4話 彼から逃げるクラスメイト
クラスメイト脱走事件。
通称――CE事件があった翌日の放課後。
僕と柑崎さんは早速文化祭委員会のお仕事をしていた。
仕事といっても現状は小さな部屋で人が来るのを待つのみ。とても楽な仕事だ。
「暇だね」
「そうですね……」
緊張気味な柑崎さんの声。
多分出会って数回目で二人きりっというシチュエーションが彼女を萎縮させているのだろう。
でも僕は違う! なんたって今日の昼、修羅場を超えてきたからだ。
自分は陽気な雰囲気で話しかける。
「キョウ ゴハン ナニタベマシタ」
緊張していたのは自分も同じだった。
でもそれは仕方ないと思う。人が十人も入れないような小部屋で、気になる子と肩を並べて座っているのだ。そりゃ緊張する。緊張しますとも。……僕は改めて柑崎さんに「今日のお昼ご飯はなにを食べたの?」と尋ねた。今度は彼女にも言葉が伝わったのか、考え込むような仕草をする。
「フルーツサンド……サンドウィッチを牛乳と一緒に頂きました」
「へぇ、甘いの好きなんだね。この前もフルーツパフェが好きって言ってたし」
柑崎さんのことをまた知ることができた。
僕はそれが嬉しくて、自然と微笑んでしまう。
だが、彼女はその笑みを悪い方に勘違いしたのか、自虐的な言葉を口にする。
「そ、そのやっぱりおかしいですよね。お昼ご飯に甘いものを食べるなんて」
悲しそうな彼女、焦る自分。
うーん、僕はまた苦笑いを浮かべていたのだろうか。なんにせよ誤解を解こう。
「そんなことはないと思うよ! それを言ったら……」
僕は今日のお昼休みのことを思い出す。
野山には悪いけどあの光景はシュールだった――
◇
お昼休み。
自分と野山、それに幼馴染の餅月 心と一緒にご飯を食べていた。
いつもと変わらない教室の風景。この風景が食堂になったり、火坂が加わったりはするけれども、そのどれもが平穏な光景だ。
ほのかな幸せを感じながらご飯を食べる。
今日のご飯は心のお母さん特性のお弁当。心がお弁当を食べるときは僕もご相伴に預かることが殆どだ。自分はから揚げを噛み締めて更なる幸せを感じる。ちなみにお弁当の中身はとても肉肉しい。僕と心は肉食系なのだ。
それに引き替え野山のご飯はベジタブル。おまけに量も少ない。
レタス中心のサラダと可愛らしいたまごのサンドウィッチ。
見慣れているとはいえ、
「おかしい……」
しみじみと言った。
野山はそんな僕の発言を気にも留めず「水原もいるか?」とサンドウィッチを差し出してきた。
「いやいや、これ以上ご飯を食べなかったら野山が倒れちゃうって!」
僕は心の底から声を出す。
「……そんなことはないと思うがな。昔はもっと少なかっただろう」
彼はなんてことのないように言う。
だが、待って欲しい。昔の……小学生時代の彼ならともかく今の野山を知ってほしい。今の野山は身長百九十オーバーの筋肉隆々の男だ。並みの成人男性ならワンパンで倒せてしまいそうな巨躯。
そんな彼が! あんな健康的なお弁当で満足できるはずがない!
だってあのお弁当の量は女の子が「ちょっと私ダイエット中なんだよね~」って、言いながら食べそうなお弁当なんだよ!?
「絶対におかしい……」
僕は自然界の法則を乱す友人から目を逸らした。
そして空席――皇さんが座っているはずの席に目を向ける。
教壇の真ん前にある席は、先生が彼女を休むとは思っていなかった証明だ。だってプリントを配る時すごく大変そうだし。そんなことを思いながらその空席の近くにいるクラスメイトに目を向ける。確か彼女たち皇さんと仲が良かったはずだ。
……話しかけてみようか。皇さんの今の状況を知るには友達に尋ねるのが一番だ。でも、類は友を呼ぶというやつだろうか。皇さんと同様にギャルい&ケバい……! 女子ってだけでも少し話しかけにくいのに、あの容姿だ。関わりづらい。だけど、それを乗り越えてこそ皇さんを知れるのだろう。
僕がクラスメイト達を見つめながら、話しかける決意を固めたとき。
野山が「水原っ、おまえ!?」と悲鳴にも似た低い声を上げる。
その声を聞いて思わず彼を見ると、
「ひえっ」
目をクワっと見開いた野山がいた。
それを見て怖さのあまり思わず腰を抜かしそうになる。
「ど、どうしたのさ?」
「どうしたもこうしたもない。……女子をあんなに熱心に見つめて。お前まさか”目覚めた”のか――?」
どういう意味……。と言いかけてやめる。
おそらく野山は『三次元――現実の女に興味を持ったのか?』と言いたいのだろう。
僕はそれに対して思った。元から現実の子に興味あるから! そう思いつつ、
「まぁ目覚めたかな、うん」
適当に返事をした。
そうすると野山は悶え苦しむような声を漏らす。
まるで小学生の時にあったパン食い競争のパンが喉に詰まった時のような声だ。
……あの時は悔しがってたよな。パンが詰まらなければ、もう少し足が早ければ俺が一位だったって。
競争を嫌う野山の珍しい姿に僕は随分と驚いた記憶がある。確かあの件がきっかけで運動部である野球部に入ったはず。
そんな昔の想い出を振り返っていると、野山がポツリと喋る。
「アニメが、アニメが嫌いになったわけじゃないんだな? これからも見ると信じていいんだな」
「そりゃもちろん。アニメ見るの好きだし」
思っていることをそのまま口に出す。
すると、野山が「そうか……なら……」と言ったあと、またしても悶え始めた。
どうするのこれ。野山の声って響くから、うぅ目立つな。これじゃあ彼女たちにも声をかけにくいよ。そう思っていたら、悶絶の声が痛みで苦しむ声に変わった。さっきよりも幾分か目立たない声になってよかった。よかったのか……? というより、なぜそんな声になったのだろう。
僕が訝しみながら野山を見ると「餅月ぃ、なぜだ……!」と言う声と共に、心を見ていた。そんな心の顔を見てみるがいつも通りの顔だ。無表情――ぼーっとした興味のなさそうな顔。
でも、足元を見てみると正面にいる野山の足をグリグリと踏みつけていた。
我が幼馴染ながら恐ろしいと思っていたら、
「レン、いって」
心は僕をチラリと見たあと教壇近くにいるクラスメイト達を見る。
これはもしかしなくても、気を利かせてくたのか。
僕は苦笑いしながら席を立ち「ありがとう」と返事をした。
「……」
心は無言の無表情で頷く。
その顔は僕を上から眺めているかのように感じた。
彼女とは長い付き合いだけど、時々お姉さんっぽい態度になるんだよな。普段は妹っぽいのに。
そう思いながら教壇近くへ向かった――
教壇の近く。
皇さんの友人と思われる人達に声をかけようとした。
でも、僕にはその行動ができなかった。
なぜなら……
「あいつがいなくなって清々したよね」
「だねぇ、ダリアってなにかと偉そうだし私達を下に見てくるから本当性格悪くてイライラしたよ」
「そうそう! っていうか皇 ダリアって名前が受けるよね。何様って感じ」
こんな悪口を聞いてしまったからだ。
彼女たちは皇さんの席周辺で、失笑混じりの会話を続ける。
あ、あれ? この二人って皇さんと仲良しだとと思っていたのに。僕は冷や汗をかきながら、どうしよう、どうしようと周囲を見渡す。
そこである視線に気づいた。彼女たちを非難するような視線を送る子の存在に――
◇
その後、僕は一人の女の子に声をかけた。
声をかけた子は非難の視線を送っていた子で、皇さんを彼女たちよりは好意的に見ている様子。楓と名乗ったクラスメイトは僕の質問にいくつか答えてくれた上に、なんと皇さんの家まで連れて行ってくれるらしい。それも今日だ。
だから委員会が終わった後には緊張のイベントが待っているわけだが、今は柑崎さんに集中しよう。
「ま、この話にはオチがあってね、野山は部活が終わったあとにドカ食いするタイプなんだ」
「ふふ。そうですよね、そんなに体の大きな人がサンドウィッチだけでは満足できませんよね」
彼の食事事情を使って会話に花を咲かせる。
……うん。今度謝っておこう、それと感謝しておこう。野山のおかげで気になる子と楽しく話せたって。いや、これはマズイか。野山の怒る姿が目に浮かぶ。謝るだけにしておこう。
そう考えていたら、扉を叩く音が聞こえた。きっと文化祭で体育館や屋外ステージを使用する軽音部の人達とかだろう。
自分と柑崎さんは会話を止めて顔を見合わせる。
そして互いに苦笑いをしたあと僕は「頑張ろうか」と声をかける。
その言葉に彼女は可愛らしく「はい」と返事をしてくれた。
僕たちは初めての書類仕事に悪戦苦闘しながらも、無事に作業を終えた――
太陽が西に沈みかけたころ。
僕と楓さんは一緒に皇さんの家へ向かっていた。
正確に言えば一緒というよりも彼女の後ろを歩くような形だ。
肩を並べて歩くよりは緊張しないで済むかな。
そう思いながら楓さんに謝る。
「ごめんね。こんな遅い時間まで待たせちゃって」
「気にしないで。私もやることがあったから」
楓さんはサバサバと返事を返す。
……彼女は皇さんやさっきのクラスメイト達に比べると大分落ち着いた容姿だ。
だから話しやすい。といってもやっぱり派手な部類ではあるのだけど。
そんな事を思いながら質問をする。
「皇さんとはいつからの付き合いなの?」
「高校の一年からだよ。去年もダリアと同じクラスで……ってそれは水原くんも知ってるよね」
キミの知らなさそうな情報ってなにかな。
彼女はそう独り言のようにぼそっと呟いたあと話を続けた。
「私って結構遠くからここまで通ってるんだけど、それもあって中学時代の友達っていなかったんだ」
そんなわけで、と言葉を続ける。
「入学した当初は一人でいることが多かったんだ。そんな私に声をかけてくれたのがダリア。水原くんが知ってるかわからないけど、あの頃からダリアって友達兼取り巻きが多かったんだ」
「取り巻き!?」
「うん。驚くよね。でも取り巻きって表現のほうが相応しい人達もいるんだよね。そんな感じで最初ダリアと関わったときは、とんでもない子に声かけられちゃったなって引いたくらい」
楓さんは自分の言葉がおかしかったのか、肩を揺らすようにして笑う。
「まぁ、でもね。意外とウマが合って今でも仲良くしてるわけ。――わかるんだけどね。愛実、さっきの彼女たちが言ってたことも」
「それってその、偉そうとか性格が悪いってやつ?」
「そうそう。間違いないと思うよ、確かに性格悪いもん」
あははと笑う。
……その顔から彼女たちのようなマイナスの感情は見てとれなかった。
「ダリアももう少し優しくなればいいと思うけどね。というか、水原くんって本当にダリアのこと知らないんだ。っと――」
ここが彼女の家。
楓さんは足を止めてある家を指差す。
「普通の家だね」
二階建ての住宅。
この辺の住宅街ではよくある屋根が三角形の家だ。
「そりゃそうだよ。どんな家だと思ってたの?」
「だって今の話を聞いてたら豪邸にでも住んでいるのかと思ってさ」
取り巻きって普通に生きてたら聞かないよ……。
内心でそう思っていると、楓さんは家のチャイムを押す。
「んー今日も反応なしか」
今日も。
ということは定期的に来ているのかもしれない。
「前に来た時も家に明かりって点いてなかったの?」
僕は家を見ながら言う。
もう夜も近いというのに明かり一つ点いていない。
それになんというか家全体に生気を感じない。ここに住んでいる人はいないのではとさえ思えた。
「うん、でもおかしいんだよね。ダリアのお母さんは専業主婦って聞いてたから家の明かりくらい点いててもいいはずなのに」
楓さんは首を傾げる。
そしてスマートフォンを取り出して操作を始めた。
僕は家を眺めて怖いと感じた。まるでホラーゲームの序盤みたいな展開じゃなかろうか。
そう思っていると、
「電話にも出ないし、チャットも反応なしか」
彼女はため息を一つ吐く。
重いため息だ。諦めが混じっているようにも思えた。
「ごめんね、水原くん。結局会えなくって」
「そんな……仕方ないよ。帰ろうか」
残念そうに頷く楓さん。
来た道の方へ踵を返すと呼び止められた。
「そういえば、どうして水原くんはダリアのことを気にしてるの?」
仲が良いって感じじゃないよね。
……彼女の言葉にはどこか警戒してるような雰囲気があった。
僕はなんて言おうか頭を悩めたあと、昨日の出来事をそのまま話すことにした。
「実は昨日皇さんを学校帰りに見掛けて――」
そう呟くと楓さんは驚いた表情を見せる。
そして食い気味に「本当!?」と声を出した。
彼女の言葉に対して頷き、説明を続ける。
……
昨日の出来事を話終えたあと、楓さんは「そりゃ気になるよね」と緊張を緩めてくれる。そしてまた会ったりしたら教えて欲しいと言われ、連絡先を交換し解散となった。
……女の子とアドレス交換ができて嬉しかったのは秘密だ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。