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ココロの痛み

『私立 真和学園』に通う少年少女たち。

天然純情少年「比呂田祐樹ひろたゆうき

女好きで世渡り上手な「遠野強とおのつよし

パーフェクトイケメン「古牙龍輝こがりゅうき

学園のアイドル「中澤紗織なかざわさおり

もう一人のアイドル「藤枝美麗ふじえだみれい

物静かな毒舌少女「相川絵里あいかわえり


高校入学で知り合い、そしてともに一年間を過ごした中で育まれた友情と恋心。

高校1年生ももうすぐ終えようとしていた時、突如事件に巻き込まれます。


そんな中、運命が二人の人生を翻弄し始めたのでした…。

 “痛かった。”

 そう久しぶりに感じた。幼いころから特別な施設で過ごした俺は、様々な訓練によって精神的にも肉体的にも苦痛を制御できた。故にどれだけ攻撃を受けようと感情は無く、ただ攻撃を受けているとしか思わなくなっていた。

 だけど、ほんの1年ほど前に知り合った少女の態度は、自分自身が驚くほどに痛いと思った。

 一度彼女を突き放したことがある。彼女が自分の思いの丈を語ってくれた時だ。驚きと同時に人に好かれていることを知って、嬉しさを感じたほどだ。 

 でも自分が幼くして誓った気持ちに、平穏な生活は許される訳が無く諦めさせようとした。当然、これで元に戻ると思った。

 だけど彼女は変わらず接してきた。理由も言わない俺に、彼女は言った。

「貴方に会えた事が嬉しいし、貴方を好きになれたことが幸せなの。

 答えてくれなくても良い。これからの私は、貴方との思い出でいっぱいにするの。」

 直向きだった。彼女はかなりの美形で人当たりも良く友人も多い。こんな仏頂面の自分にはもったいない。それがどうして俺を慕うかは分からない。その一方で、熱心な少女の態度は煩わしくはなかった。

 だがその気持ちに応えることは出来ない。俺の人生に平穏は無い。幼き頃からの誓いは、きっと共にいる者たちを不幸にさせてしまう。そんなことはさせたくないと思った。だからこそ一人で生きることを考えた。それなのに、彼女といると、何時しか『安らぎ』を感じてしまっていた。


 中学で初めて友達が出来た。しかも二人。今ではこの親友の二人は俺にとってかけがえのない存在であり、人との関わりを大切にすることを教えてくれた。そして学生生活の楽しさを知ることも出来た。こんな生活もあるのだと思いながら日々を過ごし、施設の関係者以外に知り合いも出来た。

 やがて高校へ進み、少女と知り合った。以来、高校生活を続ける中で、彼女からは何とも言い難い温もりを感じている。親友たちとは違う心地よさに、これは何だろうかと思案しながらも、殺伐とした世界に浸っていた自分の中で次第にその感情は膨らみ、今では大切にしたいと思った。許されるならば、もう少しその温もりを触れていたいとも思った。

 だから彼女に、正直な話をしようと決心した。冷たく拒絶することは彼女に失礼だし、困らせるならば仕方ないと諦めればいい。いずれはこの穏やかな日々とは離れることになるのだろうから…。

 それに理由を説明することで俺の返事となるし、自分も再び目的を追えると思った。

 そんな矢先、まさかこんなことになるとは…。

 肉体的攻撃を受けた訳でもないのに…。

 嫌われることを覚悟していたはずなのに…。

 なのに、これほどまでに『辛い』と思ったのは、あの時以来だ…。



 その昔、と言っても数十年前だが、その頃に世界で大きな戦争が起こった。原因はある軍事国家が行った稚拙な行動。大国に向けて挑発まがいに撃った大陸弾道ミサイルが、その属国に墜落。それによってその国は数十万人の死者を出した。

 その報復にと戦火は切られ、その戦争はやがて多くの国を巻き込んだ。この戦争の最中、我が国は触れてはならない分野に手を出してしまった。

 『生体兵器』…生物を遺伝子レベルで改造し、『ヒト』の代わりに兵士として戦場に送り込もうとしたのだ。

 だが、その途中で軍事国家が完全降伏を表明し、戦争は終結。そうした研究は非人道的故に秘密裏に行われていたため、他国からの批難を恐れた首脳陣は、それらを無かったことにしようと関連する全てを破棄するよう命じた。その命令によってデータは抹消され、研究対象とされた生物たちはことごとく抹殺されてしまった。

 しかし、研究者の中にはそれに従わない者がいた。自分の研究成果を世に知らしめたいと考えたその科学者は、研究していたごく一部の生物たちを自分の研究施設に移動させた。 

 そして数年後、その研究施設が政府に知られた為に、研究者はその命と引き換えに、生物を世に解き放ってしまったのだ。直ちに政府はいくつかの手は尽くしたが、数体の生物を未発見のまま残して時間は過ぎていく。

 それから数十年、世界は戦争と無縁となり、この国もまた平穏な時代を迎えていた。


 ある街の中に、『真和学園』という私立校がある。幼稚園から高校まであるこの学園で、高等学校はそれなりの進学率を有する県内でも有名な進学校だ。一方で、生徒に様々な分野を学ばせようと、多くの学科・コースを有している。

 そこから10分ほど歩いた所に住む『比呂田 祐樹』は、その高校に在籍する普通科の1年生だ。何とか受験を受かったのが、ちょうど1年ほど前であり、今は友人たちと楽しく学生生活を送っている。小学校からの親友『遠野 強』は変わらぬ仲でありながら、今日はアルバイトのため先に帰っていた。そして今、幼馴染の代わりに3人の少女が並んでいた。 

 先に告げるが、祐樹自身は決してモテるタイプではないし、女性にだらしの無いタイプでもない。ごく普通の女性に興味はあるが、妙に意気地の無い少年である。そんな彼と奇妙な縁で知り合い、仲良くしているのがこの3人である。

 まずはにこにこしているショートカットの少女『相川 絵里』。絵画を勉強している。人見知りが激しいが、この1年で、何とか話が出来るほどになった。

 その隣で、長い後ろ髪を揺らしているのが『藤枝 美麗』。名前通りの学園でも評判の美人でありながら、人当たりが良く明るい性格である。そんな彼女が少し暗い表情をしている。 

 それを更に隣で気遣うのが『中澤 紗織』。この子も学園で評判の美人で、気立てが良い。美麗との違いは、美麗は美人顔で、紗織は可愛い顔立ちである。絵里とて可愛いほうであるが、この二人は正直、モデルやアイドルクラスだ。この3人は幼稚園からの幼馴染らしく、ずっと真和学園に通っていたらしい。 

 そんな彼女たちと、ちょっとしたきっかけで祐樹は親しくなれた。特に紗織と出会えたことは、祐樹にとって最高のハプニングとなっている。


「美麗、元気ないね。どうしたの?」

 紗織が横を歩く美麗を労わる。その言葉に「うん」と小さく返事するが、視線は地面を見つめるばかりだった。すると絵里がぼそっと言った。

「彼がいないからね。」

 絵里は普段控えめで大人しいのに、幼馴染な二人に対してはかなりの毒舌家である。その言葉を聞いた途端に顔を赤くして、美麗は絵里を睨んだ。その様子に紗織も納得した。

「なるほどっ。…三日いないだけでね。」

 少し呆れた風に呟くと、今度は沙織に視線を向けた。

「もぉ、そんなんじゃないわよ。」

 無理に怒って見せるところが、如何にもと伺わせているが、それ以上は追及しない事にした。

「まぁまぁ、龍輝も家の都合だから仕方ないよ。もうすぐ帰るだろうからね。」

 祐樹の言葉に、美麗が軽く頷いた。その姿に3人は微笑む。それほどまでに、この少女は彼が好きなんだと。

 でも、祐樹だけは知っていた。もう一人の親友が学校に来ない理由を。そもそも彼には実家が無いのだから。


 美麗が慕う少年は『古牙 龍輝』という。祐樹のもう一人の親友で、彼とは中学からの付き合いだ。そんな彼を例えるならば「天才」が相応しい。成績はトップ、運動も抜群で、知識も豊富である。しかも長身で、肉付きも程良く、顔は誰もが納得するほどの美形である。ただ人付き合いは悪く、周囲と余り馴染もうとはしない。そんな部分が女性に人気らしいが、美麗は当初、あまり良い印象を持っていなかったみたいだ。それがある事件で彼が助けてくれたことから慕い続けているらしい。

 祐樹は彼女が慕っていることは気付いていたが、まさか告白までしていたとは驚きだった。案の定、龍輝は「誰とも恋愛も結婚もしない。」と言ったらしいが、美麗は今でも友達として、想いを胸にしまいながら接している。

 祐樹は龍輝の事情を知っているため、仕方ないと言えば仕方ないが、少し美麗が不憫に思えた。だけどそれは自分が口出す事ではないと祐樹は思っている。少し天然っぽい祐樹であるが、友人の身の上話をするような事は嫌いだった。だから、いずれ龍輝がきちんと話すだろうと気にもしていなかった。

 ちなみに告白の事は紗織が教えてくれたのだが、彼女は一言付け加えた。

「祐樹君、少しはこうした話題を気にした方がいいよ。」と。

 好きな子にそう言われて祐樹は苦笑するしかなかった。


「さて、それじゃ行こうか。」

 振り返って祐樹は女性たちに誘いかけた。放課後、沙織と一緒にいたいため入部した吹奏楽部が、とある事情で休みとなった。だから紗織と祐樹は帰宅中の美麗たちと行きつけの喫茶店へ向かうことにした。そして、あと5分もすれば店へと着く予定である。大通りを抜けて、4人は交差点を左折した。そこで、警察が巡回しているのを見かけた。

「おまわりさん、多いね。」

 絵里が、パトカーを目で追いながら呟く。すると美麗が続けた。

「うん。お父さん、最近缶詰め状態だよ。隣の町で起こったから協力しているみたい。この街も気を付けるべきだって言ってたよ。」

 警察署に勤めている父の言葉を思い出していた。すると、「怖いよね。」と、沙織が身震いさせながら言った。同時に祐樹はその事件を思い出す。


 数日前、隣町にて殺人事件が起こった。奇怪な姿の四足歩行動物によって1人の男性が惨殺されたのだ。白昼での事件だったことで明るみに出たが、マスコミが調べていくと、こうした事件は昔から全国であるらしい。他県では翼を持った動物だったり、他には魚の様な動物も確認されていた。そうしたことが非公式となっていたのは、報道規制が敷かれていたせいらしく、世間に知られた事を機に各報道機関は特集を組み、政治・スポーツ・芸能と言ったどのニュースよりも関心を集めている。


 話は戻って、先ほどの美麗の言葉に対し、

「じゃあ、おばさんと二人だけなの?怖くない?」

 絵里が心配な顔を向けた。だが、当の本人は明るく見せる。

「うん。でもセキュリティー会社と契約してるし、警察の人も見回ってくれてるから大丈夫だよ。」

「ふ~ん、私んちも頼んでくれないかなぁ。」

 そんな談笑を繰り広げながら4人は店が見える所までやってきた。自然と速足になるが、その店の前に人だかりが出来ていた。

「どうしたんだろう?」

 祐樹が呟く。良く見れば、人が倒れている様子だった。

「あっ、美麗!」

 沙織が咄嗟に走り出す友人を呼び掛けるが、直ぐに後を追った。父の影響か、美麗は困っていたり弱っている人を見たらすぐに助けようと行動する。その信念は立派だが、後先を考えない為、いつからか沙織がフォローするようになっている。そして絵里と祐樹も後を追った。


 美麗たちが駆け付けると、そこには見知った顔があった。行きつけの喫茶店『ハートボイルド』のマスターだ。それなりに年齢を重ねており、目の傷を隠すためにいつもサングラスをかけている、男としての渋さを感じさせる人物だ。彼が今、人々が囲む中で倒れた人を介抱していた。

「マスター、どうしたんですか?」

 聞きなれた声に視線を向けたマスターは、簡単に挨拶を告げると、状況を言った。

「さっき、野犬に襲われたらしいんだ。腕を噛まれて病院に行くところだったが、急に倒れたらしくてね。」

 倒れた中年男性は荒い息遣いをしながら、時々身体を震わせていた。熱があるらしく、お店のお手拭きタオルが額に掛けられていた。

「救急車を呼んだから、すぐに来るだろう。」

 状況が状況だけに、美麗たちは立ち尽くしていた。その内サイレンが鳴って救急車がやってきた。

「美麗、邪魔になるから寄ってよぅ。」

 沙織が美麗の手を引きながらその場から離れた。救急隊員たちは男性を救急車に運び込むと同時に、マスターから事情などを聞き、それから出立した。

「ま、これで一安心だな。」

 見送ってからマスターは、4人を店へと招いた。遠のくサイレンの音に、美麗は後ろ髪を引かれるが、紗織と絵里が呼びかけた。

「行くよ、美麗。」

「う、うん。」

 そして歩きだした時だった。物凄い音が背後から起こった。


 5人が一斉に後ろを向いた。救急車が道路のガードレールにぶつかっていた。先程まで周囲にいた人々も、動けずその様子を伺っている。次の瞬間、救急車から隊員たちがよろめきながら出てきた。だが、その表情は、遠目ながら恐怖に駆られていた。

「な、何で救急車が?!」

 祐樹が叫ぶ。と、またしても美麗が駆けだしていた。そして沙織も続き、マスターも動き始めると、祐樹も後を追った。

 美麗が手前に来た隊員に寄り添うと、隊員は美麗の両腕を、すがる様に掴んだ。一瞬痛みを感じたが、その隊員の様子に驚いた。

「た、助けてくれ…。」

 事故によるショックよりも、何か怖い物を見たような顔である。何よりその白っぽい服が、赤く染められていた。一先ず、やってきた沙織と隊員を道路わきに移動させた。隊員は確か3名。もう一人はマスターと祐樹が寄り添っている。そして、一人が這いずりながら出てきたのを確認すると、近くにいたおじさんが助けに入った。が、這いずる隊員を見て、おじさんは悲鳴をあげた。

 隊員の足が無かったのだ。そして、血に塗れながら必死に逃げようと、隊員が近くの人の足を掴みかけた時、その隊員は再び救急車へと入った。いや、引き摺り込まれたのだ。途端、断末魔の如き悲鳴が上がると、救急車の窓に赤い液体が飛び散った。その様に、周囲で見ていた人たちが悲鳴をあげた。パニックに陥る群衆。同時に我先にと人々は逃げ出した。

「な、何が起こってるの…?」

 沙織が呟いた時、座り込む隊員が救急車を指さして言った。

「さ、さっき乗せた男性が…、ば、化物になったんだ!」

 耳を疑う2人の女子高生。だが、現状は異常事態である。逃げ惑う人々、立ち尽くす人々。そして、救急車から猛獣の如き叫び声が聞こえた。

 思わず耳を塞ぐ。逃げていた人々も耳を塞いでうずくまった。やがて救急車の開いた扉から、赤い肌をした人が姿を現した。だがその姿は人ではなかった。体毛で覆われた全身はごつごつした筋肉で覆われており、良く見れば、返り血で赤く見えているだけだ。実際衣服は付けておらず、身体は黒ずんだ色をしている。手足は巨大で、特に両手は人の3倍はあろうかという大きさ、その爪は鋭く異常なほどに伸びていた。顔に注目すると、口は裂け、やや鼻の辺りから突き出したようである。そして白く鋭い眼、耳も心なしか尖っており、口からは朱に染まった巨大な犬歯が印象的である。おとぎ話に出る狼男の、人に近い姿と言えようか?何にしても人間でない事は明らかだった。

「出てきた…!」

 隊員は情けない声を出すと、腹ばいでその場を去ろうとした。同時に、周囲から恐怖に駆られた悲鳴が湧きあがった。

「美麗っ、逃げよう!」

 沙織は美麗の手を引いた。が、美麗は驚きの表情のまま出てきた人ならぬモノを見ている。

「美麗っ!」

 再度呼ぶ声に、ようやく美麗は我に返った。そして、少女たちは店の方へと駆けだした。マスターたちも走り出しており、隊員たちはとっくに逃げていた。

 だが次の瞬間、爆発が起こった。ぶつかった救急車からガソリンが漏れ、どうやら電柱の線がそれに触れたのだろう。零れたオイルと火花が接触したことで火が起こった。その火は瞬く間にガソリンを伝い、救急車内で爆発が起こった。

 大通りでないとしても、連なった店を爆風が駆け抜け、離れようとしていた美麗たちは、風圧によって前のめりに転げた。周囲の建物は崩れ、爆風近くにあった物は火を纏い始める。また、運悪いひとは、爆風で倒れた時に、瓦礫の角などで急所を突かれた。その中でただ、一つの存在だけは平然と立っていた。


「くっ、さ…おり…。」

 友人の名を呼びながら、美麗は身体を起こそうとした。しかし、激しく地面を転がったせいか、至る所が痛み、傷もあった。ようやく視線を正面に向けると、少し離れた場所で沙織は仰向けで倒れていた。その傍に祐樹がいて、必死に呼びかけている。2、3度呼びかけたところで、反応を見せた沙織に、祐樹が力強く抱きしめたのが見えた。

(良かった。沙織は無事なんだ。)

 その向こうでマスターと絵里の姿も見えた。そして自分も身体を起こした時、周囲の様子が視界に入った。思わず息をのむ。商店街に人々が倒れ伏している。また、炎が至る所に飛び火し、火と血によって真っ赤に染まったそこは、まるで映画のワンシーンの様であった。

「な、何なのこれ・・・。」

 見れば、すぐ傍に小学生らしき少女が倒れていた。意識は無く、体中をたくさんの傷が覆っている。美麗は咄嗟にその子に寄り添い叫んだ。

「しっかりして!」

 そして美麗は、少女の肩を叩く。すると女の子は咳をして空気を吐きだした。どうやら口の中が少し切れているみたいで出血が交っていたが、ようやく正常に呼吸を始めた少女は、目を覚ました途端に泣きじゃくった。

「よかった。」

 涙ながら安堵を付くが、危険はまだ終わっていなかった。叫び声や泣き声を聞きつけて、重い足音が近づいてくる。そう、先程の人ならざるモノだ。自然な動作で少女を胸に抱き、美麗はそちらへ目を向ける。

 熱気で揺らめく中、そのモノは巨体をゆっくり揺らしながら迫ってきた。有に2メートルを超す長身。禍々しい形相。何より、その口には食べていたであろう人体の一部が咥えられていた。

 その瞬間、美麗の恐怖は頂点に達した。悲鳴をあげ、目を大きく開き、その身を震わせた。同じく、胸にいる少女も一層鳴き声を張らせた。思考は出来ない。ただ恐怖があるだけだった。友人たちが何かを言っているが、それを知覚できない。目から大粒の涙が流れ、過呼吸の如く息は荒かった。そしてやってきた人ならざるモノは、美麗に手をかけようとした。


「美麗ぇー!!」

 沙織の悲痛な叫びが耳に入った。そして少女の手は救おうと親友へと伸ばされるが、それを阻むかのごとく祐樹は沙織を抱き締めたまま動けなくなっていた。襲い掛かる怪物の手が、吸い込まれるように美麗へと迫る。

 その刹那の出来事だった。銃声が鳴り響き、怪物の手は弾かれるように上がった。同時に疾風の如く、黒いモノが美麗の横を過ぎると、たちまち怪物に体当たりをした。後ずさる怪物に、その黒いモノは殴りかかる。

 人だった。黒の全身ハードレザースーツに同色のアーマーやヘルメットなど、全身を黒一色で覆ったその人間は、一回り大きい巨体に連続で攻撃を続けた。その攻撃が利いているらしく、怪物は柳のように巨体を揺らした。その間に、左右から別の黒ずくめが現れると、大型のナイフを手に持ち、怪物の両腕を斬り離した。更に2人の黒ずくめが、美麗の前方に立ち、透明の盾を構えた。

 腕のなくなった怪物は、悲痛な雄叫びをあげ、逃亡を図ろうと身を翻した。が、その隙に最初に出た正面の人間が仲間のナイフを受け取ると、怪物の頭と、心臓の辺りへ突き立てた。それが、戦闘の終了だったようで、怪物の身体はみるみる縮んでいった。そう、あの倒れていた中年男性が刻まれた姿で…。

 とどめを刺した人がナイフを腰のジョイントに収めながら、美麗の元へ寄ってきた。片膝をつき、黒いフルフェイスメット越しに心配しているようだった。一方で、美麗は未だ恐怖に怯え、目を見開いたまま身震いしていた。

「助かった。」

 その様子を見ていた祐樹は言葉を漏らした。かつて2度もこうした体験があるが、一先ず安堵を示した。周囲の様子も気になるが、今は美麗の前にいる人物が気になった。感謝の念と同時に、その本音が見えたようでつい、口元がゆるんでしまった。


 黒ずくめの人々が、事後処理を行う中、美麗の前にいる人物は変わらずその少女を見つめた。恐怖におびえながらも、母親の如く、泣き続ける女の子を守る様に抱きかかえている姿に感心した。傷にまみれながら良く頑張ったと、その掌を差し出した。そう、先程戦った怪物の血に塗れた掌を。

 美麗の瞳に血塗れの手が映った。途端に、

「いやぁ!触らないでっ!!」

 恐怖に怯え、涙を流す少女は胸の女の子を抱き込んで横に向いた。その姿は明らかにその人を恐れ、拒絶していた。叫ばれた言葉に、目の前の人物は動きを止めた。ビクッと身震いさせ、少しの間姿勢を変えずにいたが、やがて手を引いてスッと立ち上がると踵を返した。そして周囲の処理に見向きもせず、そのままその場を去って行った。その後ろ姿が悲しみを漂わせていた。

 沙織が美麗の下に向かったと同時に、祐樹はその人物の後を追った。


「龍輝!」

 現場から少し離れた所に車両があり、その前でその人物は立ち尽くしていた。

そして、その声に振り返る。

「た、助けてくれてありがとう。」

 ヘルメット越しにただ頷くだけの返答だった。表情は読み取れないが、その様子は、親友たる自分には理解出来た。嫌な予感がするため、一方的に話した。

「さっきのは気にする事ないよ。きっと恐怖で動転していただけなんだから。むしろ、龍輝が登校していなかったから藤枝さんはずっと心配してたよ。」

 すると、聞きなれた声が返ってきた。

「そうか。」

「うん、だから気にせず、また学校で・・・。」

「否、もうこれが潮時だろう。事件が本格化したから通えそうにない。」

「えっ?」

 途中で遮られた言葉に、嫌な予感がよぎる。

「どういう事なの?」

「短い間だったが、ありがとう祐樹。元気でいてくれ。強にもよろしく伝えてくれ。」

「ちょっ、ちょっと待ってよ龍輝。何言ってんだよ。学校はどうするんだよ。ましてや、藤枝さんが…。」

 きつい口調だった。何とか引きとめようとした。だが、それ以上の強い意志がこちらの言葉を遮る様に重なった。

「…、こっちが俺本来の居場所なんだ。分かってるだろ祐樹。恐怖に怯えるあの姿を見て、俺を受け入れられると思うか?」

 何も言えなかった。中学以来、このことは祐樹だけが知っている。本来、十六歳と言う年齢の少年がこのような殺伐とした世界にいるべきではないと祐樹は思っている。でも、この事は龍輝自身が望んだ結果であり、彼が何故こうしているかも理解していた。

「そんなっ。そんな事…。」

 別れを決めた龍輝に対して、当然、僕は納得できない。できる訳がない。でも、そんな彼を止める言葉が見つからない…。

 その内、他の黒ずくめの人たちが戻ってきた。正体は知らないが、龍輝と数度こうした機会があったため、特に不思議がられた様子なく皆が車両に乗り込んだ。最後に龍輝が乗り込みながら言った。

「もう俺に関わるな。この道を進むと決めているんだ。」

 言い終えてようやくバイザーが上げられた。その時やっと彼の瞳を見ることが出来た。

「さよなら。」

 その言葉を残し扉が閉められると、車は走り出した。残された祐樹は走り去った後もその方向を見つめていた。親友の別れの言葉に何もできなくなっていた。そして何より、初めて見た悲しみに満ちた瞳は、暫く忘れられなかった。


 現場に戻った時、既に警察による現場検証が開始され、消防活動も行われていた。報道も入り、祐樹はそのまま救急車を待つ集団へ連れられて行った。そこで、沙織と再会した。 

 美麗は先に救急車に乗せられたらしく、絵里も失神のため運ばれた。マスターも重症だったらしくさっき連れられたらしい。幸い意識などがはっきりしているため、沙織は後の救急車で運ばれる予定だった。

「どこに行ってたの?」

 少し微笑みながら祐樹は頷き返した。すると沙織は心配そうに尋ねてきた。

「顔色がすごく悪いよ。大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。」

 いつもと違ってぶっきらぼうな言い方だったのだろう。少女は更に聞いた。

「何かあったの?何だか変だよ…。」

 見た事ない少年の姿に、沙織はビクッと身を震わせた。祐樹の顔色も然ることながら、その厳しい表情は初めて目にしたものだった。本当は知っている。さっき、黒い格好をした人を追いかけたのを。聞いても良いかどうか迷うけど、少女の想いは止められなかった。

「…さっき、黒ずくめの人追っかけてたけど、知ってるの?」

 途端に祐樹が驚きを示した。次第に表情は怒りと悲しみが入り混じったような、そう、見ていられない顔となり、瞳にうっすら涙が見えた。

 沙織はハッとして口元を覆う。

(聞いちゃいけない事だったの!・・・だけど)

 この夏から抱き始めた恋心。その相手が苦悩している。とてもとても悲しんでる。それを目の当たりにして、何も言わずに居られる程、中澤沙織と言う少女は、評判通りの物静かで大人しい人物ではなかった。

 沙織は祐樹の手を覆うように握った。咄嗟の事に驚く瞳に優しく微笑むと、

「祐樹君。1人で悩まないで。きちんと話をして。まだ1年も経ってないけど、私は祐樹君を本当に信頼できる人と思ってるよ。だから色々相談に乗ってもらってる。でも君は私のことを信用してくれないの?頼りないかもしれないけど、君の助けになれないかな?」

 祐樹の顔が次第に涙で濡れた。優しかった。その優しさが心に伝わった。突然告げられた親友との別れ。そのことを受け入れられずにいる自分。

 悔しかった。大切だと思ったのに、引きとめられなかった。そんな自分に怒り、自分が想いを寄せる人にさえ冷たく接したのに、彼女は自分を心配してくれた。しかも、彼女は僕を大切な友達と思ってくれている。

 そう知った時、我知らず涙が溢れた。心が揺れたのだ。でも声は殺した。俯き、溢れる涙に言葉が出せずにいた。そんな少年を、少女は優しく抱きしめた。


 泣きやんだ時、2人は一緒に救急車で運ばれた。互いに症状は軽く、病院で一通りの検査の後、異常があるようなら明日も来院するようにと言われた。

 そして2人は病院のロビーで座っていた。沙織は家族が迎えに来るらしく、祐樹はそれまで話をすることにした。

 だが、実際どのように話せばと考えていた。龍輝のことを話す必要がある。余り知られたくないが、彼女が広めることは無いだろう。何よりこのことが、自分にとって一番の悩みなのだから。

 しかし、それは彼女にとってショックだろうし、何より彼女の親友が心配だった。結果としてその親友の行動が原因となる。それを知ったらどうなるだろうか?藤枝美麗のこの一年間の行動や態度を考えると、傷つくことは明白だった。それをどう説明するかと悩んだが、下手に言って間違った情報を与えるより、旧知の仲である沙織に相談するのが一番良い方法だと判断した。

「さっきはありがとう。それに、泣いたりしてごめん。」

 すると少女は微笑みながら首を振った。

「ううん。気にしないで。ようやくいつもの祐樹君になって良かった。」

 お互いに照れた表情で俯いた。少しして、ようやく祐樹は口を開く。

「うん、…中澤さん。さっきの事きちんと話すよ。これは僕だけが知ってる秘密。でも、皆に関係することだから。…何より藤枝さんがね。」

「えっ?!」

 一瞬、親友と祐樹に何か関係があるのかと思ってしまったが、首を大きく振って身がまえた。

「どうしたの?」

「ううん。何でもないよ。美麗がどうしたの?」

「うん。きっと彼女が苦しむと思う。だから君にはきちんと話すよ。そしてどうすれば良いか助けてほしい。聞いてくれるかな?」

 いつになく真剣な表情に、少し頬を赤らめながら、沙織はグッと顎を引いて頷いた。

「うん、ありがとう。あの助けてくれた黒ずくめ人。実は―。」


 全てを聞き終えて、沙織の表情は蒼白となった。

『何かある』

 それは祐樹と龍輝2人の仲を見ていれば、もう一人の親友、遠野強と比べても明確だった。今まで2人だけが共有してきた秘密を聞いて、沙織は古牙龍輝と言う人物が、遠い存在に感じられた。共に学生生活を過ごしながら、本当は戦いの中で生きている。つい先ほど見たばかりのために、その考えは恐怖を強く感じていた。

 自分より身体も力も上の存在。そんな生き物を一方的に倒してしまう。そして怪物の実態は人間だった。死んだ瞬間に戻った姿が、遠目ながら覚えている。そしてそれを感情もなく『処理』していた同じ人たち。極端にいえば『人殺し』と考えてしまう。それを見てしまったことは、沙織の脳裏に拒絶の感情を抱かせた。

 一通りを話し、祐樹は与えられる言葉を待とうと、沙織を見る。だが、そこでもたらされた言葉は、想像を反していた。

「・・・、このまま別れた方がいいかも・・・。」

 呟かれた。そんな小さな声だったが、祐樹は耳にして驚く。その間にも、沙織の言葉は続けられた。

「だってそうでしょ。人の命を奪う事が出来る人と、一緒にいられる?怖いよ。さっき見たでしょ。もとは人だったのに、あの人たちは・・・。」

 一度つばを飲み込み、沙織はもう一言だけ言った。

「それに美麗だって、人を殺めてるって知ったら…。」

 最もな意見だった。『死』という言葉は特別なものであり、みな、それを回避しようとする。しかも、『他者を殺める』という行為は、人間として最も犯してはならない行為だ。単なる怪物退治なら、こんな事にはならないだろう。だが、怪物は人であり、変身した所を見てしまっては、そうも言えないだろう。

 拒否されたと知り、祐樹は黙ってしまった。伝わらない事もそうだが、自分のせいで、沙織に甘えたことを悔やんだ。 

 彼女も怖かったはずだ。命拾いしたのに、自分より友達を思いやる優しい人物なのだ。ましてや血生臭い話を女の子に聞かせてしまった。それは自分を憎んだ。でも龍輝は悪くない。あいつは良い奴だ。それは変わらぬことであり、それだけは訂正させたかった。

「そっか。・・・藤枝さんには少し黙っておくよ。僕も、まだ自分で答えが出せてないから。・・・でも、これだけは言っておくよ。」

 その声はいつもと違った。それに気づき沙織は口を閉じた。再び真剣な顔で、祐樹は視線を下ろしたまま語り出した。沙織はじっとその横顔を見つめる。

「さっき話したけど、中学で初めて助けてくれた龍輝が、僕に「関わるな」って言ったんだ。どうしてかわかる?」

「…秘密を維持するため?」

「うん、でもそれなら僕を殺すことだってあったかもしれないよ。でもね、違うんだよ。それから2回目の時、興味に駆られて後を付けた時だ。その時は本当に死ぬかと思ったよ。でもね、龍輝は自分が傷つきながらも助けてくれたよ。その時なんだ。『俺に関わって死んだら親が悲しむだろ。俺には誰もいない。そんな俺に関わって命を粗末にするな』ってね。」

祐樹は視線を上げた。

「でも、その言葉に僕も言い返したんだよ。『君が死んだら僕が悲しむ。助けてくれた君を、僕は大切にしたいんだ』って。それからなんだ。龍輝との付き合いは。」

再び下を向く。その合わせた手を力いっぱい握りながら。

「こんなに人の命を大切にする彼を、人殺しって言っちゃいけないと思うんだ。やってることはそうかもしれない。でも、彼は心を痛めながらやってると思うんだ。結果はどうあれ、大切な人々を守ろうとしてるんだ。だってさっきも藤枝さんが危険だと知って、駆け付けてたじゃないか。自分を守る戦い方もあると思うよ。だけどあいつはっ!・・・ごめん、言い過ぎた。」

 段々声が強まった。厳しい口調に変わっていった。言葉を繰り出すことで、自分自身に言い聞かせようとして。またそれを分かってもらおうとして。

 そして沙織を見た時、彼女の頬を一筋の涙が流れていた。言葉は止まる。少女の取り返しのつかない事をしたという表情が、その心境の変化を表している。その一方で大事な人に甘え、終いには泣かせたことは、まだ心の幼い祐樹にとって耐えられないことだった。そのためスッと立ち上がり、少女に背を向けた。

「やっぱり、友達でいたいんだ。大切な親友なんだ。それだけは変えられないんだよ。…、帰るね。」

 そして祐樹は、足早にその場を後にした。卑怯だと分かっている。龍輝を悪く言われたのを怒っていたのかもしれない。でも、大好きな沙織を泣かせるつもりはなかった。己自身の情けなさによって優しくしてくれた少女を泣かせ、揚句にこれ以上自分の失態を晒すことを恐れた。逃げ出すように立ち去った祐樹は、申し訳ない気持ちのまま、振り返ることなく病院を出た。

 ざわめく病院のロビーで、取り残された沙織は涙を流す。祐樹の姿が見えなくなると両手で顔を覆った。その体が丸く屈みこむ。少女は深い悲しみを負った。その心に二重の後悔を抱いて。


 あくる日、身体に痛みはあったが、祐樹はそのまま登校した。学校では、昨日のニュースで持ちきりだった。女子3人は大事を取ってか、学校には来ていないらしい。昨日のことを考えると、少し安堵した気持ちがした。教室で座っていると、もう一人の親友である強が、祐樹を見るなり抱きついてきた。「女の子にしか抱きつかねぇよ」と普段言ってる割に、人目憚らず心配してくれるのは嬉しかった。自分たち以外にも被害者が出たらしく、学校は早急に集会を開いた後、そのまま放課となった。無理もない。幼稚園からある学園の僅か1キロメートルほどの所で事件が起こったのだ。今日も警察は検証を行っていた。

 集会の後、祐樹と強は職員室に呼ばれた。何だろうと不思議に思っていたが、事態は急速に進んでいることに気付かされた。

 担任の話によると、今朝、学園の郵便受けに入れられていた封筒に、龍輝の退学願いが入っていたらしい。呼ばれたのは、それに関する内容だった。数少ない友人として、何か知らないかと聞かれたが、祐樹は何も答えられなかった。

 「何考えてるんだ?龍輝の奴。」

 強が突然のことで怒りを露わにした。だが、まだ考えがまとまらない以上、それを強に伝えることはやめた。そして、職員室を出ようと振り返った時、中澤沙織と出くわした。


「あっ!沙織ちゃん!!無事だったんだね。」

 女の子好きな強が、沙織の顔を見るや否や喜んだ。頭に包帯、至る所に絆創膏等が貼られているが、幸い痕には残らないらしい。でも、その表情は暗かった。

「うん。朝、病院に寄ってたから。先生。遅くなりました。」

「おお、無事でよかった。だがせっかく来てくれたんだが、今日は臨時休校だ。何なら送るが…。」

「いえ。大丈夫です。美麗も検査入院みたいですから心配しないで下さい。」

 沙織が担任と挨拶を交す中、視線を交わさぬまま祐樹は1人、職員室を出て行った。正直、昨日の泣き顔を思い出してしまった。だから今は顔を会わしたくないと思った。が、

「ゆ、祐樹君っ。」

 閉めた扉が開き、祐樹の背中に悲しげな声が掛けられた。祐樹はビクッとしたが、ゆっくりと振り返った。後ろ手で扉を閉めながら、沙織は職員室から出てきた。ただ一度、目が合ったあと、すぐに下に俯き、両手をお腹の前で合わせていた。相手も気まずく感じているらしかった。そこに、遅れて出てきた強が割って入った。

「あれ?どしたの沙織ちゃん。何か祐樹が悪いことしたの?」

 悪いことと聞いて、沙織の身体が僅かながら反応を見せた。その反応を見て強は隣の親友に目を向けるが、祐樹も珍しくしかめっ面になっていたため、ため息を漏らした。

「は~、せっかく助かったんだから喜ぼうぜ。まぁ、昨日のことはわかんねぇから、ちゃんと話し合えよ祐樹。先行ってるぜ。じゃあね沙織ちゃん。」

 小学校からの付き合いなだけに、強はその内容はいざ知らずとも、何かが互いにすれ違っているんだろうと感じた。実際、祐樹は人に嫌われることを嫌う。

 しかし、言葉が率直過ぎて、相手に十分伝わらない事がある。それで嫌われることもあったが、相手は恋焦がれる中澤沙織なだけに、言葉は選んだだろう。何より、彼女から呼び止められた以上、話し合えば解決すると確信していた。

 強が去って、祐樹は俯く少女に声をかけた。

「どうしたの?」

 低い声。我ながら冷たい一言だと思った。その声に少女はまたビクッと身を震わせた。祐樹もそれに驚くが、それ以上は相手の言葉を待つしかなかった。

 沙織は俯いたまま、一度奥歯を噛みしめると、深く頭を下げた。謝罪をしている姿だった。そして、はっきりした口調で言われた。

「ごめんなさい。私、自分から聞いたクセに、あんなこと言っちゃって…。」

 祐樹は思わず頬を掻いた。我ながら何を身構えていたのかと言葉を作る。

「ううん、僕の方こそ。中澤さんも怖い思いしてたのに、甘えてしまったのがいけなかったんだ。気にしないで。」

 すると沙織は俯いたまま、頭を左右に2度振った。

「違うわ。私…力になろうとしたのに…、祐樹君に…ヒック。」

 言葉が途切れ始めたと同時に、廊下に大粒の涙が零れ落ちた。そう、沙織が泣いているのだ。再び祐樹は慌てた。昨日も泣かせたが、また泣き顔を見ることになろうとは。だけど、今はそれを置いておくわけにはいかない。何とか宥めようとするが、周囲から注目されてしまった。

「おい、我らがアイドル中澤沙織が泣いてるぞ。」

「うわっ!ホントだ。どうしたんだろ?まさかあの前にいる男のせいか?」

「誰だよあいつ(怒)!」

「あれ、沙織と同じクラスの比呂田だよ。」

「ああ、最近なんか沙織ちゃんとよくいるよね。」

「調子乗って、泣かしたんじゃないの?」

「うっわ!ひどーい!!サイッテーじゃん!!!」

「外道…。」

「おい、沙織さまが泣いておられるぞ!」

「何ぃー!泣かした奴はコ・ロ・ス。」

 たちまち様々な言葉が飛び交い始め、最後には沙織の親衛隊が現れたようだった。学園のアイドルとして、学園内には沙織の非公認ファンクラブどころか、自称親衛隊が存在している。奴らに睨まれると、この先の学園生活がやりづらいことになる。祐樹は咄嗟に沙織の手を掴むと、その場を一目散に走り去った。

「あ、逃げた。」

「逃亡だー!」

「沙織様を誘拐だー!!」

「何ぃ!後でコロス~!!!」

 散々な悪態を背に受けながら、祐樹は無実を叫びながら走った。


 下校中の生徒たちが階下を目指す中、祐樹は沙織の手を引きながら屋上へとたどり着いた。やや急ぎ足だったため、息を荒げていたが、一方の沙織は、まるで幼い子が泣きながら手をひっぱられているような姿で泣いていた。

「思わず走っちゃったけど、ごめんね中澤さん。」

 無理に連れてきたことを謝ったが、沙織の態度は一向に変わらない。息切れも無く、ただ泣き続けている。

「どこか痛かったの?無理に走らせちゃったからどこか痛めた?」

 泣きながら沙織は首を振った。

「もう泣きやんでよ。何か他に悲しいことでもあったの?」

「グスッ、・・・、だって、酷いこと、言っちゃったんだよ。祐樹君、グスッ、

怒らせちゃったもん。」

「えっ!お、怒ってなんかないよ。そりゃあ龍輝のことはちょっと言い返しちゃったけど、僕は全く怒ってないよ。それに、分かってくれたんでしょ?」

 昨日の涙、そして今泣いてる姿に、あえて確認してみた。

「うん。今年一年を考えたら、すごく友達思いだし…、美麗と一緒に助けてくれたこともあったの。・・・なのに私ったら。」

 再び泣きだしそうで、祐樹は掴んでいた手を離し、その頭に手を添えた。まるで幼子をあやすように。

「ああ、もう泣かないで。分かってくれたら十分だよ。ありがと。そう言ってくれて嬉しいよ。」

 ようやく手が緩み、真っ赤に濡れた目を祐樹に向ける。手の隙間から覗く上目遣いに、祐樹はドキッとした。

「ホントに怒ってないの?」

「うんうん。ホントだよ。」

「グスッ、ホントに、本当に怒ってない?」

「ホントホント、全然怒ってないよ。」

「私のこと、嫌いになってない?」

「嫌う理由がないよ。だからね、もう泣きやんでよ。」

「…うん…。」

 そして沙織は目を拭うようにこすり、鼻をすすった。撫でていた手を離して見つめる少女は、普段凛々しく、物静かな大人の雰囲気を漂わせている。それだけに、こうした幼い子供の様な仕草を見ると、祐樹は胸を高鳴らせていた。

(も、萌えってやつかなぁ。)


 さて、ようやく泣きやんだ沙織は普段の口調に戻った。その表情も凛々しく、祐樹はちょっと惜しいと感じた。

「ん、泣いちゃってごめんなさい。」

「ううん。可愛いなって思ったよ。・・・あっ!ごめん!!」

 思わず漏らしたあとに口を両手で覆うが、その言葉は聞かれてしまった。驚いた沙織の顔はみるみる紅潮し、後ろを向いてしまった。

「ご、ごめん。なんか普段と違う姿だったから、つい・・・って、ああ、何も弁解できてない!」

 今度は祐樹が慌てた。でも、後ろを向いた少女は頬に手を当てて、先程の言葉を思い出しながら、そっと口元を緩めた。


「とにかく、話を戻すね。」

 ようやく向き直ってくれたのを確認して2人は近くのベンチに座った。

「藤枝さんと相川さんはどうなの?」

「うん、絵里ちゃんは特に外傷はないし、美麗も打ち身や擦り傷、内出血は多いけど、重症じゃないわ。でも2人とも精神的に負担が大きいみたい。」

 無理もない。状況に慣れた自分としても、あんな状況を見て、未だに怖く感じている。沙織もそうだろう。しかも、絵里は元々気が弱い子だ。そんな彼女も直に人々の死や化物を見たんだ。普通でいられるわけがない。ましてや美麗は目前まで迫り、下手をすれば死んでいたかもしれないのだ。しばらくは入院かと思った。

「だけど今日、美麗のお見舞いに行くの。絵里ちゃんは今朝がた目を覚ましたから検査が控えてるらしいけど、美麗は結構強いからね。退院はまだ無理だけど、面会は出来るって聞いたわ。」

「そっか。で、龍輝の件は?」

 沙織は視線を落とした。

「ええ、正直迷ってる。でも、いずれ言わないといけないと思う。それより退学って聞いたけど本当なの?」

 小首を傾げ、一つため息を吐いた。

「本気だと思う。あいつ、こうと決めたら徹底的だから。携帯だってずっと留守電のままなんだ。」

「そう。…でも、必ず方法はあるはずだよ。だって祐樹君がこんなに大切にしてるんだもん。諦めないでがんばりましょ。」

「うん・・・、ありがとう。」

 微笑み返した祐樹。沙織も笑顔を送るが、ここまで大切に思われる龍輝が羨ましく、少し嫉妬した。

「じゃ、行きましょうか。それに美麗には黙っておくわ。」

「うん。まかせるよ。」

 そして二人は教室へ向かった。この後、祐樹は様々な痛い視線を浴びる。そして、親衛隊数名が2人の前に現れた。『祐樹が沙織を泣かせた』この噂の真相を確認しに来たらしいが、沙織が「相談に乗ってもらっただけだよ」と弁解してくれたことで一先ず難は去った。


 学校を出て、祐樹と沙織は強を連れて病院へと向かった。バスに乗って15分、そこに街唯一の総合病院がある。昨日の影響からか、人の数は多く、報道関係者も見かけた。祐樹たちも声をかけられそうになるが、強が上手く追い返してくれたことで無事に病院内に入ることが出来た。

「んじゃ、おれ、マスターんとこ行ってくるわ。美麗ちゃんによろしく言っといてくれ。」

 入るや否や強が言った。てっきり一緒に美麗の所に行くモノだと思ったが、龍輝の件が気になるらしく、また、あまり弱っている女の子を見たくはないとのことだった。祐樹は、沙織と話を合わせているため、マスターのところは後で向かうと伝え、3人はそれぞれに分かれた。


 6階に上がり、個室が並ぶ通路の中央辺りで、美麗の名札を見つけた。沙織が引き戸をノックすると、中から返事がして、先に沙織だけが入った。青いパジャマ姿の美麗が、上体をリクライニングさせて座っており、横には母親の恭子の姿があった。テレビを見ており、部屋の中を確認してから祐樹を呼んだ。

「あ、比呂田君。来てくれたんだね。ありがと。」

 祐樹は恭子に会釈してから、美麗に容体を聞いた。

「うん、まだちょっと身体は痛いかな…。比呂田君は平気なの?」

「うん、まぁこれでも男だからね。」

「そっか、よかったよ。」

 いつもは長い黒髪を後ろで束ねているが、今は左首元にまとめている。ちょっとした違いであっても、美麗が美人であるだけに祐樹は緊張していた。もちろん母親の恭子も美麗の母親だけに美人である。美麗をショートカットにして、少し年を召したような感じだ。性格はかなりさっぱりしているが…。会うのは今日で3回目だった。

「ちょっと行ってくるわね。」

 恭子はそういうと部屋を出て行った。見送ってから沙織と祐樹は丸椅子に腰かけた。テレビは特にみている様子でなく、昨日のニュースや芸能ニュースなどを告げていた。

「絵里ちゃんもさっき会ったよ。検査ばかりだって嘆いてたけど、心配しないでって言ってた。」

「そう。良かった。今日は会えないって聞いてたから。」

 沙織が安堵する。そして祐樹は強がよろしくって言って、マスターの所に行ったのを報告した。

「そっかぁ。遠野君らしいね。また学校でって伝えてくれるかな?」

 祐樹はにっこり頷いた。そして、美麗がいよいよ尋ねてきた。

「ねぇ、古牙君て、まだ休んでるの?」

 何気ない言い方だった。しかし、その眼差しは何かをはらんだものだった。 思わず祐樹は頷くと、そっと沙織に視線を移す。それを合図に沙織が答えた。

「今日はまだ来ていなかったわ。長いから先生たちも気にしてるみたい。」

「ふ~ん。…そうなんだ。」

 声に表れると思い沙織が答えることにしていた。何とかごまかせると思っていた。だが、美麗はじっと2人に視線を送った。

「何か隠してるね。お二人さん。」

 ビクッとする祐樹。それを美麗は見逃さなかった。

「古牙君の携帯、解約されてるよ。」

「えっ!」

 昨晩は留守電だったはずだ。直ちに確認しようと電話をかける。が、そこには無機質な女性の声が流れていた。

「そんなっ、昨日は留守電だったのに…。」

 ぼそっと呟いてしまった。それを耳にして美麗が食い下がった。

「どういうこと?なにかあったの?古牙君がどうかしたの!」

 辛い時、どうしても好きな人の声が聞きたくなるのは当たり前だ。龍輝が携帯を持っているのは祐樹と強しか知らないはずだった。だけど、記憶の中に龍輝が教えていたのを覚えている。そう、遠足で遭難した時、美麗の身を案じた龍輝が教えていた。

「隠し事なんかしないで。ちゃんと教えてよ。」

 興奮し始める美麗。祐樹は視線を逸らした。少女が駆けだすのは明らかだった。また、ショックが精神状態を悪化させてしまう事も懸念した。

「美麗。私が話すから落ち着いて聞いて。」

 沙織が決意の顔で美麗を見た。2人がハッとする。すると沙織は祐樹にウインクして見せた。祐樹はもう、それに委ねるしかなかった。

「美麗。先に約束して。落ち着いて聞くのよ。」

 黙って頷く。その瞳の力は何かを察しているようだった。

「今日、学校に古牙君の退学願が届いたらしいの。」

「たい・・が・・く?!」

「ええ。家の都合でって事らしいけど、それ以上は分からないの。これは本当よ。ねぇ祐樹君。」

 慌てて祐樹は大きく頷いた。

「うん。今朝、先生から届いたって聞かされたよ。電話に出ないから僕も分からないんだ。」

「だから、みんなとっても心配してるの。だからまず、美麗は元気になって会いに行ける様にならなきゃ。そして一緒に迎えに行こうよ。」

 祐樹と沙織を交互に見た後、美麗は俯き、そして急に涙を流し始めた。

「み、美麗っ!」

「良かった。」

「えっ?」

「もしかしたら、昨日みたいなことに遭ってるんじゃないかと思ったもん。」

 自分が昨日、遭遇した事を想定していたらしい。文面だけとはいえ、家の都合と言う言葉は一先ず安心できたようだった。

「きっとお家で何かあったんだと思うよ。だからまた会いに行ってあげよ。」

「うん。そうだよね。急にいなくなるなんてそんな事ないよね。」

 美麗がそう呟いた。何とか安心したその時、テレビからフラッシュと歓声が聞こえた。その声に3人は注目した。


 テレビは記者会見が行われようとしており、多くの報道陣の中、会見場には見たことのある壮年男性が映し出された。政府の国防大臣、『桐生院正孝』だ。

 そして、見出しには民間軍事企業お披露目とテロップされていた。どうやら試験的とはいえ、自衛隊以外で民間に軍事企業が設定された件らしい。先月から、国内で頻繁に起こる怪事件に対し、警察や自衛軍だけでは対応しきれないらしく、企業という少数部隊が対応する法案が検討されていた。その中で、国内有数の財閥『桐生院グループ』が独自のルートからその部隊を作っている噂はあった。報道される危険生物の存在。様々な反対意見の中、隣町の事件が大きな判断材料となったらしく、試験的という言葉を加えて民間軍事企業認定法案が、ついこの前決議された。今日はその経緯と実情を国民に伝えるため、今回の全面的責任者として、大臣であり、経営者たる桐生院議員が話をしていた。

「これって、昨日助けてくれた人たちのことかな?」

 涙を拭いながら、美麗が呟いた。その顔には恐怖が見えた。一方で、祐樹は奥歯を噛み、それを睨んだ。

 報道陣からの質問が終わり、その企業を『K・M・E』(桐生院軍事企業)と名付け、その実働部隊が画面内に現れた。 

 そう、昨日見たあの集団だった。そして、桐生院正孝の後ろに整列すると、それぞれの装備を説明していた。その中に、祐樹の知る人影は無く、安堵していた。

 全身を黒一色で覆ったその装備は最新技術を極めていた。そして、今回の法案可決によって、銃器の取り扱いも許可されたことから、その装備類や、乗り物の映像が映し出された。そして会場にカメラが戻る。

 テレビから、声が聞こえた。

「こうしたチームを各地に配置しています。K・M・Eは出来る限り、国民の安全を守れますよう努力していきます。また、警察や自衛隊といった各公共機関とも協力してまいります。どうぞお見知りおき下さい。」

 堂々とした宣言の後、記者から声があがった。

「素顔は見せて頂けないのですか?」

「それは必要ありますか?彼らには過酷な任務を与えます。時にプライベートの時間もあるでしょうから、任務に支障をきたせたくない。無粋な事は慎んでいただきたいと発言しておきます。」

 以上が会見の内容だった。


「そっか、K・M・Eって言うんだね。昨日、あんな態度しちゃったけど、悪いことしちゃったな。」

 美麗が何気なく呟いた。祐樹はグッと奥歯を噛みしめ、すかさず沙織が諭す。

「そうだね。でも仕方ないよ。あんな怖い思いした後だもの。許してくれるよ。」

 覚えていたんだ。よりによって、自分を追い詰めてしまう出来事を。祐樹は絶対知られまいと考えていた。すると突然、部屋の扉が開けられた。強だった。

「あっ、遠野君。」

 美麗の挨拶も気にせず、強は祐樹に突っかかった。

「祐樹、お前龍輝のこと知ってたか?」

 突然の事に目を広げる。慌てて美麗が尋ねる。

「古牙君、どうかしたの?」

「テレビ見て!違うチャンネルだよ。今、地元のテレビに映ってんだよ。」

 慌ててチャンネルを合わせる。するとそこには昨日の隊員が映し出されていた。どうやら再び怪物が現れたらしく、報道のいる前で戦いが行われたらしい。

「テレビ局の近くで起こったらしいんだ。偶然見てたら、戦いの中で、この男のヘルメットが壊されたんだ。そしたら…!」

 強の言葉を待たずに画面はVTRのテロップと同時に、その隊員のヘルメットが飛ばされた瞬間が映し出された。だが、それと同時に、その隊員は腰のナイフを使って怪物を斬り裂いた。瞬間、画面は斬り替わったが、そこに映った素顔、それは見知った古牙龍輝その人であった。

「祐樹、お前何か知ってたのか?どうしてあいつ、あんな事してんだよ!」

「ちょっと、遠野君落ち着いて。ここ病院だよ。」

 沙織が慌てて引き離そうとする。が、突然横から悲鳴があがった。美麗が頭を抱えて絶叫した。

「いやーぁ!どうして、どうして古牙君がいるのっ!!・・・まさか、昨日のあの人って!!!」


 恭子が帰って来た時、娘が祐樹の襟をしがみつくように掴んでいた。その横で友人たちが宥めようとしていた。恭子は手にしていた買い物袋を落とし、美麗を抱きしめて祐樹から引き剥がした。

「美麗っ!落ち着きなさい。沙織ちゃん、ナースコールしてっ!!」

 スイッチが押され、直ちに看護師が数名やってきた。そして美麗を無理やり押さえつける。その間に沙織は祐樹と強を部屋から連れ出した。

「この後は私が話するよ。祐樹君たちは悪いけど帰ってあげて。あんな姿、女とすれば見られたくないもの。お願い。」

「うん。ごめん。」

 祐樹はそのまま踵を返した。強も何が何だか分からない様子ながら、祐樹の後を追った。沙織は少し見送った後、再び部屋の中へと入って行った。


 押さえられた美麗は、すぐに医師から鎮静剤を注射され、次第に眠りに入った。状態を確認して医師たちは退室し、今は恭子と沙織が眠る美麗の前で座っていた。

「一体何があったの?」

 恭子が沙織を追及する。その瞳には怒りと取れる険が見られた。そんな恭子を見たことが無い沙織は、悲観した。可愛い一人娘のことだ。本当なら怒鳴りつけることもあるだろうに、恭子は冷静な口調で話しかけてくれた。

「おば様もお分かりだと思いますが、古牙君の事が原因です。」

 そしてテレビでちょうど流れた内容が、先程の戦闘シーンであり、龍輝の顔を映し出していた。それを見て、恭子は驚愕した。沙織はそのまま昨日、祐樹が教えてくれた、彼らの中学時代のことから始め、昨日のことも語り、自分なりの解釈や考えを併せて説明した。話し始めてしばらくは、画面に釘づけだった恭子も、話の内容に次第に悲しそうな表情を浮かべた。だが、それ以外は終始姿勢を正し、話を聞きいっていた。中澤沙織にとって、藤枝恭子は憧れの人物である。それは親友のお母さんだけに、幼いころから見てきたからだ。 

 警察官の妻として、母親として、何より一人の女性として立派な人物だと尊敬している。相談などをした時、その解決方法などが的確なのだ。尊敬の想いは娘の美麗にしても同じで、2人して恭子のようになりたいと目標にしている。

 そして話が終わると、部屋に沈黙が生じた。この話した内容を、眠っている美麗にどう話しすればよいかを2人は考えた。ふと、沙織が呟く。

「このままじゃ、色んなモノが壊れちゃいます。」

 さっきの強の様子からして、祐樹とこの後、仲違しかねないとも思った。絵里も精神的に傷を負ったのは明白である。何より、この1年で美麗がどれだけ頑張ったか。それが無駄になることは避けたかった。

 病院内だけに、静寂は重く、恭子にしても考えがまとまらない様子であった。

 沙織は力なく俯いた。その瞬間、一つの言葉が生じた。

「私、酷いことしちゃったんだ。」

 涙を含んだか弱い声だった。二人は声のした方向へ振り向いた。慌てて恭子が呼びかける。

「美麗!あなた起きて…、聞いていたの?!」

 恭子は娘の傍らに近付き、その顔を見た。それを見て、恭子は愕然とする。娘の開かれた両目は焦点なく、宙を見上げていた。その両端からは涙が溢れだしている。無表情だ。そう、まるで魂を抜かれたかのように横たわっていた。


(私のせいだ)

 浅い眠りの中、耳に親友の声が聞こえてきた。大事な人の名前が呼ばれた。それは意識をはっきりさせるには十分だった。

 中学時代の祐樹との出会いから始まって、昨日の出来事とさっき見たテレビの内容が話されていた。夢であってほしいと願うが、どうやら現実のようだ。 

 古牙龍輝は戦いの中で生きている。その現実を思い知らされたまま、耳から親友の言葉が入ってくる。

 そして核心の部分。

 自分に差し出された手が、赤い血で濡れていたのを今でも覚えている。その手に恐怖を覚えた。何より、あんな化物を倒してしまうその人物が恐ろしくなっていた。差し出された右手が襲ってきそうで…。でも、その手は私を気遣ってくれたものだった。何より、私の危機を救ってくれた人の手だった。しかもその手の主が、私の愛しい人の手だったなんて…。

 沙織が言っているように冷静になれば、私のために身体を張って助けにきてくれたのだ。退治した後、親友の祐樹でなく、真っ先に私の下に来てくれた。それなのに私は、

『いやぁ!触らないでっ!!』

 私は拒絶したんだ。あれだけ好きなのに。彼だと気付くことも出来なかった。

 その言葉の後、差し出された手は止まった。動きを止めていた。そして何も言わずに立ち去ってしまった。あの時は怖いの一存だったが、今思えばその後ろ姿が、寂しげだったと感じられる。

 そして、沙織の言葉も最後に迫る。

「あの後、祐樹君は後を追いかけたらしいけど、そこで別れを告げられたみたいです。もう関わるなって。そして今朝、学校に退学願を申請してました。祐樹君、言ってました。別れ際に見た龍輝の悲しそうな眼を、僕は初めて見たって…。」

 彼の好意を拒絶し、傷つけてしまった。あの時なら仕方ないと言えばその通りだ。でも、連絡も取れない今、これだけははっきりした。

(もう、彼とは二度と会えない)

 そう悟った時、その身も心もが、深い闇の中に飲み込まれてしまった。


 美麗の病室を出てから、祐樹は強に引っ張られてマスターの病室に来ていた。右足を骨折して安静を保っているが、それ以外は大したことないように見える。

 そんな病人の前で、腕組みをした強が仁王立ちのまま、前にいる祐樹を見据えていた。一方の祐樹は今にも泣きそうな顔を俯かせ、項垂れている。

「祐樹、あいつのことを黙っていたのは仕方ないと思う。でもな、俺達は親友じゃなかったのかよ。」

「そうだよ、でも仕方ないだろ。龍輝とこれだけは約束してたんだ。」

「じゃあ、退学ってどういうことだ!」

「分からないよ。でももう、僕たちと縁を切るつもりだよ。」

「何だよそれっ!」

 怒りにまかせて殴りかねない強を、マスターが制した。

「よせ、強。病院で暴れる奴があるか。」

 渋々強はマスターの方を向くと、近くの椅子に腰かけた。それを確認してマスターが祐樹に話しかけた。

「祐樹、今の話で大体のことは分かった。お前が隠さなければならなかったことは承知できる。だけど、強の気持ちも分かる。お前だってそれは分かるだろ。」

 頷く祐樹。そしてマスターは強にも言った。

「お前も察してやれ。それに、今回のことで、一番大変なのは美麗ちゃんだぞ。」

「えっ?」

 強が聞き返す。

「何とか龍輝のことを穏やかに話そうとした祐樹たちだったのに、お前が飛び込んでいったことで、美麗ちゃんがどうなったか見たんだろ。」

「あっ!」

「きっと今、沙織ちゃんは必死に宥めてるはずだ。ちゃんとそれは謝っておけ。」

 強は頭を抱え込んでしまった。女好きで、女性に気配りが出来るだけに、自分の感情で動いてしまったそのツケは、取り返しのつかない事をしたと、強は今になって後悔した。

「なってしまったことはどうにもならん。それより祐樹、どうするつもりだ?」

 そう言われて、唇をかんだ祐樹は呟いた。

「分かりません。何が何だか分からない…。」

 祐樹は苦しいと思った。奇妙な縁で巡り合い、そして友となって分かりあえた存在。強とはまた違って信頼できた。そんな彼が残した言葉に、今じわじわと苦しみが迫ってくる。 どんなに悔やんでも、あの時の龍輝を止める方法は考えつかない。ましてやこんな状況が起こるとは思わなかった。

 また、美麗があれほどうろたえるとは思ってなかった。戦ってる龍輝を見ただけであれほど取り乱すのだから、真実を知れば命を絶ちかねないとまで思った。沙織も泣かせてしまった。強にも辛い思いをさせてしまった。マスターや絵里も同じはずだ。僕がきちんと止めていれば…。

「おい祐樹、悔やんだって仕方ないだろ。何も解決しない。」

 祐樹はマスターに救いを求めた。

「じゃあどうすればいいんですか?マスターならどうするんですか?」

 マスターはため息をひとつ吐き、その鋭い視線を浴びせた。

「答えられないな。その質問は、お前が逃げる様にしか聞こえない。ましてや俺はお前じゃないから答えられない。」

 鋭い眼光に祐樹は反論も出来ずに俯いた。逃げようなんて思ってない。でも何が何だか分からないんだ。祐樹は自分に対してそう思った。すると、

「もう一度聞くぞ。お前はどうしたいんだ?祐樹。」

 祐樹はもう一度マスターを見た。先程と変わらず、鋭い視線が迫ってくる。

「龍輝がいなくなって、皆が寂しがってる。あの時どうすればなんて今考えても現実は変わらん。ましてやお前があいつを止められたのか?それが出来る方法はあるのか?」

 悔しいと思いながらも、祐樹は首を振って否定した。

「強、お前だったら止められたか?」

 強は顔をあげて首を振った。それを見てマスターが続ける。

「俺も止められない。誰も止められないんだ。とすれば祐樹、それはお前の責任じゃない。」

 何かを伝えようとしていると思い、祐樹はじっとマスターを見た。強もそれを察してか同じように見つめる。

「今の状況はそうなる様になっただけだ。だが、お前はそれを受け入れたくないから、過去のことばかり見ている。言ってみれば、龍輝と別れる事を受けいれようかどうしようかと迷ってるようにしか見えない。」

「で、でも、龍輝ははっきりと僕にさよならって言ったんだ。連絡も取れない今、何が出来るって言うんですか?」

 するとマスターは口調を厳しくさせ、腕組みをして言葉を吐き捨てた。

「だったら、このまま何もせず龍輝と別れてしまえ!それでいいんだろ。」

 その言葉に祐樹が眉を吊り上げ、強く言い返した。

「嫌だ。龍輝は大事な友達なんだ。それに僕はまだ別れを言っていない。」

 強が驚いた顔で祐樹を見た。だが、すぐにニヤッと笑いを浮かべると肩を震わせて笑いだした。マスターも口元を緩ませた。

「そうか。確認だが、お前は龍輝に会いたいんだな?」

「もちろんです。」

「じゃあ、会ってどうする?別れを伝えるのか?」

「言わないっ!もう一度友達を始めます。」

 笑いながら強が口をはさんだ。

「全く、マスターも人が悪いぜ。」

 えっと聞き返す祐樹。するとマスターが頭の後ろで手を組みながらベッドに寝転んだ。

「ちゃんと目標が決まってるじゃないか。」

「どういう事?」

「ははっ、くよくよしてるお前に、マスターが発破かけたんだよ。感情が高まると行動や言動が強くなるのがお前だからな。」

「まァそういうことだ。お前は龍輝と別れた時から思考が止まってたんだな。しかも美麗ちゃんたちの悲しみを感じて、後悔しかしなかった。だけど本音は今話した通りだな。お前は自分一人で悩もうとする。でも周りには仲間がいるだろ。一人で考え込んでもたかが知れてるんだ。強だってそうした相談が無かったことを怒っているんだ。沙織ちゃんには話したのにな。」

「そうだったのか。…ごめん強。」

「ああ、もう良いよ。俺もあとで沙織ちゃんに謝るから。」

 いつもの強に戻っていた。それを見て、祐樹も少し楽になった。

「今回、お前が一番事情を見ているんだ。そしてその中心にいる。でも、お前が抱え込む必要はない。それを仲間と考え、解決していくこと。ただ、その目標地点だけは示さないとみんなが協力できないだろ。後はお前たちでじっくり考えてみろ。お前たちの年代はそれが一番大事なんだからな。」

「そうだぜ。俺だって別れも言ってこないアイツを殴ってやらないと気がすまねぇ。」

 バチンと左掌に拳をあてる強。

「そうだね。みんなで藤枝さんの前に引っ張り出そう。」

 目標が定まった。若い少年たちはいっぱい苦い経験をする。でも、それが彼らを大きくさせるとマスターは知っていた。そして、友のために考え、実行する事が、どんな結果になろうと、その行動がずっと未来までの、かけがえのない宝物になることも。


 翌日、祐樹は電車に乗っていた。目的地はその電車の終点。そこから少し歩いた所がK・M・Eの施設基地となっている。 

 海の近くにあり、広大な敷地を有しているこの基地内には、武装・運搬用のヘリや車両が配置されている。先日承認されたとはいえ、すでに計画は進められていたらしく、実戦配備はほぼ遂行されていたみたいだ。軍事企業と言えど、戦車や戦闘機、また大型弾道ミサイルなどの装備は許されておらず、対凶悪生物対策が主な仕事であった。

 全国で展開されるこの企業であるが、この県は桐生院家と深い関わりがあり、施設の充実もさることながら、基地周辺には桐生院グループの会社や工場なども置かれている。この街全体が桐生院の街と言える。

 さて、どうして祐樹がこの街に向かうのかと言うと、昨日の話し合いの結果、直接龍輝の所に行こうと言う事が決まった。充ては無い。だけど、何かが見つけられると信じて、学校を休んで出かけている。

 昨日の夕方、祐樹は沙織と電話で話しした。そこで、美麗に全てを聞かれてしまったことを聞いた。だが、遅かれ知られていたはずのことより、まず龍輝と会う方法を模索することを話した。結果、強との相談で、祐樹は情報を得るため、K・M・Eへと向かう事を決めた。強には体調がすぐれないという理由から学校に休むと伝えてもらい、自分だけまず行ってみることとしていた。その旨を伝えると、何と沙織も同行することを申し出てきた。自分も同様に休み、祐樹一人だけでなく、自分も行った方が情報を集めやすいと判断したからだ。 

 このことをすぐ強にも電話したら、流石に妬むようだったが、必ず何か情報を入れるようにと言って了承してくれた。そして今、祐樹の座る座席の横に、中澤沙織の姿もあった。

「今日はありがとう。正直、1人は心細かったんだ。」

「何言ってるの。助けてくれた人にお礼を言うのは当たり前でしょ。それにこれは大切な友達のためだもんね。」

 ウインクする沙織に頬を染めながら祐樹は頷いた。

 電車の中は、出勤時間を過ぎていたために空いた状態だった。しかも、終点へと向かう乗客が限られているのも理由だろう。阿那南市の東の果て、桐生院の街に向かう電車。そこへ2人の若者が制服姿で向かっているのが珍しいのか、時折乗客の視線を感じるが、特に問題視する事は無かった。

「それじゃ、藤枝さんは眠ったままなの?」

「うん…。起きているのは確かなんだけど、無気力って言うのかな、思いつめた顔のまま天井を見つめるばかり…。点滴で栄養は摂ってるけど、おば様も付きっきりなの。」

 悲しみに暮れる沙織。その姿に祐樹は自分を攻めた。

「くそっ。もっと僕がしっかりしてれば…。」

 言いかけたところを沙織が顔を向けた。

「祐樹君のせいじゃないよ。…そう、誰のせいでもない。だからこれから元に戻すんじゃない。」

 優しい顔を見つめてから、祐樹もほほ笑んだ。

「そうだね。また元に戻すんだよね。」

 そして向かいの車窓を眺める。もうすぐ到着のためか、遠くに海が見える。そして、手前の土地に多くの工場が見えてきた。やがて、その奥の方に、これから向かおうとする真新しい社屋が見えた。

「龍輝、絶対に会うよ。」

 真剣な顔の祐樹。その横で沙織はその顔をじっと見つめた。自然と頬が赤くなる。先日、泣き顔を互いに見せ合ったことが、沙織の想いを募らせた。本来の目的は忘れていないが、彼女としては、祐樹と二人でいたいという気持ちもあった。


 駅から約10分歩いた所で目的地の入口に着いた。周囲は高い金網が張られ、広い大きな門は半開し、奥には警備員が立っていた。その門の前には幾つかの人影が見られた。どうやら報道関係者らしいが、特に何かしている様子ではなかった。

「それにしても、綺麗な建物だね。」

 沙織が見上げながら言った。門のすぐ奥には5階建て横長の建物がある。ガラス張りで、近代的なデザインをしており、とても軍隊のイメージは無かった。その更に奥は広大な土地が広がっているらしく、倉庫らしい建物が見えた。

「さて、どうしようか祐樹君?」

 辺りを見回した後、尋ねる少女を置いて、祐樹はテクテクと1人門番の所へ歩いて行った。慌てて沙織は後を追う。

「な、何するの祐樹君?」

「ん、入れてもらえないか聞いてみようと思って。」

 呆気にとられた。慌てて止めようとするが、

「別に悪い事する訳じゃないでしょ。これで会えたらラッキーだし。」

 そう言って祐樹は進んだ。流石に沙織はダメだと思ったが、普段は無い自発的な彼の姿を見て、後を付いて行った。


「まさか、こんな展開になるなんて…。」

 沙織は今、祐樹と社屋内に通されていた。場所は第一応接室。そのソファーで座っている。白と黒で統一された部屋のインテリア。16畳くらいの広さにテーブルとソファーがある。外は観賞用の庭園があり、壁かけのインターホンとエアコンが備わっているだけだった。簡素だが、実に明るく清潔感に溢れた部屋だった。

 ここに来るまできょろきょろと見回してきたが、とても軍事基地には見えかった。皆が統一した制服に身を纏っているが、それ以外は父の務める会社の様な感じだった。いや、一流企業らしく、過ごしやすい感じがする。

「もっと、殺伐とした印象があったんだけどな。」

「そうだね、僕ももっと違うイメージだったけど、綺麗な所だよね。」

 あっさりと言う少年に、少女は頼もしく感じたが、実際は握られた両手が緊張している事を物語っていた。事実、さっき彼が門の警備員に話しかけたとき、相手は全く気にもしてくれそうになかった。だが、ここでひとつの出来事を思い出していた。それは、

「僕たち、この前襲われたんですが、その時、人間が変身したのを見てしまったんです。」

 その言葉に、警備員は連絡を取った。そしてしばらくしてから内部へと通された。社屋から受付の女性が迎えに来ると、そのままこの部屋まで通されたのだった。

「祐樹君、どうしてあんなことを言ったの?」

「うん、だって今まで人が変身するなんて聞いたことなかったよね。だからそのことについて情報提供すると言えば入れるかと思ったんだ。ここで旨く龍輝に会えればいいんだけど。」

 確かに。今まで見たニュースなどでは、怪物が現れて人々を襲ったと言う話しか聞いたことが無い。もしそれが明るみになれば、誰もが周囲に対して疑心暗鬼に陥ると思う。

 よく気付いたものだと関心した。このような一面を見られて、付いて来て良かったと思う半面、もっと私の気持ちにも気付いてほしいとも思う。だが、とりあえずこれからが正念場だと、沙織は肝に銘じた。

 やがて、入り口のドアがノックされ、扉が開く。それに応じて二人は立ち上がった。視線の先に、紺の制服の上から白衣をまとった女性が現れた。髪をアップにまとめ、黒縁のめがねをかけたまだ二十歳代と思われる女性だった。その女性は二人に驚いた顔を見せた後、二人の前まで歩み寄ってから踵をあわせ、敬礼した。

「K・M・E医療技術主任、青山と申します。」

 そう告げた後、手を下ろして指先を伸ばして直立した。

「本日は貴重な情報をお持ちだと聞きました。どうぞよろしくお願いします。」

 軽く低頭されて、学生たちも合わせた。そして同じように挨拶する。

「真和学園高等学校1年、比呂田祐樹です。」

「同じく、中澤沙織といいます。今日は突然お邪魔してすみませんでした。」

 すると青山は二人に席を勧め、二人が座ると、インターホンでドリンクを頼んだ。すると間もなくして、案内してくれた女性がオレンジジュースとコーヒーを運んでくれた。

「さて、早速ですが、お話いただけますか?」

 祐樹と沙織は、まずあの時の状況を説明していった。倒れていた男性がいたこと。野犬に襲われて、その傷を負っていたこと。高熱と意識不明、ひどい身震いを起こしていたこと、そして事件の状況を順に話した。思い出しても身震いする出来事だった。それらを手にしたレポートに記入しながら、青山は上手に二人の話を誘導していく。おかげであの時の状況を詳しく話すことができた。

 そして一通り話し終えると、青山はレポートをしまった。

「情報提供ありがとうございました。本来はこのような面会は行っていないのですが、今回は特別といたしました。何かございましたら、お電話でお願いいたします。」

 そうして名刺をそれぞれに渡した。

「以上をこれからの対策に役立てさせていただきます。あと、何かございますか?」

 そう言われて、二人は互いに顔を見合わせた。そして、祐樹が尋ねる。

「あの、実は友達がここにいると思うんですが…。」

 その言葉に青山はにっこりと微笑んだ。

「古牙隊員のことですね。」

「は、はいっ。」

 予想していなかった。まさかすぐにその名前が出るとは思ってなかったから。

「あの、龍輝は元気なんですか?」

 すると青山は表情を変えた。変わらず優しそうな表情を浮かべるが、その雰囲気が軍に身を置く人の威圧感を含んでいた。

「詳細をあまりお聞かせすることは出来ません。ですが、友人として心配頂いてるようなので、そのようには申しておきます。古牙隊員はわがチームの主軸となる人物です。そのため、体調管理などにつきましては、常に万全でいられるよう日頃より心がけております。」

 仕種やしゃべり方は丁寧でおっとりしているが、言葉の端々に毅然としたものが伺えた。

「あのぉ、龍輝には会えませんか?」

 青山の態度は変わらなかった。

「それは出来ません。ご存知の通り、我々社内にて勤務しているものはこうしてお会いできますが、隊員たちはその身元を極秘事項としております。先日の放送以来、報道が古牙隊員の映像を出さなくなったことでお察しください。」

 そう、美麗が見てしまったあの映像は、次の日には跡形もなく消えてしまった。ネットにも全く検索できず、それが桐生院グループの働きであることは容易に感じ取れた。

「もし、何かをお伝えするなら、私が承ります。」

 祐樹は一度、沙織に視線を送り、それから発言した。

「でしたら、…実は先ほど話した事件の後、龍輝は一方的に別れを告げたんです。もう、俺に関わるなって言われました。でも、僕は彼を親友だって思ってるんです。その後、何の連絡も取れないから、心配もしてるんです。」

「そうなんです。私も友達として助けてもらったお礼が言いたいです。」

 沙織も続いて訴えた。が、青山から淡々とした言葉が返された。

「来られていた事は伝えます。ですが、もうお会いにならないほうがよろしいと思います。」

 沙織が血相を変えて反論した。

「何故ですか!ひ、酷くありませんか?そんな一方的におっしゃるなんて。」

 何とか食い下がろうとする沙織だった。それは仕方ないだろう。大切な友に伝えねばならない。なのに、このままでは何も伝えられない。そんな感情を剥き出しにした沙織に、青山の口調が厳しいものとなった。

「確かに一方的でしょう。ですが、それは私的見解です。我々は普通の生活を捨てて、公のために働いているのです。我々が個人を優先すると、それが大きな被害を招く可能性があるのが分かりますか?」

 その迫力と、言葉の重みに沙織は口を瞑った。そして青山はめがねを外すと言葉を続けた。

「更に申し上げますが、危険を承知でオウ…、コホン失礼、凶暴な生物に対峙する彼をあなた方は受け入れられますか?現に先日、命令を待たずに出てしまった古牙隊員が、その身を危険に晒してまで助けたのに、どのような態度を示されたか覚えていますか?」

 知的な美しさを備えた女性だけに、その厳しい表情は学生を圧倒するには十分だった。しかも、彼女自身も感情が入っているため、言葉に厳しさがヒシヒシと感じ取れた。何より、今の話からすれば、龍輝は美麗のために命令違反を犯し、危険を顧みずに飛び出したのだ。その結果は…。美麗がここにいなくて良かったと思った。

 静まり返った学生たちに、青山は一度咳払いをした。そして、口調を戻して話しかける。

「申し訳ありません。手荒な言い方になってしまいました。私も彼を幼いころから弟のように見て来ました。だからあの後で悲しそうだった彼を見ました。でも、そうした気持ちを振り切って、人々のためにがんばっているのです。どうか、彼を思うのでしたら、これ以上彼を惑わさないでください。人のために戦う決心を妨げないでください。」

 この人も仲間として、龍輝を大切に思っていることが感じられた。僕らの知る龍輝と戦いの中の龍輝。同じ人物なのに、見えない部分が大きいと祐樹は思った。それでも彼は親友なんだ。そう思った祐樹は、

「どうするかなんて龍輝の気持ちだから、僕が言うことなんて出来ません。でも人として、別れは相手と伝え合わなければいけないと思います。龍輝は言っても僕は伝えてないし、別れるつもりはありません。僕にとって彼は親友なんです。今日はもう帰りますが、伝言はありません。僕は彼に直接言いたいですから。」

 すると祐樹は沙織に帰る合図を送った。すると沙織も、

「私も同じ気持ちです。私たちはずっと彼を応援しています。でも、出来るなら直接言いたいです。…本日は貴重な時間を頂きありがとうございました。」

 二人は立ち上がると、青山もそれに習い直立した。そして互いに軽く低頭すると、青山はそのまま入り口へと連れて行ってくれた。そこには一台の黒い車が用意されていた。

「貴重なご報告、ありがとうございました。お帰りはこの車でお帰りください。このまま出られますと、報道の方たちに絡まれるでしょうから。」

 当初の感じで、青山は見送ってくれた。祐樹たちも丁寧にお礼を述べ、そのまま用意してくれた車に乗り込んだ。そして二人は市民病院まで送ってもらったが、大きな収穫が入手できなかったことに落胆していた。


 昼を過ぎ、放課後になってマスターのところに強が来た。今日も学校は昼までだったらしい。事件のため、授業も進められず今週いっぱいはホームルームばかりになるらしい。

「で、どうだった?龍輝に会えたか?」

 勢いよく尋ねるが、二人の表情から察することが出来た。沙織のほうから今日の経緯が説明された。マスターと強は静かに耳を傾けた。一通り聞いて、強は大きくため息をついた。

「何だ、結局会う手段がないのか。」

「藤枝さんも変わりないみたいだよ。」

 沙織が様子を伺いに行ったが、やはり天井を見つめたまま周囲のことなど気にしていない様子だった。だから話も出来なかった。

「打つ手なしか…。」

 強が呟くと、マスターが口を開いた。

「そう嘆くな。その青山って言う人の話だと、龍輝が元気にがんばってるって分かったじゃないか。最後に二人が言ったように、しばらくは応援してやろう。機会はきっと訪れるはずだ。」

 その言葉に、三人は承知した。それしか今は考えられなかった。事実、望みはなくなっている。龍輝の住んでいたアパートはすでに引き払っていた。他に手段も思いつかないため、何かどんなことでもいいから好転してほしいと願った。


 翌週になって、学校に美麗が姿を見せた。午前中に退院して、それから恭子に連れられて学校に来たらしかった。学校に現れた美麗を見て、祐樹は驚いた。そう、笑顔なのである。先週までは死んでいるかのような状態だったと聞いていた。絵里も土曜日には退院しており、沙織と美麗のことを心配していたらしいが、当の本人はそんな様子が感じられない。絵里は驚きを見せており、沙織に至っては暗い表情だった。

「何かあったの?心配する必要がないみたいだけど。」

 祐樹と強が小声で沙織に尋ねたが、沙織自身も理由が分からなかった。昨日見舞いに行った時はいつもと変わらなかったらしく、今、そこにいるのが不思議なほどであった。

「美麗、もう体は痛くないの?」

 授業が終わって、絵里が尋ねた。その問いにまたも笑顔の美麗が頷く。

「うん。絵里ちゃんこそ大丈夫なの?」

「ええ。美麗よりもたいしたことなかったからね。」

 沙織たちが話そうとしているうちに何人ものクラスメートたちが寄ってきた。みなが心配していたのだ。事件のことに触れず、みんなが体の心配をしていた。その様子に、沙織は唇を噛んだ。誰も尋ねないことに気付いた。そう、古牙龍輝のことをみんな知っていながら、誰も話題にしようとしないのだ。そうしてようやく美麗と話す機会がめぐってきた。美麗のほうから声をかけてきた。

「沙織、いろいろありがとう。心配かけてごめんね。もう大丈夫だから。」

「そう。良かったわ。」

 あまりの笑顔に結局自分も尋ねる事ができなかった。その笑顔に、沙織は違和感を感じていたのに。


 放課後になって、久々に三人で帰ることにした沙織たちは教室を出た。祐樹と強は掃除当番だったので、また明日と挨拶して下駄箱へ向かった。そして校舎を出た時、何人かの男たちが三人の前に現れた。そして、その中の一人が美麗に近づいた。ほっそりしたなかなかの美形であるが、軽薄そうな印象の男だった。沙織はあまり良い印象を抱けなかった。もちろん、絵里や美麗も同じ意見だろうが…。

「藤枝さん、俺は二年の田中俊介って言います。良かったら俺とデートしてくれませんか?」

 柔らかく優しげな口調であるが、何をいきなりと沙織が睨み付けた。龍輝がいなくなったときいて、男子生徒の間で美麗と付き合おうとする動きが増えていると、強が言っていたのを思い出した。傷ついている美麗に何を言い出したかと絵里も怒りを見せる。すると、

「いいよ。」

 思わぬ声に二人は振り返り、目を見張った。

「いいよ。いつですか?」

 何食わぬ顔で答えた美麗。すると男は周りの男たちに喜びを見せるとメモ用紙を美麗に手渡した。

「この後、メモの通りに待ってるから。よろしく。」

 そういって男たちは走り去ってしまった。それを見送ってから、美麗はメモを見て「フム」と相槌を打つと、それをポケットにしまい込んだ。途端、沙織が正面に立って怒りを見せた。

「美麗っ!どういうつもりなの!!」

 不思議そうに小首をかしげる美麗。

「どういうって、見ての通りだよ。」

 その返事に絵里も声を荒げた。

「おかしいよ美麗。いつもらしくないよ!」

「いつもって、変な事言わないでよ絵里ちゃん。」

 美麗の表情が引きつった。それを確認して沙織は落ち着いて尋ねる。

「いつもなら、ああいった申し出を、一番に断るのは美麗だったでしょ。なのにどうして?」

 すると美しい少女は苦笑した。

「せっかくの申し出だから、ほんの二時間くらいならいいかなって。」

 そこで絵里が核心に触れた。

「美麗っ、古牙君のことはどうするの!」

 途端に異変が起こった。まるで停止ボタンを押したかのように美麗の体が動きを止めた。驚いたように大きく開いた瞳。そして徐々に体が震えだし、顔から笑みが消え失せた。病院でいたときと同じ、輝きをなくした瞳が宙を舞う。 

 その姿に二人は言葉を失った。震える両手がその頬を覆う。

「ヤダ、もうやめて…。」

 呪文のように呟き始めた。その身が崩れそうで絵里が堪らず抱きしめた。

「美麗、ごめん。大丈夫よ。美麗は何も悪くないから。美麗は悪くないよ。」

「そうよ美麗。何も気にすることはないわ。」

 沙織も必死で訴えかけた。だが、その声は届いていなかった。絵里を振りほどくと、後ずさって二人から距離をとる。やがて、涙にぬれた瞳が向けられる。

「やめて。私は酷いことをしたの。助けてくれた人を…大好きな人を傷つけてしまったのよ。だから怒っていなくなったじゃない。話も出来ないのに、もうどうしようもないじゃない!」

 大粒の涙が溢れる。そしてチャームポイントである泣き黒子を濡らし流れた。

 相対する絵里も泣きながら叫ぶ。

「駄目ぇ。駄目だよ諦めちゃ。今まであんなにがんばったじゃない。いっぱいいっぱいがんばったのに、どうして諦めちゃうの。」

「そうよ美麗。私も同じ意見だよ。お別れも交わしてないじゃない。いつもの貴女ならここで諦めたりしないよ。」

 そして距離を詰めようとした。が、美麗が泣き叫ぶことで足が止まった。

「やめて、もう方法はないでしょ。会ってくれないじゃない。彼を忘れるしかないじゃない。」

 その言葉に沙織は愕然とした。美麗が龍輝を忘れると言った。フラれてもめげなかった程強く想っていた幼馴染の言葉。それは隙を作るに十分な言葉だった。美麗は後ろに向くと静かに言い残した。

「言葉も無くいなくなるなんて…、やっぱり住む世界が違うんだよ。」

 駆け出した美麗。周囲はざわめき、絵里は泣きじゃくった。それを寄り添いなだめる沙織は、去っていく美麗を見つめていた。その後ろから、ようやく掃除を終えた祐樹たちが追いかけてきた。

「何があったんだ!」

 強が尋ねる。すると沙織も涙を溢れさせながら呟いた。

「美麗が…。諦めちゃった。」


 美麗の家に沙織たちが来たのは美麗が出かけた後だった。美麗を引き留めるため、沙織と絵里は美麗の家を訪れたが、そこで恭子と出会い、ついさっき出かけたことを聞いた。

「えっ、いないんですか。」

 玄関先で恭子と話す。

「さっき、出かけてくるって言ってたけど。一緒じゃなかったの?」

「えっ、デートのこときいてないんですか!」

 恭子が耳を疑った。

「デートって、龍輝君は…?!」

「違うんです。帰りに2年の先輩から誘われたんです。」

 ふと見れば、絵里がずっと泣いていた様子で、今もグズっている。恭子の表情が険しくなると、沙織に事情を聞いた。 

 あれから、強が情報を集めてくれたおかげで、田中と言う先輩が評判の良くないことも伝えた。物腰柔らかく、優しく接しながら、口説いては女性を泣かせているらしい。まさに『女の敵』である。学園内でも被害に遭った女性は多いらしい。

「このままじゃ、美麗が危ないよ。」

 絵里が涙ながらに訴えた。沙織が早速、携帯で美麗を呼び止めようとするが、恭子がそれを制した。その顔を見るが、母親は真剣な面持ちで頷いた。

「待ちましょう。そのままにしておいて。」

 意外な言葉だった。その様子に諦めや放置と言う感じはなく、明確な意思が含まれているようだった。

「心配といえば心配よ。でもね、いつまでも龍輝君に囚われるより、いろいろと経験させたいの。」

「でもおば様、相手の人が…。もしかしたら美麗が!」

 沙織が女性として傷つくことを案じているのは分かった。その気持ちは同じだ。でも、

「二人が美麗のことを心配してくれるのは嬉しい。でもね、私はあの子を状況に流されて身を滅ぼすような弱い人間に育てたつもりはないの。万が一そうなっても、それは本人の責任。そして私の責任。…母親として信じたいの。」

 毅然とした態度に流石だと感心したが、その手が強く握りこまれていることに気付くと、その心配する母親の気持ちが痛く感じた。よく見ればかなりやつれている。目の下もクマがあり、肌に張りも無くなっている。

 それもそのはず、先週からずっと父親が仕事でいないために、独り病院で付き添っていたのだ。その一人娘が事件で命を失いかけたと聞いた時は、どれほど心配しただろうか。そして入院して食事もせず、精神的に病んでしまった。それでもこの人は他人に心配かけまいと気丈に振舞い、今朝まで愛娘を看病していた。そんな優しい母親が心配をしていないはずがない。そう感じたとき、沙織はふと涙が溢れそうになった。それは絵里も同じだったらしく、二人は頷きあい恭子の手を取った。

「おば様、心配しないでください。きっと美麗は大丈夫ですよ。」

「そうだよ、おばさんが育てた娘だもん。それに私たちも街に行ってみるから。 何かあったら助けるから。」

 少しの間二人を交互に見る恭子。やがてにっこり笑みを浮かべると、

「そうね。ありがと、二人とも。美麗は良い友達がいて幸せ者ね。」

 その目尻に輝くモノが光った。やはり無理しているんだと感じ取れた。

「じゃあおばさん、行って来ます。帰ったら心配させた分、美麗を叱らなきゃ。」

「そうね。久々にお尻を打たなきゃね。」

 絵里の言葉に、恭子が手をスナップを利かせて振った。その瞬間、二人は幼いころの苦い思い出が蘇った。

「…じゃ、行きます。祐樹君たちも行ってくれてますから。」

 こうして二人の少女は街中へと向かった。それを見送ってから恭子は家の中に入った。扉を閉めた後、玄関へ倒れこむように座る。

「あぁ、美麗。…どうしてなの。どうして龍輝君があそこにいるの。」

 一人になって貯めていたものが吐き出される。この春、娘が男の子の名前を口にした。それは本当に初めてのことで、興味を持った。やがて初めて出会ったとき、その雰囲気から何か影を持っていると察した。でも、娘と接する時の優しさや、娘の一途な態度に迷惑そうな感じもなく、どちらかと言えば大切に思ってくれていると安心した。そんな彼がK・M・Eに所属していた。ふと、20年前に別れた友人のことを思い出す。

「凛、まさか貴女のことを思い出すなんて。」

 親友だった彼女は、K・M・Eの前身だった部隊へ入隊した時から会わなくなった。その特殊部隊は凶悪犯罪やテロ、そしてその部隊のオーナーが、自らの汚点を抹消するために創った。それは、海外の特殊部隊に負けないほどのチームを目指した。各個人の能力も非凡で、如何なる状況下でも対応された。その部隊員には、様々な資格が与えられ、中には殺人許可証さえあった。恭子にとってこの部隊は因縁がある。友人だけでない。自分の中に流れる血が関係するのだ。

「うう、…御爺様。貴方は私から友人を奪い、あまつさえ自らの孫娘まで辛い思いをさせるのですか。許しません。私は貴方を許しません!」

 そう呟くと嗚咽を漏らし、奥歯を噛み締めて涙を流した。


 暗い廊下を進み、少年はブリーフィングルームに入った。並べられた机の一つに、口髭を生やした男が座っている。鋭い眼光が入室した少年へ向けられる。すると少年は一礼の後、男の前に進み出て敬礼した。

「お呼びでしょうか隊長。」

 少年は長身で、黒いアンダーシャツに黒のパンツルックだった。その上に紺のジャケットを着ている。一方の隊長も同じ格好だった。

「お前、青山から聞いたが、学校を辞めたのは本当か?」

 少年はハッとして少し気まずそうに答えた。

「はい。相談もなく勝手してすみませんでした。」

「どうして辞めたんだ。」

「はい。最近の発生率、凶暴性を考えると、自分が学生を続けるより効率的だと思ったからです。」

 悪びれる様子もなく、淡々と答える姿に、隊長である『石田』は叱り付けた。

「馬鹿野郎ーっ!何が効率的だ!!」

 怒声が室内に響き渡った。

「お前は学校の必要性を感じていないのか。」

 するとごく自然に答えられた。怒鳴り声など、どこ吹く風と言う感じだ。

「いえ、学生において学力向上を目指し、心身ともに成長をさせる絶好の教育機関です。まぁ、いくつか問題点もありますが…。」

 流石に呆れた表情を見せる石田は、大きなため息をついた。

「なあ、今は二人だけだから畏まった言い方はしなくて良い。それよりワシが聞きたいのは、お前にとっての学校生活についてだぞ、龍輝。」

 すると、それまで直立だった龍輝は、足幅を広げ、肩の力を抜いた。そして目をゆっくり瞬きさせた。

「本当にすみませんでした。保護者として書類に記入していただいたのに。何の相談もしなかったのは謝ります。ですが、俺が学校を続けるより、こっちにいた方が良いと判断したのは事実です。」

 石田は頬杖をついた。

「ならば学校にはきちんと『けじめ』つけてきたのか?」

「はい。」

「ならばどうして真和高校の生徒がここにやってくるんだ。」

「えっ?!」

 石田の言葉に驚きを見せる。それを見て石田は呟いた。

「やっぱり知らなかったか。全く、青山の奴、勝手をしやがって。」

「ど、どういうことですか?」

 動揺を隠せない龍輝を見て、石田は笑った。

「はっはっは。その反応はいいなぁ。実は先週の来客リストを見ていて気付いたんだ。青山が対応したみたいだが報告がなくてな、さっき吐かせた所だ。」

「そ、それでどんな生徒だったんですか?」

 滅多に見せないうろたえように、石田は意地悪く答えた。

「カップルだよ。お前と同学年の比呂田と中澤と聞いた。何でも事件の報告に来てくれていたらしいが、お前の話になったらしい。会わせろとな。」

 それを聞いて胸がチクリと痛んだ。あんな別れ方をしたのに、まだ俺に関わろうとしてくれる事に、嬉しくも苦しくも思えた。そんな龍輝に石田が続ける。

「一方的に別れたらしいな。確か前に2回ほど助けた少年だろ?比呂多と言う少年は…。良い男じゃないか。」

「はい…。」

 親友と言ってくれた初めての友人。今でもその存在は大きなものだ。そんな思いの中、石田は新たな言葉を繰り出した。

「だが本当に伝える相手に言ってきたのか?」

 ギョッとした。その予想以上の反応に石田の笑いも大きくなる。

「はーっはっはっは。今日のお前は話していて楽しいぞ。滅多に見えんからなぁその反応は!」

 龍輝はバツが悪そうにその意味を尋ねた。それに応じて石田も真剣な表情になった。

「県警にいる友人から聞いたんだ。あの藤枝警部殿が愚痴っているらしいんだ。娘が男に振られておかしくなったとな。…それに最近のお前は荒んでいく一方だ。メンタルの面でおかしいと感じるわけなんだよ。隊長であり、育ての親とすればな。」

 グッと唇を噛んだ。

(あいつがおかしくなった?!…何故だ?)

 そう思うと胸を激しい痛みが襲う。

「前の作戦で、お前が命令も聞かずに飛び出した時があったな。しかもオウガ相手に肉弾戦だ。あの時駆け出した理由。庇った少女が藤枝警部のお嬢さんじゃないのか?」

 言葉を失う。助けた事は後悔していない。勿論今までの行動もそうだ。でも、少女のとった行動。その時のことが思い出され、呆然と立ち尽くす少年に言葉が続く。

「綺麗な娘さんだったな。普段冷静なお前が、あの時だけは感情を露にしていた。だから良く覚えているよ。『ミレイ』って叫んでいたが、あの子の名前か?」

 その問いには素直に頷いた。それを見て石田は優しく告げた。

「龍輝よ。わしはお前がこの部隊から離れても良いと思っている。古牙の遺志を継ぎ、今やこのK・M・Eのエースアタッカーにまで成長してくれたことは、正直嬉しい。そんなお前が学校を辞めてここにいてくれることは確かに効率的だ。ウチとしてはな。」

 語尾が強調された。そして石田は立ち上がり、龍輝の肩に手を置いて続けた。

「だがな、これはワシもそうなんだが、お前の両親が望んでいない将来なんだぞ。」

 龍輝は驚愕した。そんなことを今まで聞いた事が無かったからだ。見つめる先で、石田が語る。

「二人ともよく言っていた。お前には明るく楽しい未来を過ごしてほしいと。こんな血生臭い世界でなく、いつか愛する人と幸せに暮らしてほしいってな。特に母親は亡くなる直前まで、お前の将来を案じていた。」


 十年前…。

「石田さん。どうか、どうか龍輝を。あの子をお願い!私たちの分まで、幸せになれるように。…そして、ごめんねって伝えて。」

 周囲が慌ただしい中、夫の身体の下で、女の人が願った。その瞳はもう焦点が合っていない。ついさっきまで、2人は元気だった。ほんの一瞬、正に刹那の間に襲われた。そして妻を庇うようにして、戦友は逝った。庇ったのに、夫の心臓を貫いた鋭利な獲物は、そのまま妻の胸をも貫き、犯人は飛び去った。 

 石田の目の前で、龍輝の母親は涙ながらに訴える。必死に呼びかける石田たち。そして、母親は最後の言葉を遺した。

「龍輝。…幸せになって。そして負けないで。私たちは見守って・・・。」


 石田は思い出した後、龍輝の肩にあった手を離し、同時に背を向けた。ふと、目頭が熱くなる。不意に身体が震えた。

「それなのに、ワシは、お前をそれに反した道へ進ませてしまった。」

 半身で振り向き、龍輝を見つめる。その目は悲しみと申し訳なさが宿る。

「そして、望まれていない道へ、更に踏み込もうとしている。…お前のことだ、怯える少女の姿に、自分は生きる世界が違うと思ったんだろ?」

 龍輝は思わず視線を逸らした。図星だと察した石田は、口元を緩めた。

「ワシも同じだった。家のかみさんも同じ反応だった。だけどそれを承知で一緒にいてくれてるんだ。今もずっとな。だからワシもワシでいられる。」

 この言葉で、一つの道を示したかった。そして導いてやりたいと願った。元々子供らしい幼少時代を送っていたはずの児童を、らしくない世界に入れてしまった。それを本人が選んだが、自分が選ばせたのかも知れない。だから無理にでも中学は通わせた。そこで友ができた時は嬉しかった。妻も喜んでくれた。 

 亡くなった親友たちに、その忘れ形見たる一人息子が、血に染まる日常を送っていることを心苦しく思っていたが、それから人として感情が芽生え、今年一年はそれまで以上に表情も豊かになっていった。それが異性を意識したと知ったとき、何とか続けさせることを願った。それがこの少年が、穏やかな日常を過ごすきっかけになれればと期待した。

「ワシも、カミさんには何度も別れを伝えたものだ。だが、生きていたらまた会える。だから、それまでの間だけって、よく言われたもんだ。向こうが承知しない限りは、別れるわけにいかねぇからな。」

 隊長の話に若きエースはその思いを察した。しかし考えは、すぐにまとまらなかった。今まで両親の考えなど聞いた事が無かったからだ。だが、今の自分とそれらを照らし合わせて、己なりの答えを見つけようとした。

「…すっかり隊長の、のろけ話を聞かされた訳ですか。」

「コノヤロー、何言ってやがる。」

「フフッ、分かってます。さっきまで驚かされた仕返しです。」

 そう微笑むと直立して敬礼をした。

「ありがとうございました。両親や隊長の気持ち、自分なりに答えを出します。」

 久々に良い顔になった。その瞳に力が宿り、石田は「待ってるぞ」と微笑を浮かべて言った。

 その時、緊急アラームが鳴る。聞くや否や、二人はすぐに出動準備に移った。

「行くぞ、龍輝っ!」

「はい!」

 戦場へ向かうその力強い返事に、石田はいつものように、「こいつを守る」と自分に言い聞かせた。


 空の明かりはすでに落ち、街の外灯が点燈し始めた夕方の中央公園を、美麗は今日知り合った田中と言う男と歩いていた。最近流行のほのぼの映画を見て、その横のゲームセンターでちょっと遊んでから帰る途中だった。男は嬉しそうに語るが、美麗にすれば映画は上の空、ゲームも楽しいとは思わなかった。だが、せっかくのお誘いに笑顔だけは作っていた。

「突然の申し出だったけど、今日はありがとう。」

 前を歩く田中が丁寧に礼を述べた。すると美麗も礼を言った。

「いえ、私のほうこそありがとうございました。」

「気に入ってもらえたようで、それは良かった。」

 そして美麗は帰ろうとした。すると田中が先回りするように伝える。

「さて、送るとしようか。何しろ危険だからね。」

 美麗は断る理由がないため、そのまま田中と公園の奥へと入っていった。

 ちょうどそこに入れ違いで二人の少女が息を弾ませてやってきた。

「いないね。これだけ捜してるのに見つからない…。」

 沙織が辺りを見回す。息を切らせ膝に手を置く絵里が、一息ついて喋る。

「もしかしたらもう帰っているかもしれない…。携帯は?」

 でも沙織は首を横に振る。すでにかけていた携帯からは、電源オフの状態が知らされていた。

「どこ行ったんだろ…。」

「うん、もう少し探してみよう。次はあっちに行ってみよ。」

 肩を落とす絵里に対し、沙織がさっき美麗がここまでやって来た道を示した。

 絵里は力強く頷き、それからまた足早に駆けて行った。


 公園内はすでに暗くなり、外灯が道を照らしていた。そんな中で田中は美麗にいろいろと話しかけた。しかし、あまり会話に気乗りしない美麗は俯きながら歩いて行く。中央公園の真ん中に時計塔があり、それを境目として幾つかの通路に分かれている。そして、俯き気味に歩く美麗を、田中は声をかけながら扇動した。そう、最も人気の少ない森林コースへと。

 そして田中が立ち止まったところで、美麗もそこが人気の少ない森林コースであることに気付いた。次の瞬間、田中は美麗の腕を掴む。思わずその顔を見上げる美麗。

「ねぇ。美麗ちゃん、俺の女になってよ。」

 突然の申し出に両目をぱちくりさせる。途端腕を引かれて美麗は抱きしめられた。一瞬何事かと動作が止まったが、すぐにその束縛をもがき離れた。

「い、いきなり何をするのっ!やめて下さい。」

 すると田中は真剣な面持ちで迫る。

「君に辛い思いなんてさせないよ。何があっても守ってあげる。君のことが好きなんだ。」

 好きと言う言葉に身を固めてしまった美麗は、再び抱きしめられた。

「もう、忘れたほうが良いよ。彼のことは。」

 その言葉に、心が揺らいだ。

(そうだ、もう会えないんだ)

 ふっと力が抜けたのを、田中は見逃さなかった。その一瞬で美麗の唇に顔を近づけた。

「嫌っ!!」

 咄嗟に顔を背けて唇を守った。そして願うように言う。

「やめて、やめて下さい。こんなの嫌だよ。」

 再びもがくが、田中は見事に美麗の体を押さえ込んでいた。そして、目の前に現れた左耳にそっと息を吹きかける。

 それによって、美麗の体がビクッと波打った。

「んっ!」

 一気に顔は高潮し、唇を噛んだ。美麗にとって初めて得る感覚は、言葉を失わせた。すると田中はそのまま耳を嘗め回した。同時に美麗が「う~」と唸る。

「美麗ちゃん、君が欲しいんだ。誰にも君を渡したくない。」

 興奮した口調の田中は、耳たぶを噛んだ。途端に甘い吐息が漏れた。

「ゃんー?!」

 甘美な悲鳴に刺激され、田中は夢中で美麗の耳を攻めた。 かつて体験したことの無い感覚に、美麗の意識が薄れる。そして体の力が入りづらくなった。それを悟った田中は、抱き寄せたまま器用に美麗の胸とお尻を撫で始めた。

「ちょっ…、やだぁ!」

 不快感を感じたが、田中の慣れた手つきは丸みを帯びたお尻をマッサージするかのように撫で回し、右手で持ち上げられた左胸を適度な強さと指使いで揉んできた。それはまた違う感覚を与えてくる。気持ち悪いと思う。だけど美麗の体は意思に反して脱力し、足の力が抜けたため、田中の服にしがみ付く形になってしまった。

「気持ちよくなって。俺が嫌なことを忘れさせてあげるよ。」

 息遣いが荒くなった美麗にそう告げると、そのまま抱えるように林の中へ連れ込んだ。


 外灯の木洩れ日によってほんのりと薄暗い茂みの中、田中は、手荒く寝かされた美麗に覆い被さると、再びその大きな胸を弄んだ。

「い、イヤッ!やめて、こんなの嫌だ!!」

 何とか抵抗するが、力が思うように入らない。そして何よりも体が生まれて初めての感覚を伝え始めていた。周囲に助けを求めようと見回すが、人の気配など全く感じられなかった。それでも助けを求めようと声を出すが、大きな声は出せず、時々無意識に出る甘美な声が、発生を邪魔していた。

「ふふっ、この時間、ここは人通りが無いんだよ。そして、最近のあの事件で人が本当に寄り付かなくなった。」

 その言葉に美麗は恐怖を覚えた。まさかこんなことになるなんて。悔しくて涙が流れた。必死に手足を動かすが、田中はそれを上手に受け流すと、胸だけでなく下腹部も触り、逃げ出すことも出来ない。気付けばすでに衣服の中へ手が進入していた。その手は胸を滑るように移動し、下着の中に入り込む。そしてその先端に触れられた時―、

「アアぁー!」

 今までで一番大きな感覚が、電流のように体を駆け抜けた。その反動で体は大きく跳ね、目を見開いて甲高い声をあげてしまった。

 思わぬ反応に、田中は驚き体を離した。そしてじっと美麗の顔を覗き込むと、暗闇の中でほくそ笑んだ。

「す、すげぇー。凄いよ美麗ちゃん。そんだけ巨乳なのに、超敏感なんて。俺ってラッキーだぜ。」

 今までと違う声に美麗は恐怖心を煽られた。そして、今になってようやく理解した。この男は私の体が目当てなのだと。そんな男をいつもは断るのが私の役目なのに、親友が変わって止めようとしてくれてたんだ。

「ごめんなさい。沙織、絵里ちゃん。」

 止め処なく流れ出す涙。心配してくれた親友の顔が思い浮かび、その涙目を両手で覆った。そしてすすり泣き始める。

「美麗ちゃん、泣かないでよ。優しくしてあげるし、だんだん気持ち良くしてあげるからさ。」

 田中は美麗の太ももに跨り、服を脱がし始めた。セーターをズリ上げ、ワイシャツのボタンを一つずつ外していく。次第に露となるピンクのブラに包まれた白い大きな谷間に、興奮は高まる一方だった。これに触れていたという感触に満悦していると、すすり泣きに混じった言葉が聞こえてきた。

「グス…ヒック…ごめんなさい。…ごめんなさい。グスッ、助けて。助けて龍輝君。」

 その名前を聞いて田中は苛立ちを覚えた。そして立ち上がると怒鳴りつける。

「忘れてしまえよ。もういない奴なんかに助けを求めるな。」

 そして今度はジーンズに手をかけた。ボタンを外しジッパーを下ろす。そして一気にズボンをズリ下ろすと、ブラと同柄のパンツが現れた。

「ゴクッ、おおぉ…。」

 それを目の当たりにして田中は生唾を飲む。夢にまで見た美少女を手にするこの瞬間に震えながら、居ても立っても居られない下半身を解放すべく、自分のズボンを下ろした。


「ぐおぉぉぉぉー!」

 田中がズボンを下ろすと同時に、雄叫びが聞こえた。

「!なんだ?」

 動きを止めた田中は辺りを見回す。だが、今はそれより目の前に集中する時だ。そして再びピンクの布地に手を掛けようとして、今度ははっきりと聞こえた。猛獣の声だ。それを聞いて田中はビクッと身震いすると、左奥の方へ視線を向けた。林の奥のほうで、巨大なシルエットが見える。明らかに人間より一回りも二回りも巨体で、逃げ惑う人影が確認できた。

「何だあれ…、まさかあれが化物!」

 オドオドと震える田中、そして再び雄叫びが上がる。

「ガァアアアッ!」

「う、うわぁぁ~!」 

 男は下ろしたズボンもそのままに、一目散でその場から走り去った。

 

 ようやく開放された美麗は少ししてからゆっくりと体を起こした。

(…助かったの?)

 再び聞こえる雄叫び。ビクッとする。でもそれより何だか虚無感が心に漂った。何とか下衆な手からは救われた。でも、心を満たす深い悲しみは変わらない。このままあの生物に殺されたら楽になれるかもと思う。

(このまま…嫌、駄目だよ美麗!)

 思い浮かぶのは自分を思いやってくれた友人の事。何やら嬉しい気持ちと悲しみが入り混じって涙が零れる。それをごしごしと袖で擦り拭うと力強い視線を正面に向けた。そして今はその場を離れることを意識した。身なりは酷いものだったが、一先ずセーターを下ろし、ズボンを上げた。でも、恐怖のせいで立ち上がれなかった。さっきまでの不快な出来事も影響しているだろうが、今朝まで入院していた自分の体力が、かなり落ちていることを痛感した。

(このまま死ぬなんて許されない。今は生きるんだ。沙織たちに謝るんだ!)

 よろけながらも何とか外灯の灯る道に出た。幸いあの生物もいなければ人の気配もなかった。時計塔に向かって移動を始めた。足に十分な力が入らないため、這いずるように移動していく。せっかく治りかけた手足の擦り傷を、再び作っても、今は逃げることだけ考えた。傍から見れば、薄汚い格好の少女が這いずって、さぞみすぼらしく見えるだろう。これでも学園では沙織と分かつくらいの人気者だ。だけど今の私は、それが似合わぬくらい情けないと自分を叱咤する。

 そうしながらも、少しずつ移動はしている。後ろを時折振り返るが、怪物の声は遠のいている。もうちょっとだ。時計塔に着いたら、身を隠す場所もある。助けもあるかもしれない。そんなことを思いながら、時計塔のある広場までやってきた。

 もう一度後ろに振り返る。遠方で人々の叫び声がしている。ならば、こちらはまだ逃げられると安心した。

 だが、少女に対する罰はまだ終わらなかった。

「どうして…?!」

 広場に巨大な生物がいた。しかもそれ以外誰もいない。

(他にもいたんだ)

 そう悟った美麗は動きを止めた。このままやり過ごせないかと期待したが、その巨体はこちらに気付いてしまった。

(見つかった…)

 もう、逃げることは諦めた。自然と尻もちを付く感じで座り込む。どうやら運命が決まっているらしい。そう思うと変に騒がなくて済んだ。この前は突然の出来事だった。でも今は、ちゃんと覚悟することが出来る。それでも心のどこかが悲しいんだろう。止んでいた涙が溢れて止まらなかった。巨体がゆっくり近づいてくる。それを確認しながらも、脳裏に見知った顔が浮かび上がる。美麗は思い浮かぶ人たちに笑顔で声をかけた。

「お父さん、お母さん、今までありがとう。二人の娘で幸せだった。大好きだよ。…沙織、絵里ちゃん、せっかく言ってくれたのにごめんね。私たちは親友だよ。元気でね。…比呂田君、沙織のことお願い。幸せになってね。遠野君もがんばっていい人見つけるんだよ。」

 次第に歩み寄る生物。でも、脳裏に浮かぶ人の顔が次々溢れ、今までたくさんの人と出会えたんだとそれぞれに感謝した。実際僅かな時間だろうが、もの凄く長い時間を費やした気がした。

 やがて生物が目の前にやってきた。同時に最も強い想いのある顔が浮かんだ。それに微笑むと、そっと目を閉じる。

「やっぱり、貴方を忘れられないんだね。…きちんと謝りたかった。そしてちゃんと言っておきたかった。」

 雄叫びがあがる。いよいよ最後が来たかと思い、この最後の言葉が届くことを期待して祈りの姿勢を取った。

「今までありがと、大好きだよ。龍輝君。」

 巨大な拳が振り下ろされた。



お読み頂きありがとうございます。


恥ずかしながら学生時代に書いていた物語が出て参りまして、

何か『The Low of the World』のネタにならないかと読んでいたところ、

せっかくだから掲載してみようかと勇気(笑)を出してみた次第です。


普通なら絶対そんなことないよという世界観ですが、

それも空想だからこそできる楽しみということで温かく見て頂ければと願います。


本当は一話物で終わらせたかったのですが、文字数が多くて半分に区切りました。

私なりの恋愛的なお話、良かったらまた後半もお読み頂ければと思います。


では、続きもご用意いたします。

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