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もしも死ぬ日がわかるのなら  作者: ネームレス・サマー
二章 深々と降る梅雨
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28話 彼と後輩の婚約

 美人は三日で飽きる……(略)

 なんて酷い言葉があるけれど、本当かもしれない。

 高級ホテルと見間違うような病室にも慣れ、僕は自堕落な日々を過ごしていた。ご飯を食べ、寝て、(みさき)ちゃんやお見舞い客と話し、また寝る。診察の時くらいしか真面目に生きてない! どげんかせんといかん。と思いつつも、布団に(くる)まりタブレットを弄る。悪くない。だけど、飽きた。隣の応接間から聞こえてくる話し声が気になってしょうがない。

 あ、ちなみに柑崎(かんざき)さんには一生飽きないけどね! と馬鹿な事を思いつつ耳を澄ます。


「夏の流行って――」

「――バッチシ。岬ってセンスあるわよね」


 先程から聞こえてくるファッション関連の話し。

 かれこれ一時間以上は話しているんじゃなかろうか。病人である僕を放って……! そんな悪質な見舞い客は悪評高い(すめらぎ)さんだ。それと岬ちゃん。どうにも岬ちゃんもファッションに詳しいらしく、同じ趣味兼モデルである皇さんと意気投合してしまい、隣の応接間で話し込んでいた。楽しそうなのは良いけれど、やっぱり……。


 タブレットをベッドの上に放り投げる。

 そしてのっそりのっそり立ち上がったあと、扉を開け、ゾンビのような声を上げる。


「かまって。岬ちゃん、皇さん……」

「勝手に入るな変態」


 生者に一蹴(いっしゅう)された。

 ひどい、ひどいよぉとシクシク泣いていると、岬ちゃんが謝罪をしてくれる。

 見てください! この対応の差! と顔芸で皇さんに抗議。


 すると、


「なにその顔」


 青い瞳を細めて馬鹿にしてくる。

 いつもなら怯むところだけど、寝てばかりで体力が有り余っている。

 その体力を活かし声を大にして文句を言う。


「だって僕のお見舞いに来たわけじゃん!? 岬ちゃんと話すのもいいけど、自分にすこーしくらい優しくしてくれもよくない! というわけで、かまってください。お願いします」


 最後は頭を下げて頼み込む。

 うーんいつもと力関係が変わらない。少し悲しんでいると、皇さんが呆れたようにため息を吐く。やれやれという表情だ。お、これは譲歩してくれる予感。僕は胸をトキメかせながら彼女の言葉を待つ。


「考えてもみなさいな。岬と違ってあんたとは来週学校で会えるでしょ」

「た、確かに」


 諭すような声。

 思わず納得していると、皇さんが立ち上がる。

 

「これからモデルの仕事があるから帰るわ」


 オレンジ色の髪を靡かせながら颯爽と歩いていく。

 相変わらず切り替えが早い。なんて考えていたら、応接間を出る直前に岬ちゃんを呼び寄せアドレス交換をしている。こっちに関して相変わらず抜け目がなかった。


 僕と岬ちゃんとの会話が筒抜けになるのでは……。

 そんな危惧をしていると扉の閉まる音が聞こえた。広い病室には二人しかいない。岬ちゃんが気遣うように自分をベッドへと誘導する。それに甘えて応接間を出てベッドへと腰掛ける。彼女も傍にある窓際の小さな椅子に行儀良く座った。


「皇さんって凄くキラキラしてて、良い人だね」


 岬ちゃんは楽しそうに語る。

 語っている本人の瞳もキラキラしているように見えた。同好の士に会えて嬉しかったのかもしれない。ただ僕の脳裏には彼女に虐げられている日常風景が思い浮かんでいた。なんだろう、この素直に認めたくない気持ち。


「キラキラしているのは認めるけれど」


 言葉を濁す。察して欲しいこの気持ち。


「さっきもレンくんには聞こえないような声で心配してたんだよ?」

「そりゃあ良い所もあるよ。僕だって何度も力を貸してもらってるし……でもね!」


 そこで言葉が途切れる。

 岬ちゃんは微笑んでいた。


「仲が良いんだね」

「……まぁね」


 ツンデレか!

 僕はポリポリと頬をかく。気持ちが見透かされていることを恥ずかしく思った。

 岬ちゃんは大人びている。容姿は幼さを感じるものの、話す度に年齢相応もしくはそれ以上の存在に感じた。包み込むように相手を諭してくるのだ。一回り二回り年下の子供と接する機会が多いだろうか。

 

 ……


 場が静かになり、彼女は呟く。

 

「もう少しで退院だね。おめでとう」


 薄い青髪が柔らかく揺れた。

 陽光に照らされながら包み込むような微笑みで祝福してくれる。


「ありがとう。どうにか早めに退院できそうだよ」

「凄いと思う。(ひじり)先生って過保護……慎重な人だから退院日を早めることって滅多にないのに」

「そこはまぁほらあれだよ。愛の力」


 僕が満面の笑みでグッドポーズをすると彼女は笑った。

 実際、愛の力って言うのは嘘じゃあない。柑崎さんとの学園生活を楽しみたい! そんな一心で泥川先生に毎日早く退院させてもらえるよう頼み込んだ。まぁ今の話を聞く限り先生がだいぶ寿命とかの部分を配慮してくれたに違いない。


「レンくん、元気で」

「もちろん。またね……ってまだ退院しないけど」

「あははちょっと早かったね」


 彼女は明るく笑う。

 僅かに寂しげな表情を忍ばせながら。気のせいではないと思う。

 少しでもその表情を寂しげな姿をなくしてあげたかった。


「でも、退院してもまた会いに来るから!」


 覚悟しとけ!

 それくらいの気持ちを込めて告げる。岬ちゃんは嬉しそうにありがとうと言ってくれた。だけど、その表情から寂しさが消えることはなかった。






 退院日――五月の末。

 エントランスの出入り口では、傘を広げる人や雨を払っている人がいた。

 外は生憎の雨模様だ……。


 僕はどうにも嘘をついていたらしい。

 早く退院したいと感じた理由はもう一つある。外へ出る直前に気づいた。怖いんだ。この死を連想させる病院という場所が。オレンジ色の照明を見つめる。明るくて清潔な場所。それでも僕には死を感じてしまう。先入観か、患者さん達を見てそう感じてしまうのか。


 病棟がある場所へと振り返る。

 心残りはあった。岬ちゃんともっと話したいと思う。彼女の寂しさを拭いたいと思う。それでもこの場所は自身の残り二ヶ月の命について意識してしまう怖さがある。


 別れは済ませた。岬ちゃんはもちろん、泥川先生やお世話になった人にも。と感傷的になっていたところで、黒いスーツ姿のコンシェルジュさんがこちらへ向かってくるのが見えた。ひえっ。間違えた。手渡してきたのは愛用の傘。部屋に置き忘れていたらしい。この人には最後までお世話になりっぱなしだ。お礼と改めての別れを告げる。


「水原様もどうかお元気で」

 

 見送りを背に、外へと向かう。

 冷たい風が頬を撫でる。


 さて、どう帰ろうか。

 平日だから出迎えの友達がいたりはしないし、誠彦さんや病院の送迎サービスも断った。体調も悪くなかったし、今日は一人で少し考えたかったからだ。リハビリがてら歩いて帰るかな。傘を広げ、数歩歩いたあと、後退した。思ったよりも雨降っとりますやん……。あたいったらバカ。傘を畳みバスやタクシーがいるロータリーへと向かうことにした。格好を付けすぎたかも。


 ロータリーへ向け歩いていると、一台の黒塗りの車が側で止まり、扉が開く。


「せんぱいっ! お久しぶりです」


 少女と四度目の出会いを果たした。

 

 




 車の心地良い震動に眠気を感じる。

 最初に車内へ入った時は高級車故に物怖じをしていたけれど、今ではクッションの気持ち良さに身を委ねていた。眠りそうなる体を必死につなぎ止め、運転手さんに話しかける。


栗田(くりた)さん、体調は大丈夫なんですか?」

「おかげさまで。運転が可能な程には回復致しました」

 

 栗田さんは後部座席へ僅かに顔を向けながら言った。

 先程(あき)ちゃんと再会を果たしたあと、外に出てきた栗田さんにお礼を言われた。その時には疑問に思わなかったが、栗田さんも結構な怪我を負っていたはずだ。様子を見るに大丈夫そうだけど……。すると、隣に座っている秋ちゃんが口を開き、本来ならまだ自宅療養中だが、僕の送迎に行くということで運転手を名乗り出たから仕方なく連れて来たと説明した。意外と強情なんですよ、とぼやきつつ言葉を続ける。


「それはさておき、水原(みずはら)先輩。お見舞いに行けなくてごめんなさい」

「気にしなくていいさ。たしか……」


 泥川先生とのやり取りを思い出す。

 僕が目を覚ます前に退院して。


「やることが沢山あったんでしょ。秋ちゃんが忙しいのは知っているし、大丈夫だよ。迎えに来てくれてありがとう」


 秋ちゃんは曖昧な表情を浮かべながら返答する。

 引っかかる表情だったが、別の疑問が頭に浮かび、それを口に出す。


「あぁそうだ。秋ちゃんのお母さんとお祖父ちゃんがお見舞いに来てくれんだけど、知ってる?」

「ええ知っていますよ。どんな印象を受けました?」

「……やり手のビジネスウーマンと厳格だけど情に厚いお祖父ちゃん、かな」


 言葉は選んだけれど、間違ったことは言っていないはず。

 だけど秋ちゃんは答えに満足していないのか、クラシックな制服の裾を伸ばし、もう一度尋ねてきた。


「良い印象を受けました? 悪い印象を受けました?」

「良い印象です……?」

 

 不毛なやり取りではなかろうか。

 僕は間違ってもあのお祖父ちゃんはとんでもない野郎でね、悪い印象ですよ! とか言えない。もちろんそんなことは思っていないけれど、真実が言えないような質問だ。秋ちゃんが何を考えているのだろうと表情を伺えば、満足気だった。ちょっと可愛い。


 なんて思っていたら――



「結婚しませんか?」



 ――寝耳に水な言葉が飛んできた。

 はっと思わず言葉を漏らしたら、彼女は正確に言えば婚約を結びましょうと言葉を訂正する。


「いや、ちょっと、えっどうして」


 混乱する自分をよそに秋ちゃんは言う。

 忙しかった理由は自分との婚約に向けた準備を勧めていたためらしい。僕は秋ちゃんから視線を外して窓を見る。そこには見慣れた公園や街灯に光が灯る姿が映し出されていた。少しだけ冷静になる。そうだこれは、


「冗談――」

「もし婚約してくれるのなら、先輩が”今”一番欲しているものを提供します」


 畳み掛けるような言葉が刺さる。

 思わずギョッとした目で彼女を見る。深い秋を思わせる茶色い瞳が真っ直ぐに僕を貫く。僕が今、今一番欲しいものは――――命だ。だけどそんな物を提供できるはずがない。そもそも余命のことは知らないはずだ。視線を向けると、不敵な笑みで返される。


 彼女ならもしかして、そう考えさせられてしまう存在だった。 

 

 車が止まる。

 栗田さんが車から降りて、僕の側の扉を開ける。もう自宅に着いたらしい。

 困惑する自分をよそに彼女は具体的な話は準備が全て整ってから連絡しますと言い、スマートフォンを取り出し、連絡先の交換をお願いされた。迷いながらもそれに同意する。混乱の中に光を感じたからだ。

 だけど、本当に結婚して命が救われるというのなら――柑崎さんを切り捨てられるのか。人としてやっていいことなのか。


 その考えを吹き飛ばすかのように、秋ちゃんが耳に息を吹きかけてくる。それを受けて僕は悲鳴を上げた。結構気持ち悪い悲鳴だったと思う。体をビクつかせながら車の外へと出る。


「秋ちゃん!」

「ナイスリアクションです! ま、そういうことで近いうちに連絡しますので」

「本気なの!?」

「もちろんっ! 常に本気です! 先輩に一目惚れして、先輩のことを知って……私ができる限りのことを先輩にしてあげたいと思っています。無償の愛ではないですけど」


 イエスかノー。

 答えを考えておいてください。そう言って彼女は去っていった。 


 雨がしんしんと降っている。

 もしもっと生きられるのなら――柑崎さんと別れる。

 別れて、秋ちゃんと結婚して、それで幸せだと感じられるのだろうか。



 僕は自分を許せる自信がなかった。





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