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もしも死ぬ日がわかるのなら  作者: ネームレス・サマー
二章 深々と降る梅雨
33/37

30話 彼は約束を守れない

 燦々と輝く太陽に透き通る青い空。

 文句なしのデート日和!


柑崎(かんざき)さん、大丈夫かな……」


 だというのに、彼女が現れない。

 スマートフォンを確認してみるものの、着信はなし。自分が約束を間違えているのではとチャット履歴を見るが『土曜日の九時に響谷(ひびや)駅東口の改札で会おう!』という内容。現在の時刻は九時で、場所も響谷駅東口だ。間違いはない。電話をかけてみようと思ったが、単なる寝坊や遅刻であるのなら急かしたくはない。


 あと五分待って連絡がなければ、まずチャットに連絡を入れよう。

 柱に体を預けて目を瞑る。一日の流れが自然と頭に浮かんだ。午前中は柑崎さんと買い物へ行って昼食を済ませたあとは現地で解散。少し時間を潰したあと病院へ行って、岬ちゃん達と共に外出して――はぁ、何もなければいいんだけど。


 ……


 チャットに連絡を入れた。

 そこから更に五分、十分と待つが返事はない。誰かさんじゃないけれど、ここ最近盆と正月が一緒に来たような嬉しさと慌ただしさがある。頭をよぎるのは火災の一件。どうにも幸せと同時に不幸も舞い込んできてしまっているように思えてならない。


 柑崎さんの家へと向かおうとしたところで、電話が鳴った。






 彼女宅のキッチンに立つ彼氏。

 つよい。 


 意味不明なことを考えながら材料を切り終える。

 それを火にかけた鍋に投入しながら後ろを振り返った。柑崎さんが一人暮らしをしている部屋は全体的に可愛らしくて、ほのかに明るい。そんな中で加湿器と空気清浄機がフル稼働していた。ベッドで寝込む柑崎さんを心配しながら小声で尋ねる。


「うどんと雑炊どっちがいい?」

「……うどんでお願いします」


 普段よりも更にか細い声で返答が返ってきた。

 事故とかじゃなくて安心したけれど辛そうだ。冷蔵庫からうどんを取り出し、鍋に投入したあと蓋をする。しばらくは煮込みタイムだ。火を弱めたあと彼女の傍へと向かう。


「三八.四度……辛いね」


 手渡された体温計を確認した。

 梅雨時だしインフルエンザの可能性は低いだろうけれど……近くにあるテーブルへ視線を向ける。そこには白い薬袋が置かれていた。昨日か今日か病院には行けたみたいだ。


水原(みずはら)さん……ごほっすみません」

「大丈夫。気にしてないよ」


 ベッドの側に腰を下ろし、柑崎さんと視線を合わせる。


「昨日の夕方から熱があって病院に行ってみたら」

「風邪だったと」

「点滴も打ってもらって、今日の朝四時頃に目を覚ました時に熱を測ったら少しだけ下がっていたんです。あなたとデートできる可能性を捨てきれなくて何度も寝直していたら、寝過ごしてしまって。本当にごめんなさい」


 とろんとした熱っぽい声で謝ってきた。

 僕は彼女の話を聞きつい笑ってしまう。もちろん馬鹿にした笑いじゃないが――


「ど、どうして笑うんですかぁ……」

「ごめんごめん。点滴打ったり、ギリギリまで粘ったりとかさ。そこまでデートを楽しみにしてくれていたことが凄く嬉しかったんだ。だからつい」


 ――複雑な気持ちもあった。だけど今日はそれを考えないことにした。


 僕はゆっくりと彼女に喋りかける。


「でも、無理をして欲しくないよ。自分も柑崎さんと同じくらい楽しみにしていたけれど、こんな姿を見るのは辛いから」

「ごめんなさい」

「いや、謝るのは僕の方だと思う」


 先日の一件を思い出す。

 火坂も言っていたが、僕が燃えるデパートに飛び込んでいった時や入院している時、彼女には心や体に大きな負担をかけてしまった。お見舞いにも欠かさず来てくれていたのだし、疲れない方がおかしい。


「本当にごめん。手のかかる彼氏で」

「水原さんが謝ることなんてっ……ごほっごほ」

「喋らないで。今日は、君に尽くすから」


 彼女の頭を撫でる。

 できるだけ優しく心を込めて。……っと、そろそろうどんが煮えた頃かな。手を止めて良い匂いのするキッチンへ向かった。




 自分でも食べたいくらいの出来栄え!

 よく煮込んだ柔らかなうどんに、鶏胸肉でダシを取りつつ、卵とネギ、しょうがをたっぷり入れた一品。風邪にも効果覿面だ。やっぱりもう一人前作っておけばよかったと思いつつ、ベッドから立ち上がろうとする彼女を制止した。


「あ、九州風のうどんにした方がよかったか」


 気が回らなかった。

 ピンク色のベッドカバーに腰掛ける彼女の隣に座り、口元にレンゲを持っていく。


「作ってくれただけで嬉しいです……。あ、あの」

「いやいや風邪の時は幼い頃の味を求めるって言うし。次回の参考にどんなうどんを食べるのか教えて欲しいな」

「えっと出汁はアゴダシで、具材は――。ってそのですね!」


 自分でも食べられます……。

 と小声で呟いた。語尾へ近づくにつれ消えいくような声だった。

 ふーふーとスープを冷ます。 


 ……


 数秒の間を置いたあと柑崎さんはレンゲに口をつける。

 それから彼女が抵抗することはなく、終いには自分からおねだりをするようになっていた。 


「次は長ネギがいいです。はい、うどんのネギ好きで。……あーん」


 か、可愛いじゃないか。

 なんか普段よりも甘えん坊な感じがしてドキドキする。仕草もそうだが、声も風邪のせいか甘い感じと艶めかしさが混じってる。やばいやばい煩悩退散。彼女の口元から視線を外し、その姿に目を向ける。布団から出た彼女は薄桃色と紫色を混ぜた下地に花柄のパジャマを着ていた。細やかな装飾が施されていてオシャレな感じだ。柑崎さんの性格を考えると結構派手な物だ。……シースルーな感じのパジャマを着ていた皇さんに比べれば至って真っ当だが。柑崎さんがあんな物を着ていたらもうダメだったかもしれない。この場にいれる自信なし。鼻の辺りをつい抑えてしまう。


「どうしました?」

「ちょっと若さが。お、全部食べ終えたんだね。スープ飲む?」

「はい。……ぇ」


 柑崎さんに丼を渡すと一瞬戸惑った顔をした。

 もう軽いし熱くないから渡したけれど……意地悪く言う。


「あーんしよっか?」

「…………っ!」


 当然のように顔を赤くする。

 そして焦りながらスープを一気飲みし、咽せた。彼女に謝りながら水を手渡す。一段落したところで薬も飲み終え、彼女が小声で「ごちそうさまでした」と呟いた。


「全部食べてくれてありがとう。それとごめん」

「ひどいです」

「あはは、熱上げちゃったかもだね」


 熱冷ましシートを張り替えようかと提案する。

 彼女が長い髪を揺らし頷く。テーブルの上にあるそれを取り、フィルムを剥がしたところで、


「自分で貼れますっ」


 止められてしまった。

 悪ふざけが過ぎたなと反省しつつ、前に貼っていた熱っぽいシートを彼女から貰い、ゴミ箱に捨てる。新しいものは既に貼られていた。といっても長い紫色の髪に隠されていてうっすらとしか見えないが。


 食器を片付けようと立ち上がる。

 そこで壁に掛けられた二つの帽子が目に止まった。あれはたしか……


「柑崎さん、あれってショッピングモールで購入したやつ?」


 帽子の方を指さしながら尋ねる。

 彼女はそれを見てこくりと頷く。そういえば火災の時に帽子を一つ預けたままだった。濃紺色の落ち着いた男物とつばの短い帽子が仲良く肩を並べ合っている。ざっと部屋を見回した。彼女が好きであろう物が机や窓の端などちょっとした場所に置かれている。花や観葉植物、ベッドに置かれているライオンを始めとするぬいぐるみ達、その中に帽子もいくつかあった。ただ、どれもつばの長い帽子ばかりだ。


「持って帰りますか?」

「んーー」


 持って帰るのが妥当な気がするけれど、


「そうだ、今度公園でデートする時に持ってきて欲しいな。……持って帰ったら約束を忘れちゃいそうだから」

「はいっ」


 柑崎さんはくすっと笑う。

 ベッドにちょこんと腰掛けている彼女が胸の前で手を組む。そして嬉しそうに「約束のこと覚えていてくれたんですね」と呟く。それに対してもちろんだよと答えた。


「大変なことがありましたから、忘れていても仕方ないと思っていたんです。でも覚えていてくれて嬉しいです。やっぱり水原さんは優しいですね」


 優しいか……。

 

 僕は柑崎さんの前で膝を折り曲げて視線を合わせる。

 長い髪が彼女の綺麗な瞳を少し隠してしまっていた。でもそれで良いと思った。今の自分に髪を(すく)う勇気はない。

 

「きっと絶対にデートをしよう」


 ショッピングモールの時を含めて二度目の約束をした。




 台所で食器の片付けをする。

 水量をできーーるだけ絞り静かに洗う。それもじきに終わる。彼女が寝ていたら帰らせてもらおう、もし起きていれば様子を見てもう少し傍にいよう。どちらにしろ岬ちゃんとの約束には間に合う。置時計を見るともう少しで正午を回りそうだった。


「眠れない?」


 柑崎さんは布団を掛け横になっている。

 ぼんやりとしている表情はどちらにも取れた。


「午前中に寝過ぎちゃったみたいで」

「そっか……」


 帰ったほうが落ち着けるかなと考えていたら、柑崎さんがズボンの裾を掴む。


「もう少しいてほしいです……」


 笑顔で頷く。

 彼女の手を取り、カーペットの敷かれたクッションの上に座る。しばらく手を繋ぎあったあと離そうとしたが止めた。手のひらから伝わる熱がそれを拒んでいるように思えたから。互いの熱とじんわりとした汗を感じながら自分にもぼんやりとした眠気がうつって来た。


 夢現のような感覚を味わいながら、でも互いに起きていることを感じながら、時間が過ぎていく。


 ……


 いくらかの時間が過ぎた頃、彼女が飲み物を取って欲しいと言った。

 テーブルの上に載っているコップを手に取るが中身は空だった。飲み物を取ってくるねと告げ、手を離そうとするが――


「か、柑崎さん?」

「……離したくないんです」

「えぇ」


 じゃあ一緒に行く?

 そう提案すると彼女は頷く。本気か。なんともシュールな気がするけれど、僕らはタイミングを合わせて立ち上がりキッチンの方へと向かう。そこで世にも珍しいホットのオレンジジュースを片手でコップに注ぎ――大変だった――彼女がそれをゆっくりと飲む。


 コップを置いたところで、彼女があわあわしだした。


「ごごごめんなさい! わがままを言ってしまって!」


 彼女が手を離す。

 飲み物を飲んだせいか、布団から出て冷たい空気に触れたせいか冷静になったらしい。さっきみたいにからかってみようかと思ったけど流石に可哀想なのでやめた。なにより柑崎さんが手を離しなたくないと言ったとき、僕はあの日(ショッピングモール)の出来事を想起してしまった。もしかしたら彼女も無意識に同じことを思い出していたのかもしれない。罪悪感が胸を締め付ける。


「あ、あの水原さん?」

「あ、ごめんね。というか可愛いね」

「……っ!」


 コップを両手で握りちびちびと飲む姿。

 恥ずかしさ故の姿なんだろうけど可愛かった。たぶん野山がこの光景を見ていたらあざといのは死すべし的なことを言ったに違いない。気持ちを切り替え、彼女と共にベッドへ向かう。途中で目に付く本があった。僅かに空いた机の引き出しからひっそり姿を見せる雑誌。ファッション雑誌だろうか。


「柑崎さん、読みたい雑誌があるんだけどちょっと借りてもいい?」


 ベッドに座る彼女に問いかけた。


「もちろんです。でも女性向けの雑誌ばかりですよ」

「だよね。けどなんかピーンときて」


 彼女の視線を受けつつ、棚の方へと近づく。

 引き出しの中には本があった。二冊とも透明なブックカバーが付けられている。一冊は有名な、えっと確か…アイドルが表紙を飾っている本。もう一冊もそのアイドルと別のアイドルが一緒に載っている本だった。両方ともかなりの有名人なんだけどどうにも名前が思い出せない。彩だったけか。翠玉色(すいぎょくいろ)の瞳をしている。こんな緑色の瞳だったかな? というかなんか見たことがあるんだよなぁと思いつつ雑誌をパラパラとめくる。うーむこの既視感、モヤモヤはいったい。気になるしゆっくり腰を落ち着けて読んでみようと思い、柑崎さんの元へ向かうと顔面蒼白な顔で出迎えてくれる。うん……!?



「大丈夫!?」

「どうしてその本を!?」



 本?

 手に持っている雑誌を見つめた。


「引き出しの中から持ってきたんだけど……」

「そんな! だって引き出しは鍵で閉めて、あっ」


 昨日読んだ時に……。

 彼女が小さくつぶやき、肩を落とす。どうにも見てはいけないものだったらしい。大事に保管してそうな時点で察するべきだったかもしれない。とりあえずお茶を濁していこう。


「柑崎さんって表紙の子のファンだったり?」

「へっ? あっ、そうなんです! 大ファンなんです!」

「そっか。というかもしかして髪色とか真似してる感じ?」


 彼女は首をブンブンと激しく縦に振る。

 色の濃さは違うけれど系統としては同じ色だ。なるほど。好きな芸能人を知られるのが嫌というより、真似をしていることを知られるのが恥ずかしかったのかもしれない。自分の既視感にも納得がいた。柑崎さんが表紙の子にいくらか似せているせいか。ふぅ、スッキリした。一人満足していると柑崎さんが口を開く。


「あの水原さんはファンだったりしますか?」

「えーっと……その……凄く歌が上手いアイドルなのは知っているよ」

 

 正直に言った。

 誤魔化そうか迷ったけれど、ファンに通用するとは思えなかった。名前さえ合っているか怪しいくらいだし……。柑崎さんが目に見えて落ち込んでいるのがわかった。今日の彼女は風邪のせいかいつもよりずっと感情表現が豊かで素直になっている。フォローしようか迷う。だけど下手なフォローは更に落ち込ませる……! 我慢……我慢……


「色彩って歌は好きだよ!」


 我慢できなかった。


「本当ですか……?」

「ほんとほんと。他の曲は神秘的で神様が歌ってるような感じだけど、この曲はこうなんというか寄り添ってくれてるような感じで好きだったなぁ」


 久しく聞いていないけれど、一時期ハマっていたこともあった。

 不思議なもので一つ思い出すと、いくつものことが思い出せた。アイドルの正式名は(さい)だけど、ファンからは(あや)様と呼ばれていること。男性ファンよりも女性ファンが多いこと。あとは全盛期に引退したことと、演技が下手なこと――を話したら、柑崎さんが顔を赤くした。


「短編ドラマだったけん知っている人は少ないのに……」


 ごほん、と彼女は話を区切り咳払いをする。


「水原さんが『色彩』を好きだと知れて嬉しかったです。引退前の最後の曲なんですけど、賛否両論の曲だったんです」

「そうなんだ。この曲も売れたって印象しかないな」

「さっき水原さんが仰ったように今までとは作風が違いましたから。私もこの曲は好き……いえ、思い入れがある曲なのでなんだかほっとしました」


 彼女は穏やかな笑みを浮かべる。

 フォロー成功かな。と思いつつ、雑誌を戻してくると言って足を動かした。彼女が「すみません」と呟いたあと、布団を被るような音がする。本を引き出しにしまい、彼女の元へ戻る頃には眠っているような状態だった。


柑崎(かんざき)さん?」


 静かに呟いてみるが反応はない。

 目を閉じ、とても穏やかな表情を浮かべている。これはお役御免かなと思いながら、いつか皇さんに言われた言葉がふと思い出される。


彩乃(あやの)……ちゃん」


 彼氏彼女なのに苗字でさん付けはおかしいと言われた。

 確かにそうだと思う。お互い呼び方を変えるタイミングを見失っていた。だからまぁ今のは予行演習だ。次は起きているときになるべく、自然に呼んでみるとしよう。そう考えながら彼女を見ていると、先ほどよりも頬に赤みが増しているように見えた。唇もぎゅっと我慢するようにすぼめている。これは……



「……レン……くん」



 不意に呟かれた言葉。

 僕は思わず笑ってしまう。嬉しさと恥かしさがこう体から溢れ出てしまった結果だ。ちょっとかなり叫びたい。けれど、病人の前であることを思い出し頑張って我慢をした。彼女もそれ以上の反応はせず、また穏やかな寝顔へと戻っていった。意外と寝言だったり、なんてことはないか。


 ……


 もう少しで病院へ行く時間だけど、まだ時間がある。

 台所の方へ足を向け、冷蔵庫や食品が入っている棚を確認し、近場のスーパーへと向かう。



    

 スーパーで必要そうな物をいくつか購入した。

 飲み物やゼリー、消化の良くて簡単に食べられるものとか。彩乃ちゃんの家に戻ってきて冷やすものは冷やしそれ以外は目立つ位置に置いておき、書置きを残しておく。声が聴きたくなったら連絡してねとかそんな冗談めかした感じのことだ。


「それじゃお大事に、彩乃ちゃん」


 彼女の枕元に立ち小さく呟く。

 スーパーから帰ってきた頃にはぐっすりと眠っている様子だった。僕は静かに抜き足差し足で枕元を離れ、台所を通り、玄関へとたどり着く。気分は泥棒だ、なんて。にしてもお互い名前を呼び捨てに出来なかった。予想はしていたけれどやっぱり恥ずかしい。きっと彼女も同じ気持ちなのだろうと容易に想像できる。いつか呼び捨てにできたらいいな……そう思いながら部屋を出ようとし、声が聞こえた。うめくような声だ。

 

「彩乃ちゃん?」


 なんの声だと思いながら、来た道を戻る。

 するとそこには苦悶の表情を浮かべる彼女の姿があった。


「柑崎さん!!」


 苦しそうな表情を浮かべながら何かを呟く。

 ついさっき拭いたばかりの汗がジワリと彼女の肌にまとわりつく。何度呼びかけても返事がない。布団の重みを嫌がるように振り払い床へと落とす。彼女の手を強く握り締めながら救急車を呼ぶべきだと考えたところで、言葉が聞き取れた。


「声が……歌が……どうしてっ」


 歌えないの。

 そう口にすると彩乃ちゃんは徐々に力を弱め最後は前と同じような寝顔に戻っていた。しばらくの間、彼女の手を握り続けたあとに花で彩られているベランダへ出た。






 午後の昼下がり。

 心地良い風が吹く方を見上げれば、綺麗な空。

 穏やかな気候の中、薄いベール状の雲が空を覆い、更にその上から太陽が眩い光を放っていた。最近は雨の日が続いていたから、こんなに気持ちの良い天気は本当に珍しい。


 だからこそ申し訳ないと思った。

 (みさき)ちゃんは一緒に外出することを楽しみにしてくれていた。でも、今の彼女を放っておくことはできない。僕はスマートフォンを取り出し、岬ちゃんに電話しようとするが連絡先を知らないことに気づいた。それならと泥川(ひじかわ)先生へ電話をかける――ノイズのようなザラっとした音を挟んだあとに繋がる。


 病院がある方へ視線を向けると、厚く重そうな暗雲が漂っていた。





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