2話 彼と彼女との出会い
朝の通学路。
晴れた空が新学期を祝っているかのように感じた。
僕はお得意の鼻歌を歌いながら通い慣れた道を歩いていく。
「ふんふんーふん」
角を曲がると大きな公園が見えてきた。
その公園の中を進んでいくと、
「ういっす。レン!」
馴染みの声が聞こえてきた。
その声の方に顔を向けると、学生服を着た友達が手を挙げている。僕も合図をするように手を上げ――彼はベンチから立ち上がった。すると、公園の木々は色めき立つようにして満開の桜を散らせる。彼はその桜吹雪の舞う中を陽気に歩いてきた。相変わらず絵になるなぁ……。
僕は彼――火坂に格好よさを感じながら、小さな疑問を口に出す
「どうして公園のベンチに座ってたの?」
「そりゃお前を待ってたからだよ」
よくあることだろ。
火坂はそう言って赤い髪をかきあげた。
……あっ、桜の花びらが載ってる。しかも頭のてっぺんに。
「メールしてくれれば、待たずに済むのに」
「俺たちの仲はこれくらい適当でいいんだよ。……ほらっ、いこうぜ」
新学期に相応しい笑顔。
火坂は満面の笑みを浮かべながら、僕の肩に手をポンと置く。そして学校へ向かい歩き始めた。
だが、それを止める。彼は不思議そうにしつつも立ち止まった。
僕は彼の頭に載っている花びらを落とそうとして、
「ちょっと屈んで」
絶望した。
火坂と自分の身長差は十センチ以上ある。これは、絶望までの距離だ。
悲しみつつも、屈んでくれた彼の期待に応える。
「おっと桜がついてたのか。サンキュー」
「どういたしまして。というかまた髪色変えたんだね」
「まぁな! 似合うか?」
パーマをかけた髪。
その髪色は燃えるような赤色だ。
「良いと思うけど、前の金髪の方が似合ってたかも」
「んなことねえよ。火坂って名前で、赤い髪。これほどら自分らしさを追求してる髪色はない!」
彼は断言した。
その言葉に苦笑いをしつつ歩き出す。
ヘアカラーのマシン(十分で簡単に髪染めができちゃう機械!)が誕生して、彼のように凄い髪色をする人が増えた。周囲を見渡せば黒髪の人なんてほんのひと握りだ。それこそ警察官とか公職に着いている人くらい。あぁでもこの前、政治家でもピンク色の髪の人がいたな。寛容な社会といえば、寛容な社会なのかもしれない。
「つうかさぁ……」
彼は歩きながら僕の髪をじっと見つめてくる。
いやな予感がした。
「レンもここはらしさを追求して、青色にしないか?」
「ノーサンキューです」
「いいじゃねえか。似合ってたよ!」
彼は悪い笑みを浮かべながらそう言った。
中学時代――僕は罰ゲームで髪を青色に染めたことがある。それはもうペンキを塗りたくったような濃い青。その髪色で一ヶ月学校に通った。あの時の羞恥を今でも覚えている……!
周りからは水原って名前だしお似合いだね(笑)みたいに言われたあげく、中二病の時期だねぇ、みたいな生暖かい視線も受けた。もうあの恥ずかしさは二度とごめんだ。
「ぼくは黒髪で充分です!」
そう言って桜の舞う公園を駆ける。
すると、火坂は謝りながら自分を追ってきていた。
……いつも通りのやりとりに、ほんの少し胸が苦しくなる。
手についた桜の花びらは、枯れかけていた――
公園を駆け回ること五分。
いつの間にか学校最寄りの出口に流れ着いていた。
ここから少し先にある踏切を一つ渡れば高校にたどり着ける。
にしても、
「疲れた……」
「だな……」
今日から高校二年生なるとは思えない行動。
僕たちは精神的にも肉体的にも疲れながらトボトボと道を歩く。
歩く速度があまりにも遅すぎて利発そうな小学生に道を抜かされること三回。
カンカンと警報機の音が聞こえてきた。
もう踏切のようだ。
「あぁ電車通学してぇ」
火坂がボヤく。
その言葉に対して、徒歩通学の方が楽でいいと思うけどなと応える。
というか僕たちは電車を使う必要が全くない。
「そうだけど、そうじゃねぇんだよ。学校帰りに繁華街にふらっと寄りたいんだ」
「わからないでもない」
線路内に電車が走る。
そのせいか火坂は今の僕の声が聞こえなかったらしい。
だからもう一度つぶやく。
「わかないでもない」
電車が通り過ぎる。
けれど警報器の音が鳴り止まない。
「これは確変ですね……」
「だな……」
お互い適当に言葉を吐く。
この踏切はちょっとした開かずの間だ。朝の通勤ラッシュ時は五分以上開かないことが度々ある。この僅かな時間に苦しめられた高校生は多い。今日は大丈夫だけど、一限がギリギリの時なんてまぁ悲惨だ。僕も一度やられたことがある。たぶんこの踏切にやられた被害者の数は年間数百はくだらないだろう。周囲を見渡せば高校生やサラリーマンが看板の”とまれ!”に憎悪の視線をぶつけていた。
……もちろんうそだけど。本当は自分と同じようにぼんやりとした顔で景色や友達を眺めている――って、あ、野山だ。
踏切の先には筋肉モリモリマッチョマンの友達がいた。
髪は焦げ茶のスポーツ刈り。肉体はモリモリマッチョ。身長は百九十以上の寡黙な男。火坂と同じで小学校時代からの付き合いだ。隣家に住む幼馴染を除けば一番古い付き合いになる。
僕にとって彼らは親友だ。二人にとってもそうであればいいなと思う。そう考えながら、のやまーっと呼びかけながら手を振るう。
すると、こちらに気づいたのか僕たちの方へ振り返った。そして野山が口を開いたところで、電車が目の前を横切っていく。これでは声が聞こえないだろうなと思っていたら、
「おはよう。水原」
地面を震わすような低い声が耳に届く。
相変わらず大きな声だ。でもまさか電車の騒音にすら打ち勝つとは。
僕と火坂は互いに顔を合わせて驚き合う。アンビリーバボー。
「にしても色々でけぇなお前さんは」
感心するような呆れたような声。
火坂は野山を見上げながら言葉を出す。ちなみに火坂も百八十はある。
その二人と肩を並べる自分もきっと大きいに違いない。大きいはず! ……現実逃避をしていると野山が話しかけくる。
「水原は昨日の『ゲラ✩ゲラ』を見たか?」
「あーうん。流し見程度だけど見たよ。キャラがいいね」
「ああ。ギャグ中心という前情報があったから、萌には期待していなかったんだが……最上ちゃんは今春の最萌候補かもしれん」
野山は仰々しく頷く。
その姿はある種の貫禄さえある。
「お前ら好きよね。そういう話」
火坂はため息混じりに言葉を吐く。
「二次元を馬鹿にはしねえけど、現実での恋愛はどうなんだよ。お二人さん」
まっ、俺は言うまでもないけどな!
彼は髪を爽やかにかきあげて自分たちにウィンクをする。
「火坂の場合はそろそろ自重した方がいいよ」
月一ペースはいくらなんでもやりすぎだ。
彼は確かにモテるけど、別れては付き合ってを何度も繰り返している。
高校生になったら落ち着くと思っていたんだけどな。
「俺は燃える恋に出会えるまで突っ走るつもりだぜ!」
火坂はグッと拳を握り締め、燃え上がっていた。
……うぅ、こいつが誰かと別れる度に僕にとばっちりが来ていることを彼は知っているのだろうか。
別れた彼女の二人に一人は「どうして火坂くんに振られたのかわからない!!」と文句を言いに来る。火坂が人を振る理由なんて僕にもわからない。だから、ただ慰めるだけ。はぁ友達の悪いところを聞かされる時の辛さは胃にくるものがある。
「ま、でもそうだな。レンが言うならちょいと我慢するさ」
おぉ。
火坂が素直に話を聞いてくれた。彼も大人になったのかもしれない。
でも思い返せば意外と僕の言葉を聞いてくれてるような気がする。なんにせよいいことだ。
自分の心に平静が訪れるのを感じていると、二人は恋愛話を続けていた。
「タケルは誰かいないのか? 野球部の四番なんて手堅くモテそうな感じするけどな」
「モテん。全くもってモテん。その上俺には……俺たちには毎期ごとに彼女ができるからな。現実には構ってられん」
「ねぇ、いましれっと僕を仲間に入れなかった?」
僕には気になる子がいるから!
心の中で現実の子にも興味があるアピールをしておく。
「はいはい。二人が彼女を作ったら教えろよ。ダブルデートでもトリプルデートでもしようぜ」
「……そうだな。水原と火坂に良いパートナーができれば俺も考えるさ」
野山は複雑な表情で呟く。
そのあとにジロッと火坂を睨む。だが、その火坂はどこ吹く風だ。
……どうしたんだろう。そう思いながら空気を変えるために口を開く。
「火坂に言ったら彼女奪われそう――」
「奪わねえよ! 精一杯祝ってやるよ! ってどこ見てんだ……はぁ、あれか」
火坂は顔をしかめる。
朝から嫌なものを見たぜ、という顔をしていた。
まぁ確かに気分が良くなるものじゃない。でも今の僕には他人事のように思えない場所だ。
『安楽死施設 響谷支部』
安楽死施設というのは通称名だ。
本当はもっと政府が決めた堅苦しい名前がある。だけど話の話題になる時は決まって安楽死施設という名前で話に出る。十年程前にできた”人間”用の安楽死施設。政府が医療費の低減を目的に設立した施設だ。
この施設を利用できるのは基本的に医者から余命宣告を受けた人と重度の障害または症状を患っている人のみ……らしい。当然ながらこの施設を作る際には国会がもめにもめていた。といっても、僕の生まれる前にできた法案だから映像でしか知らない。だけど利用者の多さというのは肌身で感じている。今日は週に一度ある受付日のようだ。死にたい人の、受付日。施設には長蛇の列が出来ていた。ちなみに僕も利用できるはずだ。しかも僕なら三回に渡る意思確認とか複雑な手続きはなく、厳正なチェックだけで話が通るらしい。流石は僕! なんの自慢にもならないけど!
「どうして死ぬんだか。百人はざらにいるだろ、あれ」
そう呟いたあと火坂は列を眺めて一言。
あの中にこの世のおっぱいを揉み尽くしたやつがいるとは思えねえ。
僕はその一言を無視しながら返事をする。
「年間の利用者数は十万人近くいるみたいだからね。今の時期はまだマシじゃないかな」
寒い時期とかはそりゃもう酷い。今の二倍や三倍の列が作られる。
でも、皮肉なことに響谷市の自殺者数は三年連続で0人だ。施設ができるまではボチボチいたみたいだけど、施設ができてからは右肩下り。
いいこと、なんだろうか。あぁなんか僕まで気分が重くなってきた。
「おっぱいさいこー」
僕は誰にも聞こえない小さな声で叫ぶ。
……少しテンションが上がった。
2‐C。
ここが高校二年生になった僕の新しいクラス。
野山とは同じクラスになり、火坂は2‐Eだった。今年も仲良く全員一緒というわけにはいかないらしい。残念。あと、隣の席には……。
「…………」
誰もいない。
始業式が終わってもなお、人は現れなかった。
クラスの中で珍しく空いている席の正体は、まず間違いなく幼馴染だろう。
なぜなら担任は去年と同じ先生だ。幼馴染が休みがちで、僕と仲が良いのをよく知っている。だからきっと配慮してくれたのだろう。心の中で先生に感謝しつつ、今年も同じクラスだったことを幼馴染に連絡をしておく。明日は連れてこなきゃ。
さて。
自分は一番後方の窓側席というベストポジションを手に入れた。
周囲を見渡すには一番の席だ。その席から六十人近くいるクラスメイトたちを見ていく。
「いない……」
やっぱりいない。
あっ、野山はいる。自分と同じように一番後ろの席の中央側だ。
まぁ後ろの席にいるのはわかっていたけどさ。身長百九十だもんなぁ、一番前に座ったら被害者多数だ。って今はそんなことどうでもいい。僕は頭を横に振って、最重要課題について考える。
「彼女がいない」
去年から気になっていた彼女。薄紫色の長髪をしていて、背が高めの子だ。
始業式の時は、目立つ子じゃないから見つけられていないだけかと思っていたのに……。はぁ。うう。今年も一緒のクラスじゃないのか。テンションが、自分のやる気ゲージが落ちていく。
でもそこは願いを誓った身。なんとしても彼女とお近づきになってみせる! クラスの違いがなんだ!
僕が気持ちを引き締めていると担任が入ってくる。今年で先生歴二年目の男性だ。ちょっとテンパりやすいけど元気のある良い先生。だから今年も担任になってくれて嬉しかったりする。自分は言葉を耳で聞きつつも、頭では彼女とお近づきになる方法を考えていた。そうしていると先生があるチャンスを授けてくれる。
「どの委員会活動をやるか決めてくぞー」
これだ!
僕は頭の中に閃光が奔る。これなら別々のクラスでも自然とお近づきになれる。
ただ、問題は彼女がどの委員会に所属するかわからないことだ。
……いや。調べる方法はある。僕は恥とか羞恥とかそういうのを捨てて顔の広い火坂に連絡をした。
『柑崎さんがどこの委員会に所属したか教えて!』と――
委員会大会議室-三。
僕は同じ委員のクラスメイトたちと一緒にこの教室へ来た。
ゆうに三百人は入れる大きな教室。この教室内に気になる柑崎さんが――いた! あと火坂も一緒に。まさか火坂と彼女が一緒のクラスだったなんて。でも、そのおかげで彼女がどの委員会に所属するかわかった。その代償として火坂にチャット上で散々からかわれたけど……。
小さく頬をかいていたら、委員長が壇上で話しを始める。
「これから五月に開催する文化祭の役割分担を決めていきます。時間はそんなにないから、チャッチャッと決めていきましょう!」
文化祭は五月開催か。
その時期なら最後まで関われるはず、ちょっと安心だ。
でも、今はそんなことはどうでもいい。それよりも重要なことがある。
役割分担――これはまたしてもチャンスの予感! 柑崎さんと同じ役割になれば、仲良くなる機会がだいぶ増えるはず。
心の中でしめしめと笑っていると、次々に役割の内容が呼ばれていく。
告知資料の作成、学年ごとの取りまとめ役、機材の運搬……。
委員長が数々の役割を呼び上げては挙手を求める。
だが、僕はそんな言葉を右から左に流す。自分が気になることはただ一つ。柑崎さんがどの役割を担当するかに関してのみ。目を血眼にして彼女を見つめる。どんな役割にせよ、彼女が手を上げた瞬間――僕の運命も決する。息が荒かったせいか隣のクラスメイトから「大丈夫?」と心配されたけど、ダイジョウブと片言で返事をしておいた。
「あと役割は……四つだから、まだ手を挙げてない人はあげちゃってね」
委員長の言葉に、柑崎さんの肩がぴくっと揺れる。
ついでに自分の肩も揺れてクラスメイトに「ひっ」と言われたけど気にしない。
僕は彼女の反応で予感した。次に――くる!
「えーっと次はステージ構成。これは二人でやってもらおうかな」
委員長の発言後、数瞬の沈黙を重ねたうち……
きた!
柑崎さんはしなやかな指を天井へと真っ直ぐに伸ばす。
それに連動して自分も腕をしっかりと伸ばした。
「……よしっ」
僕は小さく呟きながら勝利を確信する。
これで彼女と二人きりで作業ができるんだ。文句無しの勝利と言っていいだろう。
勝利! ヴィクトリー! 第一部完!!
悦に浸りながら彼女の方を見る。
そして気づいてしまった。僕と彼女以外にも手を挙げている存在に。
なんで、どうして……
「(火坂っァアア!)」
まさかの裏切りに動揺する自分。
しかし、そんな自分を置き去りにして話は進んでいく。
委員長は言った――この世界は弱肉強食だと。実際に言ったのは「人が集まりすぎちゃったとこは、話し合いやジャンケンするなりして人数調整してー」と言うものだった。まぁ言い換えると弱肉強食で間違いないと思う。僕は根拠のない自信を胸に、火坂たちのいる席へ向かう。
……
彼らの席に近づくと、僕に気づいた火坂は「やべっ」という表情をする。
そんな彼の肩を優しく”ポンポン”と叩き、教室の後ろ側へと連れて行く。困惑気味の柑崎さん、ごめんなさい。
「どういうつもり!」
小さい声に大きな怒りを込める。
今回のことに関して僕は本気だった。気になる彼女と話す機会を作るため羞恥心を捨ててまでいる。なのにこの仕打ちはあんまりじゃないだろうか。
自分は腰に両手を当てて彼の返事を待つ。
すると火坂は整えられた髪をかきながら謝ってくる。
「すまん! レンを見てたらついつられて俺も挙げちまった」
「ええぇ」
つまり、
柑崎さん←僕←火坂 という構図だったらしい。
なんで僕を見ていたのかと尋ねたら、
「レンが女のことに興味もつなんて今まで幼馴染ぐらいだったから、どんな行動をするのか気になってな」
「はぁ……まぁ確かにこんなこと火坂に言うのは初めてかもしれないけど」
「で! どうなんだ。柑崎さん、だっけか。彼女と付き合いたいとか考えてんの?」
ニヤニヤと尋ねる火坂。
そんな彼の頭を叩き「早く別のところに混じってきて」と言った。
火坂は「へいへい。悪かったな、お邪魔虫は消えるぜ」と歩き始めようとしたところで、
「あの……」
柑崎さんが現れた。
薄紫の髪は黒い瞳を隠すほどの長髪だ。
その髪からひっそりと見える瞳には申し訳なさそうな感情が浮かんでいた。
「すみません。私が手を挙げたせいでお二人を喧嘩させてしまって」
私は別のところに行きますので。
そう言って彼女は頭を下げたあと僕たちから離れようとする。
マズイ、そう思い引き止めようとしたところで、
「あーわりぃ! 俺は彼女のいるところでやるつもりなんだわ。じゃ、またあとでなレン!」
火坂はウィンクをして早々に去っていく。
僕と柑崎さんはそれを呆然としながら見ていた。
「あはは……一応これで決まったし、座ろうか」
その提案に彼女は小さく頷く。
結果よければ全て良しかな。心の中で火坂に感謝をした。
役割分担が決まったあと。
委員長の発言により同じ役割同士で自己紹介をすることになった。
自分はドギマギしながら、浅葱色のセーラー服を着た柑崎さんと向き合う。
「僕の名前は水原 蓮。クラスは2‐Cで、去年は1‐N。さっきいた火坂とは小学校時代からの付き合いなんだ」
「あ、そうなんですね。とても仲が良さそうだったので……」
納得しました。
彼女は語尾を弱めてそう言った。
「……」
「……」
無言で向き合う二人。
これは、もう少し僕が話した方がいいのだろうか。それとも柑崎さんにバトンを渡した方がいいのかな。経験の少ない自分が恨めしい! と思いつつ、もう少し話すことにした。自分のことをもっと知って欲しいと思ったから。
「えっと、趣味はダーツとかボーリング。あとはなにかあったかな」
自慢できそうな特技。
少しでも彼女にアピールをしておきたいと頭を捻り、閃いた。
皆から上手い上手いと言われるアレならいけるはず……!
「~♪♫」
突然鼻歌を歌うぼく。
無言のかのじょ。
場は死んだ。
「「……」」
どうして突然鼻歌を歌ったんだよぉぉ!
この特技は「この歌ってなんの歌かわかる?」的な前振りが必要じゃないか!
なのに、いきなり鼻歌を歌ったらただのアホだよ! どうしよう!!
テンパる僕を見てなのか、彼女はボソリと呟く。
「あの、お上手でした……よ」
その言葉を聞き僕は顔を伏せる。
そして柑崎さんに対して「つぎ、どうぞ」とお願いをした。
彼女の自己紹介を聞いているうちに冷静になろうと考えていたら、なぜだか「えっえっ」と焦る彼女。
……
僅かな沈黙のうち、
「~♪///」
可愛らしい鼻歌が聞こえた。
彼女はどうにも、つぎどうぞの意味を勘違いしてしまったらしい。どうやって誤解を解けばいいんだろう。というか上手い……と考えていたら、
「そのいつまで、~♪、歌えばいいでしょうか?」
恥ずかしがるような声。
僕はその声に再び顔を伏せた。前回は恥ずかしさで伏せたが、今回は悶絶して伏せた。ほぼ初対面の子にここまで可愛さを感じてしまうなんて……野山、現実も悪くないみたいだ。
「もう充分だよ。ありがとう」
僕は顔を上げたあと頭を下げる。
申し訳なさとか色々な意味を込めて。
「はい……」
柑崎さんはそこで歌を止め、恥ずかしそうに頬を染める。
彼女のそんな姿を眺めていたら委員長が「自己紹介は終わったー?」と呼びかけた。それを聞いて彼女は焦りながら、
「2‐Eの柑崎 彩乃です! 去年は1-Bでした! 趣味は花を見たり、育てたりすることで、好きなものはフルーツパフェです! よろしくお願いします!!」
超早口で自己紹介を終わらせた。
今の姿を見て僕が思ったことは二つ。よく噛まずに喋れたな。やっぱり可愛いなってこと。
もっと彼女を知りたい、そんな想いを込めて僕はできる限りの笑顔を浮かべた。
「これからよろしくね、柑崎さん!」
お読み頂きありがとございます。