21話 Re:彼の告白
満開の桜が咲き乱れていた公園。
今はもう花びらは散り、緑色の葉が芽吹き始めていた。
季節のうつろいを感じる。
だけど、散った花びらが消えたわけではない。
ある桜の花は、月の輝く夜空を舞って川へと身を委ね、やがては大海へと流れる。空へ海へ地へ各々の行きたい場所に行って、最後の時を待つ。
……
僕たちの足元には桜の海が広がっていた。
「やぁ」
数歩先にいる柑崎さん。
彼女は胸元に手を当て、息を切らしていた。
「遅くなって、ごめんなさいっ」
街灯の光に照らされた彼女の髪は少し濡れている。
たぶん直前までシャワーやお風呂に入っていたのだろう。
よく見れば、髪だけではなく肌もしっとりしていて妙に艶かしい。
……邪な考えを頭から振り払って、急に呼び出したことを謝る。
彼女は首を横に勢いよく振った。喋るのはまだ辛そうだ。
空を見上げる。
柑崎さんの呼吸が落ち着くまで、星を見ることにした。
木々を越え、薄く溶けてしまいそうな白雲を抜けた先には、星星が輝いている。皇さんに星座の本を貸してもらって以来、寝る前には必ずあの本を読む。読みながら、夜空を見上げる。そして、死ぬまでに叶えたい3つのことを思い出して……まだ、3つめの願いは決まっていないけれど。でも願いごとを考えていた時よりも――伸ばせば手が届く距離に――願いが、現実に近づいた。あと星座を覚えた。いつか彼女へ自慢するために。
いま見ている星座は、獅子座だ。
……
視線を柑崎さんへと移す。
彼女の呼吸が落ち着いたのを見計らって、深呼吸をする。
「……ふぅ」
心地の良い空気だ。
腹に力を入れて、覚悟を決める。
「柑崎さん」
「は、はい」
緊張が伝わってくる。
自分も、それでも。
「好きです。付き合ってくれませんか」
彼女がぎゅっと目を閉じる。
僕は酷いことをしているのだろう。待って欲しいという彼女を呼び出して、また告白をする。酷い人間だ。それでも伝えずにはいられなかった。好きだともう一度言わなくちゃだめだと思った。
だから僕は、告白をした。
「……」
彼女からの返事はない。
必死になにかを考えていて、迷っているようにも見えた。
……答えが出る前に感謝だけは伝えよう。
「ありがとう。文化祭の時に、あの曲を歌ってくれて」
あの曲――君のための物語。
聞くと無性に悲しくなって、でもとても大切な曲。
「あの曲って父さんが作っていたものなんだ」
「水原さんのお父さんが……?」
首肯する。
「父さんが僕のために作ってくれた思い出の曲。といっても、この曲を作っている途中に事故で両親が死んじゃってね。柑崎さんが知っての通り未完成品なんだ」
話すつもりはなかった。
両親が死んでいるなんて話。雰囲気が重くなるのが嫌だったから。
だけど今は、話したいと思う。
「でもさ、柑崎さんが歌ってくれたおかげで、完成したような気がする」
未完成の曲。
終わることのないはずの曲。
もし父さんが生きていれば――二十歳の時に完成していた曲。
完成なんて一生しない。
なのに、あの瞬間『君のための物語』は完成へと近づいたように感じて。
「救われたんだ」
その言葉を呟いた時、気持ちが軽くなった。
柑崎さんが口を開く。
「私が文化祭で歌っていた時、水原さんがすごく悲しそうな顔をしていて。少しでも悲しみが癒されて欲しいって思いながら歌っていたんです……っ」
よかった――
彼女は泣きそうになりながら綺麗な笑顔を浮かべている。
「どうして、柑崎さんが泣きそうなのさ」
「だって気持ちが想いが届いていたらから! 嬉しいにきまってますよっ」
瞳を潤ませ笑顔を浮かべながら、僕を見た。
「……あなたの隣にいたいです」
えっ、と。それは。
戸惑いながらも確認をする。
「僕と付き合って頂ける?」
「――はいっ」
思わず天を見上げた。
うそ、本当、マジ。
「……ぉ」
実を言うと、実を言うとですね。
今日の自分はだいぶ大人ぶってました。クールであろうと努めていました。
だって彼女を無理矢理呼び出しといてテンションが高いとかちょっとアレじゃん? と思って。
でも、もう我慢しなくていいんだね!
「……ぉぉぉお」
「水原さん?」
唸り声を上げる変態に、彼女(彼女)は疑問符を浮かべる。
「やったぁーーーー!」
夜更けの公園で歓喜を上げた。
なんかこの喜びはもう言葉になんてできない。
あぁ! ヤバイどうすればいいんだ。この気持ちを抑えられない!
もう一度歓声を上げると、
「や、やったー」
彼女は恥ずかしそうにしながらも、一緒に喜んでくれた。
なんて優しい子なんだ……! と心を震わせながら、お礼を言う。
「ありがとう! 告白を受けてくれて」
「――いいえ。私こそ、ありがとうございます」
風が吹く。
無数の桜の花が空へと舞い、一瞬見せた彼女の寂しい笑顔を隠す。
「すごく、綺麗です」
「そうだね……」
僕たちはその幻想的な光景をしばらく眺めた。
そして風が止んだところで、声をかける。
「夜も遅いし、帰ろうか。送るよ」
「でも家って反対方向……ですよね?」
そうだけど、
「送らせて欲しいな。その、柑崎さんの彼氏として」
「あっ」
虚を衝かれたような声を上げる。
彼女は恥ずかしそうに視線を逸らす。
「あのっじゃあ、彼氏さん」
お願いします……っ。
最後は消え入りそうな声でそう言ってくれた。
……
公園を歩く。
照れくさい空気というのは、きっとこういうことを言う。
一緒に空を見上げる。彼女の表情はわからない。でも、自分たちは多分似たような表情を浮かべている。
僕は星空を指差した。
「あの星と、あの星たちを繋ぎ合わせると獅子座になるんだ。
……星に詳しいのかって? 自慢できるくらいには」
なんて。
自分の誕生星座くらいしかまだわかっていない。
見栄を張ってごめんなさいと謝ったら、彼女は笑って許してくれる。
いま世界中の誰よりも幸せだと、心から思った。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
一部完結まで残り二日間となりました。最後までよろしくお願い致します。




