009 記憶の外部依存は、信用ならない
ハルトマンの妖怪少女は彼女なのか?成分マシマシマシマシ(大嘘)
ちと説明が長いかもなぁ、端折りたいなぁ
あ、第2章開幕ね
記憶喪失は、しかし実の所、想像の遥か斜め下程度にしか、光莉に影響を齎さなかった。予てより対策を張っていたとかそういう訳ではないが、単に光莉の周りに理解のある人が集まったから、というのが大きそうである。夏休み以降も、夏休み以前と同じように、平穏に暮らすことができていたのだった。
光莉にとって特に大きく変わったことと言えば、文音が保健室登校とは言え登校を始めたことと、心配性の姉が光莉の身辺に警戒を尖らせ始めたこと。
そして何より、数学科の東風平先生が辞職したことであった。
大怪我で暫く現場に戻れないくらいなら、いっそ辞めてしまおう、という理由からであった。
この理由を聞いて、東風平先生に近しい者は、「その程度で辞めるのだろうか」と違和感を感じた。が、人間には気まぐれと言うこともあるし、或いは知らない行動原理でもあったのかも知れないなど、そうやって各々が勝手に納得していた。
ただ一人、光莉を除いて。
夏休みも明けて、また登校する時期となりましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。自分は記憶喪失とかいう、まるで予期しない事態に巻き込まれましたが、何となく元気です。
もう9月と言うのに、相変わらず太陽光はその激しさを和らげないまま。蝉どももシャーシャーシャーと大合唱を続けているのは、まあ沖縄らしいでしょう。
時候の挨拶にもならない挨拶はさておいて。今日は、2学期最初の日曜日。長期の休み明け特有の怠さで、やる気の出ない日だったりする。ロウソク足なんて、特に見たくならないもの筆頭よ。頭を使いたくない。ずっとだらだらラノベでも読んでいたい。
縁側で西瓜を食べつつ、ぼんやり庭を眺めていると、ドアベルが鳴り響いた。
「光莉、行ってきなさい」
「やだだるい」
「――役立たない弟ね」
台所から足音が聞こえた。
どうやら今日は、お姉ちゃんの気が向いたらしい。
一切合切遠慮せず、そのまま食べ続けていると、
「光莉ー。東江先生よー」
……なーんか聞こえてきた。
……。寝ていることにしたい。どうして教師なんかが、自分を訪ねてくるんだか。何も益はないでしょうが、自分と関わった所で。
てかこうなるんなら、自分が行けば良かった気もしてくる。あーあ。
「分かった、今行く」
西瓜は後でもいい。まずは目の前のことだ。
「5日ぶりだね。どう? 元気? バテてない?」
開口一番に体調を訊いてくる辺り、実際善人なのだろうが、何となく東江先生は信用ならない。まあ、芯が見えない雰囲気を装っている感じもする。知らんけど。……言ってみたかっただけです、すんまそん。
いえね、2学期初日に、始業式の前に保健室まで赴いた程度には、信頼しているよ? 少なくとも、激しく疑ったりはしていない。まあ、行った時に保健室に先生はいなかったけど。代わり、ではないだろうが、代わりに文音はいたかな。不登校を脱したんだろうねぇ、あれは。何が切欠なのか知らないけど、悪い話ではないでせう。
「さっきまで西瓜パーティーでしたけど、その程度には元気ですかね」
「じゃあ普通に元気な訳だ。良かった、良かった」
うーん、そこまで納得されるくらいに元気かというと、それはどうだろう。元気というのは、バテていないから元気、なんて単純な問題でもない。病気していないだけマシか。
まあでも、主観的には元気だから、そんな考え込むことでもないな。
「あ、スリッパありがとう。お邪魔しまーす」
「――上がってください」
上がってと言いながら、結局地下室の方に通すので、標高そのものは下がっている筈なのに、やっぱり日本語は不自由である。実態に即さないって感じ。
「じゃあ、今度は八女茶でも」
「おお、それは楽しみだ」
そのうち利き茶でもやってみようかね、東江先生相手に。全部当ててくれそうな感じもする。
「どうぞ。巧く淹れられたか分かりませんが、召し上がってください」
「頂戴します。…………ぎょっくろ〰〰」
美味しかったらしい。それは良かった。
「で、またこの言葉を使いますが、さて。何の用事でしょうか?」
東江先生は息を吸って、言い放った。
「文音ちゃんについて。あと光莉ちゃんの記憶について」
ところで唐突な話題になるが、いつの間にか文音はうちの居候になっていた。なぜ? どうして? がおがおぶー!
ネタはさておいても、自分でもどうしてかさっぱり分からん。解せぬ。お姉ちゃんの考えがあっての事だろうけど、それにしてもいつからだろうね。文音本人も含めて、誰も教えてくれない。不自然なほど。別に困らないしいいんだけど。
少なくとも今の自分が居候の件を知ったのは、夏休み最終日の話だ。その日は終日、記憶から消え去った分の間の出来事を、お姉ちゃんに教えて貰っていた。
「どれくらい覚えてる? 私が誰だか分かる?」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ。渡良瀬祐俐。自分の双子の姉。何でも丁寧に熟してしまう、完璧美少女。記憶については……経塚シティで萌葱に会って以降がない」
みたいな感じでね。
そりゃまあ、記憶が断絶しているのなら、途中の記憶なんてないわな。だから、記憶喪失前の自分が知っていてもいなくても、どの道知ったのは夏休み最終日だ。
そう言えばこの授業の間に、何度かお姉ちゃんがとても渋そうな顔をしたんだよね。勿論ちゃんと見逃さなかった。うむ、偉いぞ自分。よくやった自分。渋そうな顔をしたということは、何か裏があるに違いない。家族にだけだろうけど、表情を隠すことだけは下手なんだよな。あれは、教えるべきかどうか悩んでの様子みたいだったし。
さて、ひた隠しにしたい何かの事情があるのは分かった。今回は教えてくれないというのは、敢えて自分がその秘密を知る必要がないから、ということでしょうね。でなければ、単に時期の問題か。そんな訳で、隠していることを教えて欲しいなどとせがんでも、教えてくれない可能性が大なりって感じ。
要するに、自分に対して(ほぼ)あからさまに秘密にされている事実がある中で、それを知りたくても状況がそうはさせてくれない。
一応、お姉ちゃんが単に伝え忘れているだけかも知れない。けど、おねえちゃんに限ってそのようなへまはしないし、もしそうだとしたら、案外どうでもいい秘密かも知れない。
だとしても、知識欲が情報を求めたがっている。普遍的な話をすると、知っていて損することはあんまりないんだし、やはり知っておきたいよね。
何にせよ、ここで東江先生がその話題を出したことは、その意味では極めてありがたかった。ここから更に耳に集中することにした。
「えーと。時間をかけてもいいけど、光莉ちゃんはどう? この後時間ある?」
「予定は未定なので、暇ですね。でも、西瓜を待たせています」
「だったら、なるべく短くしましょうか」
「お願いします」
「お願いされたなら仕方ないわ! 短くして進ぜよう!」
何のドヤ顔なのやら。
「光莉ちゃんの記憶がない理由、知りたいでしょう」
「いきなり核心ですね。いいですけど」
「短くするならこれくらい端的にしないと。で、あなたの記憶だけど、別人に奪われたのよ」
……。
「――で、記憶を奪った犯人だけどね。これは分からない」
「いや、分からないんかーい!」
「さあてね? その犯人、意外と自分で分かるものかもね?」
「ない記憶を掘り起こせということですか? てか、掘り起こしても、犯人を覚えているかどうかについては、怪しいとは思うんですけど」
「そういう意味では……あるね」
「禅問答ですかそうですか」
「案外そんなものよ、この世は」
「……それは多少は同意しないこともないですが」
おい、肩を竦めるな、まるで自分が聞き分けのない子供みたいではないか。
「それにしても、やっぱり記憶は盗られたってことなんですね」
「それは自分で気付けたの?」
「まだ誰にも言っていませんが。通じないでしょうし」
「まあ! ――うん、その判断は正しいよ。あまり言いふらすべきでないのは、その通り」
「はぁ」
「でも犯人は分からないと言ったけど、別に手掛かりまで分からない訳じゃない」
「つまり?」
「文音ちゃんが一枚噛んでいるわ。勿論、犯人ではないんだけども、あなた達連中では、一番犯人に詳しい筈よ」
なる……うん?
「おかしな話ですね。そこまで分かったなら、犯人が誰なのかも分かるのではないでしょうか?」
「いやぁねえ。部外者だから分からないわよ。それに言葉に注意を向けなさい。私は『筈』という単語を挟んだの。根拠が薄いからなの」
「それもそうですね……なんて今回は引きませんよ。話したということは、確証があるんですよね」
「それなり」
「ほらやっぱり、」
「されどそれなり」
「では質問を変えます。根拠は薄いと仰っていましたけど、薄いなりに根拠は集めたんですよね。その根拠を教えて下さい」
んーむ。いやはや困った。光莉ちゃんがここまで食らい付くとは思わなかった。煙に巻いていいけど、あまり許されるような雰囲気ではない。かと言って真実を告げるのは、リスキーだ。暴発暴走もあり得る。前回ここに来た時の方が、遥かに楽だった。
どうも~こんにちは! 疑わしさで一杯の東江です。
現在、生徒の家にお邪魔しております。
突然ですが、皆さんは魔法の存在を確信しますでしょうか? しない人が多数を占めるかと思います。ですが私にとっては魔法とは、常に身のそばに在るものです。生まれてからこの方、どんな形であれ、魔法に触れなかった日はありません。
もっと言うと、現在進行で魔法を使っています。使っているというのも、ボキャブラリーとしては微妙に当てはまりませんね。「in progress」と言った方が正確でしょう。
詳細は伏せますが、物理法則干渉系が1つ、精神作用系が4つ、探知系が1つ、物理監視系が5つ、魔法監視系が2つ、魔法制御系が1つ、その他少々です。20個も起動しておらず、これでも最低限まで減らしています。最低限どころか、私の生命維持に必要な魔法すらも、いくつか展開放棄していますが。とは言え、地球が魔法につらい環境ですし、文句を言っても詮のないことです。技量を磨きましょうとしか。
まあ尤も。目の前の生徒は、無自覚に記憶関係の魔法を発動しているみたいですが。げに恐ろしいものです。魔法の実在を疑っていながらも、発動している。これほど矛盾を体現した者は、両手に収まるほどしか見たことがありません。
だからこそ、我武者羅な感じも少しはしますね。
あ、別に犯人は光莉ちゃんじゃないですよ。記憶関連の魔法が発動してはいますが、犯人は別です。推測が合っていればですが。
で。
魔法を併用しつつ生徒と対面する、という動もすれば修羅場のようなこの状況。お察しの通り(?)、私は地球出身ではありません。が、同時に故郷との連絡も途絶えています。つまり、全く寄る辺がありませんでした。
こんな中で私がすべきは、地盤を固めること。多少でも安泰に過ごせるように。学校というのは、その意味では格好の場所。教え子を通して、人脈を広げていく。そんな場所としてうってつけなのが学校で。
そして、光莉ちゃんもその生徒の内の1人。
……というのは、どうやら甘すぎる見立てだったご様子。
どういう体質をしていれば、こうも事件に巻き込まれてしまうのか、傍目には苦労が多い。と言ってもこれは印象の話で、光莉ちゃん本人は根っからの道楽家、基い気分屋みたいだし、深い本音では楽しんでいる感じではないかしらん。
でもそれこそが危惧する問題。
内面と外見の乖離。
これは、もしも光莉ちゃんと関わろうものなら、きちんと把握しておかないといけない。まあ、実際、女の子にしか見えない外見だしね。抑々の外見から既に違う。
故に、正確に利用するつもりで付き合おうものなら、かなり難しい。その内面をどれほど正確に読み解けるかどうか。操る方向性は、そこにかかっていると言っても過言でないわ。
夏休み以降、光莉ちゃんを2度訪ねての感想は、概ねこの通り。
話を戻すとして、光莉ちゃんの質問は「根拠は何か」。滔々と答えるのは簡単で、事実だけを並べていけばいいのだから当然だ。逆に見極めて答えるのは至難。光莉ちゃんにも、当然私にも実入りのある答えを返す。これが最善。いや今は寧ろ、最低限だ。
ところが、光莉ちゃんにとっても私にとっても美味しい、というのが難しい。光莉ちゃんは、あくまでも真実を求めている。でっち上げた話でもいいが、それだと、ただでさえ怪しい私の信用に関わる。本当のことを知った時に問題となる。嘘を吐かれたとね。
それなら詳細については隠せばいい、という意見も確かにある。これを使った時のメリットを、取り敢えず強いて挙げるとすれば、私がその場にいなければ事実を知る術がないから教えようがない、と言い退けることができることだ。実際、私は光莉ちゃんの記憶に関しては現場にいなかったし、推測でしか知らない。問題は、その推測はほぼ外れていないので、この手は使えないこと。うっかり話しかねないから、もっと安全な策が欲しいわ。ちぇっ。
奥の手とばかりに、間違ったことは言っていない、というのはどうだろうか。間違っていないだけというのは、確かに正しい場合もあるけれど、特段正しいとも言えない。それで実際に正しいなんてそんな情報、まず以て捻り出せない。
……こうして考えていくと、光莉ちゃんに与えてあげられる情報が少ないのよね。
とてもじゃないけど、手札が困窮している。できるのなら私の言葉を、でも当分はそのまま飲み込んで欲しい。魔法を使うのは論外ね。光莉ちゃんに魔法を行使すると、痕跡が必ずどこかで残るから、これは本当に奥の手。
となると。
間違っていない、且つ正しい事実を以て返答とする……かな?
現時点で信頼はできる根拠でありながら、何も伝えていないのと同じ。答えてしまえばそれこそが答えになる。でも、ひっくるめて正しい。そんな情報……。根本的な情報? あら、いいのがあるわ。
「それは私がエルフだからよ。これでは駄目かしら?」
――そう言えば古人曰く、謎には謎を言葉には言葉を、ってか。どれも形而上だ。つまりは虚構。上手く嵌ってくれると助かるが、はてさて。
先生は少し考える素振りを見せた。思わず身構える。と同時に、先生は口を開いた。そして曰く、
「それは私がエルフだからよ。これでは駄目かしら?」
とかいう、禅問答地味た返答。こりゃまた、意味不明な答えだな。てか、返答まで微妙な間があったような。まあ、気の所為か。
…………。えーと。
「そこまで言うのであれば信じますけど……」
何だろう、この出鼻を挫かれた感じ。違うな、期待を裏切られた感じだな。
……いや、それも違う。
ただ、はぐらかされたことは分かる。馨の時と同じくね。あの時もはぐらかされた。エルフだと言っておきながら、エルフの姿を見せてくれなかったし。結局現時点じゃ、エルフを自称した、馨の正体を知っている、ただの謎人物でしかない。
一応、エルフであることに、蓋然性はあるけど……。まだ確定じゃないから、怪しいのよなぁ。
しかし、ここも手がかりは教えてくれない感じかね。おめーに教えることねーから! 的な?
あ、馨で思い出した。抑々の話になるけど、東江先生は何の目的でここに来たのやら。前回は馨が連れてきたようだったし、あまりこう先生の目的は頭になかったけど、今回は単身で来た訳で。
うん? あれ、もしかして――!
「ところで先生は友達がいないんですか?」
実際どうなのか知らないけど、東江先生は足袋を履いているイメージがないこともないが、やはりない
因みに
光莉の脳内では「先生は〔そうである可能性は高いものの自称〕エルフ」「先生は馨の正体を〔どんな原理か不明だが〕突き止めた」「魔法の存在が先生によって示唆された」「スレムに会ったことで少なくとも魔法の実在だけは確認した」の4つの事実を勘案し、そこで『そこまで言うのであれば(ry』発言に至りました