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17話 彼らの文化祭

 朝は執事、昼は高校生、その名も――


「レン、二番テーブルに案内して!」

「は、はーいっ」


 (すめらぎ)さんの言葉を聞き、お客さんを案内していく。

 もう少しでお昼時ということもあってか人の数は増すばかりだ。


「ふぅ」


 今日は文化祭当日。

 そしてクラスの出し物は『メイド&執事喫茶』だ。

 男子は執事服を着て、女子はメイド服を着る。だから当然の摂理として僕は執事服を着ている。


「レン”ちゃん”、カチューシャがズレてる。直すから止まって」


 ……着ている。


「ぷくく、(かえで)。ちゃん付はやめてあげなさいよ」


 皇さんは必死に笑いをこらえていた。

 僕を見る楓さんは素敵な笑顔で「今は女の子でしょ」と口にし、カチューシャを整えてくれる。


 ……

 ……


 空前絶後のぉォォ~!! 超絶怒涛のセクシーメイド!!

 ネタに愛され ガチムチからも愛された男!!

 全ての変態の生みの親!


 そう、我こそはぁぁぁ!!!


「レンちゃん、これで大丈夫だよ」

「……ありがとう」


 自分の叫びは届かなかった。

 楓さんは用を終えて、颯爽と元の配置へ戻っていく。

 

「楓さんも皇さんもメイド服が似合うね」

「それはあんたもでしょ」


「……」

 

 足元を見る。

 ロングスカートなのが救いだった。


「あ、客が減ったら一緒に写真撮るわよ。楓も撮るでしょうー?」


 もちろん、という返事が返ってくる。

 皇さんは僕の肩に手をポンと置いて去っていった。

 いいんだ……中学生の時にも一度着た経験があるし……。 


 んもぉおおおおおお!

 



 怖い女子たちに囲まれての撮影会。

 そこに(こころ)野山(のやま)も加わって、てんやわんやとしている。

 ただ、途中加入した野山はのけ者……カメラマンを任されてしまい、悲しげだった。普段なら助けに入るところ。だけど、彼も僕にメイド服を着用させた勢力の一人。ガチムチ派からの刺客だ。今日に関しては慈悲なんてない。

 

 手前にちょこちょこと心が歩いてくる。

 そして僕に背中を預けた。首を振り向かせ上目遣いで何かをねだってくる。

 苦笑いしながら、彼女の肩に両手を置いた。

 

 その状態で写真がパシャリと撮られる。


「へぇ、その子の前だとお姉さんみたい」


 皇さんが僕の横に立つ。楓さんも同様だ。

 一瞬、女の子に囲まれれている自分ってモテモテじゃない? と思いもしたけど、彼女のお姉さん発言が幻想を打ち砕く。

 そう皆メイド服を着ているのだ。傍から見れば女子四人が仲慎ましくキャッキャッ騒いでるだけ。


「そんな顔より、ほら、笑いなさいよ」


 ほっぺをお餅のように伸ばされる。

 いだだだっと口に出しつつも、せっかくだしと笑顔を浮かべた。


「よしっ! 早く写真撮って!」


 急かされた野山は写真を撮っていく。

 ま、これもいつか良い思い出になるか……としみじみ思っていたら、新しいお客さんが来た。火坂(ひさか)だ。彼は僕らを見るや否や「俺も加えろー」と飛び込んでくる。そして僕の後ろに立ち、肩に手を置く。


「なんだ、俺だけのけ者にされている……!?」


 そう口にしつつも写真を撮り続ける。

 もう……仕方ないなぁ。近くにいるクラスメイトに声をかけて写真の撮影をお願いした。

 

「野山! その子にカメラを渡してこっちに来て」


 彼は頷き急いで教壇――火坂の隣に立つ。つまり僕の斜め後ろ。

 こうして、ガチムチ執事1:イケメン1:美少女メイド4のカオスな集団が出来た。

 えっ、この中で誰が一番可愛いって? もちろん僕だ!


 カメラを持った子が声をかけてくる。


「撮るよ。みんな笑ってー」


 各々笑顔を浮かべていく。

 ただ、開き直った僕に敵なんていない。最高の笑顔を浮かべる。


「はいチーズ!」


 フラッシュの音が響く。

 最後の文化祭。こんな思い出が一つくらいあっても――


水原(みずはら)さん、大変なことが!」


 君には、見られたくなかった……!

 





 結局、柑崎(かんざき)さんも含めて皆でもう一枚写真を撮った。

 もうヤケクソですよね。好きな子に女装を見られて、その上女装の最上級たるメイド服を着てニコニコ笑顔。どうしようもなさすぎて、せめて楽しい思い出風にしちゃえ! って逆転の発想ですよ。


「確かに見えないかもしれない」


 お昼休みということもあり、人が少ない体育館。

 そこの舞台上から柑崎さんを探す。あらかじめ彼女が座っている位置は聞いていたのに、上手く見つけられない。たぶん機材や歩いている人の関係でちょうど隠れてしまうのだろう。

 ちなみにメイド服は脱ぎ捨てている。


 うーむと頭を悩めながら、舞台を降り柑崎さんの元へと向かう。

 



 そして結果を報告すると、 


「どどどどうしましょう!?」


 めちゃくちゃ動揺していた。

 そ、そ、そんなに慌てること!? 僕も彼女につられて動揺する。


「水原さんの姿が見えなかったら、歌えません……」

「そんな大げさな」


 今僕たちがいる客席の前端。

 柑崎さんが舞台で歌う際には、委員会活動の都合上ここから観る予定だ。

 ただ、ここは舞台上の人間からは見えない位置にあるらしい。司会をしていた彼女はそれに気づき、午前中のプログラムが終わるや否や自分のクラスに駆け込んできた。


「大げさじゃありません。この前のリハーサルも見ていてくれたから」

「じゃあ柑崎さんが歌っている時は後ろ側の席にいるよ」


 彼女はその提案を聞いて「はい……」と不安げに頷く。

 まぁ場所を変えたとしても必ず見つけられるわけじゃないもんね。

 


 前後の発表――料理部の三分クッキングと演劇部の演劇は毎年人気らしい。

 特に演劇はその道の有名人が来るほど人気があると演劇部長さんも言っていた。休憩時間が間にあるとはいえ、おそらく柑崎さんが歌うときにも人は多く集まっているだろう。そんな人混みの、ましてや暗い客席の中。

 特徴薄め身長低めの僕を見つけることは正直難しいのではなかろうか。



 メイド服を着るか?

 いや……もっと確実で堅実な方法も思い浮かぶ。こっちにしよう。スマホを取り出しグループチャットに連絡を入れておく。


 これでよしっと。


「じゃあ、行こっか」

 

 沈黙を破り、体育館の外へと歩いていく。


「どこにですか……?」


 不安そうな表情を浮かべながらも、後ろをついてきてくれる。

 そんな彼女を尻目に明るい声で「文化祭巡り!」と答えた。





 文化祭委員は当日も忙しい。

 例えば僕は午前中クラスの出し物を手伝い、午後はステージの司会をする。

 柑崎さんも似たような感じだ。自分とは午前午後の作業が反対なだけ。


 そんな慌ただしい日において、僅かに自由な時間がある。それが今だ。

 といっても、残り二十分くらしかない。


 正面に座っている柑崎さんに「美味しい?」と尋ねた。


「まさか文化祭でだご汁が飲めるなんて、思ってもいませんでした」


 微笑みながら容器に口をつける。

 僕もその姿を見習うようにして、汁を飲み進めていく。


「この味、それに具の材料。なんかすいとんと豚汁を組み合わせた感じだね」

「ふふっ確かにそうかもしれません。違うところといえば、このお団子でしょうか」


 彼女は団子を箸でつまんで見せたあと、口に含んだ。

 当たり前の仕草が可愛く見える。


「そ、そういえば、柑崎さんのクラスはなんの出し物をやってるの?」


 僕のクラスはあれだけど、と苦笑いをしながら聞いた。


「よくお似合いでしたよ。って、失礼ですよね。すみません」

 

 口元を隠しながらくすくすと楽しげに笑う。

 最近こういう表情がよく見れて嬉しい。今回は複雑だけど、許します……!


「それで、出し物はお化け屋敷です。みんなで衣装も作ったりして」

「頑張ったんだね。それじゃあ、これを食べ終えたら見に行っても?」


 壁時計をさっと確認する。少しなら大丈夫だろう。


「大丈夫ですよ。私はまだ休憩時間なので参加はしませんが……あっ、急いで食べますね!」


 僕の動作を見てご飯を急いで食べようとする。

 それを止めて――食べ終えたあと、家庭科室を出た。

 

  


 


 参加はしません。

 柑崎さんのその言葉は儚く散った。


 お化け屋敷へと一緒に入る途中。

 彼女のクラスメイトが「人手足りないから休憩終わり!」と連れ去っていってしまう。彼女は泣き顔を浮かべながら「み、水原さんっ」と助けを求めていたけれど、手を振って見送った。可愛そうだけどクラス付き合いも大切だし?

 なにより彼女の仮装姿を見てみたい。さっきのクラスメイトの格好やメイクを見る限り思ったより力が入っていように見えた。結構怖そうだ。


 そう考えていると、受付の人が「準備できましたー」と言ってくれた。

 ふっ、やっとお化け屋敷の前で一人待つ寂しさ(周りはカップルだらけ)とも、お別れだ!

 

 いざ――――


「が、がぉー」


 ……雪女姿の柑崎さんは、可愛いかった。

 





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