008 外交を哲学する
反社会的・公序良俗に反する行為を勧めるものではありませんからねー(くそ前置き)
落下して海の藻屑となった単位は、来年挽回します(戒め)
忙しいのか何なのか、スレムは言うだけ言い残して、そそくさとどこかにワープして消えた。実にあっさりと。
とても唐突で、前触れもなく。
自分は呆気にとられて、仕方もないから暫く突っ立っていた。
何だかよく分からない奴だったな。
はー。
ところで詰まる所、挑発だろうがそうでなかろうが、この惑星で一番影響がある人が誰なのか。それから考えないといけない。
そうなると、自然と某合衆国大統領が脳裏に浮かぶ。
でも、本当? 人民共和国国家主席だったら駄目? 連合王国女王は? 総理大臣もいいのでは? 連邦大統領だって相当が? 法皇や総主教は候補に入らないの? 考えは尽きない。
影響というのも、どの分野でというのも考えなければならん。ま、順当に考えて、政治、特に外交辺りかね。けど、困ったことに地球外と外交する為の機関は、まず想定されてすらいない。
いやだって、ねぇ? 地球外に知的生命体が存在するなんて、空想のものだったし。「観測できていないから」証明できていなかった訳で。
え? 機関がないなら作ればいい? それはそうだけど、そういうことじゃない。絶対揉める。某ヘタレなイタリアの漫画で見たもん。戦隊レッドはアメリカだって。でも赤と言えば共産。共産と言えば中つ国。はい、もう面倒。勿論、色のことだけで揉めないと思うけど、実際どちらが有利に外交できるかどうかで、覇権争いが始まりそう。
とまあ、どうせ政治利用されるのが関の山だから、なるべく中立的である(と願いたい)国連にでも話を付けるかね。国家権力が干渉できる余地が少ない方が、世界は平和。安保理の実態はそうでもないとか、そういうのは言わない。
にしても。どうやって連絡したものか。一般人な自分は、そういうことは詳しくない。じゃあ専門家に任せよう。……で、知り合いにそんな専門家は……。うん、いないな。
まあ、いないからこそ一般人ですけどねー。
あーあ、詰みか。おもんな。
なーんてね! 1人はいるんだよな!
じゃ、思い立ったしすぐに実行しないとね。
ということでやってまいりました、夜の曙。ここら辺まじで来る用事がないから、道も分からないんだけど、那覇市民でここに来る人って物流関係だけでしょ。偏見と言えばそうだけど。あとは、精々ハーリーの時期に花火を見に来るくらい。それも曙は通るだけ。メイン会場は、いゆまちだしね。
てか花火の時だけここら辺、異様に人口密度おかしいよね。本部もそうと言えばそうだけど。いや、本部の方がやばいか。何なら民度もやばい。
親達とはぐれて、取り敢えず木の横で花火を見ていたら、いかついお顔の黒タンクトップお兄さんと、パツ金島ぞうりギャルのカポーがぱっくんちょくれたんだよな。あれ断ったけど、どうしたら良かったんだろうね。目の前で食べるべきだった? 当時まだぱっくんちょ食べたことなかったから、勿体なかった気はする。
……今の話、全く民度と関係がないな。
無駄話をしている間に那覇新港に入る。「関係者以外立ち入り禁止」? 沖縄県民なので、大いに関係ありますね。消防署の横に、丁度いい隙間があったのでさっと入る。さーて、ここでばれたら面倒だぞ。GO家運動とかいう謎の取り組みが何気に面倒なのよな。県警も参加しているから、何かがあったら補導ものだ。
それは非常にまずい。何がまずいかというと、これから会いに行く人が、半々の確率で激怒するか、或いは後からねちねち絡んでくるからだ。後者ならいいけど、前者だったら本当に何をするか分からない。乱射事件とかあってもおかしくない。本当の本当に遅刻厳禁。
巧みな話術で補導だけなら回避できないでもないけど、まずはばれないように動くべきだろうな。もし見付かったら、どう転んでも時間が取られてしまう。
黄色がかったランプが影をかたどる。
物陰に入りながら、作業員が目を離した隙に素早く移動。
誰もいないな?
よし、そのまま倉庫横を突っ切って。
コンテナ置き場到達。
3つ目のコンテナまでダッシュ、跳ねて上まで。
身を屈めて、影を小さくっと。
うーん、確かここだと思うけど。
後ろを振り向く。いた。斜め後のコンテナの上だ。
音を殺して進む。
その女の子は余裕の表れか、鼻提灯まで出しながら寝ていやがった。まあ空寝だろうな。しっかりと実銃のライフルを握っているし。多分VSSかな。
「萌葱」
苗字も、実際の下の名前も何も知らない。それっぽい名前だけど、「葱」なんて漢字は、人名に使えない。だから「萌葱」というのは偽名。はっきりわかんだね。
確かなのは、2年前にお姉ちゃんが、どういう訳か家に連れ込んで以来の付き合いであること。それと、何でも屋を自称していること。
鼻提灯が割れた。
「淑女の眠りを邪魔するなんて、一体どういうつもりなの?」
目だけは閉じたまま、はきはき話す萌葱。
「何でも屋でしょ? 国連事務総長と連絡を取れたりしない?」
「……その話詳しく?」
「自分じゃないけど、会いたがっている者がいて」
「ふむふむ」
「細かいことは自分も知らないけど、直接の連絡を取りたい」
……。ふむ? そう言えば。
「可能ならサシでの面会を所望。行けそう?」
スレムは何かしらの条件を指定してはいない。かと言って大々的にしたいのかというと、それもなさそう。
「ふざけた依頼だこと」
上半身を徐に起こして、萌葱は続ける。
「まあいいや。橋渡しをすればいいのね?」
どうなんだろう? 実際に会って何をするのか聞いていないからな。スレムのみぞ知る、なんて。
しかし、少なくとも会いたがっているのは、間違いない訳で。
「うん、お願い。報酬は多分弾ませるから」
「うひひ。じゃあ」
萌葱は手を振り、薄手な絹布のマントをはためかせながら、夜闇に消えていった。
って待てい! 話は殆ど終わっていないんだけど!
急いで後を追う。が。
そこはやはり本職。全くどこに行ったのか分からない。
諦めるか。ちょっと見付けられる気がしない。
ところでこれを言ってもあれだけども、どうしてこんな場所を指定するんだ。あと、例によって報酬は何も決まっていないんだけど、それでいいのか萌葱さん。後から請求されるパターンだな、これ。予め金庫の中を再確認すっかね。
ま、取り敢えず、話を付けるだけ付けた。これで自分がやれることはもうない。
とりま帰るか。何かあったら、萌葱から連絡が来るでしょう。
朝です。まだ日が中途半端な角度なので、朝です。誰が何と言おうと、9時は朝であることは覆されるべきではありません。何度でも力説します。
そんな中で、どういう訳か萌葱に豆乳を奢っています。しかも経塚のサンエーで。申し遅れましたが、只今立体駐車場の中です。
起きた瞬間に電話がかかってきたんだよね。全く、タイミングが良すぎる。
で、この経塚、そこそこ家から離れている上に、丘の上にあるから、出掛けるには少し億劫を感じる。結局てだこ線のバスで向かった。さらば290円。ち、自転車で来るべきだったか。いや、でもそれだと時間が。うーん。
「ぅぅうん! さっぱり! 美味しい!」
はぁ。寝よ。
「む、反応よこして頂戴よ」
「……。豆乳が報酬でいいの?」
「何一つ不満はないわ!」
「あっそう」
やっぱ寝よ。あほくさ。
萌葱のポルシェの中でだらしなくあくびする。昨日も宿題で睡眠時間が削られてしまったのだ。その代わりに、宿題をこの手で降すことに成功したから、まあいいんだけどね。
ポルシェが沖縄ナンバーだって? 気にするな。気にしたら負けだ。どこにでも湧く、それが萌葱だ。
「真面目な話をするわよ」
「Yes, ma'am」
「言葉だけ威勢はいいわね」
そこで豆乳を一口。本当にまあ、シュールだな。
「事務総長の件だけど、3日後に決行よ。これより先にも後にもできない。明日ニューヨークに発つ算段でね」
「り。相手に伝えておく」
「『り』って……。詳しいことはこのメモリーにあるから」
そう言って、無地のUSBメモリーを渡された。丁重に受け取る。
「それにしても珍しいわ」
いや待て、何がだよ。主語を明確にしろ、主語を。
若干ジト目で萌葱を見やると、今まで見たこともない表情だった。微妙に居心地が悪い。
……あぁ、ひょっとして。
「自分が萌葱にってことが? だったら過大評価にも程がある」
「てっきり『できないことはない』と思っていたんだけど。勘違いかな?」
こいつ――!! それを引き合いに出すな!
くそ、ちょっとお手軽に死んでみたいんですが、どうでしょう。中々いい案だと思いません?
いや駄目だ。チャンネルを残したまま失踪するのは、色々良くない。
そう考えている間に、萌葱は豆乳を飲み干していた。女子に言うのも失礼だけど、トイレ大丈夫? 1リットルをそんな風に飲んでいいんかね。豆乳好きすぎでしょ。
「ふん、『できないことはない』訳あるか。――よく覚えているな」
「君が言ったんでしょ。あんなに驕り上がった小学生なんて、誰も忘れられないわ。で、実際できないことが殆どなかった」
その後に続けて「だから、是が非でも引き込みたかったのだけど」と言っていたのは、聞かなかったことにした。
恐ろしいというか、嫌すぎる。
言っておくが、別に職業差別ではない。でなければ、諭吉さんを1500人この車に置き忘れたりはしない。あと4倍盛ってもいいくらい。萌葱に怒られるからこの程度で収めるけど。嫌だと言うのは、あくまで自分が就くとしたら、有り得ない職業は何かという意味でだ。
殺し屋と言えばそうだし、傭兵と言えばそうだし、間諜と言えばそうだし、工作員と言えばそうなる。少なくとも自分は、どれもなりたいとは思わない。
そう言えば、萌葱は何をこの仕事に見出す、というか求めているんだろうな? ……んまあ、気にするだけ無駄か。毒にも薬にもならない。
唐突になるが、実はここから夏休み最終日までの間、自分は記憶がない。相当珍しいことに、一切の記憶がない。何というかすやんすや寝ている感覚で、何も覚えていない。思い出せないならまだしも、記憶したこと自体も記憶にない。本当に寝ている感覚。或いは失神と言ってもいい。
どういう訳かお姉ちゃんが「女郎花月晦、私達の光莉を返せ」と凄みながら自分の襟を掴んでいる所で、目が覚めた、そんな感じ。
そう、何も思い出せない。
いや、違うな。正しく言うならば、記憶が丸ごと盗まれたような不気味。
何せ、この世に産み落とされてより、今まで覚えてきていないことは一切ないのだから。
記憶していることに関しては、思い出すのは造作もない。多少時間がかかるにせよ、2分以内に全ての記憶は思い出せるのだし――仮令、いい記憶でも悪い記憶でも、細部まで鮮明に。
だからこそ、何も記憶がないということは、極めて異常なことなのだ。まさか1か月丸々寝ているなんてことは、昏睡でもない限り有り得ない。それに昏睡しているのなら、お姉ちゃんが自分を凄む理由も分からない。どうあっても必死に看病してくれる筈だ。……恥ずかしいな? まあ、いいか。それが、お姉ちゃんをお姉ちゃんたらしめる要素だし。
でだ。そうなるとだ。本格的に何か面倒な大事に巻き込まれたに違いない。
記憶を消したのか、消されたのか。手段も、目的も、状況もまるで見えてこない。いずれにしても、真剣に調べるべきだろうな。
少し落ち着いた後に、お姉ちゃんから、一樹から、千鶴から、馨から、果ては文音から。記憶が飛び抜けた間のことを他にも多くの人に教えて貰った。
が、その悉くが全く分からなかった。全くの一切が、知らないことだった。
まるで世界から見放されたような、いっそ面白い感覚。
そんな中で、自分は中学で2度目の夏休み最終日を迎えた。
曙じゃないんだよな、港町なんだよな、那覇新港の行政区画は(細かい) まあでも隣だしね、多少はね
てか、港町と牧港ってめちゃくちゃ似てない? 混乱するんだけど(おい
萌葱は、偉くやばい所のお嬢様ですが、どういう訳か家から独立し、超精鋭で構成されたPMCの副会長を務めている設定です
が、光莉がそのことは知りませんし、知るにしても当分先でしょう
P.S. Calamity of the Moonを聞きたい症候群に罹患した