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もしも死ぬ日がわかるのなら  作者: ネームレス・サマー
二章 深々と降る梅雨
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番外編3 後輩と彼の岐路

 岐路(きろ)だ。

 水原(みずはら)先輩が退院してから数週間が経つ。それはつまり、結婚(とりひき)を持ちかけてから同等の時間が過ぎたことを指す。また同時に先輩の命が残り僅かだということでもある。


 今日が人生の岐路だ。私にとっても彼にとっても……。




 憎らしいほどに澄んだ満天の星空を見る。

 その下には燃え尽きたショッピングモールの跡地。取り壊し作業が徐々に行われていた。ここはお父様主導のもと、また新しくショッピングモールが作られる。私が関わっている貴金属店も再び出店をする予定だ。火災により当初の計画から狂いが生じたものの、あの店を赤から黒に変える目標は変わっていない。そしてそれが私ならできるという自信があった。


 ……今はそれよりも重要なことがある。


 先輩、先輩のことだ。

 彼がここに来たら『余命を知っている理由』とか『結婚する理由』について質問してくるだろう。前者は簡単だ。正直に話してしまえばいい。火災当日、病院で深刻そうな表情をした女医者と話をした際、彼の彼女だとホラを吹いて聞き出したのだ。彼から事情は全て聞いているという言葉を付け加えて。問題は後者だ。一目惚れ……という理由は弱すぎるだろう。あながち嘘でもないけれど、彼氏彼女ならともかく結婚となれば通じないはずだ。彼は気持ちを重んじるタイプのように見受けられるし、ある程度の誠実さを含める必要がある。


 結婚か。

 元々を言ってしまえば結婚なんてしたくない。だけど今のまま時間だけが過ぎていくのなら、高校卒業時には適当な男性と婚約を結び、大学を出る頃には結婚していることだろう。お父様やおじい様があてがう男性だ。家柄も良く、実力のある人物に違いない。実力があるということは経験を積んできた人物が殆どだ。私が知っている限りだと婚約者候補たちの年齢は最低でも十歳以上は離れている。年の離れたお兄様と近いくらいの人物だ。ありえない。私が歳を重ねればそういう気持ちも落ち着きはするかもしれない。だが、どちらにしろそういった相手に妻の真似事をしたいとも思わないし、自身の行いたいこと――例えばビジネスを少しでも邪魔されてしまいそうな関係性が嫌だった。だから抗っている、探していた。歳が近くて、優しそうで、気弱そうな人――都合の良い男性を。それが水原(みずはら)(れん)だった。条件に当てはまっていて、少し洒落っ気があり、隠しきれないアンニュイさも好ましい。なにより気が合いそうだと感じた。人に対する直感というのは謂わば経験から基づいた判断だ。馬鹿には出来ないし、大きな判断材料になる。彼との付き合いは短いものだけれど、その限られた時間の中で私は息が合うと感じたし、彼も似たような感覚を頂いているに違いない。

 まぁ、なんだかんだと考えてはみたけれど、嫌いではない。彼相手なら少しは妻の真似事をしてみてもいいし、少しはお互いの時間を共有するのも良いと思えた。きっと心穏やかな時間が過ごせるように思える。


 彼に結婚云々に関しての理由を尋ねられたら、こう答えよう。


『好きだからです。先輩に一目惚れして、火災の時には助けに来てくれて……更に好きになりました。でも、その先輩が余命僅かだと知ってすごくショックだったんです。だけど好きな人ですから、生きていて欲しいから。私ができる限りのこと、伝手を探して、最終的には医者であるおじい様が関わっている海外のあるプロジェックに先輩が参加出来るように取り計らって貰いました。――でも、先輩。私って卑怯な女なんです。見返りがないと頑張れない人間なんです』


 だから見返りとして先輩との結婚を求めます。もし上手く付き合えなかったら他で女を作っても――。

 そこで思考を止める。後半は言う必要のない言葉が混じっていた。他の理由でいい。プロジェクトに急遽参加させるには友達とかそういう薄い関係ではダメだっから、体裁上婚約者になってもらわなければならない。それで充分だ。

 

「お嬢様、そろそろお時間が」


 離れた場所から栗田(くりた)の声が聞こえてくる。

 それに対し、あと五分だけと答えた。


「愚かな人」


 ショッピングモールの跡地を見る。

 月明かりに照らされたそれは幻想的で、それ故に非現実的な光景だったあの日を思い出す。

 彼が火災の中助けに来た姿を見たとき、いの一番に思った。愚かな人だと。


 だけど当事者だったせいか、それ以外の感情が確かにあって。

 私はとても……。

  

「先輩、来てくれるって言ったのに」


 地面を軽く蹴る。もう待ち合わせの時間から三十分以上経っていた。

 先輩が時間通りに来ていたのなら、今頃おじい様と会食していた頃合だろう。そしてそのおじい様が――先輩のお父様の大ファンだった――海外へ頻繁に足を運ぶほど気に入っていた人の息子に対し、一つの条件を課してプロジェクト(こーるどすりーぷ)への参加を容認してもらう手筈だった。そして有効な治療法が確立されるまでの間、眠ってもらうことになっていた。おじい様の予測では数年程だと言う。


「なんて無駄な努力」


 彼が返事をした上で、来ないというのは想定外だった。

 私用のスマートフォンを確認してみるものの連絡は届いていない。


 なにか緊急の要件があったのだろう。

 遅れるとか、やはり行けないとかそういった連絡さえ出来ないような状況。何が起こっているのかなんてわからない。ただ一つ言えるのは、彼には他に優先しなくてはいけない物事があって、私の用事はそれ以下ということだ。


 ……

 ……


「私らしくない、本当に私らしくない」


 今回の婚約の一件。

 絶対の成果を求める私にとって中途半端な行動ばかりだ。現に今だってそう。先輩に連絡をして、それでも繋がらなければ、彼がいそうなところを隈なく探して返事を聞けばいい。『イエス』としか言えないような状況に持っていけばいい。誘導すればいい。このままでは結果に繋がらない。無駄な努力に終わる。


「……」


 そう言い聞かせても動く気にはなれなかった。

 私らしくないなぁ。私らしくないけど、今回はそうしたい気持ちだった。彼の意思で選んで欲しかった。ビジネス相手から冷徹、冷血女と言われることもあるが、私もまだロマンを求める十五の少女……なんてね。



 ふと、お父様やおじい様に幼少時から聞かされてきた言葉が蘇る。


『一度目は運命。二度目は偶然、三度目は必然』


 秋華院(しゅうかいん)家の家訓とも呼べる言葉。

 物事を判断する基準において、情を優先するおじい様と損得で考えるお父様。意見が対立することは多々あるけれど、この家訓においては二人とも考えが一致していて、それに殉じていた。


 いわく、

 直感で良いと感じた人に出会えた時、

 一度目の邂逅は何も求めるな、追ってはならない。二度目の邂逅を経てもなお、自身の感覚が揺るがぬのであれば――三度目は求め、追い、関係を築け。

 その人物との出会いは、秋乃(あきの)の人生を豊かにする。

 

 なんて言葉に従ってみたけれど、こんな終わり方をしたらイマイチ信じ切れない。まぁそもそも追う努力が足りなかったと言われたらそれまでか。


 

「はぁーーー」


 空を見上げる。

 やはり憎らしいほどに澄んでいて、美しかった。

 

 


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