肆 惑星(ほし)を観る
ロッドの調査がある程度終わったらしい。珍しくブリッジに全員が集まっている。
全員と言っても、ロッド・チル・アリアン・俺の四人だけど。
船長席にいるロッド以外はみな適当に座っている。因みにアリアンは俺の頭の上で頬杖ついて寝転がっている。
「まず結論から言います。我々の居た世界とは全く違う事はほぼ確実と思われます」
「えー」
「なんとなくは…」
「やっぱ運が悪かったか…」
アリアンは半分面白がっているような、なんか嬉しそうな顔をしているな。チルは覚悟していたようだ。そして俺はリアル運を使い果たしたんだな、と改めて感じた。元々無いけど。
ロッドの説明が続く。
「まず生物種ですが、人類は生息しています。ただし、それとともに亜人と言われる我々の世界では御伽噺や遺伝子操作でしか生み出されなかった者達も生息しています。
現地人類も含む陸上生物の遺伝子を調査したところ、基本的には原生種とほぼ同じでした。次に動物種ですが、大きく分けて哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・魚類、そして竜類になります」
「竜類?」
「はい。絶滅せずに進化したのか、到達人類が遺伝子改造したかまでは分かりませんが」
俺の質問にロッドが答え、更にチルが質問をする。
「分布はどういう感じですか?」
「温帯から熱帯にかけて生息します。ただし高温多湿地域が主で、砂漠などの乾燥地帯には極僅かです。生息してはいても小型種が主になります。また、大型の肉食竜は極僅かが熱帯雨林地域に確認されるのみです」
「草食竜はどうなの?」
「家畜化されているものもありますね。そこは哺乳類等と変わらないでしょう。ただここまででしたら、ここに到達した人類の技術文明が喪失したとも考えられます。次は大陸の形状ですが、上太古から中太古への過渡期と非常によく似ています。というか、そっくりです」
「うーん、つまり?」
「ここが我々の世界の地球だとすれば、大陸移動のシミュレーション結果と大きくズレます。しかし現状の大陸形状や周辺の星系状況を見ますと…」
「場所的には地球のはず…と」
「そうなります」
ロッドとチルが議論を始めてしまった。アリアンは飽きたんだろう、もうブリッジから出て行った。おそらく木の所にでも居るんだろう。あの場所が気に入っているようだ。ついでに俺も飽きてきた。俺も癒しの為に木の所に行きたいなあ。でも席を外すと怒られそうだし。
そして二人の議論はまだ続いている。
「文明レベルでは極初期の火器が有る程度です。文明レベルが退化したとしても余りにも酷すぎす。社会勢力的に言えば星一つで纏まっていません。我々もそうですが、外敵が居ない事も要因だと思います。」
「それだとこの星の人達に宇宙とかの事を聞いても?」
「無理だと思います」
ロッドにバッサリと切られている。
現状確認は大切だけど、長いなあ。何時まで続くんだろ?と思っていたら…。
「クリス様!!ちゃんと聞いてます?私達のこれからをどうするか、大切な話し合いなんですよ?」
…チルに怒られた。反省するから、笑顔で青筋立てないでくれ。
「…とかではないんですか?」
「その可能性はあります」
チルとロッドの議論は続くが、ふと思った事があったので聞いてみた。
「なあ、ここが誰かのコアの中って事は無いかな?」
「どうしてそう思うんです?」
「いやだってさ、二人の話を聞いてると、あまりにもこの星が不自然だから」
「確かに私達の常識からすれば不自然ですが、二つ程、疑問に対する答えがあります」
俺の疑問はロッドにとっては想定内だったらしい。
「まず一つ目ですが、好き好んで他人の宇宙盆栽の中に移住したいと思いますか?例え緊急避難の為に入ったとしても、精々一万人も居ればいい方です。超大型軍艦だったとしても十万人程でしょう。それ以前にコアではなく脱出用艦艇を装備しています」
成程、確かに。コアって結構場所を取るからな。宇宙盆栽の趣味でもなければ、まず装備しないか。
「二つ目としては、この船は索敵能力はそれなりでしかありませんが、外宇宙航行用に改造している関係で有効観測能力は十万光年程になります。これは天の川銀河をすっぽり覆います。流石にその大きさの亜空間を固定する事は出来ません」
つまり技術的にも到底不可能。あっさり希望が砕かれたな…かなりへこむわ。
「しかしよくそこまで考えているよな。俺なんて盆栽いじりしてるのに」
「それが私の役目ですので」
ロッドが優しい目で微笑んだ。
途中食事休憩を挟んだが、議論と検証を続け
「ここが異世界で間違いないという前提での意見ですが、選択肢は三つ、いえ二つあると思います」
ロッドが纏めに入った。
「第一案は過去のデータを洗い出しながらですが、知的生命体が存在しそうな宙域を移動していくというものです。第二案はこのまま船でのんびり生きていくもの。第三案は目の前の地球と思しき星で生きていくというものです」
「それぞれのメリットとデメリットは?」
「第一案は非常に可能性は低いですが、遭遇した知的生命体が私達と同等、若しくはそれ以上の技術文明を持っているかもしれないという事。万が一異世界間移動が出来れば、元の世界に戻れるかもしれません。デメリットとしては可能性が低過ぎてほぼ無駄骨になるところでしょう」
ああ、それは嫌だな。まだ知的生命体と遭遇出来れば、文明レベルが低くても冒険と割り切れるかもしれないけど。
「第二案は第一案に内包されるとも言えます。静かに船の中で死ぬまで生きていくというものですね。誰かに干渉される事も無いので平穏無事な生活を送れます。デメリットとしては、第一案に比べてもやる事が極端に少なくなりますので、暇を持て余すと思います」
「私それは嫌だな。友達も増えないし、一緒に遊ぶとか楽しい事が何にもなくなっちゃう。しかも行動範囲が船の中だけなんて、狂えないけど狂っちゃいそう」
チルが自分の胸を掻き抱きながら心底嫌そうに顔を顰めた。活動的な彼女らしい。しかし…。
「俺、鬱病なんだけど…」
「クリス様は変ですから」
「酷っ!!」
ロッドに速攻で突っ込まれた。チルもフォローするでもなく苦笑してる。優しさ成分が足りない。癒しが欲しい…。
「でもまあ、チルの言っている事も分かるよ。宇宙盆栽なんて最たるものだしね。見せ合って品評するでもなく、自慢も出来ないんじゃあ詰まらないよなあ」
「珍しく正論ですね」
「流石に酷くないか?」
涼しい顔でスルーされた。いじけるぞ本気で。チルなんて噴き出してる。
「で、第三案は?」
俺も流石に不機嫌そうな顔で先を促した。チルがロッドに感化されたらと思うと気が重くなったので、ここらで地を出してみる。
チルは神妙そうな表情になったが、ロッドは相変わらず冷静な顔だ。
「人と交流する事が出来ます。私達の世界には無い文化や文物に出会える可能性も高いでしょう。好きな仕事、やってみたい仕事、新しい仕事をするのも良いかもしれません」
ああ、はい。つまり仕事をしろと。
「デメリットとしては争いに巻き込まれる可能性もまた高いでしょう。命の危険はまず無いでしょうが、マグマに落とされればそれも怪しくなります。何より苦痛を受けますね」
苦痛は嫌だな。医療技術が進み、遺伝子操作すらしてきた人類が痛覚を手放さなかった理由。それは生命の危機を知る為に必要な感覚だったからだ。
極端な例えだが、戦闘中に怪我をしたとしよう。痛覚があれば怪我に気が付き、その場所は狙われていたりして危ないかもしれないと考え、周囲を警戒する事が出来るだろう。しかし痛覚が無ければ既にそこが狙われている事に気が付かないだろう。結果的に命を落とす危険が高まる。
まあ緩い理由で言えば、子供にお仕置きで尻を叩く事の意味が無くなるとか、辛さを感じるのは痛覚なので、食事の幅が狭まるとかがあるのかもしれない。
想像だけどね。
「後、クリス様に関して言えば、人付き合いで嫌になる事があるでしょう。その時はまた船に籠もるという選択も出来ます」
お袋と違って、ロッドは逃げ道を作ってくれるところが有り難い。最初から完璧人間なんていないのに、物心付いた時にはそれを強制されてたからなあ。その時既に心は折れてたんだろうな。今思えば職を転々としていたのも、心を護る為だったんだろうか。
それが生まれてからの普通だったから、治療用ナノマシンも治すとか治さないとかじゃなかったんだろうなあ。…俺の鬱、治るのか?