005 幻獣は幻獣だからこそ幻獣だと思ったのに裏切られた
結論だけ言うと、まずは自分たちの所で文音を1日だけ世話することになった。という事で、色々と準備に追われた。床・カーテン・窓掃除、布団干し、枕カバー替え、簡単なお香焚き、簡単なエアコン掃除は勿論、急な事情もあって着替えがないらしく、寝間着も準備した。何故か自分が。
いや、いいんだけど。いいんだけど! これってパシリだよね!
「お手伝いしましょうか?」
と健気にも申し出てくれたが、曲がりなりにも客にそういう事はさせられないので、尽く断った。そうでなくても、和服着ているんだから大変でしょ。
「そうだ、手持ち無沙汰なら、教えて欲しいことがあるんだけど」
「何ですか?」
ひとまずの掃除が終わってさっぱりした客用の寝室。テーブルを挟んで質問する。
「ん、そんなに身構えることじゃない。教えて欲しいのは、どうやったらそんなに綺麗になれるのかってこと。こんなに綺麗な子って初めて見た」
そう、よく見ると、途轍もない素材がいい。肌が本当に透明だし、ハリがあるし、キメが細かいし、瑞々しい。これでも化粧液しか塗っていないらしい。応接間に通す時にそれとなく訊いた。
肌だけでこれだ。プロポーションやら、顔立ちやら、手足の細さやら、所作やら、他にも見れば見るほど呆れるくらい素晴らしい。訳分からんぞよ。これはバグだ、特異点だ。神がいるとすれば、文音は多大に祝福を受けているに違いないかと。
うん、表現が現実に追い付かない。なるほど、シニフィアンは常に不完全だな。
……自分でも何を言っているんだか分からない。
しかし、自分から質問しておいて何なんだけど、秘訣を聞いた所で到底敵わないような気しかしない。自分とは違って、素材が完成されている。あれ? 質問した意味ってなくね?
「〰〰ッッ……!」
どうしよう、参考にならないかも。小手先を真似ても意味がない。そんな気がする。
「うーん、やっぱりこの質問はなしで」
椅子から立ち上がる。
「では何かあったら呼んで下さい。すぐに駆けつけます」
四季報を読みながら、激唱でも再うpしようかと思っていると。
リンゴン。LINEの通知音が鳴った。はて、誰だ。馨か。そう言えば、まだお礼を言っていなかった。面と向かって言おうと思ったけど、別に今言っても構わんだろ。
「先輩、体調は大丈夫ですか?」
「寝て回復した。昨日はありがとう。そっちこそ寝ろ」
「どういたしまして。あまり寝てないの、バレてましたか」
「まあねまあね。この慧眼を褒め称えてもバチは当たらんぞよ」
「それは先輩が調子に乗りそうなのでしません」
ちぇ。
「ってまだ寝ていないのか」
「企画書を書こうと思ったら意外と書くことが増えまして」
「簡単に纏めろ、4ページより多かったら読まん」
「なんとまあ厳しい要求ですね。頑張ってみます」
「うん、頑張れ」
そこで会話を終わると思った。ところが、まだ後輩は話すことがあるらしい。
「ところで先輩、今日空いています? 確認したいことがあって、できれば直接伺いたいと思うんですが」
どうした。……っていうのは、多分会ってからじゃないと分からんか。どうしようか。終日暇なんだよね。優先順位が高いことは特にはない。
「試験の内容だったら駄目だけど、それ以外なら大丈夫のぜ」
「でしたら、午後に先輩の家まで伺いに行きます」
ん? 大っぴらにできない事なのか?
「マクドとかじゃ駄目な案件?」
「はい」
厄介事じゃないの、これ? 今日は今更だからいいけど。
「あと、間違いなく東江先生も行きます」
は?
色々考えて危うく昼ご飯を逃しかけたり、それでお姉ちゃんに叱られたりしたが、午後はあっけらかんと来る。人間の如き矮小なる存在に、影響を受けることもなく、また歯牙にも掛けない大自然に、それなら温暖化問題なぞヒューマニズムの1つの表面化に過ぎないのではなどと、下らない妄想を広げながら馨を待っていると、きっちり予定通りの時間に来た。
「「お邪魔します」」
先言に違わず東江先生もいる。うわやだおうちかえる。でもここがおうちなんだ。いえね、別に東江先生でなくても、先生が絡んでくると大抵は面倒。だからできれば無視したい。来てしまったからには、普通に対応するけど。
「いらっしゃいませー(CV:NYN姉貴)」
「ぷっ」
「凄いわ、光莉ちゃん、よく似てる」
おい待て嘘でしょ、通じただと? 先生に? まさか先生にも通じるとは思わなかったわ。
「さて、立ち話も何なので、上がって下さい」
案内する先は地下室。上がってと言いながらも地下室に案内するとは、何事ぞ?
「前に聞いた通り、広いですね。この空間、馨に少し分けてもらってもいいんじゃないでしょうか?」
羨ましいようである。けど、それも当然っちゃ当然。何せ、欲しい物を欲しいだけとにかくぶっ込んだ部屋だから。
なお、常人はこの部屋を宝に塗れたゴミの溜まり場と言う模様。うるせぇ、この部屋にある物は全て宝にて、一切の反駁は是を許さず。苟くも反駁あらば簡略裁判だに省きて磔、打首にぞ処せむずる。流石に言い過ぎか。
「そうね、欲しい物何かある? ノーパソなら1台あげてもいいけど」
「じゃあそこのXP下さい」
「ノーパソって言ったよね」
「ならいいです」
そのデスクトップはあんな成りだが、立派なデータバンクだ。これは一樹にすらも譲らない。後輩に渡すつもりはない。外付けに入れろという意見は、ここでは却下で。まあ、要らないなら無理にあげることもなかろう。
2人を座らせて、お茶を入れにすぐそこの簡易キッチンまで行く。
「それで何の用……事でしょうか?」
先生もいる手前、あれ以上は砕けた喋りは控える。
「えっと。……どこから話そう?」
お、初めて馨の素の口調を聞いたな。独り言っぽいけど。
「粗茶ですが」
言って、2人にお茶を出す。
すかさず手を付けた東江先生。お茶が好きらしい。
「狭山茶かな? 美味しい」
「よく分かりましたね、普段から飲まれてるんですか?」
「味が分かる程度よ」
十分飲んでいるらしいですね、これ。
「うん、最初っから説明しましょう。その前に先生、終わりましたか?」
何故に先生?
「既にね」
「何の事です?」
「まあ、待ちなさいな。馨ちゃんが説明するから」
「はい。まず、そうですね。今日知った事ですが、馨は吸血鬼です」
………………。
「再说一遍可以吗? 也有可能我的耳朵坏的」
「何語ですかそれ」
「……はッ! 意識が飛んでた。ごめん、もっかい言ってくれん?」
「馨は吸血鬼です」
耳がおかしい。変な単語が聞こえる。
「寝言は寝て言え。じゃない、永眠しても言わなくていい」
「本当ですって。東江先生もエルフらしいです」
「それが現実だったら面白いんのに……」
東江先生を見る。別に耳は長くもないし、金髪でもない。確かにこのイメージは、ファンタジーに染まり過ぎだと思う。でも、ならばせめて原義に基づいて、妖精らしい容姿でもしているかと言えば、そうでもない。精々近いと言えば明るい茶髪くらい。
「しかもその口ぶりだと、誰かに馨の正体って言うの? それを教えて貰ったようだけど、まさか」
「はい、そのまさかです」
何てこった。
「東江先生、先生は生徒にそんな事を吹き込むようなお方じゃないと思っていました」
「あら、私は何も吹き込んではいないわよ。ただ事実を認識できるように手伝いをしただけ」
すごく堂々としているけど、とても胡散臭い。吹き込んでいないとしたら何なんだ。事実か。本当か。こいつが現実なのか。そーなのか!? 一発かましたろか? どォなんだゴラァ?!
――これでもし現実だとしたら、うまいこと会話を誘導されていることになるけど。まさかな。
そう思いながら続けた。
「自分には、荒唐無稽に過ぎるように思えてなりません。それに仮にも正体を明かすつもりなら、せめて証拠と一緒に明かすべきかと。勿論、証拠があればですけど」
「ないよ」
…………。えぇ。
「正しくは、今すぐこの場で証拠を示すのが危険、ね。パソコンに何か異常でも起きたら、光莉ちゃんが困ると思うよ」
……そうなるととても困る。けど今の発言、本当は示せないってことなんじゃ……。
「でも証拠は提示しないと格好が付かない、と。そうね、先生はエルフなのかどうか、馨ちゃんは吸血鬼なのかどうか、の証拠が見たいんだっけ?」
「そりゃ当然」
「女の子の身体を見ても狼狽えない?」
…………? どういうこと? そういうことか?
「――それなら遠慮します、信じます」
「ふう、なら良かった。説得の時間が省ける」
信じられないけど。最早公理として受け入れるしかあるまい。先生がそこまで自信たっぷりに言うんだから、本当に事実なんでしょう。何なら馨に吸血鬼であることを教えたのも先生だし。
それに、後輩の身体を態々見たいとは思わんし。
と、そこで横目に馨を見ると顔中が真っ赤だった。耳も真っ赤っか……。うんにゃ、すまん。――あれ?
「馨って、耳そんなに尖っていたっけ?」
「え?」
「へ?」
「えぇ……と?」
どうしたんだ、2人とも驚いて。
と思ったら。
「馨ちゃん、急いでブラウス脱いで!!」
「え、あ、あ……」
「早く! 破けちゃう!」
「で、でも……!」
何か、急に修羅場ったけど!
えっと、くるっとまわってはんかいてん! 序に目と耳を塞ぐ!
そして数瞬の後に、柔らかく肩を叩かれた。終わったかな。
手を戻して向き直る。
するとどこをどう見ても、如何にも吸血鬼な後輩がいた。
先言の意味が違う? 白文の読み下し的には合っているから宜しい(よくない)。
文音が綺麗すぎると騒いでいるけど、光莉も大概だったり。祐俐も。
今年最後の更新になる可能性が微粒子レベルで存在するかも知れないかも分からん。