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しばらくの間、ユウタは毎日プカプカ森へ来て、一日中絵を描いたりララと遊んだりしていた。
しかし、森には漫画本もテレビもない。大きなサッカーコートもないし、ユウタと同じ年頃の男の子もいなかった。
「オレ、町のサッカーチームに入りたいんだ。だからもっと練習しないと」
「ユウタなら絶対入れるわ。上手だもの。りんご食べて、元気出して」
やがて、ユウタはあまり森へ来なくなった。来ても、ララのりんごをひとつ食べると帰ってしまう。
おいしいよ、ありがとう。
交わす言葉もそれだけになった。
ララはユウタの後ろ姿を見送り、サッカーチームに入れますように、と祈った。
それでもつい、ララはユウタを待ち続けてしまう。毎日のように話して、日が暮れるまで遊んだことが、どうしても忘れられなかった。
銀の花が咲いて散る頃には、森でユウタの姿を見ることはなくなっていた。
ララは歌をうたわなくなった。散歩もしなくなり、本も読まなくなった。野原の真ん中に座って、ぼんやりとユウタを待っている時間が多くなった。
「このままじゃララは病気になっちゃうよ」
マリモ小人の一人が心配し、長老を呼んできた。
長老は、茶色いふわふわの髪をしたおばあさんだ。長いスカートを履き、いつもは杖をついているが、いざとなると疾風のように走ることもできる。両目は昆虫のような複眼で、どんな嘘や隠し事も見抜けるのだ。
「ララ。あんた、具合が悪いんだって」
「いえ、大したことないんです」
「でもずいぶん顔色が悪いじゃないか」
「ええ……なんだか頭が重くて」
ララの頭の木には、ユウタとの思い出がまだぶら下がっている。どれもりんごより大きく、枝をたわませるほどだ。光る石や金魚鉢、アニメキャラのピンバッジまである。
「それ、いくつか外したらどうだい」
「やってみたんですが、もげなくて」
「どれどれ」
長老はピンバッジを引っ張ったが、枝にしっかりくっついて外れなかった。ハサミを使っても、ノコギリを使っても切り離せない。このままでは木を傷つけてしまう、と長老はあきらめた。
ララは日に日にうつむき加減になっていった。首が痛むようになり、あまり食事もとらなくなった。気休めにりんごをもいで食べても、すぐに新しいりんごがなってしまうので、頭は重いままだった。
「仕方ない。エレジー先生を呼ぼう」
長老は複眼の目をつむって言った。住人たちは仰天し、まさか、と言った。
「あの狂った医者を? 冗談でしょう」
「オイラ知ってる。あの医者は患者を実験台にしてるんだ。ばらばらにして薬の材料にするっていう話だぞ」
静かに、と長老は言った。凛とした声に、わずかな悲しみが混じっている。住民たちは口をつぐんだ。
「わしらにはどうすることもできない。木が悪いわけでも、ララの体が悪いわけでもない。もっと複雑な問題なんだ」
ララはますますうつむいた。大切なりんごの木を、自分でどうにもできないことが情けなかった。
心配するんじゃないよ、と長老は言った。
「この森ではいろいろなことが起きている。全身がほどけてしまったマリモ小人も、雨に打たれて溶けてしまった飴女もいた。みんな死ぬことはなかった。花も草も木も、小鳥たちの歌も、お前を守ってくれるはずさ」
「でも私、自分がどうしてこうなってしまったのかわからないんです。ごめんなさい。心配かけてごめんなさい」
「だからエレジー先生を呼ぶんじゃないか。見てな、わしがひとっ走り行って」
その必要はないよ、と声がした。
カエデの木の下に、大人とも子供ともつかない、少年とも少女ともつかない、道化師のような人間が立っていた。住人たちの中から小さな悲鳴が上がる。
紫色の二股帽をかぶり、同じ色のブラウスに膨らんだパンツ、その上からゆったりと白衣を羽織っている。帽子からのぞく髪は黒く、瞳はルビーのように赤い。
「面白そう。エレジー、こういうの大好き」
朗らかな、でもどこか感情を欠いたような声だ。
何が好きなの、とおそるおそる誰かが言った。竜のしっぽを生やした小さな女の子だ。
エレジー先生は目を光らせて笑った。住人たちをぐるりと見回し、最後にララを見た。
「わけのわからないことが起きてるんでしょ。エレジー、そういうのが一番好き」
この先生で大丈夫だろうか。
ララを含め全員がそう思ったが、来てしまったからには任せるしかなかった。




