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自選ショートショート集

肥満どものディストピア

作者: 相模

 急な電話だった。

 会社で急ぎの工事があるので、明日は休みだとのことだ。

 俺は工事があるなんて聞いていなかってし、疑問に思ったが、休みなのは嬉しい。

 明日はどこか遊びにでもいくとしよう。


 翌日、電車に乗っていると、やけに周りの人間の視線が突き刺さった。

 平日の朝からいい大人が私服で出掛けているのを訝しんでいるのだろうか、それとも俺の体型のせいか。

 確かに、俺は肥満体型で見る人間に不快感を与えているかもしれない。

 しかし、デブはデブなりに迷惑を掛けないように気を付けているつもりだ。

 いずれにせよ、こんなにじろじろと見られることをした覚えはない。

 その後も、いく先々でやたらと見られているような、睨まれているような感じがして、せっかくの休日を満足に過ごせなかった。


 さらにその翌日の金曜日、工事はすぐに終わったらしく、俺はいつも通りに出勤した。

 また太ったのだろうか、今日はやけに道が狭く感じた。

 だが、会社のエントランスは俺が太ったせいではなく、確実に狭くなっていた。

 エントランスは両開きの大きな扉だったはずなのに、今では人一人入れるほどの片開きになっているのである。

 しかもこの扉、俺の恰幅より狭く作られているのである。

 俺は無理やり押し入って、なんとか通り抜けた。

 会社の内部に見たところ変わったところはないが、いつもなら愛想よく挨拶してくれる受付嬢がだまっていた。

 俺は少し気分を悪くしながら、エレベーターのボタンを押す。

 エレベーターが着いたので乗り込むと、警告音が重量オーバーを告げた。

 馬鹿な、俺しか乗っていないのに。

 渋々エレベーターを降りると、そのすぐあとに、合計すれば俺の体重をゆうに越す三人がなに食わぬ顔で乗って行った。


「なんなんだ、一体」


 俺がどうかしてしまったのだろうか。

 しょうがないので階段を使うことにした。

 しかし、この階段一段登るのがやけに疲れる。

 こんなに急勾配だっただろうか。それとも、たった一日で階段を工事したのだろうか。

 床はまるで俺が太りすぎだと言わんばかりに、みしりみしりと音を立てている。

 俺がやっとの思いで自分のオフィスに辿り着くと、同僚や上司の蔑むような

 視線を浴びることとなる。

 俺が何をしたっていうんだ。

 自分の席につくと、両隣の奴らが避けるように座り直す。

 そのまま仕事を続けていると、

「野木、これちゃんとやっとけとよ」

 と、上司の須藤が冷たい声で書類を投げ渡してきた。

 他にも女たちが俺を見てひそひそ話をしていたり、なんとも居心地の悪い。

 居心地の悪いまま定時を迎え、家へ直帰した。

 いつもなら飲み会の誘いなど来るものだが、今日に限っては俺を蚊帳の外に、部署のみんなで盛り上がっているのだ。

 いたたまれなくなって、家に帰るしかなかった。


 家に帰って独り酒をしながら、何気なくテレビを見ていると、昨日今日の周囲の俺に対する行動は、恐ろしい陰謀によるものだと分かった。

 今、ニュースによるところでは肥満撲滅運動というのが活発化しているらしい。

 俺もその煽り受けて、先ほどのような憂き目にあっているのだ。

 しかしながら、たったそれだけのために会社もずいぶんと大がかりな工事をしたものである。

 俺のこの考えはとても甘いということを、翌日すぐに知ることとなった。


 土曜、俺がスーパーで買い物をしていると、レジでの会計がやけに高い。

 手元のチラシで商品の値段と比べてみても、やはり高いので、俺は店員につっかかった。

「おい、あんた。なんだこの値段は。ちゃんと計算してんか」

 すると、店員は面倒臭そうな顔をして、とげとげしい口調で言った。

「お客様は肥満税をご存知ないのですね。肥満の方に対する累積課税が昨日施行されたんですよ。うちの場合ですと消費税があるのでそれをさらに倍にした金額ですね」

「は? うちの場合ですと、って他にもあるのか」

「ええ、肥満税は肥満の人にかけられる税を累積する物ですから、住民税、固定資産税、所得税その他諸々にかけられますね」

 なんだそれは、憲法違反も甚だしい制度じゃないか。

 しかし、店員は一般常識のように話し、疑問など一つも持っていないようだった。

 ふと辺りを見回してみると、他の客や店員も俺のことを嘲笑するように口を手で押さえたり、うつむいたりしている。

「ああもういい」

 赤っ恥をかいた俺はヒステリックに叫びながら会計を済まし、スーパーを飛び出した。


 おかしい。

 こんなあほみたいな陰謀に政府までもが動いてやがる。

 しかも、肥満税が昨日施行されたということは、法案自体はずいぶんと前からあったことになる。

 どうやら肥満撲滅運動というのは、俺の思った以上に精力的動いているようだった。

 とにもかくにも、このままうかうか肥満ではいられない。

 急いで整形外科に向かい、脂肪吸引手術でも受けようかと思った。

 のんびりとダイエットなんかしてる暇などないのだ。

 しかし、その旨を医者に伝えると、明らかに個人で所有する全財産を越えるような、法外な金額を請求された。

 なんでも、肥満には国民保険の適用外の上、肥満税もそこに加わるからそんな金額になるのだとか。

 借金をしても払えないような金額に、手術を断念し、莫大な診察料だけを払って病院を後にした。


 それならば、と地道にダイエットする道を選び、善は急げ、と走っていたら、向かいから歩いてくる老人にこら、と一喝された。

「お前みたいのが歩道で走んじゃない! ぶつかってわしが怪我でもしたらどうする! 大人しくあっちにいってろ!」

 老人の指す方向には、歩道が枝分かれしていて、標識に肥満道と書いてある。

 俺は驚愕した。

 太っているだけで、歩く道まで区別されねばならないのか。

 だが、恐らく世論ではこの老人が多数派で、俺の意見が少数派なのだろう。

 反論できずに大人しく肥満道を通るしか道はなかった。


 肥満道は非常に混雑していた。

 それもそうである。どうみても狭い道幅に、俺のような太った奴らが歩いているのだから。

 俺のようにダイエットしようとしている人も多いのかもしれない。

 しかし、この混雑具合では走るどころではなかった。

 デブどもが道を圧迫しながら牛歩するせいで、全く前に進めないのである。

 デブは足も遅いのか、と自分のことを棚に上げながら苛立ちを覚えた。


 肥満道の渋滞のせいで、家に帰るのは夕方となった。

 俺は家に帰るなり、目が飛び出すかと思った。

 ガレージで自分の愛車がテープでぐるぐる巻きにされているのである。

 車のフロントガラスに張られた紙を読むと、肥満自動動力車輌禁止方に基づき差押え、と書かれていた。

 これには憤慨した。

 少ない稼ぎながらも、やっとの思いで買って、ローンがまだ残っているというのに、なぜこのような訳のわからぬ法律で愛車を奪われなければいけやいのだ。

 誰か、この無慈悲な仕打ちに立ち上がって戦う者はいないのか。

 俺の怒りとは裏腹に、肥満への重圧は日に日に増していき、ついには肥満は抹殺すべきなんて過激な意見まで出始めた。

 それから展開は早く、警察、自衛隊など動員されて、彼らは世の肥満どもを処分して回った。


「冗談じゃない。殺されてたまるもんか」


 俺は急いで家から逃げ出した。

 いわゆる夜逃げを始めてからは、常にヘリコプターのプロペラ音や、乱射される機銃、戦車のキャタピラ痕、大砲音、捜索隊の飛び交う声がついて回った。

 俺はひたすらに逃げ回り、何年たった頃だろうか。

 俺の回りでは、めっきり俺を追う痕跡が見られなくなった。

 もしや、と思い、近くの公衆トイレに入り、鏡を見た。


 映っていたのは、かつて愛嬌があるとまで褒められた張りのあるふくよかな顔ではなく、がいこつのように痩せこけた醜い顔であった。

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