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 エレジー先生はララの頭の木を揺すったり、りんごをもいで食べたりした。


「これは美味しい」

「ありがとうございます」

「ちょっと貸してね」


 何を、と聞き返す前に、エレジー先生は木をわしづかみ、引っこ抜いてしまった。ララは尻もちをつき、震え上がった。

 信じられない。あの木は体の一部なのに。腕や足と同じようなものなのに。電源プラグのように抜くなんて、信じられない。


「大丈夫だよ。挿せばまた元に戻るから」

「そ、そんな、抜いたことなんて一度も」

「でも抜けたでしょ。これはエレジーが預かるから、まあゆっくりしてなよ」


 エレジー先生は木を小脇に抱えて行ってしまった。ララは怖くて動けなかった。おそるおそる触ってみると、頭には穴もあいていないし、血も出ていない。


「でも怖いわ。怖すぎる。あの木をどうするつもりかしら」


 追いかけようか迷ったけれど、疲れていたのでベッドに入った。木の重さがないせいか、いつもよりぐっすり眠れた。ユウタのことも考えなかった。


 しばらくは、何をする気も起きなかった。野原に寝転がったり、川の水に足をひたしたり、草木の音を聞いたりしていた。

 住人たちはララのことを心配し、エレジー先生から木を取り返そうか、代わりになるものを見つけようか、と口々に言った。ララは笑って首を振った。


「いいのよ。今はこれがラクなの。先生はきっとあの木を調べてくれてるのよ」


 そんなある日、ユウタがやってきた。ララは木陰でうたた寝をしていたが、驚いて顔を上げた。


「ララ! 木はどうしたんだ。誰にやられたんだ」

「違うのよ、これは」

「病気なのか? オレ、ずっと気づかなくて」


 大丈夫、とララは言った。


 ユウタはララの隣に座り、体調を気づかってくれた。でも、前のようには楽しくなかった。話をしようとしても、ユウタはどこか上の空だった。


 次の日、エレジー先生が戻ってきた。すっきり整えたりんごの木を持って、ララの家にずかずかと入り込んでくる。


「ほら、綺麗にしておいたよ」


 木にはりんごだけがなっている。ユウタとの思い出は全て消えてしまった。そんな、とララは声を上げた。


「捨てちゃったんですか。ひどい」

「捨ててないよ。こっちの箱に移しておいた」


 エレジー先生はクッキーの空き箱を出してきた。その中に、どさどさと無造作に思い出が放り込まれていた。ララは花の入ったガラス玉を拾い上げた。小さなスープ皿もつまんで手のひらに乗せた。それほど時間が経ったわけでもないのに、とても懐かしかった。


「どうする? 木はすぐ挿せるけど」

「じゃあ……お願いします」


 痛いのではないかとドキドキしたが、エレジー先生がララの頭に木を乗せ、少し押し込んだだけで簡単に挿さってしまった。本当に、電源プラグのように手軽だった。


 やっぱり自分の木だ。


 ララはりんごの香りを吸い込み、胸に温かさが広がっていくのを感じた。

 思い出がぶら下がっていないのは寂しいけれど、なくなってしまったわけではない。それに、もう重くないのが嬉しかった。


 数日後、またユウタがやってきた。ララがりんごの木を見せると、心からほっとした表情を浮かべた。


「良かった。元気になったんだね」


 ララはうなずいた。まだ完全に元気とは言えなかったが、今はこれで十分と思えた。

 りんごをもいで渡すと、ユウタは美味しそうに食べた。町のサッカーチームに入れたこと、絵画コンクールで入賞したことなどを手短に話した。


「ユウタとの思い出はね、あそこにとってあるの」


 ガラス玉やスープ皿は、透明なケースに入れて机の上に置いてある。でも、ユウタはほとんど目もくれなかった。


「ああ……そうなんだね。うん、ララの好きなところに置くといいよ」


 ユウタはお土産のりんごをいくつか袋に入れ、帰っていった。


 なんて図々しい奴だ、とマリモ小人のひとりが言った。


「ララをあんなに悲しませておいて、食うものだけ食って帰るとは。あんな奴は丸めてボールにしてしまおう。サッカーになんか使うものか。ビーチバレーで使い倒してやればいい」


 そうだそうだ、と住人たちの間から声が上がった。


「あの穀潰しのハイエナめ。もっと恐ろしい罰を与えて思い知らせてやろう」

「そうとも。今にも潰れそうな会社の暗い事務室で、いらなくなった書類をシュレッダーにかけ続けさせよう」


 しかし、長老がひと睨みすると住人たちは静かになった。

 長老はふと優しい表情になり、ララに向き直る。


「お前はどう思うね」

「わ、私は……」


 ララはまだ、自分の気持ちがよくわからなかった。大丈夫だと思った次の瞬間、寂しさが押し寄せてくる。これで良かったんだと思いながら、胸が疼くのを止められない。そんな毎日だ。


「私は……ユウタが悪いとは思いません」


 ゆっくりと、でも力を込めてララは言った。


「ユウタは人間の男の子だから。いつまでも変わらないでいるのは、きっと無理だから」


 長老は微笑んでうなずいた。住人たちはララに駆け寄り、抱きしめた。ふわふわの羽や尖った角や硬い甲羅に押し合いへしあいされ、ララは笑った。住人たちも笑っていたが、涙を浮かべている者もいた。

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