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8話 彼と似た者同士

 本日最後の授業が終了する。

 それと同時にクラスメイトたちは思い思いの行動を取っていた。

 例えば、学年一のビッグな男――野山(のやま)は青春の汗をかきに野球場へ。隣の席の低身長だけど巨……(こころ)は黙々と体躯(たいく)に見合わない大きなスクールサックに教科書をしまい込んだ。そして鞄を背負い込み立ち上がろうとしたところで、僕の視線に気づいたのか、ぼそっと声をかけてくる。


「いっしょに帰る?」

「今日も文化祭委員がありまして」


 自分のおちゃらけた言葉に彼女は僕を見下ろすように見つめる。

 そして、感慨深げにこくっと頷き教室を出て行った。きっとあの頷きには「委員会頑張れよ」という意味が込められているに違いない。意味深な幼馴染の行動を適当に解釈しつつ、(すめらぎ)さんをちらりと見る。彼女は登校時と同様に大勢に囲まれていた。


 こりゃ彼女に話しかけるのは難しいな。

 僕は後ろ髪を引かれつつも、委員会活動に勤しむため席を立ち上がった。

 そして教室を出ようとしたところで――



「ちょっと来なさい」

「へっ!?」



 後ろから誰かに手首を掴まれる。

 そして手首を掴んだ人物が僕の前に躍り出る――すまし顔の皇さんだ。

 彼女は僕を連れ出す。教室を出る際、クスっと笑う楓さんの声が聞こえた。






「どうして声かけないのよ」


 皇さんは不満気な声を出した。

 心なしか廊下に響く足音も苛立っているように聞こえる。

 僕は慌てながら――いまだに体を引きずられながら口を開く。


「皇さんこそいきなりどうして。その、あと手を離してくれると嬉しいんだけど」

「あ、そうね。もういっか」


 素直に手を離してくれた。

 そして皇さんは歩く速度を緩めて、僕の隣を歩く。

 隣を歩く彼女は浅葱色のブレザーにシャツを着崩していて……はっ!


「そんなことより、普通声を掛けるでしょ! 今まで散々心配してたくせに、学校に来たらポイっとかありえないから。というか家にまで上がり込んでその上ママとも仲良くなって、なのに学校では挨拶もなし。ありえないから、本当ありえないから!」


 皇さんはマシンガントークを続ける。

 だが、自分にはそれを聞いている余裕がなかった。なぜなら衝撃的な事実に気づいてしまったからだ。


 睨みつける彼女。

 その視線を”真っ直ぐ”に受け止める僕。

 そう、真っ直ぐにだ。上目遣いでもなく、下目遣いでもない。


 うわぁぁあああああ。

 僕と皇さんってほぼ身長変わらないじゃないか!

 じゃっかん、若干自分の方が高いと思う。だけど、足の長さでは負けている気がする。それにハイヒールなんか履かれた日にはもう……!

 これがモデルの力だっていうのか、信じたくないよぉおおお。


 ボロボロに傷いた自分は震えながら「ごめん……」生きていてごめんと心から謝った。そんな僕を見て皇さんは「や、そんな落ち込むことじゃないから……」と慰めてくれた。

 くっ……! 大人らしさでも彼女が優っているというのか! あらゆる面で彼女に敗北していることを感じつつ、誓った。二十歳(はたち)を過ぎた頃には彼女を見下ろして見せると――あっ、僕死んでるか。ちーん(笑)


 決して表には出せない自虐ギャグを考えつつ、疑問を口に出した。


「皇さんから声を掛けてくれたのはわかったんだけど、どうして僕を連れ出したの」


 教室で声を掛ければいい話だ。

 なのに、どうして僕たちはあてもなく廊下を歩いているのだろう。

 首を傾げていると彼女は立ち止まり、鞄を漁る――すごい派手な鞄だ。色は渋めなのに、装飾が……ぬいぐるみとかはわかるけど、どうしてメガネがぶら下がっているのか。気になる、めっちゃ気になる。じーっと鞄を見ていたら、彼女はA4サイズの大きな本を取り出した。

 そしてそれを大きな態度で僕に渡してくる。

 

「はい、これ。重かったんだから。あんたが声をかけてくれればこんな苦労せずに済んだんだけど……?」


「これって……」


 彼女の手にある本の表紙を見る。

 そこには『写真でわかる星座 ~88種~』と題名が書かれていた。


「星座の本……貸してくれるの?」

「あんたが私の部屋を掃除してた時に見つけたわけ。で、まぁあんた――レンがわざわざ星座の本を買うとかバカなことを言ってたから、持ってきたの。……まさか買ってないでしょうね」

「買ってないよ。ネットで調べてたけど、どの本を買えばいいのかわからなくて」


 どの本もお値段高めだし。僕はあははと苦笑いをした。

 すると、彼女は呆れたような、安堵するようなため息をついたあと、口を開いた。


「じゃあこれ、受け取って。というかこの本重いから。いつまで女の子に持たせるつもり」

「あ、ごめん。それとありがとう。ちゃんと勉強するね」

「そうしなさ……ふぁぁ……あと急いで返す必要ないから。滅多に読むこともないし」


 十年ぶりくらいにその本を読んじゃった。

 そう言ってもう一度あくびをし、鞄の口を閉めた。

 僕はその姿を見て思う。皇さんは3B(さんびー)――横暴・乱暴・凶暴――を兼ね備えた人物ではあるけれど、可愛らしくあくびだってするし、わざわざ本を貸してくれる優しさもある。見た目だけでなく、こういった内面の優れた部分があるからこそ、あれだけ人気があるのだろう。

 彼女に対しての感情が上向きになっていると、


「なにじっと見てんの。……女の子があくびしたら目を逸らすくらいしなさいよ」


 怒られてしまった。

 確かにそこは気を使うべきだったかなと謝罪をする。


「ん。というか久々の学校で私も油断してた」

 

 華麗でありたいものね。

 彼女はそう呟いたあと反省するように、手で軽く頭を抑えた。

 だが、そんな反省する仕草は一瞬で終わり強気で邪悪な笑顔を浮かべる。


「それじゃ行きましょうか」


 先ほどのように皇さんは僕の手首を握る。

 これが結構はずかしかったり……いや、そんなことじゃなくって。 


「ど、どこに。用事も終わったんだしもう帰るだけじゃ」


 もしや一緒に帰ろう的な!?

 ま、まぁ皇さん美人だし一緒に帰るのもやぶさかではないけどさ。

 なぜか上から目線の僕に対し、彼女はニコニコと笑う。


「なに言ってるの。これからが本番じゃない」

「帰りましょう」


 直感が働く。直感で言葉を吐く。

 自分にしては珍しい行為だった。しかし、


「レンくんの気になる子はどこかしらー」


 彼女はうふふあははと言った様子で呟く。

 文字面(もじづら)だけ見れば可愛らしい彼女の言葉も、僕の耳にはこう聞こえた。

 「早く柑崎(かんざき)さんのいる場所を教えろ。この遅漏が」と。


 皇さんへの感情は元に戻っていた――――






 (ほが)らかに鼻歌を歌う。

 周囲から見れば幸せそうに見られるこの姿。

 ただ、僕がこうして鼻歌を歌う時にはだいたい理由がある。一つは緊張をごまかすため。もう一つは現実逃避をするためだ。


「いい歌ね。落ち着く感じ」


 僕の少し斜め後ろを歩く皇さんの一言。

 本来なら喜ぶ場面。でも、現実逃避中の自分には聞こえない言葉だ。


 自分の右手首を見る。

 いつの間にか自由になった手首は、ほんのりと赤く染まっていた。

 彼女をちらりと見て一言。褒められて嬉しかったです。




 逃げられない現実を嘆いていると、到着してしまう。

 2-E。柑崎さんがいるクラスだ。最初皇さんがしっちゃかめっちゃかに歩くものだから、だいぶ時間がかかった気がする。

 そんなことより、これからのことだ。僕は恐る恐る「本当に見るの?」と確認を取る。彼女は「当たり前でしょ」と腕を組み大きく頷いた。別に知られるのはいいのだけど、知られたら何かしらアクションを取りそうなのが怖い。


 今更愚痴っても仕方がないか。

 もしかしたら皇さんが僕と柑崎さんの仲を進めてくれるかもしれない。

 そんな現実逃避気味のポジティブさを胸に、クラスを覗く。


 すると、柑崎さんを見つけるよりも早く――


「おっレンじゃん。俺に用か?」


 ――火坂に見つかった。

 

「そうではないんだけど……」


 歯切れの悪い僕。

 それを見て火坂はすぐに察してくれた。


「柑崎さんならさっきクラスを出て行ったぜ。残念だったな」


 からかうように笑う。

 恐らく柑崎さんはもう多分委員会室に向かったのだろう。


「だってさ。皇さん、彼女を見るのはまた今度でもいいよね」

「ま、いないんじゃね。……というかレン」


 彼女は手招きをした。

 そして近づいた僕にこそっと耳打ちをする。


「あんた……”あの”火坂と仲が良いわけ?」

「小学生時代からの友達だよ」

「信じらんない。あのヤリチンと仲が良いって。友達は選びなさいよ!」


 矛盾した――ぼそっと大きな声が耳元に響く。

 僕がビクッと体を震わせていると、皇さんが「あんたもまさか……」と疑惑の目を向ける。

 自分は慌てて否定するが、その疑いは晴れていなさそうだった。


 ひさかぁ。

 彼の悪評の広まりっぷりに僕が泣きそうだ。

 そんな心境を抱いていると、今度は火坂が自分を呼びつける。そして耳打ちをした。


「おいっ、レン。あの女とはどういう関係なんだよ」


 言われてみればどういう関係なんだろう。

 知り合いとも友達とも言えない気がする。考えていると、火坂は何を勘違いしたのか慌て始める。


「あんな派手で悪趣味な女はやめとけって! お前には柑崎さんがいるだろ!?」

「皇さんに色々失礼だよ! というか、そんな大きな声を出したら」


「誰が……派手で、悪趣味な女ですって」


 声が聞こえた瞬間――背中に悪寒を感じる。

 振り向けばすぐ近くに皇さんが立っていた。

 彼女は火坂と向き合い、相手を圧するようにして吠える。


「悪趣味なのはアンタの方でしょ! 赤髪の男なんて初めて見たわよ。その上パーマまでかけて、キモッ」

「おまっ……俺の髪を馬鹿にするってことは、俺の名前を馬鹿にするってことだぞ……?」

「なんでよ!」


 なんで!

 自分も心の中で突っ込んでおいた。


「髪のことはまぁいい。置いといておく」


 火坂は咳払いをし、言葉を続ける。


「お前、どうしてレンとつるんでるんだよ。明らかにタイプが違うじゃねーか」

「それはアンタだって同じじゃない。アンタとレンが友達? 信じらんない」


 彼女はバカにしたように笑う。

 その笑いは僕の童貞っぷりをバカにしたのか、はたまた火坂のヤリチンっぷりを馬鹿にしたのかわからない。

 にしても、二人共我が強いなぁ……。


 しみじみと思っていたら、火坂が僕の肩を抱く。

 そして眩い笑顔と白い歯を見せつける。


「友達どころか親友だよ。なっ、レン!」


 火坂のそんな言葉に照れつつも「う、うん」と素直に返事をしたところで……


「はっ、今のでわかったわ。そうやって彼を脅して仲の良いふりをしてるわけ」

「どこに脅してる要素があんだよ!」


 たぶん肩を抱いた所じゃないかな。

 僕は静かに思った。というか、いつまで抱かれていればいいのだろう。

 そう思っていると、皇さんがそっと手を差し出す。


「ほら、レン。もうそいつに怯えなくていいの。私が守ってあげるから」


 一瞬――美人のお姉さんに見えた。

 実際外見は良いと思う。ただ、僕はもう知ってしまっている。彼女の3Bっぷりを。

 仮に彼女の手を取れば、外敵からは守ってくれるだろう。でも彼女自身が僕をこき使うに違いない。つまり、皇さんコワイ。


 ……


「わかったか? これが答えだ」


 火坂は勝ち誇る。

 皇さんの空いた手を見つめて。


「お前と俺とじゃ年季が違うんだ。出直してきな」

「……そうね。そうかもしれない」


 皇さんの穏やかな声。

 彼女はそっと自分の手を見つめ、ぼそっと言う。


「レンくんと星空を見ながら言われたっけ。”皇さんと出会えたのは運命だ”って」


 なんか違わない!?

 僕の突っ込みは火坂の「んな!」という間抜けな言葉にかき消された。

 そして彼は勝ち誇る顔を捨て、張り合うための(おれのほうがなかよし)言葉を並べる。

 しかしそんな火坂の言葉を皇さんは涼しげな顔で流していく。そして終いには「私とレンって、運命共同体みたいなもんだから」とトンデモないことを言い始めた。きっとあれのことを言ってるのだろう。僕の願いを見届けるとかそんな感じのこと。あえてぼわっと、誤解を招くような言い方をしているが。


 赤髪と橙色髪の戦いは続く。

 僕は普通の声量で「委員会があるから行くね」と喋るが、どちらにも聞こえていない。

 似た者同士か……僕はため息を吐いたあと、確信した。


 この戦い橙色の方が勝つわ――――




 


 廊下に赤みがかった光が差し込む。

 空の色は群青色から橙色へと変化しようとしていた。

 って、だめだ。赤とかオレンジ色を見ると二人のことを思い出す。


 流石にもう喧嘩も終わっているはず。

 そう思いながら、駆け足気味に廊下を歩いていく。

 皇さん達の件でだいぶ時間を使ってしまった。これ以上柑崎さんを待たせるわけにはいかない。人がまばらな廊下に都合の良さを感じていると、角の方から廊下の守護者(たんにん)が現れた。そういえばこの文化棟には職員室があったな……。僕は飛行機が急降下するかのごとく、歩く速度を落とす。緩めの先生ならともかく、担任――げんちゃんはこういうのに厳しい。


 何食わぬ顔で華麗に優雅に廊下をゆっくと歩き、げんちゃんの横を通り過ぎた。

 ふっ勝ったな。自身の勝利を確信していると「水原(みずはら)ァ!」と大きすぎる声で呼び止められた。 

 

 なんとぉ!?

 僕の姑息な手を見破ったのか……!

 そう思いつつ、あははと苦笑いをしながらげんちゃんのいる方――後ろへ振り向く。

 げんちゃんは腰に手を置き威風堂々と立っていた。太陽の光に反射して輝く汗は体育の授業が直前まであった証拠だろう。


 大股で五歩離れた距離。

 その距離から先生は白い歯をニカッと出す。


「皇のこと、ありがとうな!」


 大きな声。

 その内容を理解した頃には、もう先生の姿は消えていた。




 歩きながら担任の言葉を反芻(はんすう)する。

 まさか、げんちゃんからあの件で感謝されるなんて。感謝されるようなことでも……というかどうして僕が皇さんに関わったことを知っているのだろう。皇さんが「水原くんに色々と助けてもらって……」なんて先生に言わないだろうし。うーん、先生が僕にしか頼んでなかったから、こいつが解決したんや! て、わかったのかな。


 適当に自分の中で結論を出していると、委員会室に着いた。

 扉に付属した小窓を覗けば夕焼けに照らされた柑崎さんの姿。彼女の本を読む姿はどこか楽しげだ。邪魔をするのも悪いけど、部屋に入って遅れたことを謝ろう――として、スマートフォンが震える。


 扉に手をつけたままスマホを片手に取る。

 ディスプレイには皇さんからのメールが一通。そこに書かれていた内容はとてもシンプルで、困難な内容だった。



『柑崎さんをカラオケに誘いなさい』


 

 無理でしょ!

 僕は頭を抱えながら、委員会室の扉を開く。

 柑崎さんとデュエットしている姿を思い浮かべながら――



お読み頂きありがとうございます。

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