの。」
小首をかしげる少女。
「今日の放課後の件、伝えとこうと思ってな。」
「手紙読んだよ。お母さんが迎えに行くって。その事?」
「そうだ。一緒に行って欲しいんだ。いいか?」
「うん。もちろんだよ。」
今日一番の笑顔が贈られた。
「じゃあ、放課後にまたな。」
「うん。行ってらっしゃい。龍輝君。」
すると龍輝は振り向いて三人に挨拶を送った。
「祐樹、強、心配掛けたな。また連絡する。中澤もありがとうな。」
そのまま駆けだすと、向こうで止まっていた黒いセダンに乗り込んだ。その運転席には口髭の男性が座っており、美麗は慌ててお辞儀した。それを見て、その男性が右手を掲げると、車は正門を過ぎて行った。その車に美麗は手を振り続けた。
ざわざわと賑わい出す周囲の中、3人は唖然と手を振る少女を見つめる。
やがて車が見えなくなり、美麗が笑顔のまま振り返って三人に声をかける。
「って言う事なの。」
思わず怒り顔の沙織がツッコみを入れた。
「きちんと説明しなさい!」
美麗は笑みのまま、逃げるように校舎へと駆けだす。
「見ての通り。私の願いが叶ったの。」
2人の美少女が駆けだす。後方で2人の男子が顔を見合わせると、急いでそのあとを追った。
ようやくいつもの登校時間に戻った時、そこにはゴミのように捨てられた田中二年生の姿があった。そして、この朝の事件は瞬く間に学園を走り、美麗のファンクラブ員は打ちひしがれ、一方田中は、強の情報操作も加わって学園から姿を消した。
恭子が車を運転している。その横に龍輝が座り、ナビゲートをしていた。その後ろで、満面の笑みを浮かべる美麗がリズム良く、小刻みに頭を振っていた。
放課後、学校の前に車が停まった。そこに美麗と沙織、祐樹が現れ、恭子は沙織に昨日の礼を述べた。そして祐樹にも礼を述べると、沙織が安堵した言葉を述べた。
「事情は聞きました。取り越し苦労だったけど、丸く収まって良かったです。」
すると恭子が、にっこり笑う。
「ええ、二人が押しかけて行ってくれたのがきっかけになって、上手く運んだのよ。ほんとに感謝してるわ。おかげで色々大変だったけど、私も息子が出来て嬉しい限りよ。」
「お、お母さん!」
流石だなと沙織と祐樹は愛想笑いを送った。
「さて、沙織ちゃんも、早く良い話が聞きたいわね。」
途端に紅くなる沙織。そしてちらっと祐樹を見るが、言葉の意味を理解できないのだろう。どうしたのって顔を返してきた。
「…私は…まだまだ早いです。」
「うふふ、そうみたいね。さて、それじゃあ行きましょうか。沙織ちゃん、また遊びに来てね。祐樹君も。」
そう言って車を発車させ、そして駅にいた龍輝を迎えた。龍輝はその手に花束を二つ持っていた。それは、今日が龍輝にとって特別な日だから。
昨晩、龍輝が美麗を運んで家を出る時、ある人に報告することを恭子へ伝えた。その事を聞いて、恭子は娘と同行することを望み、龍輝は礼を述べるとともに承諾した。
「そこを右に曲がって下さい。そこに駐車できる場所がありますから。」
言われるままに車を移動させると、小高い丘の麓で停車させた。三人は下車する。ふと、美麗が2人の服装がシックで落ち着いた感じだと思った。龍輝は上下とも黒のスーツ、そして白のワイシャツ姿。そして母は黒と白のワンピース姿だった。
「ここに何があるの?」
龍輝と一緒と聞いただけで喜んでいた美麗は、やっと今日の目的について疑問を抱いた。その言葉に2人はアッと思いだす。
「言ってなかったんですか?」
「そうだわ。ごめんなさい。」
珍しく母親が素直に謝っていた。そして龍輝が美麗に微笑みかける。
「美麗。今日は大切な人に会ってほしい。」
「大切な人?」
きょとんとした愛らしい少女に、龍輝は丘の上を見上げて言った。
「ああ、俺の両親だ。」
10分後、ゆっくりと丘にある階段を上り、見晴らしの良い草原へと出た。少し疲れた美麗だったが、その景色に疲れを忘れた。
「うわぁ~、素敵なところだね。」
親子ともに、春を間近に控えて花が咲き乱れる風景を楽しんだ。また、そこから丘の斜面を見下ろすと、街一帯が見下ろせた。その景色もまた絶景である。
「こっちだ。」
龍輝はその一角へと進む。ツツジなどの針葉樹が並ぶ道を進み、ようやく門らしき所へ着いた。そこには『この先 立入禁止区域』という表示がある。
「入っても良いの?」
美麗の質問に、龍輝は優しげに答えた。
「ここはK・M・Eの所有地なんだ。戦いで亡くなった人たちが眠る場所だ。」
それを聞いて、少女は身震いした。ちょっと怖いと思ったのか、そっと龍輝の腕にしがみ付いた。
「あらあら、早速見せつけるわね。」
後ろに続く恭子が茶化す。美麗は振り返ると舌を出して先へと進んだ。
門を過ぎ、続くは薄暗いトンネルになっている。そこをほんの20メートルほど歩くと、視界が再び広がった。
先ほどよりも見晴らしが良い。地面は整備され、幾つもの石碑が並べられていた。所々に木々が植えられていて、ちょうど梅が満開だった。花は美しいが、やはり張り詰めた空気が漂っている。その中を、三人は進んだ。
石碑にはアルファベットが刻まれており、名前と記録が記されている。
無言で進む中、敷地の奥にて龍輝は足を止める。そこには二つの石碑が並んで置かれていた。その前に来て、龍輝は呟いた。
「来たよ。父さん、母さん。」
黒い大理石でできた二つの凸型の石の下は、同じ黒い大理石が4㎡位の広さで敷かれている。この場所だけは広めに設けられている分、寄り添うように並べられた二つの石碑は、正しく仲の良い夫婦のようであった。
今日は、2人が亡くなった日だ。毎年、この日はお参りに来ている。今までここが龍輝にとって唯一心安らぐ場所だった。それが昨日、偶然にも愛する人が出来た。新しい心安らぐ場所を与えてくれる人が…。
昨夜はそれを報告しに行くと恭子に話したら、三人で行くこととなったのだ。龍輝が先に手を合わせた。そして美麗に場所を譲る。
「今日は、2人に紹介したい人を連れて来たよ。」
美麗は龍輝から紹介を受けて緊張した面持ちで一礼した。
「は、初めまして。藤枝美麗です。」
傍から見れば、墓石なのだから緊張することもないだろうと思う。だが、美麗は明らかに両親と対面しているようであった。そんな彼女だからこそと龍輝は微笑むと、花束を少女に手渡した。美麗はそれぞれに預かった花束を捧げる。そして手を合わせた後、石に刻まれた名前を呼んだ。
「えっと…、コガ、トシハルとリン、トシハルお父様とリンお母様ですね。不束者ですが、よろしくお願いします。」
改めてペコリと挨拶をした。そして自分の母親に変わろうと振り向いた時にその異変に気付いた。それまで微笑んでいた恭子の顔は蒼ざめ、信じられないという驚きの表情を母側の石碑に向けている。若い二人が顔を見合わせ、龍輝が声をかけようとした時、先に恭子が、急ぎ口調で尋ねた。
「龍輝君、お母さんの旧姓は何て言うの?」
少し戸惑う素振りを見せながら、龍輝ははっきりと答えた。
「鳴海です。」
「っ!!…ああ…、やっぱり…!」
ハッとして恭子は呟くと、その石碑に寄り添い抱きつく。その横顔は悲しみ、涙を流している。まるで、誰かと再会したように。
「どうしたのお母さん?!」
見た事のない母の姿に、娘は慌てた。その横で、龍輝は昨晩の話を思い出す。
「まさか…、昔の親友って―!」
「ああ、凛。やっと会えた。どれだけ逢いたかったか…。そう、貴女が彼を…。」
『鳴海凛』、忘れもしない自分にとって大切な人。桐生院と言う名前に対し、態度を変えることなく、素顔の私と本気で接してくれた大事な友達。そして、自然消滅みたいにお別れした古い心の傷跡。
そんな彼女の忘れ形見である少年。良く見れば、彼の笑顔は彼女の笑顔に似ている。そうか、やっぱり彼女は彼を心配し続けてるんだと確信した。
ようやく身体を起こした恭子は涙に濡れた顔でにっこりと笑顔を作り、龍輝に語りかける。
「龍輝君、貴方のお母さん、鳴海凛は私にとって大事な親友。貴方が美麗と会ったのも、運命なのかもしれないわね。」
そう言って、傍に寄り添う娘を優しく抱きしめた。
思わぬ出来事に驚いたが、一通りの報告を済ませた後、若い二人は街を見下ろせる場所で眺めていた。楽しそうに語り合う2人。そんな若者を眺めながら、親友の前で恭子は座っていた。瞳の涙は、もう乾いていた。
「うふふ、まさか凛とこんな形で再会するなんて思ってなかったわ。あの時けんか別れしちゃったけど、ずっと心配してたのよ。」
微笑み、返答など得られないのを知りながら、友人へ語りかける。
「彼から話を聞いたわ。貴女の事だもの。一人息子が心配で仕方ないのよね。」
そう言って持ってきたペットボトルの水を石にそっとかけた。
「貴女に似て、意志が固いというか何というか…。本当はK・M・Eにいさせたくはないんでしょ。」
そして残った水をボトルのまま、2つの石碑の間に置いた。
「もしかして、私の娘に出会うようにしたのって、貴女の仕業かしら?…フフッそれは言い過ぎよね。でも、彼を心配している貴女の事だから、これがきっかけで私に彼の面倒をお願いするわよね。」
恭子はゆっくり立ち上がると、腰のほこりを払った。
「まぁ、まかせてよ。私にとって本当の息子になる訳だし。あっと、貴女と旦那さんて、美麗の評価はどうなのかしら?…あの楽しそうな様子を見れば、文句の付けようがないわよね。…凛、あの子たちは私がずっと見守るからね。」
その時、フッとそよ風が吹き、恭子の頬を撫でるように通り過ぎた。
「フフフッ、貴女らしいわね。了解。あの子たちを幸せにするよ。」
笑顔で誓った。そう、やっと逢えた友人の願いを胸に秘めて。
帰り。後ろに若い二人を乗せて、恭子は次の目的地へ向かう。今日が両親の命日と言う事で、龍輝は昼からは完全休業となっている。嬉しそうに話す美麗。その横で微笑む龍輝。鏡越しに見ても、彼の笑顔が亡き親友に似ていると思う。
片やこの数日間が嘘のように、曇る事ない娘のその笑顔を祝福した。
「あれっ?どこかに寄るの、お母さん。」
来た道と違う風景に娘が尋ねる。バックミラーにて頷くと、そのまま龍輝に尋ねた。
「龍輝君、今どこで暮らしてるの?」
少年は即答した。
「今は社屋でいます。」
「えっ?前に住んでたところの家具とかはどうしたの?」
美麗が驚き、尋ねる。少年は視線を向けて、さっきと同じ口調で答えた。
「前のマンションを出て、家具類は引き払ったよ。今、手元にあるのは幾つかの衣類と貴重品くらいだな。それらは社屋のロッカーに入れてある。」
さっきから社屋というから、てっきり専用の部屋があると思った美麗。
「じゃあ基地内に、龍輝君の部屋があるんだね。」
否定された。
「否、社屋にはすでに多くの人が住んでて、俺の部屋は無いよ。」
「えっ!?じゃ、どこで寝てるの?」
美麗が驚きのまま問いかけ、龍輝は間髪入れず答える。
「仮眠室。」
「お風呂は?」
「シャワー室。」
「ご飯は?」
「休憩室か食堂。」
当たり前のように即答する姿に、美麗は呆然とした。
「じゃあ、昨日も帰ってからは。」
「ああ、仮眠室で寝た。」
恭子はやれやれとため息をつく。そして、次の質問に移る。
「何となく予想はしてたけど…。食事は食堂って言ってるけど、きちんと食べてるの?」
するとここでも思わぬ言葉が出た。
「まぁ、体が資本ですから。ですが、食べられない事も多いかな。」
「えっ!」
美麗が反応すると、恭子がミラーに映る龍輝を見た。
「ちなみに、一日の食事を教えてくれるかしら。」
「朝は、休憩所にある自販機の栄養食品。昼は食堂。夜はその時その時で。まぁ、作戦遂行中は食べられないから、戻って休憩所を利用することが一番多いかな。」
言い終えた途端、美麗が怒った。
「ダメだよー。きちんと食べなきゃ、身体を壊しちゃうよ。」
「ああ、だけどそうやって生活してきたからな。学校でいた時も昼は食堂だっただろ。俺自身、困ってないしな。」
さも、それが当たり前だと言わんばかりに返答した。その時、運転席の方から温度が下がっていく感じがして、後ろの2人は目を向けた。ミラーに映る恭子の口元が不気味に笑っている。
「お、お母さん…、何か怖いよ…。」
「ウフフフフ…、だって、これ程とは思っていなかったもの。てっきり隊長さんの家に居候してるのかって思ってたけど。やっぱり凛が心配して私に頼んだみたいね。」
そして、車はあるショッピングモールの駐車場に停車した。車を停めてから、ニコニコ顔の恭子が振り返る。
「さて、…龍ちゃん。単刀直入に言うわね。ウチで住みなさい。」
若い二人が揃って目を点にした。そして娘が言い返す。
「なっ!何言いだすのよ。お母さん!!」
「何って、龍ちゃんに一緒に暮らしましょって言ってるのよ。」
「りゅ、龍ちゃんて…、そんな事よりまだ一緒は早いでしょ。」
「だって、いずれはそうなるでしょ。遅いより早い方がいいわ。」
あっさりと答える母に、娘は一度間を置く。そして
「でも、仕事の都合があるかも。」
「仕事だけの人間なんて長生きしないわよ。お父さんも家に帰って来れるから仕事を頑張れるんじゃない。」
「そのお父さんが何て言うか…。」
「それは心配ないわよ。私が絶対に説得するから。分かるでしょ。」
美麗は押し黙った。確かに母が言い出したら太刀打ちできない。父も、こういう時の母に敵わないのは明白だ。
「それに、いつでも龍ちゃんに会えるわよ。」
ぴくっと美麗が反応を示した。それは一つの砦が陥落したのを意味する。
「他にまだある?」
龍輝が言った。
「心配して下さるのは嬉しいのですが、流石にそこまでは。」
「ダメよ。今聞いた話だと、龍ちゃんの寿命って、絶対長くないわよ。身体が大事って言うけど、栄養が足りてないし、休息がとれてない。只でさえ大変な仕事してるのに。美麗の親として、それは絶対に許せないわ。」
「ですが、年頃の男女が一緒に暮らすのは…。」
「あら!意外な事を言うのね。でもそれって保護者公認なのよ。龍ちゃんは美麗と一緒に暮らしたくないの?」
突如、横から悲しそうな視線が無言で訴える。慌てて否定した。
「何よりも、昨日の夜に、何て言ったのかしら龍ちゃん。確かァ、お前をずっと守りたい。許されるなら支えてほしいとか言ってなかったっけ?」
途端に美麗が、耳まで真っ赤になりながら大声を発した。
「お母さんっ!聞いてたの?!」
すると白々しく恭子は悲しそうな顔をする。
「だってね、可愛い娘の事ですもの。心配性な母親としては当然の事よ。」
絶対に心配でなく興味本位だと思いながら、呆気にとられる娘。流石に龍輝も、昨夜は美麗を意識しすぎて、周囲に気付かなかったらしい。恭子は確認すると、頬に手を添えて年甲斐もなく、恥じらいながら言う。
「それにぃ、私も早く孫の顔が見たいわ。」
「お母さんっ!」
娘が恥ずかしそうに声を荒げる。久々に悪戯したくなってしまったのもあるが、半分は本気だけどと思いつつ、恭子は笑って宥めた。
「ふふっ、急な話なのは分かってる。でもね、人としての生活はきちんと送ってほしいの。食生活に限らず、『暮らす』という事を大切にしてほしいわ。それに、社屋で寝泊まりしてたら、いつ美麗と会うの?仕事は仕事。家庭は家庭。きちんと区別しなきゃ、美麗を任せられないわ。」
最後は厳しい口調だった。龍輝も確かに、このままずっと仮眠室での宿泊は良くないと思った。
「まぁ、他にも色々とあるけど、今夜からせめてご飯は食べに来なさい。一緒にご飯を食べながら、これからの事を話しましょ。」
そう言って恭子は先に降車した。遅れて2人も降りる。
「さて、まずは龍ちゃんの食器ね。それから食べたい物があったら遠慮なく言うのよ。」
歩きだす恭子。龍輝は少し照れくさい気持ちで歩きだすと、美麗が横に寄り添ってきた。そしてその袖をきゅっと摘まむと、こちらを見上げた。
「いきなりでごめんね。だけどお母さん、すっごく心配してると思う。私もさっきの話を聞いてたら心配だよ。だから、まずは一緒にご飯食べられると嬉しいよ。それに…。」
一息つくと、ほんのりと頬を染め、視線を僅かに下げて続けた。
「それに、リュー君が良ければ…、一緒に暮らしたい…。」
語尾が段々小さくなる。最後は聞き取れなかったが、確かに自分は昨日誓ったんだと認識した。そして微笑みながら、
「そうだよな。俺はお前を守るって誓ったんだ。そのためにも自分を大切にしないとな。」
美麗が嬉しそうに見上げ、腕にしがみ付いた。そして2回頷く。
「それにさ、美麗の手料理も食べてみたいしな。」
「えっ!…あ、うん。頑張るよ。」
少女は花嫁修業に入る事を決心した。そして、愛する人のために、料理を上手になろうと思う。そんな2人に、前方から急がせる声がした。2人は寄り添いながら前へと歩み出した。
END
続けてお読み頂きありがとうございます。
私自身にとっては処女作みたいなお話ですが、いかがだったでしょうか?
タイトル通り、「ありえない!」と笑って頂けましたでしょうか?
それとも、当時の私が「愛」についてこう考えていたんだなと汲んで頂けたでしょうか?
なににせよ、少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。
じつはこのお話、まだ少し続けて書いています(笑)
中にはお見せ出来ないような内容もございますが、
また機会がございましたら掲載させて頂こうと思います。
それでは、拙いお話でございましたが、ご覧いただきましてありがとうございました。