第二話「止まった時間の二人のスナイパー」
デフィのバイザーに次の情報が映し出された。
「オウルβへ、次の目標情報を送信した。
すぐに第二射へ移れ。
敵はたった今、セキュリティチームをほぼ壊滅させ、第一障壁ゲートを開こうとしている。
ウルフチームは間に合わない。
止められるのはお前達狙撃チームだけだ。
急げ!」
「情報を確認……SCRバレットのブレイン情報を更新中……。
完了した。
狙撃する」
デフィは再び引き金を引いた。
***
薄暗いトンネルを通り抜け、ビルとビルの隙間、時間の停止した空間を勢いよく突き進む。
高度300メートルあたりから軌道を変え、デフィがもたれ掛かっていたビルの横へ移動、ぐるりと回ってその先へと突き進む。
周囲に見えるのは空中で静止した無数のドローンビット。
一つ一つを念入りに確認しながら潜り抜け、核融合発電所の第四障壁の上空へと向かう。
(あれは!?)
核融合発電所の方角から、こちらへ向かって突き進む弾丸があった。
進んできた直線軌道上はただの空、空中で進路を変えた弾丸である。
そして通常の弾丸よりも一回り大きな狙撃弾。
型式はオウルチームが使っている物と違うが、SCRバレットに間違いない。
弾丸の先頭には熱を帯びて赤みがかった特殊な全方位レンズがある。
(敵にSCR狙撃を行うスナイパーが居る!
地域の戦術情報は間違いなくこちらが押さえているはず。
このルート!
この弾丸は……俺を探している!)
軌道を変え、空中をゆっくりと進む敵のSCRバレットを視界正面に捉えて進む。
……100メートル。
……50メートル。
……10メートル。
……5メートル。
敵のSCRバレットが俺を避けようと右にぐいっと進路を曲げた。
だが俺もそれをトレースするように進路を曲げて合わせる。
……2メートル。
敵のバレットが逆側へと進路を変更。
だが絶対に逃がさない。
ここで逃せば、俺がやられる。
敵の進路、予測は確かだ。
発見されて命中する可能性が高い。
……50センチ。
……30センチ。
……10センチ。
ハロー。
お前を行かせるわけにはいかない。
悪かったな。
***
デフィのSCR-X2が轟音と共に火を噴く。
そして空中にソニックブームの轟音が響き渡った。
「こちらオウルβ、命中したか?」
「何をしている! オウルβ!
ターゲットに着弾した形跡は無い!」
「ターゲットに到達してないだと!?
そんなはずは…………まさか…………しばらくの間、ブレイン情報の更新無しに連続発射する」
「一刻を争う状況だぞっ! ああああっ! 敵が第一障壁ゲートに駆け込んでいく!」
デフィは再びSCR-X2の引き金を引いた。
次は銃の機構が許す最高速度、秒間2発。
だがその途中、悪夢のような通信が入り込む。
「オウルα! オウルα! 応答しろ!」
「オウルαのバイタルサイン停止を確認、即死です」
「どういう事だ? オウルαの居る場所は敵からは完全に死角だぞっ!?」
「レールガンか!? だが辺り一帯のドローンビットはこちらの支配下。
敵の偵察ドローン類は捉えていない!
位置が分かるはずが無い!」
デフィは冷や汗を流しながら、可能な限りの連射を続けながら言った。
「敵にSCR狙撃を行うスナイパーが居る」
「最高機密の装備、日本の一般国民や一般兵士だって知らない技術だぞ! 敵もそれを持っているのか!?」
「……クロウチーム! 聞こえたか? 今すぐブレイン情報をリフレッシュ、迎撃狙撃に移れ!
SCRバレットに敵スナイパーを探させるんだ!」
「クロウαのバイタルサイン停止を確認、即死しました」
「こちらクロウβ、バレットのブレイン情報を新しい戦術記憶でリフレッシュ完了、これより……」
クロウβの無線は瞬間的なノイズと共に停止した。
「クロウβのバイタルサイン停止を確認……即死です……」
「……なんてこった……」
「……全滅するぞ……」
「オウルβ……」
「リフレッシュの時間は無い。俺の弾丸はまだ第一障壁の古いターゲットを目指して飛んでいく。
敵がその方角に居て、”俺”が”正しい状況”を判断して撃ち倒してくれるのを祈るしかない」
「……ドローンビットを総動員して敵のスナイパーを探せ!」
「ウルフ07、バイタルサイン停止を確認」
「こちらウルフ01、ウルフ07はSCR狙撃を脳天に受けて死んだ!
このまま核融合発電所に向かって進んでいては全滅する。
全員建物内に退避させる!」
デフィは緊急治療用の止血バンドをてSCR-X2のトリガーに結び付けてくくり、押しっぱなしの状態にしていた。
そしてその巨大なライフルを地面から立たせ、銃身を片手で支えたまま、ビルの壁の窪みに足をかけて1メートルほど登り、銃口の少し上の横に片手でハンドシグナルを作ってかざす。
そのシグナルの意味はカウンター狙撃である。
そしてその手のひらのはナイフで「Rnd」と刻まれていた。
SCRバレットはコピーブレイン情報の入った弾丸。
脳の情報はすべてが均一、その判断も均一である。
だがミッションによって判断にランダム性を加える為、弾丸個別に採番された番号から無作為な判断を抽出する訓練も受けている。
デフィが放ち続けた何十発ものSCRバレットは、敵の居るらしきエリア周辺、あちこちに散らばって狙撃手を超音速の世界で捜索し、推力を失って地面や壁に着弾を繰り返す。
その内何発かは、こちらへ向かう敵スナイパーの弾丸を迎撃して共に空中で炸裂し、消滅していく。
「こちら統合情報管制室。
索敵用の小型ドローンが敵のスナイパーと思われる死体を確認しました。
核融合発電所の向こう側、レインボーヒルビルの3階駐車場内の大型トラックの貨物室内です。
貨物室内に隠れつつ、後部扉を開いてそこから狙撃を繰り返していたと思われます。
……残された弾丸の応答信号を確認。
オウルβのSCRバレットが仕留めています」
「……ふぅ……」
「大変です。敵軍が既に核融合発電所のコントロールルームを制圧!
炉心温度上昇、出力急上昇中!」
「馬鹿な……! まさか自分達が退避しないまま破壊工作を……!」
「危険です! 即座に全員全速力で発電所から離れて下さい!
推測される猶予時間は1分!」
「こちらウルフ01、無茶を言うな! 走って逃げろというのか!」
「ホバーヘリを兵員回収に回せ!」
「……間に合わない! 退避! 退避ィ――!」
デフィは放心状態で自分がもたれ掛かっていたビルの端から歩み出て、遠くに見える核融合発電所、それを包む障壁を眺めた。
強い閃光が核融合発電所から放たれ、空を覆う雲がそれを反射して黄金色に眩く輝く。
そしてすさまじい勢いで、土石流を数百倍にしたような衝撃波と土煙が、鉄筋や電気自動車類を空中に巻き上げながらグングン迫って来る。
もはや手の打ちよう無し。
高さ数百メートルに及ぶ土煙と衝撃の壁があっという間にデフィの眼前に迫り、デフィを飲み込んだ。