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2組目 せわしない男

 彼と出会ったのは、午前中の日課である筋トレを行っている時のことだった。


 いつものように村入り口の低い柵に足をかけ、腹筋に魂を込めていた時、眉毛をきれいにハの字にした薄い顔の男が仰向けになった私の顔を覗き込んでいた。


「あ、あの、宿屋はどこでしょう!?」


 背中を丸めていかにも自信なさげな細身の男が、あちらこちらにせわしなく視線を泳がせる。

 私は一息ついてから起き上がって彼を見た。


「ようこそ、ここはドルフの村だよ」


 挨拶代わりの様式美。

 これを言わなければ始まらない。


「いえ、ですから宿屋……」


 だというのに彼はそんなことどうでもいいといった様子で、答えを急ぐように私に詰め寄る。

 行動の1つ1つに小刻みな手足や肩の震えが乗る。

 動くことをやめたら死んでしまうのではないだろうか。

 そう思わされるほどに、とにかく落ち着きがない男だった。


「それならそこの……」

「そこですね!? ありがとうございます!」


 ……そこの酒場が午後になれば宿泊の受付を始めるぞ、と語るよりも早く、彼は私の示した店に一目散に駆けていってしまった。


 まだ午前中だから受付はおろか、そもそも店が開いてないだろう。

 案の定、彼は開かない扉をぐいぐい引っ張ってから、途方に暮れたように店の周りをうろうろと徘徊しはじめた。

 



 この村にいると、たまにああいった落ち着きのない冒険者がやってくる。

 彼らは決まって1人であり、何か時間に追われているかのように先を急ぐ。

 それもこれも「査定日」が近い人間に見られる特徴だ。

 

 いや……厳密には「査定に漏れそうな冒険者の」か。

 

 冒険者になりたい者は、主に大きな街にある冒険者組合の支所で登録を済ませればいい。

 登録することで組合を通して依頼を受けることができ、またその際に自分の身分を証明してもらえる。

 

 依頼人だってどこの馬の骨とも分からない人間に仕事を任せたくはない。

 一方で身寄りがなかったり、家が貧しかったり、そういった人間にとって「個人の信用」というものは得難いものだ。


 依頼者と彼らを繋ぐ架け橋。

 そのために組合は存在し、様々なサービスを提供している。

 もちろん、そもそも身分の保証なんて必要のない人間が依頼斡旋の利便性から登録する――なんてことも往々にしてある。

 

 とはいえ、冒険者組合だって慈善事業を行っているわけではない。

 彼ら彼女らだって生きているのだから、仲介に際して依頼人が用意した報酬の中から手数料を取ることで食い扶持としている。

 そうやっていられるのも、登録した冒険者がちゃんと仕事をこなして組合そのものの信用を保ってくれているからに他ならない。

 

 依頼人は組合を信用し、冒険者を信用する。

 組合も冒険者を信用し、依頼人へ派遣する。

 

 だからこそ冒険者もまた組合に信用を示さなければならず――それが年に1度、自分が登録した日に行われる「冒険査定」だ。

 

 査定の日、組合は冒険者のこの1年の活動を遡って調べてその者の冒険者登録の更新に可否を出す。

 とはいえ鬼の審査が行われるわけではなく、当たり前に、日々を食べていけるだけの依頼をこなしていれば自然とクリアできるだけの要求内容。

 

 だが、ごく稀にそうではない者がいる。

 もともとこういった仕事に向いていなかったり、能力が低くて依頼を達成できなかったり、大怪我をおって冒険が続けられなくなってしまったり――何らかの理由で審査を潜り抜けることができないもの。

 できそうにないもの。

 

 一度登録が抹消されると再登録は簡単なことではない。

 再登録に足るだけの実績を、あらかじめ準備して提示しなければならないのだ。

 そしてそれだけの実績を得ることは、登録冒険者でない身である以上は敷居の高いことである。

 

 だからこそ彼らは査定日が近くなるとああして挙動不審ぎみになりながら、一刻でも早く実績を積もうとやっきになるのだ。

 



――さて、少し説明が過ぎた。

 あの男の観察を続けよう。

 

 しばらく宿屋の周りをうろうろしていた男だったが、店の脇にある勝手口を見つけて押し入ろうとしていた。

 おいおい、いくら何でもそんなところからは……あっ、勝手口から宿屋の親父が出てきて見つかった。

 あーあ、怒鳴られてるよ。

 ただでさえ丸い背中をさらに丸くして……ああ、結局は平謝りをしながら宿を離れたか。

 

 そのまま彼はせかせかと、私の方へと歩み寄ってきた。

 

「まだお店やってなくて、怒られたんですけど!?」


 悲痛の叫びをあげる彼だったが、話を最後まで聞かなかったのは君だぞ。

 私は落ち着かせるように彼の両肩を叩いた。

 

「まあまあ。そもそもどうしてこんな朝っぱらから宿を探しているんだ?」

「そりゃ、眠るためですよ! 夜通しの依頼をこなしてきたばかりなんです! 今日も午後から別の依頼が入っているし……それまでに少しでも体力を回復しようと!」


 なかなかにハードなスケジュールじゃないか。

 どうやら彼は査定に怯える者の中でも、特に切羽詰まった状況に立たされているらしい。

 この様子なら来週……いや、数日中にでも査定日があるのかもしれない。


「私も多くの冒険者を見て来た。君のある程度の事情は察しているつもりだが……どうしてそこまで追い詰められているんだい?」

「それは……」


 私の問いかけに、男は言葉を詰まらせる。

 きっと何か後ろめたいことがあるのだろう。

 彼は視線を泳がせながらブツブツと何か唱えたのちに、大きくため息をついて語り始めた。


「実は……パーティを追い出されまして」

「ほう!」


 思わず身を乗り出した。

 これは新しいパターンだ。

 

 先も言ったが、彼のような人間は「1人」であることが多い。

 というのも冒険者の多くは数人でパーティを組み、顔馴染みチームとして依頼を受けることが多い。

 ソロで受けた場合は個人の活躍を細かく精査され実績に反映されるが、パーティで受けた場合はパーティの活躍がそのまま個人の活躍として反映される。

 すなわち、多少実力が劣っていてもパーティが活躍すれば高い実績を積むことができるのだ。


 だからこそ冒険者はこぞってパーティを探す――が、それができなかった者。

 人付き合いが上手でなかったり、要領がよくなかったり……そういった者がソロで実績を稼ぐのは稀有な例である。


 結果として彼らの多くは「査定を恐れる側」に立つこととなる。

 もちろん、そもそもパーティを組むつもりがない血潮あふれる冒険者はそこから除かれるが。


 そんなパーティから追い出されてピンチ!

 これは今までにない追い詰められ方だ。


「俺がリーダーをしていたんです。親友と一緒に作ったパーティで。同じ村出身の幼馴染でした。ただ……些細なことで喧嘩をしてしまって」


 彼は聞いてもいないのにペラペラと身の上を語り始めた。

 

 いいだろう。

 興味も惹かれたことだし、はきだめの役回りくらいは引き受けよう。

 

「小さいころからあいつに守られてばかりでした。見ての通り俺、要領が悪くて……迷惑をかけてばかりでした」

「だろうね」

「えっ?」


 思わず本音が漏れて彼は目を丸くする。

 しまった、口が滑った。

 私は笑顔でごまかして、彼に続きを促した。


「アイツは優秀で仲間想いのヤツです。他の仲間たちも、俺じゃなくてアイツの人柄に惚れてパーティに入ってくれました。そもそもこのパーティだって俺のめに作ってくれたようなもので……それが嫌だったんです」


 語り口に力が入る。

 それは相手への怒りというよりは、自分へ向けた憤りのように感じた。


「冒険者で名をあげたかったのは俺です。あいつはそもそも冒険者に興味はなかった。昔よく夢を語り合いました。その時のアイツはパン屋さんになりたいって言ってたんですよ。冒険者として活躍していくアイツを見ているうちに、その時の記憶が頭にちらついて……つい、言っちゃったんです。『お前はお前のやりたいことをやれよ』――って。そしたら大ゲンカ。他の仲間はアイツの味方ですから、情けない話にリーダーの俺が追い出されることになってしまいました。パーティを抜けてしまったら俺個人に目立った実績なんかこれっぽっちもなくて……必死にかき集めているというわけです」


 そこまで語って、彼はもう一度大きなため息をついた。

 事情は分かった。

 とはいえパーティ……いや、個人同士の問題だ。

 村の名前を紹介するだけの私が口を挟むべきことではない。

 

 だが、少なくとも彼の査定を乗り切る方法なら知っている。


「君はパーティに戻るべきだ。戻って、謝れ。謝って謝って謝って謝り通せ。そうしたら君の実績はパーティ評価になり、査定を無事に乗り切れる」

「……いまさらできませんよ」

「いや、戻れ」


 私は強い口調でそう言った。

 彼は驚いたように息を呑んだ。


「もしも許して貰えなかったら、君が代わりに地元でパン屋をやったらいい」

「なんですかそれ……俺、冒険者はやめたくないんです」

「なら親友なんかいなくてもソロでこなせる冒険者になればいい。新しいパーティを作ったっていい。できないならパーティに戻れ。それも無理ならパン屋だ」


 我ながら清々しいばかりの暴論だ。

 でも、良いじゃないかパン屋。

 せかせかと働く姿は容易に想像がついた。


「ムチャクチャじゃないすか」


 彼もまた引きつった表情でぼやく。


「……でも、それだけハッキリと言われると堪えるものがありますね」

「見ず知らずの私の言葉だけれどね」

「見ず知らずだからこそかもしれません」


 彼は丸まった背中を少し伸ばして、それから小さく頷いた。

 自分に返事をしたかのような、そんな頷きだった。


「俺、行きます。依頼があるんで」


 そう口にして彼は村から去っていった。

 

 彼がこれから歩む道がどうなるのか、私に知るすべはない。

 だがここに立ち続けていたら、いずれまた会うこともあるかもしれない。

 その時はカリスマ性の塊らしい彼の親友という人物も見て見たいと、そんな願いを心に抱いて。

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