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「エレジーも人間の男だけど」
ファイルや聴診器を鞄に詰め込みながら、エレジー先生は言った。ララのりんごの木に異常がなさそうなので、病院に帰るという。
「この森には飽きないよ。面白いもんね」
「ありがとうございます」
ララは深々と頭を下げながら、男だったのか、と思った。顔を見ても声を聞いてもいまいちわからないのだ。まるで絵の中の人のように見える。
「もう少しいてくれませんか。私、まだ不安で」
「大丈夫。そもそも不安になるようなことは何も起きてないよ。エレジーが言うんだから間違いない」
やっぱりいい加減な医者だわ、と思いながら、ララは感謝していた。
エレジー先生は治療費を請求せず、木にぶら下がっていた思い出たちの中から一つもらうだけでいいと言ってくれた。
「本当にそれでいいんですか?」
エレジー先生が選んだのは、アニメキャラのピンバッジだった。ユウタの好きな漫画がアニメ化された、という話を聞いたような聞かないような、つまり思い出とも呼べない代物だ。
「こういうのは高く売れるんだよ。一品ものならなおさらね」
「先生の好きなものも、何か持っていってください」
「この中にはない。エレジーが好きなのはピザだから。あとラザニア」
ララはがっかりした。綺麗な思い出たちだと思っていたけれど、所詮自分にしか価値のないものなのだろうか。
エレジー先生は赤い目を光らせて笑った。
「いいじゃん。人形だの切手だの集めて自己満足してる人たちだって、けっこう楽しそうだよ」
「あー、バカにしてるでしょ。本人にとっては大切なのよ」
「そうらしいね」
エレジー先生は鞄を持ち上げ、ああ重い、と言った。明らかに不要なものをたくさん持ってきたようだ。ララは一緒に家を出て、途中まで送ることにした。
「まだ銀の花が咲いてるわ」
「あ。取ってく」
「取っちゃだめ」
空は青く、枝から枝へ小鳥が飛んでいた。ララは小さく息を吸い、歌を口ずさんだ。歌詞はなく、軽いハミングのようなものだったが、エレジー先生は聴き入っていた。
「うまいね。歌唱力半分ちょうだい」
「下手な歌にも味がある……かどうかはわからないけど、どっちにしろあげられないわ」
「ララってけっこう失礼だね」
エレジー先生はプカプカ森が気に入ったので、いつでも往診してくれると言った。初めて会ったカエデの木の下で、ララは見送りをやめて引き返した。
今すぐではないけれど、また新しい歌をうたえる。そんな気がした。少しだけならスキップをしてもいい。またアップルパイを焼いてもいい。ケースの中の思い出たちを、静かな気持ちで眺められる日が来るかもしれない。
頭の上でりんごが揺れ、甘い香りが森の草木に、住人たちに、空に、柔らかく染み渡っていった。
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