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ウインナーコーヒー

作者: 巖櫻 禄

まず、ここを見ていただいた読者の方に「ありがとう」を。

そして、「これからも宜しくお願いします」


以前に個人サイトで公開していた小説を掘り起こして加筆修正した物です。

 短編ですのでチョットしたお時間に読んでいただければ幸いです。

 景子は走っていた。

親友の美菜の声が追いかけてくる。

「ケイ!どうしたの?」

「ごめ〜ん!急いでるの!」

スカートの裾が多少捲れているのも解ってはいたが、それどころではなかった。

マフラーを首に巻かず手に持ったまま校門を走り抜け、景子は心の中でつぶやいた。

「何で今日に限って・・・っん、もう!」


今日はバイトの日だ。

昨日、バイト先のマスターに頼んで今日だけ入れてもらったのだ。

自分から頼んでおいて、遅刻するわけにはいかない。


1時間ほど前のホームルーム・・・

「・・・・・なので、各自明日までに必ず提出すること。いいな。それじゃぁ、今日はこれまで。」

ふぅ・・・終わった。さぁ、早く帰らなくっちゃ・・・

「宮脇!ちょっと教員室まで来てくれ!」

・・・・!

景子は委員長を務めていた。決してやりたくて立候補したわけではない。頼まれると断れない性格なだけだ。

「はぁ〜い。」


結局、教員室で1時間も粘られ、やっと解放されたのだ。




景子は、駅前の喫茶店でバイトをしていた。

いつも通る駅前の喫茶店。

決して目立つところでもなく、かといって寂れているわけでもない。

ある日ふと目に止まった「アルバイト募集」のチラシ。

何気なくポッと決めてしまった。

母親は何も言わなかった。

父親は物心付いた頃から居なかった。

別にどうと言ったことでもない。詳しく聞いたこともない。

ただ、死んだと聞いた。それだけのことである。


ここ何週間、毎日通ってくる男が居た。

いつも一番入り口に近い角の席に座り、ウインナーコーヒーを飲み、煙草をふかしながら新聞を読んでいる。

歳は40から50。マスターと同じくらいだろう。ちょうど景子の世代からすると親と同世代くらいの年齢である。

ただそこで新聞を読んでコーヒーを飲んでは帰っていく、何処にでも居る喫茶店の常連だった。

そんな繰り返しのある日のことだった。


カラン・・・コロン・・・

「いらっしゃいませ」

あの男だ。

新聞を取って、いつもの席に座る。

・・・あの人、いつもウインナーよね・・・

メニューを胸に抱えたまま声を掛ける。

「いらっしゃいませ、ウインナーでよろしいですか?」

「・・・あ、あぁ。覚えてくれたんだ。有り難う。」

「えぇ。いつもいらっしゃるので・・・少々お待ちください。」

そんな他愛もない、客とウエイトレスとのやり取りだった。

ただ、景子には嬉しかった。まるで父親に誉められたような気がした。


「マスター、ウインナー、オーダーです。」

いつもの事務的なやり取り。

伝票にその項を書き込む。


そんな日々が続いていた、ある日のことだった。

その日は客が誰もいなかった。

いつもは少なくても2〜3人、多ければ10人程度は入っているこの時間に今日は誰もいなかった。

「宮脇くん、ちょっと店番しててもらえるかい?」

「はい・・・」

「事務所でちょっと伝票整理をやってきてしまう。お客さん来たら呼んで。」

「解りました。」


平日木曜日夕方5時、駅前の通りはそれなりの交通量と通行人である。


店内からカウンター席に座ってぼんやりと外を眺めていた。


いつの間にか景子は寝ていた。

別に眠いわけではなかったが。

時が止まったような時間・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



あ、あの人だ。

ウインナーコーヒーの人。

いつもの席に座ってる。

なんでだろう?いつの間にか自分も向かいに座っていた。

男はいつものように煙草をふかしながら景子の方を見ている。

「真理子は元気でやっているかい?」

真理子とは母親のことだった。

「はい。」

何故母親のことを知っているのか、不思議だった。

「おまえには辛い思いをさせてしまったな。」

「いえ・・・。」

「母さんのことは頼んだよ。急用が出来てね。私は明日帰らなくてはならないんだ。」

「・・・父さん・・・なの?」

いつも使い慣れない言葉だけにとまどいがあった。

「明日もう一度、景子の元気な姿を見に来るよ。」

「・・・もう最後なの?」

その男・・・景子の父は目をそらしたまま俯いていた。

「たぶん、もうおまえの前に姿を見せることはないだろう。ただ、いつもおまえのことは見ているよ。これからもがんばりなさい。」

「・・・・・・・・・」

「・・・有り難う・・・」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「・・・くん・・・脇くん!宮脇くん!」

はっ!っと目が覚めた。

マスターが横に立っていた。

あの男・・・景子の父は居なかった。

景子はカウンターにつっぷして寝ていたらしい。

「・・・マスター、あの、父は、あのウインナーの・・・」

「ウインナーの?何のことだい?」

「え?いつも来てくれるお客さんで、ウインナーコーヒー頼んであそこの席で新聞読みながら煙草を吸ってるお客さ・・ん・・・。」

一気に説明しようとして、何となく気が付いた。

マスターは解ってないんだ・・・私だけが見てた幻想・・・?

「いつもウインナーを頼む客なんて居たかな?しかもあそこの席は・・・ほら・・・」

マスターの指す方に目を向ける。

そこはいつもあの男。そう、景子の父が座っていたあの席。

机の上には「お勧めランチセット」と書かれた札と、ロウで出来たサンプルが置かれていた。

とてもお客が座れる状況ではなかった。

確かに景子も知っていた。あの席が使えないことは。


翌日はバイトの予定が入っていなかった。

「でも、明日来るって行ってたよね・・・」

マスターに頼み、入れてもらうことにした。

マスターは何も理由を聞かなかった。




景子は走っていた。

喫茶店に飛び込むと挨拶もそこそこに準備を始めた。

サンプルが置かれているテーブルの片隅。

いつも父が吸っていた銘柄の煙草とマッチ、灰皿を置き、いつも読んでいた新聞を置く。

そして・・・

「マスター、ウインナー、オーダーです。」


マスターは何も言わずにウインナーコーヒーを出してくれた。

コーヒーを受け取り、トレーに乗せて運ぶ・・・


ふとあの席を見ると・・・


灰皿に1本だけ吸い殻が載っていた。

席には誰も座っていない。

はっとして入り口の方を見た。


景子はその男の背中を見た気がした。


「有り難う。いってらっしゃい、お父さん。」

仕事柄、まず時間つぶしに喫茶店に行くことなど無いのですが、この間たまたまとある駅前の喫茶店に1ヶ月ほど通うことがありました。

そこでバイトをしていた女の子がモデルです。

その子の父親が居るか居ないかなんて知りませんし、高校生ではありませんでした。

ただ、彼女を見てふっと頭の中をよぎった話をまとめたのがこの「ウインナーコーヒー」です。

一生懸命仕事をしている彼女の横顔を見たときに、ちょっとご褒美に・・・と。


父親が居なくても普通に学校生活を送り、バイトをしているごく普通の女子高生、景子。


なんとなく父親に会わせてみたくなりました。


感想など頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] たまたま見つけて読ませていただきました。 もう少し喫茶店独特の雰囲気が出る描写がほしかった気もしますが、ストーリーが良かったのか、短い内容でもしっかりとした読後感を味わった感じがします。 景…
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