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1話 願いごと

 走馬灯。

 自身の死に際に見る、自らの過去。

 僕は今まで走馬灯っていうのは”過去の振り返り”を見ているのだと思っていた。


 でも、違う。

 実際に経験してみてわかったんだ。走馬灯っていうのは過去の振り返りではなく、人生をもう一度”やり直し”ているんだって。だけどそのやり直しは融通(ゆうずう)が効かない。後悔している過去の選択があったとしても、その選択をもう一度選んでしまうのだから。


 どうしてまた選んでしまうのかだって?

 


 満足したから。

 死ぬ時になって自分自身をどこまでも肯定したからだろう。



 病室の風景が薄暗くなっていく。

 それと同時に、なぜか……周りの人が騒ぎ立てている。

 テレビ越しから――彼女の声が聞こえてきた。その彼女の楽しそうな歌声を聞いて確信する。


 僕の人生は、幸せだった。




 ………………

 …………

 ……




 室内にこもる熱。

 頬に張りつく紙の質感。

 それと手を甘噛みされているような錯覚。


 いくつもの感覚が重なり合って、目が覚めていく。


「んーー」

 

 両手を天井へと伸ばす。

 いつの間にか眠っていたらしい。部屋も外も真っ暗だ。

 机の上にあるスタンドライトをつけようとして、


「ブリューか。どうやって机まで登ったの?」


 勉強机の上にいる赤茶色のうさぎ――ブリュートナーに尋ねる。

 ブリューは首を横に傾けたあと、僕の右手をまた舐め始めた。さっきの感覚は錯覚じゃなかったらしい。


「わかったよ。ご飯あげるからもうちょい待ってて」


 にんじん残ってたかな。

 そんなことを考えながら、ふかふかとした柔らかいブリューを床に下ろす。

 ブリューは垂れた耳を足元に擦りつけながら『餌をください』とつぶらな目で懇願してくる。普段の自分なら無条件降伏だ。

 でも、今はやるべきことがある。その視線を見なかったことにし、改めて明かりをつけた。そしてエアコンのリモコンを手に持ちながら、ノートをさっと見る。


 【】

 _______________________________________________




 _______________________________________________ 


 一時間近く悩んだはずなんだけどなぁ。

 なにも記入されていないノートに頭を悩ませつつ、エアコンの電源を切る。もう三月も終わりかけだ。寝ている時に暖房が付いていると寝苦しい&寝汗のダブルパンチを喰らう。まさに今の自分がそうだった。ふぅ、これを書いて、ご飯あげたら、シャワー浴びよ……。


 なにはともあれ。


「今はこいつを終わらせよう」


 ペンを持ち、ノートにタイトルを書き込む。




 【死ぬまでに叶えたい3つのこと】




「思い浮かばない……」


 あれから十分。自分は再び机に突っ伏していた。

 うーん、これだけ悩んでも叶えたいことが出てこない。僕って欲のない人間なのかな。

 いや、そんなことはないか。サッカー選手にだってなりたいし、レストランで『ここにあるメニュー全て出してちょうだい!』とかもやってみたいし。でもなぁ、なんか違うような気がする。というかサッカー選手にはどう頑張ってもなれない! 時間も足りないし、そもそも部活にすら所属していない。


「ま、まぁ願望だけならタダか」


 でも、これだと(らち)があかないな。

 というわけで、僕のバイブル本『ドキッ✩死ぬまでに叶えたい3つのことっ!』をもう一度読もう。この本のおかげで、とりあえず死ぬまでに三つ夢を叶えてやるって気持ちになれたし。

 

「さて」


 目次を見る。

 三百ページにわたる壮大な本だから、目当ての項目を探すのも一苦労…………ん、あった。願い事が決まらない時の対処法。そのページを見ると『思い浮かんだ願いを全て書き出してみましょう! 絞り込むのはそのあと!』なんて記述されていた。これはつまり……サッカー選手とかもとりあえず書いたほうがいいってことかな。


「まっ、やってみますか」


 僕は恥ずかしさを感じながら、ノートに書き出していく――




 よしっ、こんなものだろう。

 白から黒へと色を変えたノートを眺める。

 _______________________________________________

 ・彼女を作ること。

 ・幼馴染が学校に毎日通ってくれるように性格を変える!

 ・海外旅行に行くこと。

 ・サッカー選手になること。

 ・骨付きのマンガ肉を食べること。

 ・ダーツの大会で優勝すること。

 ・カッコよくなること。

 ・友達と楽しく過ごすこと。

 ・人を笑顔にすること。

 _______________________________________________ 


 合計九つの願いごと。

 願い事が現実的かはさておき、僕はこういう”願い”を持っていたらしい。最後の方の願いとかは曖昧だけど、それが叶えばいいなぁと思ったのは事実。具体的にどうすればいいとかは全然わからないけどさ。


 さて、この中から三つに絞り込まないと。

 ノートのページを捲りながら叶えたい願いごとについて考え込んだ。



 

 _______________________________________________

 ・好きな子を彼女にする。

 ・幼馴染が学校に毎日通ってくれるように性格を変える!

 ・

 _______________________________________________  


 三つ目の願い事が決まらない。

 サッカー選手になるっていうのは無理があるし、骨付きのマンガ肉を食べる! っていうのもここに書くほどのことじゃない気がする。ダーツの大会で優勝する。は悪くなさそうだけど、なんか違う。ダーツは得意だけど、大会で優勝するぞ! って気合を入れられるほどじゃない。そんな曖昧なことを言ってたらキリがないけど、一つ目、二つ目の願い事はあっさりと決まったし……。

 一つ目の願い事はさっき書いた『彼女を作ること』から内容を少し変えたものだ。変えた理由は女の子なら誰でもいいってわけじゃないと思ったから。ただ、問題があって今の僕に好きな子はいないってこと。結構致命的な問題だけど、気になる子はいるし、まずその子と仲良くなることが目標かな。

 二つ目の願い事『幼馴染が学校に毎日通ってくれるように性格を変える!』はさっきの記述から何一つ変えていない。変える必要がないほど正確な願いだった。隣の家を見る。自分の家とほぼ同じ作りの二階建て住宅。窓から見える景色は夜の空と幼馴染の部屋だ。カーテン越しから光がこぼれ出している。



「なにやってるんだろう」


 学校を休んでいる時の行動も含めて。

 幼馴染――餅月(もちづき) (こころ)は学校を休みがちだ。

 中学の途中から高校一年までの間、特に理由もなく留年ギリギリまで休んでいた。ギリギリっていうとあえて計画的に休んでいるようにも聞こえるけれど、そんなことはない。時には僕が無理矢理に学校まで引きずって行くからギリギリで済んでいる。……こういう理由や生まれた時からずっと一緒にいるということもあって、自分がいなくなった時の影響が一番大きいであろう彼女。

 ――だからこそ、自分の願いになってしまうほど心配だった。


「それとあの二人にはお世話になってるし」

 

 幼馴染の両親を思い浮かべる。

 自分が両親を失ってからの親代わりのような人達。

 父親の誠彦(まさひこ)さんは有名なピアノ調律師で日本全国に仕事へ行っている。

 どこかへ行くたびにお土産を買ってくるものだから、自分の部屋はちょっとした名産店状態だ。


「ふーふー」


 足元でじゃれつくブリューを撫でる。

 ……きっとこの子や優しい誠彦さん達がいるからこそ、自分は寂しい気持ちにならずに済んでいるのだろう。まぁその優しさがアダになって幼馴染が堕落の道へと進んでいる気もするけれど。


 なにはともあれ、心のため誠彦さん達のためにも頑張ってみよう!



 

 さて。

 一つ目と二つ目の願い事を整理してみたけれど、三つ目の願い事が思い浮かばない。

 ペンでノートをつつきながら小さなため息をつく。


「はぁ」


 ノートの上にはいつの間にか濁点が並んでいた。

 それを適当に眺めていると頭の中に言葉が浮かぶ。浮かんだ瞬間には言葉を書き込んでいた。


 _______________________________________________

 ・好きな子を彼女にする。

 ・幼馴染が学校に毎日通ってくれるように性格を変える!

 ・、、、ピアノ

 _______________________________________________  

 

 ピアノ。

 そう記入して、再び手が止まる。続かない。この先の言葉が続かない。汗がジワリとにじみ出て、手も震えてくる。病気のせいだろうか? いや、違う。残り三ヶ月程の命だけれど、症状は薬のおかけで抑えられている。なら、なぜ――なんとか言葉を生み出そうと考えていたら頭痛がしてきた。

 できるだけ願い事は簡潔に、ハッキリと記述することって本に書いてあったけどさ、ピアノだけじゃ意味がわからない。ピアノのなにを願うって言うんだ……そう思いながら、濁点ごと消しゴムで文字を消す。

 そして頭の痛さを紛らわすために立ち上がって、窓を開ける。


「……気持が良い」


 外の空気は冷たくて新鮮だ。自分の頭痛を一瞬で和らげてくれる。

 夜空に浮かぶ満月を眺めながら、しばらくぼーっとしていたら、一枚の桜の花びらが空を舞っていた。

 その舞い踊る姿に心が惹かれていく。


 ……

 ……


 数秒にも満たない踊り。

 その踊りが終わると同時に手のひらに花びらが落ちてきた。

 僕はそれを両手で受け止めそっと見つめる。少し(しお)れているが綺麗な桜だ。

 きっと近くにある公園の方から飛んできたのだろう。


「……」


 目を閉じる。 

 弱々しくも美しい桜の姿が思い出され、胸が締め付けられる。

 ……この花びらに対しどこか自分の姿を重ねてしまった。


「生きたい」


 この桜のように生きたいと思った。

 手のひらの花びらを胸に重ねて誓う。三つ目の願いを見つけ、叶えてみせると。

 自分は月を手に載せるようにして窓へ腕を伸ばす。すると、手のひらの花びらが風に運ばれ外へと落ちていく。その光景がどうしようもなく切なくて、ブリューを抱きしめた。




 明日から新学期だ。高校二年生になる。

 願いを叶えたい。叶えるためならいくらでも頑張(かわ)れる気がした――

 

 

お読みいただきありがとうございます。

完結までお付き合いの程よろしくお願いします。


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