第四話「別次元の戦い」
「……おい、おいっ!」
「……」
兵員輸送ホバーヘリの中でデフィは目覚めた。
これで同じ場所、同じ時間での3回目の目覚めである。
「どうした? 酷く疲れた顔をしているな」
「…………」
「おい、何とか言えよ!」
「…………」
デフィは前回起こったことを思い出していた。
(敵のスナイパーは仕留めた。
核融合発電所は守られ、ウルフチームの到着寸前だった……。
……だが敵が到着する前に爆発した。
……元々異常動作していたのか?
いや、核融合発電所はどんな機材の不調があっても自ら爆発することはない。
意図的なプログラムを実行し、精密な計算で異常動作させなければそんな事は起こらない。
既に中に敵が居たと言う事か?)
デフィが考え込んでいると、ホバーヘリのパイロットルームの後ろに居た新井隊長が隔壁のドアを開けて体を乗り出して叫んだ。
「あと5分で作戦空域に到着する。全員バイザーを装着しろ!」
デフィは聞き返す。
「核融合発電所の中の職員の状況はどうなっている?」
「既に説明しただろう、数名の職員だけが自分の身を犠牲にする覚悟で踏みとどまっている。
我々が彼らに合流して救わねばならない。
彼らは現在もコントロールルームで機器を見守っている!」
「今、間違いなく無事なのか?」
「管制室と今も連絡を取り合っている。
無事だ……今のところはな」
「残った職員の身元は確かなのか?
敵と内通した者が居ない保証はあるのか?」
「……管制室、発電所内に残った職員が敵の工作員の可能性は?
……分かった。
ありがとう。
デフィ、管制室は発生した状況に関わる人間の事、もちろん発電所に残った職員の事もすべて調べている。
こういう事件では常に行っているそうだ。
職員の経歴、生活習慣、最近の行動、銀行口座の金の動きに至るまで怪しい部分は無い。
納得したらさっさと準備にかかれ」
(爆発の時間から逆算すれば俺が目的地に到着した頃には既にコントロールルームが敵の手に落ちていたはずだ。
……コントロールルーム内の異常の報告は、爆発するまで管制室から無かった。
おそらく何か細工をされている)
「……新井隊長、発電所のコントロールルームにドローンを数機侵入させて警戒するように管制室に進言してほしい」
「やたらと気にするんだな。発電所内は死角が無くカメラが張り巡らされていて、今のままでもすべて把握出来る」
「いや、ドローンを入れてほしい」
「管制室、ドローンを数機、発電所内のコントロールルーム周辺の警戒に当たらせて貰いたい。
可能か?
……そうか、助かる……いや、うちの隊員がやたらと気にしていてな。
時々当たるんだ、そいつのカンがな……。
デフィ、管制室は3機の昆虫型偵察ロボと2機のドローンを建物内に侵入させる。
もう満足だろう。
他はないな? 全員バイザーを装着したな?
管制室! ファントム・ハンズの21名全員準備完了です」
***
兵員輸送ホバーヘリは前回と同じ目的地へ到着、他の隊員達と共にデフィもホバリングデバイスを腰につけて降下した。
デフィが自分の待機場所である空中歩道の地面から3層目、原発からは大きなビルを挟んだ逆側の地点へたどり着こうとした時、管制室から異変を伝える情報が伝わる。
「発電所内のドローンが一機、破壊されました!」
「そんな馬鹿な? 映像を確認しろ!」
「映ってない! ドローンが破壊された廊下の監視カメラ映像にドローンが映っていない!」
「もう一機を同じ場所へ向かわせろっ!」
「……急行中……、敵だっ、敵の兵士達が中にいるぞっ! くそっ、また撃墜された!」
緊迫した管制室の無線を注意深く聞きながらデフィは走る。
そしてその道中、ふと地面に目をやった。
マンホールの蓋がある。
(そう言えば前回、俺が最後に撃った『俺』は目標に命中せずに舞い戻り、目の前のマンホールに着弾した。
……そうか!
俺は伝えようとしたということかっ!)
デフィは待機地点へとたどり着き、SCRライフルを地面に立てて準備しながらマイクに叫ぶ。
「敵は地下から発電所内に侵入している!
発電所地下のマップを全員のヴァイザーへリンクしろっ!
一刻も早く狙撃しなければっ!」
「発電所半径1キロの地下マップを……情報リンク完了」
「攻撃能力のあるドローンを全て急行させろっ!」
「オウルα、オウルβ、クロウα、クロウβ、発電所内部のマップと地下マップを確認し、侵入経路となりうる地点を重点的に、内部に向けて直ちにフリースタイルSCR狙撃を行い続けて下さい」
「オウルα、ブレイン情報リフレッシュ中、完了次第狙撃に移る」
「クロウα、ラジャー」
「クロウβ、ラジャー」
「オウルβ、リフレッシュ完了後狙撃する」
デフィはすぐさまSCRバレットのブレイン情報のリフレッシュを行った。
そして座り込み、立てた膝の間にある巨大なSCRライフルのトリガーを引く。
***
薄暗いトンネルを通り抜け、ビルとビルの隙間、時間の停止した空間を勢いよく突き進む。
高度300メートルあたりから軌道を変え、デフィがもたれ掛かっていたビルの横へ移動、ぐるりと回ってその先へと突き進む。
周囲に見えるのは空中で静止した無数のドローンビット。
だがもう一機一機の確認はしない。
全て問題ないのは分かっている。
核融合発電所の一番外側、第四障壁上空を越え、第三障壁、第二障壁、第一障壁を順番に越える。
建屋にならぶいくつもの窓のうち、緊急時の消防用の窓、1フロアに1枚の窓が全て解放されている。
SCR狙撃とドローン侵入の為、管制室が遠隔操作で開けたようだ。
開いた窓へと突き進み、潜り抜けて建物内に入る。
廊下を突き進み続け、空中静止した軽武装ドローンの隣をすり抜ける。
曲がり角を超えるとのけ反った状態で頭部が粉砕され、空中に血肉をまき散らしつつある兵士が見えた。
もちろん俺の目には兵士も、宙を舞う血肉の飛沫も静止して見える。
間違いない。
内部侵入を試みた敵兵の射殺直後、まだ体の末端は脳が死んだ事を知らない、死亡直後の状態だ。
目玉が頭蓋骨の破片と共に空中を進もうとしている、グロい光景だ。
兵士の頭の後ろの壁は放射状に亀裂が入り、高重量弾の弾痕が作られていた。
SCR狙撃チームの他の誰かのSCRバレットがそこに埋まっているのだろう。
ファースト・ブラッドは取られてしまったようだ。
俺はさらに進み、熱線銃を持って怯えた職員のところへ駆け寄りながら射撃しようとしていた兵士を見つけ、接近する。
死に直面した職員は見開いた眼で敵兵の顔を凝視し、片手を顔を守るように持ち上げて後ろに半分倒れかかった状態で静止している。
(大丈夫、先に死ぬのは……)
俺は軌道を変え、敵兵の頭を正面にとらえる。
(お前のほうだ、もっともそれを認識出来ないだろうがな)
不測の跳弾や施設の重要箇所破壊を防ぐため、敵兵の頭の裏にあるのは重厚なコンクリートの壁。
マップ情報から重要配線やパイプが埋め込まれて居ないのは確認した。
そのまま突入する。
敵兵の側頭部へ。
***
「発電所内で現在敵兵6人を……7人を確認、全てSCR狙撃で排除されました。
突入しようとしていた敵はほぼ網羅したと思われます」
「クロウαだけ建物狙撃を継続、他は第一障壁を破ろうとしている敵兵の攻撃に切り替えろ」
「……クロウβ、ターゲット情報を同期します」
「オウルα、ターゲット情報を同期する」
「オウルβ、ターゲット情報を……おい、何してる?」
デフィは情報を受け取る前にSCRバレットのブレイン情報リフレッシュを行っていた。
(次に排除しなければならないのは……)
「オウルα! オウルα! 応答しろ!」
「オウルαのバイタルサイン停止を確認、即死です」
「どういう事だ? オウルαの居る場所は敵からは完全に死角だぞっ!?」
「レールガンか!? だが辺り一帯のドローンビットはこちらの支配下。
敵の偵察ドローン類は捉えていない!
位置が分かるはずが無い!」
(始まりやがった……リフレッシュ完了、名も知らぬ敵のスナイパーよ、お前は次の瞬間に死ぬ)
デフィはトリガーを引いた。
***
薄暗いトンネルを通り抜け、核融合発電所を通り越え、レインボーヒルビルの3階駐車場内に侵入する。
(大型トラックの貨物室内にいるはず、おそらく後部ドアを開けて……。
しかし既に2回殺しているのに……顔を拝むのは初めてとは……不思議な気分だ)
いくつもの乗用車が並ぶ上を通り抜け、駐車場をぐるりと一周した。
(おかしい……無い! 大型トラックが無い! 地下からの潜入チームを殲滅したことで状況が変わったか!?)
焦りを抑え、二度目の駐車場内周回を行う。
目を凝らし、何一つ見落としが無いように細心の注意を払って進む。
そしてデフィは大型トラック用の駐車スペース、その地面にマーカーで記載された落書きを見て戦慄した。
『Hey sniper. I'm not here this time. And I know your direction』
(スナイパー!? 俺か!? this time……今回、今回だと!?
まさかこいつ……認識しているのか!?
俺と同じように記憶しているのか!?
俺の方角を知っている?
……そうか!?
一番最初、俺の弾丸が空中で消息を失い、俺がSCR狙撃を最初に疑ったあの時!
それを覚えているならば、俺の潜んだ方角が分かる。
いや、俺が知らない狙撃を繰り返して場所を絞っていたのかも知れない。
コイツは俺の潜む場所を絞っている!!
知らせなければ!」
急遽方向を転換、元来た場所へ軌道を変えて突き進む。
発電所の上空を通り抜け、ビルとビルの間をすり抜けて進む。
(ここを曲がれば元の場所、『俺』がSCRライフルを構える場所……あっ……)
確かに目の前にはSCRライフルを抱える自分の姿が見えた。
だが信じがたい、信じたくない光景が見えた。
地面に座る自分の頭が炸裂し、空中に花火のように血肉をまき散らせて仰け反った状態で静止している。
(やられたっ!)
***
「……おい、おいっ!」
「……」
兵員輸送ホバーヘリの中でデフィは目覚めた。
これで同じ場所、同じ時間での4回目の目覚めである。
「どうした? 酷く疲れた顔をしているな」
「…………」
(……戻ったのか……。核融合発電所の爆発……それに巻き込まれて死ななくても戻るのか?
一体どういう事だ?
核融合発電所の爆発が何か未知の影響を与えて、人知を超えた事態を引き起こしているのかと思っていたが……前回、発電所は守られたはず……いや……。
そうとも言えない……俺が死んだ後、味方が全て壊滅して死に、敵の地上部隊が発電所のコントロールルームにたどり着いて目的を達成したかも知れない。
相手は狙撃チームのおおよその待機場所、ウルフチームのおおよその進軍位置まで把握しているはずだ。
なんて事だ……俺はこの繰り返しから逃れられるのか?
いや、それよりも……、俺は前回恐らく撃たれて死んだ。
視界内に敵は居なかった。
まだ到達するはずもなかったが、痛みを感じる暇もない即死。
考えられるのは……敵のスナイパーのSCR狙撃。
今回何かのきっかけで俺の位置が知られた。
途中までは良かった。
途中までは間違っていなかったはずだ)
デフィと敵のスナイパーの戦いは、この時から人類始まって以来、有り得なかった別の領域へと足を踏み入れることとなった。
自分は姿を隠し、敵を見つけ出して狙撃するのがスナイパーの戦い。
繰り返しの時を進み、『敵』を『認識』し、『隠れ場所を変えられる』のはデフィと未知のスナイパー二人のみ。
孤独な闘いが始まる。