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1組目 勇者の旅立ち

 早朝。

 早発ちの冒険者たちをひとしきり見送ったころ、1人の少年が村へ歩いてくるのが見えた。

 こんな朝早くからご苦労じゃないか。

 まだ若いというのに、たった1人で殊勝なものだ。


「ようこそ、ここはドルフの村だよ」


 いつもの文句で出迎えると、彼はニコリと笑いながら深く頭を下げた。


「こんにちわ。お世話になります」


 礼儀正しい良い子だ。

 とても好感が持てる。

 

 年は14~5歳といったところだろうか。

 まだまだ伸び盛りの身長は私の肩にようやく届くくらい。

 一目見ただけで骨格も筋肉もできあがっていないのがよくわかる。


 おおかた王国で登録を済ませたばかりで、今回が初めての冒険なのだろう。


 おろしたてのレザーアーマーは見るからに新品といった様子でツヤがあり、固そうだ。

 小柄な少年が身に着けていると上半身だけがゴーレムみたいに角ばって見えて、言っちゃ悪いが少しばかり滑稽だった。


 だが笑いはしないぞ。

 数ヶ月も立てば使い込まれた皮が柔らかくなってきて、君の身体に合った形に自然とまとまるだろう。


「鍛冶屋で剣を受け取るように言われて来たのですが、どちらにあるでしょうか?」

「ああ、それなら――」


 私は目抜き通りの先にある、剣マークの看板を指差す。


「なるほど! ありがとうございます!」


 少年はぱっと表情を明るくすると、もう一度深くお辞儀をして村の中へと駆けこんでいった。

 私はあまりによくできた礼儀正しさに感銘を受けて、老婆心ながらちゃんと鍛冶屋にたどり着けているのかその背中を見守っていた。


 装備は腰にぶら下げたバックラーが1つだけ、か。


 ううむ……王都からここまで街道でほんの1時間。

 兵士の定期的な見回り圏内で魔物の襲撃は少ないとはいえ、手放しで安全と言い切ることはできない。

 年に片手で数えられるくらいには、見回りの目をすり抜けて迷い込んだヴォルフウルフやバイパースネークの討伐例がある。

 

 武器も持たない一般人も多く利用できる「安全」をうたう通りではあるが……これから冒険に出ようという若者が、万が一の備えも持たないというのはあまり感心できることではない。


 ここまで無事にたどり着いた少年の運と度胸に敬意を払おう。

 そして、これからの無事を心から祈ろう。

 あんないい子が志半ばで倒れるのはあまりに忍びない。


 少年が間違えずに鍛冶屋に入っていったのを確認しながら、私はエールを送るように握りしめた拳を彼の方へ向けていた。

 

 

 

 昼が近づいてくると、王都朝発ち組が続々と村を訪れる。

 この時間の訪問者はみな冒険のための中継地点として食事や買い物をしていくのがほとんどで、村そのものに用事がある者はそうはいない。


 とはいえ、お客はお客だ。

 私はひいき目など持たずに、いつもと変わらず彼らに村の名前を告げる。


「あの、おじさん」


 不意に、聞き覚えのある声が聞こえて振り返った。

 振り返ってから、その視線を下に。


 早朝の少年がそこに立っていた。


「君は確か、鍛冶屋の道を聞いた。あと私はまだおじさんと呼ばれる年ではないぞ」

「それはすみません、おにいさん。それから、覚えていてくださって嬉しいです!」


 少年は非礼を詫びてから、ニコリと笑って喜んだ。

 いいだろう、おじさん呼ばわりはもう許した。


「鍛冶屋には無事にたどり着けたようだね」

「はい! あの時は丁寧にありがとうございました。それで、また道を尋ねたいのですが……」

「ほう、どこだい?」


 君の望みなら、霧の谷の城までの道だって教えてあげよう。


「ヴァルトの森へはどう行ったらいいでしょうか?」

「それならここから村を出て西へ1時間ほど歩いた辺りだ。ほら、あそこに鬱蒼とした木の集まりが見えるだろう。あれを見失わなければ、迷うことはない」

「なるほど! ありがとうございます!」


 村の入り口からちょと身を乗り出して、西に見える森を指差す。

 彼もそれを目視で確認して元気のいい返事をくれたが、私が気になっているのはその装備だ。


「鍛冶屋に行ったのに、剣を買わなかったのかい?」

「あ……その、実は……」


 ちょっと困ったように言葉を濁した少年。

 その腰には相変わらず小さなバックラーがぶら下がっているだけだ。


 何か事情があるのだろうか。

 少年は何か相談したそうにもじもじとしていたが、それを押しのけて1人の少女が私の前に身を乗り出した。


「大丈夫! あたしがついてるんだから、魔物が出たってコテンパンよ!」


 真っ黒なタンクトップを着た少女は、赤いポニーテールを揺らしながら力説する。

 誰かと思えば鍛冶屋のアンじゃないか。

 その手には彼女が改良を重ねるたびに町中に触れ回っている、自慢の大槌が握られていた。


 今回のは23号だったか、35号だったか。

 少年と同じくらいの彼女の身長。

 それと同じくらいの大きさを持った大槌は、岩だって砕くと豪語していた。


 普通の槌だって岩を砕くと思うが、私は大人なので真実を突き付けることはしない。


「おじさんなら分かるでしょ、あたしがどれだけ『やれる』女かって! なのにパパは全然認めてくれないんだから……」


 だからおじさんじゃない。

 アン、お前は何度も言ってるのだから今日という今日は許さんぞ。

 あとで鍛冶屋の親父にいいつけてやる。


「そういうわけだから! じゃあね、おじさん!」

「あ、あのっ、また来ます~!!」


 肩をキリキリと揺らすアンに引きずられるようにして少年が村を出ていく。

 本当に大丈夫だろうか……とはいえ、ヴァルトの森から無事に帰れないようならこの先の冒険も難しいだろう。


 ここは子供を崖から突き落とす獅子の思いで見送ることにした。

 

 

 

 夕日が空を赤く染めるころ、2人は帰ってきた。

 髪の毛にはいたるところに小枝や葉っぱが突き刺さり、服もビリビリ、身体もボロボロ。

 見るからに満身創痍といった様子で、だけども無事に、彼らは帰ってきた。


「おかえり」

「ただいま、おにいさん。何とか手に入れました……」


 そう言って少年は、握りしめた石灰色の鉱石を私に見せてくれた。


「これは……火種石?」

「はい。鍛冶屋のおじさんが、ちょうど在庫を切らしてしまったということで」


 火種石は何かに打ち付けて強い衝撃を加えると、文字通り種火を噴き出す鉱石だ。

 取り立てて高価なものではなく、一般の家庭でも当たり前のように使われる品物。


 入手難易度も低く、確かにこの辺りだとヴェルトの森にある洞穴で採掘できるが――


「君たち、あそこに行って来たのかい!?」

「はい、大変な目に遭いました……」


 森の洞穴はバイパースネークの巣になっている。

 冒険者なら駆け出しであろうと難なく攻略できるダンジョンではあるが、この少年は武器を持っていないんだぞ。

 

「あたしがいなかったら、今ごろあんたなんか蛇の餌になってたわよ」


 ふんすと鼻を鳴らしながらアンは少年のわき腹を小突く。

 いやいや、アンがいるからとかそういう問題ではない気がするのだが……実際に火種石を見せつけられると、信じる他ないようだ。


「そうだね、本当にありがとう。まさか、あんな大物までいるなんて……」


 口にして、本当に疲れ切った表情で大きなため息をついた。


「これをアンのお父さんに届けて、それから今日はゆっくり休みます。えっと……宿屋ってどこにあるんでしょう?」

「ああ、それならね」


 私はさっと傍に見える飯屋を指差す。


「あそこのミートパイは最高だ」

「それは、とっても楽しみです」


 そう言って、ようやく少年はまたあの屈託のない笑顔を浮かべてくれた。

 

 

 

 翌朝。

 まだ空が白み始めたかというころ、少年が村の入り口に現れた。


 アイテムがたっぷり詰まった肩掛けの鞄とバックラー。

 そして、なにやら柄に「からくり」が仕込まれた奇妙なショートソードを腰に下げていた。


「今度は剣を手に入れたようだね」

「はい、おかげさまで」

「それで……アンはお見送りかい?」


 傍に立っていたアンに声をかけないわけにもいかず尋ねる。

 というのもとても見送りには見えない、少年と同じ肩掛けのアイテムバッグとあの大槌を背負った姿だったからだ。


「あたしもヒューゴと一緒に行くことにしたの」

「この剣、まだ不安定だそうで……メンテナンスができる人が必要なんだそうです」

「なるほど。それでアン、というわけか」


 納得はいった、が、よくあの頑固オヤジが娘の旅立ちを許してくれたものだ。


 とはいえ、相手がだれであれ旅立ちは喜ばしいこと。

 私は最大限の敬意と喜びをもって、彼らに笑いかけた。


「2人とも気をつけて。君たちが大きく成長して帰って来るのを楽しみにしているよ」

「はい! 行ってきます!」

「あたしがついてるんだから、砦の魔王だってコテンパンよ!」


 意気揚々と歩み出した背中を、大きく手を振りながらどこまでも見送る。

 これが私の仕事。

 旅立ちを見送り、その帰りを待つ。

 

 次に会った時にどんな土産話を聞かせてくれるのか。

 今からその時が楽しみで仕方がない。

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