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23話 彼と彼女の初デート

 彼女と初めて迎える週末。

 僕たちは近辺随一のショッピングモールに来ていた。


「混んでますね……」


 屋内に入ったところで柑崎(かんざき)さんが呟く。

 確かに見渡す限り人だらけだ。端の方は全く見えないが似たようなものだろう。


「大丈夫? 体調が悪くなったら言ってね」

「はいっ。まだ大丈夫ですっ!」


 ふんすと意気込む彼女。

 以前、駅前の人混みで体調を崩していたから結構心配だ。

 ……彼氏として、ちゃんと気を配ろう。そう決意しながらデートを始める。




「この帽子も可愛いなぁ」


 飲食店や食料品中心の一階をざっと回ったあと、二階へと来ていた。


「柑崎さんって帽子が好きだったりする?」


 楽しげに帽子を見て回る彼女。

 以前のデートもとい打ち上げの時、白くて大きな帽子を被っていたのを思い出す。服装も相まってファンシーな感じで可愛かった。


「外に出る時はだいたい被ってますよ。今日は……違いますけど」


 自身の長髪を撫でるように触る。

 その髪は前と同じように綺麗な模様が編み込まれていた。


「やっぱりいいね。似合ってるよ!」

「ありがとうございます。その、前回褒めてくれたので」


 もしかしなくても、今日帽子を被っていない理由は……。

 ニヤけそうなのを堪えていると、彼女が「あっ」となにかを思い出したように尋ねてくる。


「そういえば、うさぎさんのご飯とかってまだ買わなくても大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。あれって結構荷物になるから、帰り際に買おうと思って」


 今の会話で思い出した。

 記念すべき初デートの場所が、危うくスーパーになりそうだったことを……。




 ◇


 


 彼女お手製のお弁当を食べ終えたあと。

 歓喜の叫びを上げる五分前。


 昼休みも終わりに近づき校舎へと戻ってきた僕たち。

 廊下を歩きながら、勇気を出して週末に初デートをしないか誘ってみると――


「ぜひっ」


 嬉しい言葉が返ってきた。

 さて、場所はどうしようかと相談してみたら「水原さんの行きたい場所について行きます!」と妙に力強い言葉が返ってくる。

 ここは男らしく即断即決……とはいかず、悶々と悩む自分。


 悩んだ挙句に出てきたのは、


「スーパー……」


 うさぎのブリューの餌+非常食カップラーメンが残り少ないのを思い出して、つい口走ってしまった。

 流石の彼女もツッコミを入れてくるかなと思いきや、


「いいですねっ! お得なお店を探しておきます」


 優しい……。

 まさかの全肯定に全米が泣いた。いやいやいや!


「初デートがスーパーは! 僕が言い出しべっなんだけども!!」


 そのあとなんとか話を修正し――




 ◇




 ――ショッピングモールに変更となった。

 今考えてみるとスーパーもありだっかなとも思う。なんていうか同棲中の彼氏彼女的な。

 って、うん。初デートがスーパーはなんか違う!


 そう思っていたら、柑崎さんが迷いながらも口を開く。


「あの、水原さんに似合いそうな帽子を見つけたんですけど」


 彼女の片手には男物の帽子。

 これは試着してみて欲しいということだろうか。


「僕に帽子って似合うかな」


 帽子を被った記憶なんて小学生の時の赤白帽くらいだ。

 ちょっと迷っていると、柑崎さんが「きっと似合いますよ」と差し出してくる。……彼女が勧めてくれたものだしと受け取り、被ってみる。

 濃紺色の落ち着いた物だ。


「どう……?」


 自信のない僕に、彼女は満面の笑みを浮かべる。


「すごく似合ってます!」

「そ、そう? そっかぁ」


 よし、買おう。

 心に決めていると、


「いつか彼氏さんと――水原さんと一緒に帽子を被ってデートするのが夢なんですっ。公園でお散歩や日向ぼっことかいいなぁ」


 なぜか熱く、そしてうっとりと語っていた。

 変わった夢だなと思いつつ、冗談交じりに口を開く。

 

「その夢叶えて信ぜよう。ところで、どうして帽子が好きなの?」

「えっとそうですね……人目が気にならなくなるから、です」

「あはは。柑崎さんらしいね」


 ……


 そこでふと悪戯心が芽生える。

 さっき柑崎さんが言ってた帽子は、これだな。

 値札をチラッと確認したあと、その帽子と自分用の帽子をレジへと持っていく。


 そして店を出たところで、柑崎さんに袋を渡す。


「プレゼント! お弁当を作ってくれたお礼にね」

「えっ、あの、いいんですか? 嬉しいです――――」


 袋の中を見た瞬間、ピタリと言葉が止む。

 中にある帽子を取り出しながら、彼女の表情は照れから驚きへと変化していく。


「あ、あああの! どうしてこの帽子を私に!?」

「だってさっき『この帽子も可愛いなぁ』って言ってたから」

「水原さんわかっててやってますよね。いじわるです!」

 

 彼女にプレゼントした帽子はつばが短いもの。

 つまり視線を防ぐことも視界を隠すこともできない! なんて意地悪鬼畜外道! でもやってみたかった。こういうプレゼントも偶にならきっとセーフ。 


「今度デートをする時は一緒に帽子を被ろう。もちろん」

「今日頂いたもので、ですよね。うぅ夢……人目…………わかりました」


「よしっ、約束ね!」


 テンションを上げながら通路を歩き始める。

 彼女はといえば、複雑そうにでも嬉しそうに帽子を見ている。

 そんな姿に内心ほっとしながら、次回のデートがもう待ち遠しかった。




『一度目は運命。二度目は偶然、三度目は必然――――』

 



 お昼に近づいてきた頃。

 お店の中を出たり入ったりを繰り返しながら通路を歩く。

 店も通路も人混みが増していく中で、昔からの疑問を口に出す。


「柑崎さんが髪を染めている理由が気になる」


 彼女の髪は薄い紫色だ。

 それはもう和の美しさを体現したような綺麗な髪で、なに一つ文句はない。

 けれど目立ちたがらないのになぜ……と出会った時から気になっていた。


 そんな疑問を口にしてみると、彼女は不思議そうに口を開く。


「黒髪の方が目立ちますから」

「た、確かに……」


 道行く人を見ると髪を染めている人ばかりだ。

 茶、薄茶、茶、黒、金、灰、緑、赤茶、緑、ピンク。まさかの黒髪は十人中一人。もしかして僕と(こころ)って希少種? 

 なんて思いながら、ちょっと前にすれ違った人を見る。流石にピンクは珍しい。あとペンキを塗りたくったような青も……。

 

 昔のことを思い出して少しブルーになる。

 ぼーっと通路の先、長椅子が設置されただけの小さな休憩所を見た。すると、偶々一人の少女と目が合う。



「「!」」



 互いに驚いた表情を浮かべる。

 そりゃ驚く。まさかあの喫茶店の(こくはくされた)子とこんな所で会うなんて。


「せんっぱーーーーぁい!」


 少女がこちらへ駆け出す。

 そして僕の胸元に飛び込んできた。


「ちょっちょっちょ!」

「また会えるなんて感動しました! というわけで、お名前教えてくださーい!」


 甘えるように体をこすりつけてくる。

 同時に甘い香水の香りが広がっていきクラクラしてきた……。


 って、マズイ!

 焦りながら彼女の体をひっぺがす。

 そして恐る恐る隣にいる柑崎さんを見たら唖然としていた。


「ハグくらい良いじゃないですかーって、なるほど」


 彼女は柑崎さんの存在に気づいたらしい。

 ため息を吐く。そして自嘲するかのように「運命ってとことん残酷ですね」と小さな声で呟いた。


「ごめんなさい、彼女さん。ついテンションが上がっちゃってですね。まさか先輩とまた会えるなんて考えてもいなかったんですよ」

「えっとあの、大丈夫です……」


 柑崎さんはまだ状況を飲み込めていなさそうだ。

 話を補足しようとしたところで、少女の後ろにいる老女が口を開く。


「お嬢様、あと五分で面会のお時間に」


「わかっています」


 雰囲気を変え、少女は凛々しく答えた。

 わからない。やっぱりこの子がわからなかった。あどけない口調とは裏腹のセミフォーマルな格好。そしてそれに見合った雰囲気を時々のぞかせてくる。アンバランスな後輩。理解できる日は来るのだろうか。


 でも、それはそれ。これはこれ。約束は守ろう。


「僕の名前は水原(みずはら) (れん)。君の名前は?」


 次に会ったら名前を教える。

 一方的な約束だった気もするけれど、ちゃんと守りたかった。

 

 ……

 

 ほんの少しの沈黙。

 少女は隣の柑崎さんを見たあと、視線を僕へと戻す。


「彼女は大事にした方がいいですよ。水原先輩」


 背を向け、老女と去っていく。

 それを自分は静かに見送った。




 少女の言葉を借りるなら、人との出会いは……


「一度目は運命。二度目は偶然」


 三度目は必然だと言う。

 なら、僕たちが会うことはもうないのだろう。会う理由がない。

 

 感傷的な気持ちになっていると、柑崎さんが声を上げる。


「凄い人でしたね。メイドさんまでいて……」

「僕も驚いたよ。まさかメイド、お付きの人までいるなんて」


 ちらっと彼女を見る。

 正直不安だった。二股とかそういう類いの疑いを持たれていないか。

 でもそれは杞憂のようで、ただ純粋に尋ねてくる。

 

「あの、どういったご関係なんですか?」


 少し悩んだあと、天井を見上げた。


「友達になれるかもしれなかった関係……かな」


 


 

 

 僕たちってば優柔不断。 

 少女と別れたあと、お昼ご飯を食べようという話になった。

 そのあとが大変。一階の和洋中諸々の飲食店をいくつか見て、あーでもこーでもないと話す。

 そして、最終的には最上階である三階のフードコートへ来ていた。


 時間はお昼のピーク時である十四時。

 ご飯を食べようと話し始めてから、二時間後のことである。


「ここのフードコートが大きくてよかった」


 水を飲んだあと周囲を見渡す。

 ここの三階はまるっとフードコートとして使われている。

 だから、いくら混んでいると言っても流石に座ることはできた。 


「そうですね。んんっ」


 対面に座る柑崎さんがうどんをすする。

 僕もそれを見習って同じものを食べていく。……えっ、結局食べるものは同じなのかって? 時と共に意見は変わるものなのです。特にお腹が空いている時は。


 ちなみに僕が最初に食べたかったものは『コロッケ』

 柑崎さんが食べたかったものはおそらく『卵料理』


 ここにはコロッケ定食も卵料理もあるのに、なぜかうどん。

 まぁなんか折角だし一緒がいいなっていう心理が働いた結果だと思う。


「これもありだ」


 汁に沈めたラストコロッケを口に放る。

 サクサク感はないけど、また別の美味しさがある。隣の彼女を見るとトロッとした温泉卵を麺に絡めていた。

 主食は同じ、トッピングは別々。そんなところでバランスを取る。これはこれでいいのかもしれない。



 なんて思いながら、鞄から袋を取り出す。

 透明な袋の中には錠剤型の薬が入っている。数はなんと十種類一四粒! 毎食後と寝る前に必ず飲む薬たちだ。お医者さんからは「毎食後三十分以内に飲まないと死ぬんだからね!」と言われている。

 ……すみません。ちょっと盛りました。毎食後三十分くらいで薬を飲んでおかないと、段々力が入らなくなって目がかすみ最終的には息ができなくなる、らしい。


 こ、こっちの表現の方が具体的で怖いな。

 まぁ僕はビビリなので薬を飲み漏らしたことがない。つまり実際どうなるかはわからなかったりする。

 今後もわかる予定はありません! 苦しみたくないから!


 

 しみじみと思いながら、席を立つ。

 そして薬袋を隠すように飲みかけのペットボトルを持った。


「ちょっとゴミ捨ててくるね。柑崎さんもなにか捨てるものある?」

「私は大丈夫です。その、早く戻ってきてくださいね」

「もちろん」


 この人混みだ。

 彼女を長時間待たせるには危険すぎる。

 本当は一人にするべきじゃないんだろうけど、薬を飲む姿を見られたくなかった。心配はかけられないし、なによりこの薬の量を見られたら絶対に勘繰られる。


 柑崎さんはもちろん、心や火坂、野山にも死ぬまで見せるつもりはない。


 ……


 っと。

 変な事を考えていないで、手早く済ませてこよう。

 鼻歌を歌いながら歩き始めようとしたところで――――

 



 地面が揺れる。天が揺れる。揺れる。揺れる。揺れる。




 横に激しく強く揺れる。

 まるで建物全体が横殴りにされているようだ。

 真っ直ぐに立てなくなって、ペットボトルを放り出しテーブルの端に掴まり、なんとか倒れないようにする。それだけに必死だった。


 …………

 ……


 揺れが収まっていく。

 まだ少し揺れているように感じるけど、もしかしらたもう揺れていないのかもしれない。

 そう錯覚するほど長く強い揺れだった。


「はぁ。柑崎さん、大丈夫?」

「はい……ただ」


 可愛らしい服の袖を見せてきた。

 そこには小さな黄色いシミが出来ている。

 彼女がお気に入りだったのに……と消え入るような声で呟いた。


「あはは。どんまいどんまい」


 周りの人たちに比べればいい方だろう。

 人によっては料理が皿ごと膝元や地面に落ちて悲惨なことになっている。

 でも幸いだったのは、食器類が割れていないことだ。多分プラスチックとかの割れにくい素材を使っているに違いない。


 足元のスープやオムライスの残骸に気をつけながら席へと戻る。

 そして鞄からハンカチを取り出し、水に濡らす。


「よければ使って。少しは消えると思うから」

「あっ、ありがとうございま――」


 

 ”火事です。火事です。従業員の指示に従い、屋外へ退避してください”



 鳴り止まない大音量のアナウンス。

 店内は一瞬の静寂に包まれたあと、狂乱の騒ぎへと変化していく。

 それはお祭りの喧騒にさえ感じられて現実味がなかった。


 大勢の人で埋まりきっているフードコートを我先に出ようと人々が走り始める。

 それを見て現実へと引き戻された。差し出していたハンカチを無理矢理ポケットにしまい込み、鞄を持つ。


「柑崎さん! 必要な荷物だけを持って、僕たちも外へ」

「は――はいっ」

 

 急いで身支度を始める。

 だが柑崎さんの荷物の一つは、隣のテーブルから出ようとする人に弾き飛ばされ床に落ちてしまう。

 彼女は何度も必死に腕を伸ばすが届かないようだ。クッ……!


「命より大事な物!? そんな物より早く逃げよう!」

「帽子が入ってるんですっ! 水原さんから初めて貰った、大事な帽子が!」


「……ッ」


 迷えなかった。

 テーブルの下へと体ごと潜り込ませる。僕からの位置なら――届くか!

 腕を伸ばし、帽子が入っている袋を手に取る。


 そこで、気づいてしまった。

 袋の遠く先には自分がさっき放り投げたペットボトルと、薬袋があることに。

 

 ……


「荷物は取った。行こう」

「ありがとう……ぐすっ、ございます」


 怒鳴るなんて、最低だ。

 彼女は泣いていた。


 自身の鞄を持ちびしょ濡れになっているビニール袋を抱え、僕たちは抗えない人の波に流されていく。自分に出来ることは精々彼女を見失わないようにするくらいだった。人混みに揉まれながら思う。


 一時間、二時間程度なら大丈夫なはずだ……



 



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