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3組目 異邦の少年

 今日は特別変わった少年の話をしよう。


 少年とは言っても、いつかこの村を訪れた礼儀正しい彼よりは幾分年上。

 17~8歳くらいの見た目だっただろうか。

 

 まず何より目に付いたのは、まるで寝起きのようなその恰好であった。

 街道の方から歩いてきた彼は、シャツ1枚にズボンだけという極限に近い軽装。

 武器はおろか旅支度を詰め込んだバッグすら持たず、手ぶらで、私の前に現れた。


「ようこそ、ここはドルフの村だよ」


 相手がどんな格好であろうと、私の仕事は変わらない。


 すると彼はゆるい癖のあるボサボサの茶髪をかき上げてから、好奇心に満ちた瞳で私のことを頭からつま先まで嘗め回すように眺めた。


「村の名前を教えてくれるヤツとかホントにいるんだ! ありがちだけど、実際のシチュエーションとしてはめっちゃ笑えるわ、これ!」


 そう言って、口元に手を当てて笑いをこらえる。


 なんだ。

 よくわからないが、とても失礼なことを言われたような気がするのだけは理解できた。


「おっさん、それ仕事なの?」

「そうだ。それと、私はおっさんと呼ばれるような年じゃない」

「いいなぁ、俺もそんなんで食ってけるなら喜んでNPCになるわ」


 えぬぴーしー?


 私が知らない……異国の言葉だろうか?

 見たところ、この国の服装ではない。


 雪のように真っ白いシャツと、インゴットカラーの厚手生地のズボン。

 どちらもシンプルながら無駄のない、それでいて細密な縫い目。


 これほど細かく、かつ等間隔に並んだ縫い目を私はいまだかつて見たことがない。

 彼の国は、恐ろしいほどに高い裁縫技術を持った職人がいるようだ。


 一方で履物はサンダル……だが、この材質はなんだ?

 布でも皮でもない。

 ツルツルとした光沢のある無機質な素材で、つなぎ目など存在せず、まるで初めからその形をしていたかのようにサンダルの形を成してる。

 

 デザインも奇抜で、一枚の靴底から足の甲とつま先を守るように覆われたガードが目を引く。

 ガードであるはずなのに、無数の穴が開いてるのはなぜなのだろう……ガードの意味がない。

 謎だ。


「ところでさ、俺この世界に来たばっかで何も分からないんだけど何すればいいの?」

「世界……? よくわからないが、君はどうしてこの村に来たんだい?」

「コンビニから出て道路に出たあたりから記憶がないんだ。なんか夢でキレーな女神様と話したような気がするけど、気づいたらこの村の近くにいてさ」


 コンビニ?

 女神様?


「村の名前教えてくれるNPCがいるから、たぶんゲームっぽい世界に飛ばされたんだろ。なんかこう、戦ってお金稼ぐみたいな職ってあんの? 勇者とか、騎士とか、冒険者とか」


 またか。

 どうやら彼の国では私のような人間をNPCと呼ぶらしい。

 意味は分からないが……今度、村で一番博識な薬屋に聞いてみよう。

 

「勇者がどのような仕事かは分かりかねるが、騎士なら王城で試験を受けて。冒険者なら王都の冒険者協会で登録すればなれるよ」

「おっ、冒険者! おっけー、おっけー。で、王都ってどうやっていくの?」

「この道を道なりに行けばいい」

「了解! サンキュー、おっさん!」


 少年はそれだけ言い残して、すたすたと街道を歩いて行ってしまった。

 

 ううむ、一体何だったんだろう……いろんな旅人を目にしてきたが、彼ほど謎の多い人物に出会ったのは初めてだ。

 あと、何度でも言うが私はおっさんと呼ばれるような年じゃない。

 

 

 

 それから数日、彼が再び現れることはなくいつもと変わらない日々が続いていた。


 また出会う機会を心なしか期待していた私だったが、出会えないなら出会えないで仕方のないこと。

 昨日笑顔で話した相手が、次の日には道端で朽ちるの待つ身かもしれない。

 それが冒険者というものだ。

 

 その日、彼の代わりに2頭の早馬が村にやってきた。

 あの軽銀でできた揃いの鎧は王都の兵士か。

 この村は警備見回りの範囲に入っているから特別珍しいものではなかったが、早馬を見るのはずいぶんと久しぶりだ。

 以前は確か、前国王暗殺の容疑がかけられた近衛兵長の動向を追っていた。


 そういえばあれから近衛兵長は見つかったのだろうか?

 商品と一緒に王都のゴシップ話を持ってきてくれる行商人の話題にあがったことはない。

 

 馬は村の入り口で足を止めると、戦闘の兵士が飛び降りるようにして私に駆け寄る。

 そして私がいつもの流儀を唱える前に、不躾に話を切り出した。

 

「この辺りで、奇抜な恰好をした茶髪の男を見なかったか!?」


 奇抜な恰好をした茶髪の少年……はて、私と彼の「奇抜」に対する美意識が一致しているのなら、それは私も待っている相手だ。


「はあ……3日ほど前にそれらしい人物は見ましたが」

「3日前……それなら違う!」


 流儀を遮られてただでさえ不完全燃焼なのに、そんな喧嘩腰に怒鳴られてはいくら温厚を自負する私であろうとカチンとくるものがある。


「その人物が、どうかしたのですか?」

「それは答えられない! だが王国に歯向かう大罪人であるゆえ、見つけたら即刻捕らえて差し出すように!」


 兵士はそれだけ言い捨てると、馬に飛び乗って街道を別の方角へと走り去っていった。

 

 大罪人……あの男が?

 ううむ、謎の多い男ではあったが、冒険者になるために王都へ向かった彼がなぜ……?

 

 私がしばし考え込んでいると、こそこそと村に歩み寄る2つの影が目に入った。


 茶色のトラベルマントに身を包み、頭をそのフードですっぽり覆った2人組。

 彼らは異様に辺りを警戒して、ちらちらと視線を泳がせていた。


 あやしい。

 これはめちゃくちゃあやしい。


「おっさん……! おっさん……!」


 あまりのあやしさいガン見していると、うちの1人が遠巻きに私へとひそひそ声で語り掛けた。


「私はおっさんでは……って、この間の君か?」


 私の言葉に彼はフードを取り払う。

 ボサボサの茶髪と共に、あの日の彼の顔が姿を現した。

 

「良かった! やっぱ、おっさんみたいなどうでもいいNPCは、いきなり俺の事捕まえようとしたりしないか」


 安心したように大きく息を吐く少年。

 その後ろで、彼よりも頭1つ分ほど背の低い人が、彼のマントの端を引いた。


「ユーマ、この方は?」


 その人物は鈴のように軽やかで透き通った少女の声をしていた。

 優しく、すべてを包み込むような包容力と気品を兼ね備え、それでいて有無を言わさぬ絶対性をはらんだ響き。

 

 少年と違って、口元も砂塵避けのマスクで覆っていてその顔は全くうかがい知ることができない。

 なのに無条件で彼女のことを信頼してしまいそうな、そんな錯覚に惑わされる。

 

「俺が右も左も分からない時にいろいろ教えてくれた人だ。少なくとも、悪い人じゃない」

「そうですか……あなたがそう言うのなら安心です。そこの方、不躾に警戒して大変失礼いたしました」

「いえ……構いませんよ?」


 彼女の声を聴いているだけで心が安らぐ。


 なんだこれは。

 精神操作系の術でも使われたのだろうか。

 だが、そんな気配も自覚も全くない。


「さっき兵士が来てたよな? 俺のこと話した?」

「話したが、君のことだとは信じてもらえなかった」

「まじかよ、あっぶねぇ!」


 彼は目を白黒させて飛び上がった。


「大罪を犯した、ということだが……?」


 私の問いに少年はバツが悪そうに目をそらす。

 

 いや、逸らしたのではなく、後ろの彼女を見ていた。

 彼女はその視線を感じて息をのむと、彼の背から出て私の前へと歩み出した。

 

「彼のしたことは確かに国の法では大罪とみなされるかもしれません。ですが、わたくしにはなさなければならない使命があるのです。彼はそれに力を貸してくれたにすぎません……それだけは、どうか信じてください」


 フードの隙間から、美しいラピスラズリのような瞳が覗く。

 そこに宿った強い意志と吸い込まれそうな輝きに、私の方も思わず息をのんでしまった。


「失礼ですが、あなたは?」


 彼女は伏し目がちになって、申し訳なさそうに首を横に振る。

 

「それは答えられません。彼のためにも、あなたのためにも」

「ふむ……」


 煮え切らない返事だが、少なくとも引き下がれないだけの理由あることだけは伝わってくる。


 私のためにも――その言葉がどうしても心に引っかかったが、私が彼の言うところのNPCであるならば、きっとここは詮索しないのが正解だ。

 だから彼も、私に話しかけてくれたのだろう。


「そういうことだからさ、ごめん。せっかく教えて貰ったけど、俺、冒険者にはなれなかったわ」

「いや、それはいいのだが……」

「そんでもって先を急いでるから行くわ! また兵士来たら、今度は『そんなヤツ見てない』って言ってくれよ!」


 これからどうするのだと、そう尋ねる前に彼は自分の意思を伝えてくれた。

 

 右も左も分からなかった少年が、3日見ない間に進むべき道を見つけて帰ってきた。

 それがどのようなことであれ、どのような困難であれ、私の心も思わず高鳴った。

 この瞬間に出会うために、私はこうしてここに立っているのだ。

 

 少年はフードをかぶり直して、だけど去り際には顔を覗かせながら大きく手を振ってくれた。

 少女もまた、私の方を向いて品よく、深いお辞儀を送ってくれた。


 異邦の少年は使命ある少女を連れて旅に出る。 

 冒険者ではない彼らだが、これからきっと依頼でもお目にかかれないような大冒険をするような――そんな予感が私の中に確かにあった。

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