22話 彼と彼女のいちゃらぶ
チャイムが鳴る。
先生は授業を終え、委員長が声を上げ、
「起立、礼、ありがとうございました」
昼休みになった。
僕は暗殺者を装うようにして、いそいそと教室を出ようとする。
が。
「ちょっと待ちなさい」
席を離れる前に止められてしまった。
相手は【コマンド:二回行動】持ちだとでも言うのか!
立ち塞がる強敵を前に震えながらも、脇からそーっと逃げようと試みる。
「話すことあるんじゃない」
しかし、手首を掴まれた。
長い爪が肉に食い込んで結構痛い。自分がいやよいやよと抵抗をしても、皇さんは手を離さなさい。それどころか彼女は「朝も時間ギリギリに来たりして、往生際が悪いわよ」と文句を言ってきた。
「だって根掘り葉掘り聞くんでしょ!?」
「当然じゃない」
清々しいまでの悪。
逆ギレしたところでなんの意味もない。
「少しだけね……用事があるから」
諦めて降参した。
すると、彼女は満足気な笑みを浮かべて手を離してくれる。
僕は目をキラキラさせながらお礼を言う。
「皇さんにはお世話になったね! ありがとう!!」
「気にしなくていいわ、私も色々教えてもらったから」
で?
彼女はさらっと話を流す。露骨な話題逸らし、失敗!
「う……昨日報告した通り、柑崎さんとお付き合いを始めたといいますか」
「キャーっ。やったわね! はぁ……そっかそっかおめでとう。それでどういう風に告白したの?」
そう言ったところで、隣の席が揺れる。
「レン、彼女できたの?」
幼馴染の心が尋ねてきた。
生まれた時からの付き合いになるけれど、彼女の驚いた顔は久々に見た気がする。
僕もそれに少し驚きながら首を小さく縦に振る。
「おぉ」
心は感嘆の声を上げ、そして次に「おめでとう」と嬉しそうに言ってくれた。
……本当に珍しい。喜怒哀楽の薄い彼女がここまで感情を表に出してくれるなんて。それだけ喜んでくれてるんだね。
「ありがとう」
頬をかきながら感謝を告げた。
祝ってくれるのが嬉しい反面、幼馴染にこういう話をするのはやっぱり恥ずかしい。
そう思っていると、床に物が落ちる音がした。
「なん……だと」
近くに野山がいる。
こちらに向かってくる途中だったらしい彼は、手を震わせながら愕然としていた。
そして声さえも震わせながら僕を見る。
「本当に、いやそうか……ぉおめでとうッ」
「お弁当、お弁当を落としてますよー」
幸い中身は散らばっていない。
彼のそばに行き容器を拾って渡す。相変わらず小さなお弁当箱だ。
「すまん、ありがとう」
「どういたしまして。というか無理して祝わなくても」
「誤解するな、祝いたい気持ちは本当だ。覚悟もしていた……ただ」
野山は遠い目をする。
その目はまるで戦友を失った兵士のようだ。
「それで、火坂にも伝えたのか?」
「もちろん。協力してもらったのもあって、真っ先にね」
会ったら絶対にからかわれるだろうなぁ。
「返事の内容はどうだった」
「んー、普通に『おめでとう!』って祝ってくれたよ」
「そうか……」
野山がなぜか複雑そうな表情を浮かべていると、後ろから大きなため息が聞こえる。
振り返ると皇さんが腰に手を置いていた。
「あんたらが絡んできたせいで全然話し聞けないじゃない……」
見るからに不満げな彼女。
僕はそれを見て幼馴染二人に笑顔を向ける。
「ナイス!」
「ふっ」「もちもち」
二人とも頼もしいグッドポーズで応えてくれた。
なんて頼りになる友人なんだ……と思わず感動していたら、
「まったくあんたらわ……。ま、いいけど。今度詳しく聞くし。それより――」
皇さんの素敵な、いじめっ子の笑顔。
「もう行ってもいいわよ? 愛しいか・の・じょの元へ」
「今日のことがバレてた……」
校庭の片隅。
木漏れ陽の下にレジャーシートを敷く。
そこに腰を落ち着けたらところでボヤいた。その愛し……柑崎さんと肩を並べながら。
「す、すみません。それは」
「あぁ話しちゃったか。でも、気にしなくていいんだよ! 皇さんに詰問されたら誰だって答える。なんなら泣きながら答えるまである」
我ながら情けないと思っていたら、彼女が必死に首を横に振る。
「私からなんです……」
水原さんとお弁当を食べる話をしたのは。
そう答えた彼女に疑問を尋ねた。
「皇さんなら水原さんの好きな食べ物を知っているかと思って」
「なるほど……ぉおおー!」
「でもご存知なかったので、今日のお弁当は作れるものを……」
唐揚げ、玉子焼き、トマト&チーズの焼き物……。
開けられたお弁当箱の中身に思考は奪われる。「あれ、予行演習の時に好物のことを皇さんに話した気が」なんて疑問はもう吹き飛んでいた。
「簡単な物ですけど、どうぞっ」
緑色とピンク色のお弁当箱。
その内の一つ、少し大きめな緑色の方をずいっと差し出してくる。
もしかして、
「買わせちゃった?」
お弁当箱を見る。
緑色のお弁当箱は真新しかった。
「えっと、昨日材料を買うついでに……ご迷惑でしたか?」
「まさか。ただ――ありがとう」
「はいっ!」
……今度どこかで奢ろう。
取り出そうとした財布をしまい、箸を手に取る。これも新品……!
少し震えながらもそれ以上にお弁当への期待が高まっていく。
「それじゃあ頂いても?」
「ど、どうぞっ」
柑崎さんの緊張気味の顔。
それに見守られながら「いただきます」と言って唐揚げをパクリ。
「ふむふむ……んっ」
「……ごく」
「うん! 美味しいよ!」
「よかったぁ」
安堵のため息をこぼす。それは僕も同じだった。
実は自分も美味しくなかったらどうコメントしようかと考えていたのだ。
でも、実際食べてみれば心からの言葉が素直に出た。美味しい! 彼女が作ってくれたというスパイスに加え、この美味しさ。最高だ!!
「ほらほら、柑崎さんも一緒に食べよう」
「そうですね。……いただきます」
彼女は手を合わせたあと、ゆっくり食べ始めた。
その姿はまるで小鳥が木の実をついばむような姿にも見える。癒される。
「あの水原さん」
「ん?」
「料理がしょっぱいとか逆に薄かったりしませんか?」
特には、美味しいよ。
と答えつつも唐揚げをまたパクリ。……言われてみるとこれは。
「正直に言って欲しいです。もっとあなたを知りたいんです」
「……少し甘いような。醤油の甘さが、少し気になるかも」
「! なるほど」
スカートから手早くメモ帳を取り出し、書き込む。
「たぶん、地元の醤油を使っているからだと思います」
「熊本の?」
こくりと頷く。
調味料などは実家が送って来てくれるらしい。
「九州の醤油は甘めなので。水原さん、流石です!」
「あ、ありがとう?」
「また揚げ物を作る際にはこちらの醤油を使ってみますね」
そんな気にしなくてもと言ってみるが――
「実は揚げ物を作るときはいつもこちらの醤油を使ってるんです。今日はたまたま忘れちゃってて……あ、違うんですよ! 普段作ってないとかではなく、本当にたまたまで! 自分しか食べないのに揚げ物は大変だなぁとかそういうのじゃないんです!」
「うんうん、わかってるよ」
幼馴染母が例外なのだろう。
あんな楽しそうに『揚げ物~バンバンあげちゃうよ~♪』って言う人は珍しいに違いない。心の中でそう思いながら、温かく彼女を見守った。
甘酸っぱいキウイを口に放ったあと。
大木に身を委ねて、葉擦れの音に耳を傾ける。
柑崎さんお気に入りの場所は、僕にとっても居心地のいい場所だった。
吐息が耳に当たる。
微睡んでいる彼女の頭が、肩に置かれた。
「幸せだ……」
暖かな日差しに目を細める。
校庭を見渡せば僕たちのような人らがチラホラといた。
今まではクラスや学食で食べていたから気付かなかったけど、きっと昔からいたのだろう。柑崎さんと付き合って自分の視野が広がっていくような感じがした。
って大げさか。
肝心の彼女といえば顔の近くで蝶が舞っているせいか――
「んふっ」
瞳を閉じたまま、くすぐったそうに――
「好きばい……」
……ッ!
「いたっ。あ、あれなんで……」
すぅーー、ふぅ。
「水原さん?」
「ごめん。起こしちゃったね」
「こちらこそ、眠っちゃったみたいで。ご迷惑をおかけしてませんか?」
……
「……もう午後の授業も始まるし、そろそろ行こうか」
「あ、はいっ」
別れ際にデートの約束をする。
そして一人になったあと、叫んだ――――




