壱 人間万事塞翁が馬
「ああ、だるい」
まあ、そこそこの物が買えたからいいか。というか新型が出てたのか。知らなかった…。やはりニートはいかんな。
宇宙港に着いた俺は係留されている全長約二百メートル程の小型クルーザーに乗り込む。
「おかえりなさいませ上様」
長身の美丈夫な人物が出迎えてくれた。ただし人間ではない。アンドロイドだ。しかもかなりの骨董品。ある意味先祖伝来の品だ。
まあ、物持ちが良いだけともいう。
「うむ。出迎えご苦労」
そう言って俺はブリッジに入っていった。
「すでに出航許可は取ってあります。すぐに出ますか?」
「苦しゅうない。良きに計らえ」
「予定航路はこのままでいいのですか?外宇宙に進んでしまいますが?」
「ロッド、私は既に働かなくてもよくなった。俗世とは係りたくはない。のんびりしたいのだ…」
適当な椅子に座りながら答えた。
「わかりました。では出航します」
ロッドはブリッジに入ってすぐ、少し高くなっている席に座って答えた。船長席ってやつだ。
この船は小型というだけあって、最大操船要員は七人。最低は一人。緊急事態でもなければ、それこそ俺一人でも動かせる船だ。
動力は相転移縮退炉、普通は反応炉とかなんだけど、訳ありだ。
武装は宙賊対策用の実体弾用小型レールガン四門、小型ホーミングフォトン砲六門、各種小型機関砲・ミサイル等々。エネルギーシールドと重力シールド。
おまけ程度の各種レーダー・センサー類…まあ最低限の装備だ。
今の時代になっても、この手の輩が絶えることがない。なので民間船でもある程度の武装は許可されている。
尤も、この船に限っては俺が趣味で色々弄ってはいるが。
耐用年数は七万年程。
今の時代、そうそう技術革新は起こらない。別の言い方をすれば「煮詰まった」ともいう。
だが、やたらと対応年数が長いのには理由がある。
人の寿命が延び過ぎてしまったのだ。
太古の昔から人は、不老不死を求め続けていたらしい。
その結果、遺伝子改造・生体強化などが発達した。当然違法な行為も行われたりしたらしい。
そして現在、人は軽く三十万年以上を生きることになった。迷惑だ。
しかし考えてみると、人は太古から伝わる物語に出てくるエルフなどの長命種になったともいえる。
不老不死に対する憧れが、そういった空想上の生き物を生み出したんだろう。
だからといって本当に長命になることなんてなかったのに…甚だ迷惑だ。
因みに、さすがに完全な不死は無理だったようだ。ほぼ不老は達成したんだけどね。
そういうこともあって、民生品などの耐用年数は大体五から十万年ほどで造られている。
当然中古品も出回っている。さっきまで寄っていたジャンク屋もその一つだ。
大抵は耐用年数が一万を切った物が多いし、下手をすれば買って二、三日で壊れることもある。だからジャンク屋なんだが、稀に掘り出し物があったりする。
かくいうこの船も中古船だ。
残り耐用年数は五万を切ったばかり。さすがにこれはジャンク屋や個人経営の中古屋ではなく、製造元が品質保証している直営店で買った。
決して安くは…というか相場より幾分高かったが、安全には変えられないと思った。
安全マージンを削ってまで無理をする必要がなかったから出来た事でもある。普通の人は滅多に船を個人所有出来ないし、無理をしてまで持つ必要もない。
俺のような庶民がなぜ買えたかというと、まあ運が良かっただけだ。
「上様、あと一時間ほどで星系域を抜け、ワープ可能宙域に出ます」
椅子でぼうっとしていると、ロッドが報告してきた。船長席に座っている者が船員席に座っている者に丁寧な言葉遣いをする。通常では有り得ない光景だ。
気楽な個人所有船ならではだな。
「なあロッド」
「なんでしょう?」
「やっぱり上様はやめよう。今まで通りが一番だな」
「そうですか?クリス様」
「ああ。セレブ気分が味わえるかと思ったけど、微妙」
そういって俺は溜め息を吐いた。
「ところでクリス様。船籍不明の艦が複数、こちらを囲むように接近しています」
一瞬、は?と思ったが、すぐにロッドに確認する。
「宙賊の可能性は高いか?」
「ほぼ、宙賊と推定されます」
冷静に返された。しかも即答…お前なあ、無理なのはわかってるけどもう少し慌てようよ。
「シールド全力展開!!撃ち合いで勝てるかあ!」
そう、所詮は民生用の小型クルーザー。まあ、とあるお金持ち(結構有名)が買い替えの為に下取りに出した船だ。内部設備はそれなりではあっても火力は弱い。
そして人はなかなか死ななくなったが、まったく死なないわけじゃない。
怪我や病気などは、産まれてすぐに医療用ナノマシンを接種されほぼ問題は無くなった。極端な話、脳が一部でも残っていれば再生可能となっていた。
個人を個人たらしめるのは記憶だと思うんだが、それすら再生してしまう。
記憶領域としては海馬とかがあるが、全体で補完とかしているんだろうか?詳しくは知らないので、俺は「人体の神秘」という事にしている。
そして殺す為には、まず脳を破壊し行動力を奪い、再生される前に脳をすべて原子にまで分解する。結構面倒臭い。
もう一つは真空中に放り出すこと。
これはなかなかに苦しい。何せまず呼吸が出来ない。しかし医療用ナノマシンのおかげで簡単には死なない。苦しい時間がかなり長く続くらしい。
当然生命活動維持に必要な食事などのエネルギー補給も無い。
呼吸というガス交換による酸素の供給と食事による活動エネルギーの供給が絶たれれば、何時かは医療用ナノマシンも停止する。緩慢なる死だ。
更に問題なのは「気が狂う」という事が出来ないことだ。
まあ、少し考えれば気が付くと思うが、脳すら再生するんだ。当然脳内物質は適正に分泌されるという事。つまり気が狂えずに死ぬような苦しみが続くという事。
拷問に最適。あ、ちょっと鬱になってきた…。
「速度は出せるか?」
「星系域外に出ていませんので危険です。亜光速まで出せますが、万が一小惑星や隕石と衝突した場合、船が爆散消滅します」
うん、そうだよね。ついでに俺も消滅するね。
動力を相転移縮退炉に換装してあるので、速度だけは出るんだが…外宇宙ならいくらでも逃げようがあるのに。
「ぎりぎりまで出してくれ。ジェネレーターに余裕があるから、シールドが破られないのだけが救いだな」
既に砲撃を受けている。ただシールドを破れないので焦ってはいるとは思うんだが…。
「わかりました。…不明艦より通信が入っていますがどうしますか?」
「繋いでくれ。何が目的か知りたい」
ブリッジ前面上部にスクリーンが展開され、誰かが映し出された。俺が座っている位置からは微妙な角度だ。
ついでにカメラアングルの問題で、向こうからは俺は全く見えないだろう。
「俺様の名はガルス。大宙賊『鋼の牙』のガルスとは俺様の事よ!!」
通信が繋がった途端、いきなり喚きだした。
…しかしなんだこの厨二病。頭痛くなってきた。大体自分の事を「俺様」とか「大宙賊」とか。まあ、グループ名は仕方がないと思うことにしよう。
「なかなか良い船を持ってるじゃねえか。だがこのまま逃げ切れるかな?大人しく捕まるなら悪いようにはしねえ。だが抵抗するってんなら…脳味噌引きずり出すぞ」
うん、なかなかの名調子だな。
「主に伺わなければならず、私ではお答え致しかねます」
そして相変わらず冷静なロッド。まあアンドロイドだから取り乱したりはしないんだけどね。
「ああ!?お前がこの船の持ち主じゃねえのかよ?こそこそ隠れてるようなビビりの癖に逃げてんじゃねえぞ!」
「別に隠れてたわけじゃないんだけどな…」
うんざりして呟くと
「っ!だったら面見せろや!!」
なんか怒ったらしい。舐められたと思ったのかな?俺は一歩も動いてないんだけど音声は拾えるからなあ。しかしそれでもよく聞こえたよな。
「いや、別段話は出来るんだからこのままでいいだろ。動くの面倒だし」
「ああ!?テメエ舐めてんのか!?立場わかって言ってんのか!?」
まあ確かに襲われて逃げてはいるかな。こうしている間にも砲撃を受けているし。
でもなあ…何が悲しくて取引先でも上司でもない、ましてや友好的でもない相手に気を使わないといけないんだか。
それが嫌で今回船まで買って外宇宙に行こうとしてるのに。
「てめえ、キャリーオーバーで相当懐が温かいらしいじゃねえか?俺様がちっと頂いたところで罰は当たらねえだろ」
あ、少し落ち着いたようだ。ついでに目的も分かった。しかしどこからそんな情報を仕入れてくるんだ、こいつら?
でも自分が優位にあるからとペラペラ喋るのはなあ。
「なるほど、目的はよくわかった。お前もロッター買え」
「なっ!?…せめてもの情けで生かしておいてやろうと思たが、テメエは殺す!!!」
さすが犯罪者。どうしようもない屑だな。
「クリス様、前方にワープアウト反応です」
「はあっ!?星系域内でなんて無茶する!!!」
「どうしま…」
「はっはははははは!後でゆっくりその吠え面拝んでやるぜ。せいぜい震えて待ってな!」
ロッドの言葉を遮り、勝ち誇った笑い声を残して自称「大宙賊」様は通信を切った。
「まずいな。今更速度を上げても遅いし…コアに逃げ込むしかないか?」
「入るのは構いませんが、出たらその場で捕まりますね」
冷静な突っ込みありがとう。
「宝くじなんて当てるもんじゃないな。聞いた事もない親戚とか慈善団体とか押しかけてくるし。あそこで運を使い切っちゃったかなあ」
「運が悪いのはいつもの事では?今はどう切り抜けるかです」
さらっと酷いことを言われた気がするが…。今更なので気にしない。
「ロッド、済まんな。運の悪い主人で…座標設定、重力波影響計算なんてしている時間は無い。このまま全力ワープする」
「運が良ければ恒星のど真ん中くらいで済みますかね?…クリス様、さらに問題が発生しました」
「なんだ?これ以上の最悪はないだろ」
「この宙域一帯に、小規模の次元断層が発生し始めています。現状でのワープは特異点発生に繋がる可能性が有りますが」
「…でももうワープは止められないんだろ?」
「はい」
「引くも地獄、進も地獄…だったら進んでやる!俺は金に意地汚いんだ!!ワープ開始!」
「ワープします」
ロッドの冷静な声が聞こえた気がした。