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3話 彼とクラスメイトの秘密

 委員会大会議室。

 普段の教室に比べてちょっと堅苦しくて大きな部屋。

 その部屋で先週と同じように文化祭のことを話し合っていた。


「――全体の連絡はここまで。あとは先週と同じように役割ごとに分かれて」


 委員長が大きな声でそう告げた。

 その声に従って、各々の役割ごとに人が分かれていく。

 僕と柑崎(かんざき)さんも灰色の長机をくっつけたあと、真正面で向き合い……


「「……」」


 沈黙が訪れる。

 この無言の間はいけない。これじゃあ仲が良くなるどころか気まずくなるだけだ。委員長が説明をしに来るまでの間を繋ぐネタを探さなくちゃ……。



 自分は状況を打破するために周りを見渡す。

 流石に文化祭委員所属の人が全員集まっているだけあって、かなりの人数がいる。その人たちの中でも僕らのように静かなグループもあれば、大勢で賑やかなグループもある。

 そして当然かのように賑やかなグループには火坂(ひさか)がいた。やっぱり華があるというかカッコいい。右隣で話ている子は彼女(仮)だったはず。きっと来月には別れているに違いない。いやいや、この前そろそろ自重するか的なことを言っていたし、それを信じよう。……ん? 左隣に座ってる子は、うわっ火坂の元カノだ。修羅場だよ……えらいモンを見てしまった。ま、まぁ火坂は笑ってるし大丈夫だろう! 僕信じる!!

 そう思って彼らから視線を外して、元の位置に顔を戻す。どうしたものかな……そう言えば火坂のグループは機材運びというイメージしやすい仕事だ。でも僕たちの仕事は正直よくわからない。



 頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。


「ステージの構成って、なにをやるんだろうね」 

「そうですね。なにをやるんでしょう……」


 柑崎さんはそう言って考え込む。

 ……まずい。また無言タイムに突入してしまう。

 僕は焦りを見せないようにしつつ、話を続けていく。

 

「ステージって言うぐらいだから、体育館関係の作業だとは思うんだけど」

 

 柑崎さんはその言葉に小さく頷く。

 頷いた時に薄紫色の髪が揺れ、普段は隠れている瞳を映し出してくれた。

 その瞳は黒曜石(こくようせき)のように鈍く綺麗に輝いている。そしてそれだけではなく、教室の窓際から(こぼ)れる陽光、ふわりとした長いまつ毛がより一層に瞳の美しさを際立ていた。


 が、それも一瞬だけ。

 彼女の瞳は髪にすぐ隠されてしまう。


「だとすれば、劇やライブのような申し込みを管理するのかもしれませんね」

「そういうのであれば簡単にできそうでいいかも」


 適当に相づちを打ちつつ、残念だと感じた。

 柑崎さんの綺麗で穏やかな瞳。あの瞳を見たときに僕は彼女を意識し始めた。

 だから、もっと見たいなと思い彼女を見つめてしまう。


「簡単であれば嬉しい、です。あまり難しいことだと水原さんに負担をかけてしまうので……ぁあの水原さん。なにか髪についていますか?」


「そんなことはないよ! ちょっとボーっとしていて」


 視線を受けて不安そうな表情を浮かべる彼女。

 僕は彼女の言葉に手を横に振って否定する。いけないな、つい見つめてしまった。なにか話題を変えるとしよう。


 そうだ! 火坂から女の子と仲良くなるためのアドバイスをしてもらったな……。




 ◇




 先週の委員会終了後。

 夕焼けがちらつき始めた頃。

 僕と火坂は一緒に学校からの帰り道を歩く。他の生徒も委員会活動や部活動が終わったのか、帰路を行く人が多くいた。 

 

 そんな中、火坂は夕日を落とすようにポツリと呟く。


「レンも女に興味を持つ年頃かぁ」


 感慨深げな言葉。

 僕は火坂のしんみりとした声に驚く。こういう声も出せるんだなと思いつつ、照れ臭さを言葉に交えて返す。


「まぁそんな年頃ですよ」


 どんな年頃だろう。

 僕は自分の言葉にセルフツッコミをした。なんでやねん。

 

「切ねぇな。これが弟の成長を見守る兄の気持ちか」

「火坂がお兄さんだったら苦労すること間違いなしだね」

「なんだとっ。兄の悪口を言う弟はどこのどいつだ!」


 火坂は怒ったふりをしつつ笑う。

 踏切を渡りきると、景色は桜が無秩序に並ぶ公園に変わっていく。


「まっレンが女に興味を持ったのはよかったとして、どうして柑崎ちゃんなんだ? 言っちゃあなんだけど玄人好みのチョイスだろ」


「そうかな。可愛いと思うけど」

「あぁ、確かに可愛いと思う。今日隣で彼女を観察させてもらったけど、可愛い顔立ちをしてるし、背も高い。髪の艶も良い。将来は美人にもなるだろうな。地味な雰囲気だけど少し弄ればあれは化ける。どうして俺が見落としていたのか不思議なくらいで――」


 女の子のことを饒舌(じょうぜつ)に喋る火坂。

 よかった。今日は妙に感傷的だからちょっと心配だったけど、元の調子に戻った。

 でもそれは別として、


「まさか友達が気になってる人にちょっかいをかけるなんて、ないよね?」


 僕は凄んで言ってみる。

 でも、火坂は朗らかに笑って「ないない」と答えた。

 悲しいけど自分が凄んだところで全く怖くない。これが現実。


「今のところはな!」


「不吉なこと言わないでよ。……まぁ本当に好きになっちゃったら仕方がないけど」


 そんな僕の言葉に、ふっという声が隣から漏れた。


「ったく、レン。恋は戦争だ。でもな、俺は恋より友達を優先する。友達の幸せをな」


 眉をゆるめ優しげな表情で火坂は呟く。

 夕日に照らされた彼はどこか儚げで優しそうであった。

 だが、しかし。彼はこういって数多の女の子を騙してきたのだ。

 

 でも……!

 こういうのを信じてあげるのが親友ってものじゃなかろうか。ということで信じることにした。……なんだか恥ずかしくなったので、バランスを取るために毒を吐く。


「火坂って知り合いは多いけど、友達は少ないよね」

「おう。これは自慢だが、作った友達の数よりも振った女の数の方が多いだろうな」

「最低だ!」


 なんの自慢にもならないことを自慢された。

 いや、ある意味凄い。今だに誰かと付き合ったことがない僕と比べれば遥か頂上にいるお方だ。とりあえず崇めておこう。ははぁー! ……崇めている彼は早速恋愛活動(めーる)(いそ)しんでいた。

 

 にしても、さっきの火坂の質問。

 

 ”どうして柑崎さんが気になったのか”

 

 きっと彼はこう考えてる。

 なにか運命的な出会い――朝の通学路で食パンを咥えた柑崎さんと衝突した的な――そういうある種の奇跡的な出会いやきっかけがあったのだろうと。



 でも、そんなことはない。

 僕が柑崎さんに興味を持ったのはもっと些細(ささい)な理由だ。

 高校一年生の冬。あることで苛立っていた朝。柑崎さんがいるクラスを横切ると、花に水を与えている彼女がいた。平凡な日常の風景。だけど、彼女の姿があまりにも幸せそうで、平和そうなものだから、ついそれをぼーっと、ひなたぼっこをするように眺めてしまった。そして眺めている内に気づいてしまったのだ。彼女はとても可愛いと! 最初は身長が結構高くて、髪が長い人だなぐらいにしか思わなかった。でも彼女を見ているうちにいくつもの彼女の可愛い点が見つかっていく。代表的なのは、花に水を与えすぎた彼女が「ごめんなさい! ごめんなさい!」と小声で謝っていたことだ。しかも必死に頭を下げながら。僕は思わずその光景を見てかわいいと思ってしまった。ちなみにこの件を筋肉モリモリマッチョマン野山(のやま)にぼんやりと話してみたら「あざといのは死すべし」と語っていた。

 ……それはどうでもよくって、あと一つ彼女に興味を持ったのはあの瞳だ。普段は髪で隠されてしまっているが、とても綺麗な瞳だ。彼女の心の清らかさを映し出しているようにさえ思える。あの瞳をもっと見たいなと思った。


 でも、理由なんてそれぐらいだ。

 これ以上彼女について語ることは特にない。

 だって、彼女と話すのは今日が初めてだし、もっと言えば彼女を見かけるのさえ稀だった。時々水やりしている所を見るくらいで、他は廊下ですれ違ったことがあるかな……? くらい。自分が言うのもおごがましいけど、影の薄い女の子だと思う。火坂eyeにも引っかからなかったぐらいだし。


 でも、僕が彼女に興味を持ったのは本当だ。

 それが人生において何度も訪れるほんの些細な好奇心だったとしても、確かに僕は彼女が気になった。

 今まではそんな好奇心・興味を無視してきた。どうせすぐに忘れるもので、大して興味はないからと言い訳をして。……恥ずかしかったんだ。あの子と付き合いたい! とかそう言うことを友達に打ち明けることが。だけど、今回は恥ずかしさよりも彼女への興味が勝った。だから今回は彼女と仲良くなるため、恥を忍んで火坂に助けを求めたりもした。後悔はしていない。これからも必要であれば彼に頼るし、おしゃれ(へんか)だってする。それが一瞬の好奇心だったとしても、僕は僕の気持ちに従いたい。――だって、きっとこれが女の子と恋愛をする最後のチャンスだから。


 

 童貞はつらいよ。

 僕がそう思っていると火坂はスマホを紺色の制服にしまい込む。

 そして「そうだ。女と仲良くなるコツを教えてやろう」と言って、言葉を続ける。

 

「今度柑崎ちゃんと会ったら、一緒に帰るんだ。最低でも家の場所は聞くとよし」


 自信満々な彼の言葉。

 その言葉の力強さに気圧(けお)されて、まだ一緒に帰るのは難しいよと答えたら、


「別に楽しい話をしろってわけじゃないんだ。一緒に帰るだけでいい。一緒にいる時間が長ければ長いほど人ってのは仲良くなれるからな。委員会で一緒ってぐらいだと時間が短すぎる」


 火坂は僕を見ながらまたしても自信を持って言葉を返した。

 彼の力強い言葉に僕はつい釣られて――いや、違う。こんな夕日の中を彼女と一緒に帰ってみたいと思って、その想いを口にした。


「頑張れよ、レンならできる。――あぁそうだ、もう一つ俺の経験からくる大切なアドバイスを教えてやる」


 ……


 そう言って彼は正面を向き、無言のまま数分歩く。

 いつの間にか公園を抜けて住宅街に場所を移していた。もう少しで彼の家だ。

 そろそろなんのアドバイスかを尋ねようとした時、春の柔らかな風が僕たちの前を通り過ぎる。


「気持ちのいい風だね」


 僕は思ったことを口にした。

 すると彼は首肯(しゅこう)しながら、言葉を紡ぐ。

 

「なにも喋らない時間。その時間を息苦しいと感じればその女はやめておいた方がいい。逆に心地が良ければ付き合え。その女はいい女だ」


 以上!

 火坂はそう締めて、自宅とは別の方向に一人進んでいく。

 ……きっと彼女にでも会いに行くのだろう。


 苦笑いしつつ「ありがとう」と告げる。

 その言葉に彼は肩越しから星が出てきそうなウィンクをして答えた――




 ◇




 『教えてっ! 火坂先生!』

 のコーナーは終わり、いよいよ実践編だ。

 なんとしても今日柑崎さんと一緒に帰ってみせる!

 ぬおぉぉぉっ! よくウィンクをしてくる火坂に対して、男がウィンクはないでしょって言っておいたぞォオオオと、彼への罵倒を追い風にして自分に勢いをつける! キタ! いい風だよ!!


 僕は勢いのままに口を開いて、


「ステージ構成を担当してくれるのって、あなた達よね?」


 固まった。

 まさかの委員長さんご登場である。

 柑崎さんが委員長に返事をしている内に開いたままの口を閉じる。あんまりだ。


「ふんふん、あなたが柑崎(かんざき) 彩乃(あやの)さんね。君の名前も教えてくれる?」

「……僕は水原(みずはら) (れん)です」


「了解。これからよろしくね。で、早速仕事の内容についてなんだけど――」



 委員長はA4の用紙を一枚ずつ僕たちに渡したあと、ステージ構成の仕事について説明してくれた。

 大まかに分けてやることは三つあるらしい。


 一つ目は、体育館や校庭で劇やコンサートをする人達の募集。

 二つ目は、参加グループの受付手続きの処理。

 三つ目は、文化祭当日のステージ活動の補助。


 一つ目の作業『体育館や校庭で劇やコンサートをする人達の募集』は先週の時点で既に委員長達が募集の告知をしたそうなので、やることは殆どないらしい。

 二つ目の作業『参加グループの受付手続きの処理』は文字通りの作業とプラスして、ステージ活動の時間割を作る。例えば、軽音部が三十分、体育館で演奏しますと申請をしてくる。僕らは三十分の演奏をどの時間帯で行うか決めなくてはいけないらしい。これが骨の折れる作業で去年委員長も苦しめられたみたいだ。……裏話として毎年全国大会などで賞を取っている演劇部は時間帯や活動時間を自由に決められるようだ。ズルいような気もするけど、しょうがないのかな。

 三つ目の作業『文化祭当日のステージ活動の補助』は文化祭当日のステージ活動が無事に行わているかを監視する仕事。要はなにも起こらなければ楽な作業だ。



 委員長は一通りの話を済ませ去っていた。

 僕たち二人は明日から別部屋で受付手続きの処理をするとのこと。

 いつもなら委員会の仕事があるのかとため息を吐く場面。でも、今回に限っては別だ。だって柑崎さんがいるから!


「明日もよろしくね。柑崎さん」


 とは思いつつも苦笑い気味の笑顔を浮かべてしまう。

 ……いつの間にか染み付いてしまった嬉しくても苦笑いをしてしまう癖。早く治したいな、笑顔の練習はあの日からしてはいるけれど。

 少し苦い気持ちになっていると彼女は「よろしくお願いします」と言って小さく頭を下げた。


 その後僕たちは解散の号令が下るまで、明日の予定について確認をした――

 あと、帰宅の件についても。






 昼間の喧騒(けんそう)を忘れた廊下。

 夕日が差し込む窓を覗けば、運動部が掛け声を上げながらランニングをしていた。春という季節柄かその走る姿はどこか涼しげだ。家に帰ったら走ってみるのもいいかもしれない。

 そう思っていると向かい側から女生徒二人が楽しげに歩いてきた。


「私もそっちのセーラー服にすればよかったなー」

「次買う時はそうしなって! こっちの方が可愛いもん」


 他愛もない話が耳を通り過ぎていく。

 制服の話をしているということは、多分新入生なのだろう。



 ここの高校『天ノ瀬(あまのせ)高等学校』には複数の制服がある。

 一つは紺色のブレザー。固い印象を受ける制服だ。

 もう一つは浅葱(あさぎ)色のブレザーとセーラー服。白と淡い緑色を使い分けたこの制服はカジュアルな雰囲気がある。女子への人気としては浅葱色のセーラー服が一番人気であとはどっちもどっちという感じだ。

 それとは対照的に男子はほぼ紺色の制服を着ている。なぜなら浅葱色の制服を着ていると”新選組”だなんて周りからからかわれるから。

 昔――数十年前、天ノ瀬”北”高等学校や南とか亜種が諸々存在していた時代。

 その時代の天ノ瀬高等学校では制服がなんと浅葱色のものしか存在しなかったらしく、部が他校へ遠征に行こうものなら嘲笑(ちょうしょう)の対象になったとかなんとか……。

 しかし、今や天ノ瀬高等学校は嘲笑してきた北や南を吸収していき全校生徒三千人近くの規模を持つ、最近流行りの超マンモス高校となった。吸収していく度に施設は増設され、敷地は拡大されていったらしい。いま僕がいる別館・文化棟も真新しい施設だったりする。

 まぁそんなことはどうでもよくって、周囲の高校をあらかた吸収した際に、やっぱこの浅葱色の制服恥ずかしくね? という生徒の声が大きくなり作られたのが紺色の制服。この制服がなければ今頃僕も新選組とからかわれていたかもしれない。でも高校生三千人が『御用改めである!』って言いながら学校に入るのを想像したら面白い……かも。



 学校の歴史について考えていたら、いつの間にか出入り口に近づいていた。

 その事実が僕に悲しい現実を思い出させる。


「はぁ、一緒に帰りたかったな」


 委員会活動の終わり際。

 柑崎さんにどの辺に住んでいるのか勇気を持って尋ねた。

 尋ねはしたんだけど……


「まさか帰る方向が真逆だなんて」


 流石にそれを知って一緒に帰ろうとは言えなかった。

 でもそこを攻め込んでこそ好きとか嫌いって関係になれるのかなぁ。少し自分の行動を悔いていると、


「お疲れみたいだな、水原」


 元気な声が聞こえてきた。

 僕は担任の先生――げんちゃんに挨拶を返す。


「げんちゃんは元気だね」

「それが取り柄だからな!」


 サムズアップをする先生。

 それに対して癖の苦笑いが出てしまう僕。


 って、そうだ。幼馴染の件についてお礼を言っておこう。


餅月(もちづき)のことありがとございます。クラスが一緒で、席が隣なのも先生のおかげですよね」

「ははは、餅月にとって水原は半身みたいなものだろうからな」


 冗談っぽく先生は言った。


「それは言いすぎですって。でも、今年は始業式以外ちゃんと出席してるので感謝しておます」

「俺としてもそれは嬉しいことだよ。あぁ、でもこの前餅月に”余計なお世話”って怒られたんだ。心当たりあるか?」

「特には思い当たらないですけど……。その、あとおごがましいんですが、また餅月が休みがちになったら補講とかで補ってくれると助かります」


「もちろん。留年にはさせたくないからな、準備はしておく。ただ、今みたいに普通に通ってくれるのが一番だけどな」

 

 ですね。

 その言葉を放ったあと、会話が途切れる。

 挨拶をして別れようかと考えていたら、先生が「休みがちと言えば……」と声を出す。


「同じクラスの(すめらぎ) ダリアってわかるか?」

 





 (すめらぎ) ダリア。

 まるで外国人のような名前だけど、歴とした日本人。

 カールされた髪は甘酸っぱいミカンのような色をしている。おまけに身長も高い。だからパッと見は外国人に見えなくもない。

 

 そんな彼女の特徴は”ギャルっぽい”ということだ。

 正直僕とは関わりが一生なさそうな人。実際に去年も同じクラスだったのに話した記憶がロクにない。いま単純に女子と話さないだけでしょって思った人は出てきなさい! はい、正解です!!


 頭の中で愉快な一人芝居。

 柑崎さんと一緒に帰れなかった寂しさを紛らわせていたら、いつの間にか家の近くにあるコンビニが見えてきた。

 コンビニを見て考えるのは今日の夕飯について。ブリューの夕飯(牧草とにんじん)は備蓄がある。僕の夕飯は、なし。選択肢は二つに一つ。コンビニ飯を買うか、自炊をするか。健康のため、彼女を作るためにも自炊にした方がいいかな。いやいやもう夕方を過ぎて夜だし、今からご飯を作るのは面倒だ。あ、餅月家にお邪魔するのもありかな。いつの間にか選択肢が三つになっていると、コンビニから見覚えのある少女が出てくる。――皇 ダリアだ。

 

 皇さんは千鳥足で住宅街へ歩いていく。

 その姿はどこか違和感を感じた。髪はボサボサだし、なによりジャージ姿だ。

 いつもクラスでオシャレオーラを出している彼女にしては明らかにおかしい。


 そこでふと、先生の言葉がよぎる。


 ――始業式が始まって以来、皇が学校に連絡も無く休んでいるんだ

 

 先生のこの言葉を聞いた時、幼馴染にも仲間がいたんだ!

 って馬鹿なことを思ったけど、これは幼馴染が怠けて休んでいるのとは訳が違う。酔っているような足取りに、生気の感じない後ろ姿。なぜかゾッとした。僕はどうすれば……。

 

 ――実は水原と家が近かったりする。だからもし見かけたら声をかけてやってくれないか

 

 頼む。

 先生の頭を下げる姿が思い出されてしまった。

 思い出してしまったから……お世話になってるいるし、クラスメイトだから、という言い訳を並べて彼女に声をかける。あとほんの少しの下心を忍ばせながら。

 

(すめらぎ)さん!」


 大きめの声を出す。

 これなら離れた距離にいる彼女にも聞こえるはずだ。


「……」


 だけど、反応はなかった。

 

「す、皇さん! クラスメイトの水原なんだけど」


 ”クラスメイト”

 彼女はこの言葉に反応したような気がする。

 だから僕はもう一度その部分に触れる。


「クラスメイトの、水原で――」


 先生が心配している。

 と、言い切る前に彼女は怯えた反応を見せる。

 そして逃げた。いや、逃げるようにして街灯の光射す夜の住宅街へ走り去っていく。それを追うようにして学生鞄を揺らすが――


 見失った。

 皇さんの姿は住宅街の中に紛れ込んでしまう。

 自分のことながら足が遅い。


 ……


 呼吸を整えたあと、思った。

 どうして僕は彼女を追ってしまったんだろう。先生からは声を掛けてやってくれ、としか言われてないのに。

 余計なことをしちゃったかなと思いつつ、自分は皇さんに対して……


 

 『最低限のことはした』


 『興味をもった』



 興味をもった。

 どうしてあんなにも酷い状態なのか。話したことのないクラスメイトとはいえ、気になってしまう。それに先生にはお世話になっているから少しでも力になりたい。……あと皇さん可愛いし。ギャルだけど。

 

 大義名分とほんの少しの下心。

 自分の中で理性と本能が喧嘩をし始めていた――


 

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