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お約束の陰陽師っ!!

作者: 日ノ宮九条

とある雪の日。


幼い少年は一人の少女と出会った。


ーーー誰よりも美しく。


ーーー誰よりも強く。


ーーー誰よりも賢く。


そして。


ーーー一誰よりも孤独な少女に。


その時、少年は、その少女ととある約束をした。


それはただ、少年の一途な想いからうまれた約束ーーーーーーーーーーーー。



********************



ーーー丑三つ時。


それは古くから不吉な時刻とされており、人を呪う呪法を行うに適した時であるとされ、ゆえに、この時間に外へ出歩くような酔狂なものなど、盗人か罪人か、ともかく人に言えぬような咎のある輩を含めてですら、そうそういるはずはない。


ーーーそして、それはここ、京の都ーーー人々に平安京と呼ばれているその場所ーーーもまた、例外ではない。


昼間は人々で活気溢れる大通り、朱雀大路ですら、人っ子一人歩いてはいない。


時刻がもう少し早ければ、女のもとに通う貴族の男たちの牛車が道を賑わせていただろうが、丑三つ時の不吉さを知り、恐れている彼らが好き好んでこんな時刻に外出することはまずない。


よって、夜の平安京は実に静かだった。


ーーーゆえに。


そんな、生者の気配感じぬはずの都、そのとある道、朱雀大路から少し離れた小道にて、二人の人間があたりの様子を伺っていようとは、いったい誰が想像し得ただろうか?


その上、その二人組は盗人や罪人や、ましてや女のもとに通う男でもなかった。


ーーー先ほどまでかかっていた雲が晴れ、月明かりが小道を照らし、二人組の姿を浮かび上がらせていく。


そこから現れたのは、貴族らしき服装の若い男女だった。


ーーー二人組の片方ーーー20に届くか届かないかという齢の女はこの世のものとは思えない美しい容姿をしていた。


ーーー癖一つない、膝ほどまでまっすぐと伸びた白銀の髪。


ーーーくるりと上を向いた長いまつ毛に縁取られた、血のように濃い、深紅の瞳。


ーーー白磁の肌は新雪のごとくシミ一つなく、赤い唇はしっとりとつややかでなんとも艶かしい。


ーーーその天女もかくやというほどの造形美。


見るものの視線を一瞬にして惹きつける傾国の美貌がそこにあった。


そして。


その絶世の美女が身につけているのは不思議なことに、天女の衣装などではなく、白に紫を合わせた狩衣ーーー男性貴族の普段着ーーーであった。


つまり、この美女は男装をしているのだが、しかしさらしを巻いていないのか、そもそも隠す気がないのか、着物の上からでもわかる女性らしい豊満な体つきは疑いようもなく、彼女が「女」であることを如実に表していた。


ーーーそんな、麗しの美女の傍には。


ーーー彼女が一般の女性よりも背が高いとはいえ、そんな彼女と比べると、まるで親子のような身長差に見える14、5ほどの少年がいた。


ーーー漆黒の髪と好奇心旺盛で意志の強い黒曜の瞳。


元服前なのか、少年は自身の腰まで伸びた髪を後ろの低い位置で一つに縛っている。


顔立ちは年相応な幼さは残るものの、そこそこ整っており、一目で上等とわかる青の水干姿がよく似合っていた。


が、そのふとした仕草から溢れる、なんとも言えない気品は隠しようがなく、少々不自然さもあった。


「…………今の所は異常なし、か」


ーーーと。


銀髪の美女が唐突に口を開いた。


ーーーその声音もまた、容姿と同じく天上の調べのように涼やかだ。


が、その言葉にはどこか退屈げな色が混ざっていた。


「おいおい。あんたの仕事的には異常なしの方がいいんだろ、師匠?」

「ふん。異常なしでは面白みに欠けるではないか。それから私を『師匠』と呼ぶのはやめろ。私はお前みたいなチビを弟子に取った覚えはない」

「誰がチビだっ!!俺の名前は(はやて)だっ!!」

「お前なぞチビで十分だこのチビ」

「チビって二回言った!?だったら俺も言ってやるっ!!師匠!師匠っ!!」

「……子供か、貴様。それ以上師匠師匠連呼してると羅生門の上から簀巻きにして叩き落すぞ」

「それ俺死ぬよねぇ師匠!?」

「……ほう、お前がそれほど死にたいとは思わなんだ。すぐさま実行してやろうか、ん?」

「いやすいません調子に乗りましたごめんなさいだからそれだけはほんとにやめてください香月(かづき)様」

「ふん」


小さく鼻を鳴らし、銀髪の美女……香月は視線を周囲へと戻した。


ーーー命拾いした。


少年、颯は内心静かにそう思うのだった。


香月はやると言ったらやるのだということを、颯は誰よりもよく知っていた。


「はぁ、まったく…………何でこう横暴なんだか…………」

「……おい、チビ」

「は、はい!?」


ーーー今の悪口が聞こえたのか!?というか俺のことはやっぱり「チビ」のままかよ!!


そんな思いをこれまた内心だけにとどめつつ、香月の顔を恐々と見上げる。


な、そこにあったのは颯に対する怒りではなく、獲物を見つけた狩人のような嬉々とした赤い瞳だった。


ーーーその無邪気な子供のような顔に、思わず見惚れてしまう颯なのであった。


「香月?」

「ーーー来たぞ」

「!!」


その一言に、ハッとして赤い視線の先を辿る。


「…………う、うわ。本当だ。しかもデカ…………」


ーーーそこにいたもの(・・・・・・・)に軽く顔をしかめる。


ーーーどす黒い瘴気を放ち、闇夜にうごめく「妖」の集団。


餓鬼や下位の物の怪の集まりであるそれは、「百鬼夜行」と呼ばれているものだった。


それは、香月が待ち望んでいた、颯にとっては出会いたくないものだった。


「…………百鬼夜行」


ーーーソレの名をつぶやき、楽しげに目を細める香月を恨めしげに見上げ、颯は独りごちた。


「……ったく、香月とこの時間にくるといつもこれだよ」

「そんなに嫌なら来なければ良いではないか。わざわざ宮中を抜け出して(・・・・・・・・)まで」

「……そうじゃないよ。俺は百鬼夜行が好きじゃないの」

「む?なぜだ?」

「んなもん、数ばっか多くて雑魚しかいないからだよ。俺はもっと強い奴と戦いたいんだ。それなのに香月はいつもいつもあれとばっかり……」

「ふん。愚か者が。貴様なぞ、百鬼夜行よりも上位の妖と一線交えたらすぐに五体バラバラにされてしまうわ。これだから身の程を知らないチビは……」

「だからチビって言うな!」

「チビをチビと言って何が悪い。それよりいいのか?」

「は?」


ーーー突然、不敵な笑みを浮かべた香月に、首をかしげる。


が、その意味はすぐに知ることとなった。


来るぞ(・・・)

「へ?……ってどわあっ!?」


ーーー直後、こちらへ向かってきた「何か」をとっさに横へ飛んで避ける。


「う……わ……」


ーーー颯がついさっきまで立っていた地面には、深々と弓矢のようなものが突き刺さっていた。


「ほう。百鬼夜行が弓矢とは、これやいかに」


興味深げにつぶやき、地面に突き刺さった矢を足の先でつつく香月。


「って、おいっ!!あんた今、自分だけ事前に避けたよな!?俺危うく的になりかけたんだけど!?」

「お前も避けたではないか」

「ああそうだな!俺自身の本能を褒めてやりたいよ、切実に!」

「ふん。無事だったならば良いではないか。小さいことをぐちぐち言う男は嫌われるぞ」

「余計なお世話だっつーの……ってぎゃあっ!!」


ーーー二人が阿呆な会話を続けている間でも、百鬼夜行たちは待ってはくれない。


次から次へと飛んでくる弓矢やら石やらを避け、颯はその本元である妖集団を睨みつけた。


「おいっ!!なんで妖が道具使ってんだよ!!生身で来いよ!ってかお前ら確実に俺ばっかり狙ってるよな!?」

「生き物というものは、強者を相手にするよりも、まず弱者から片ずけようとするものだからな」

「妖、生き物に分類していいの!?っつーか俺俺妖になめられてる!?弱くて悪かったなぁおい!!」

「……そもそも、妖相手に喚いているお前をなめるなという方が難しかろう」

「…………」


ーーー香月の冷静なツッコミにようやく自身の愚かな言動に気がつく颯であった。


「っ、とにかく!あんたが行かないなら俺が行くぞっ!」

「ふむ。話をそらしたな」

「うるさいっ!!ああもう、八つ当たりしてやるからなっ!?百鬼夜行!!俺だって日々成長してるんだから!今度こそ全部俺だけで退治してやるっ!!」

「ふん。そんなに言うならば、私にお前の力を見せて見るがいい。お前の言う『成長』とやらをな」


ーーー香月の指摘に顔を赤らめつつ、颯は隠し持っていた錫杖ーーー金色に光るそれーーーを取り出し、両腕で太刀のように構えて先端を百鬼夜行に向けた。


「行くぞっ!!はあっ!!」


ダンッと地面を蹴り、瘴気の中を突っ込んでいく。


が、その瘴気は颯の体にまとわりつくことはなく、逆に避けるように散っていく。


ーーー浄化の結界。


それこそが、この錫杖の効力であった。


「おりゃあ!」


気合い一発。

手に持つ錫杖を横薙ぎに払う。


ーーー餓鬼たちは錫杖に触れた瞬間、浄化の力を受け、灰燼に帰していく。


「……随分とまた力技だな」


香月の呆れた声が響くが、それを無視し、錫杖をふるった。


シャン


シャン


「はあっ、はあっ、くそっ、なんで今日のはこんなに多いんだよっ!!」

「確かにいつもより多いなぁ」

「多いなぁじゃなんて、あんたも手伝えっ!!何傍観してるんだよ!?」

「……さっきと言ってることが違うぞ?己の力を誇示するのではなかったのか?だいたい、それくらいの量、瞬時に一掃できねばこれより上には行けぬだろうが、この戯け」

「ぐっ」

「ふん。わかったらがむしゃらに働くがいい」


香月のもっともな言い分に言い返す言葉が見つからない。


ーーー事実、たとえ量が多くとも、この程度の百鬼夜行を一人で祓えなければ、これよりも強い妖と戦うなど、どだい無理な話である。


香月なら、本当に一瞬でこの程度の百鬼夜行など殲滅してしまうだろう。


ーーー都きっての天才陰陽頭、土御門香月。


由緒正しい土御門の当主だであり、その有能さから、女の身ながら、帝の覚えめでたい出世頭である。


「こやつらを一人で祓えぬというならば、所詮お前はその程度の実力しかないということだ」

「っ!!」


ーーー香月の冷ややかな言葉が颯の心に深々と突き刺さる。


けれど、彼女が言っていることはすべて正論だ。


「だから言ったろう?お前に『陰陽師』の才能はないと。結局、お前は妖を見る目、『見鬼』があっただけの、ただの人なのだ。お前は元来、こんなことをする必要がない身分(・・・・・・・・・)にいるのだ。せいぜいそれを利用して楽に生きればいい」

「それはっ!!」


ーーーそんなことは、初めから分かっているよ、香月。


自身に、香月の、「本物の天才」のような才能がないということくらい、最初からわかっている。


それでも颯は陰陽師に、香月と同じ、妖を払う陰陽師になりたかった。


ーーー自身の「想い」を遂げるためにも。


「はあっ!!」


シャンッ


重い腕を懸命に振り上げ、颯は錫杖をふるった。


シャン


ーーー何度も。


シャン


「俺は、諦めないっ!!」


ーーー何度も。


「く、はぁっ」


シャンッ!


ーーー何度も…………。


「っ、は、はあっ………」


ーーー何度目かの錫杖をふるった時。


颯は足を縺れさせ、地面に倒れこんだ。


ガシャン!!


その拍子に錫杖が手から離れ、地面に転がる。


ーーーそれと同時に今まで錫杖によってもたらされていた「浄化」の力が消え失せ、まるでその瞬間を見計らっていたかのように、百鬼夜行たちの魔の手が颯の体にまとわりつく。


体の奥深くに、気味の悪い、なんとも不快な異物が侵入し、侵食していくような感覚に、思わず声にならない悲鳴をあげる。


ーーー黒き思念。


百鬼夜行はこの世に未練を残して死んだ者たちが妖、餓鬼に転じたものだ。


その思念が、人間にとって得になるはずもない。


それらの思念は、確実に、着実に、颯の体を蝕んでいった。


「う……」


ーーー気持ちが悪い。目が回る。全身から力が抜けていく……。


ーーーーーーーー堕ちていく。


「……私の下僕に、その汚い手で触れるな、この餓鬼ども」


ーーー刹那。


ーーー黒い思念に呑み込まれかけた颯の耳に、彼の師の冷厳かつ壮美な声が届いた。


「『払え』」


パンっと柏手の音ともに、美しき陰陽師の口から、凛とした呪が零れ落ちる。


ーーーそれはまるで清らかに流れる清水のごとく百鬼夜行たちの間を走り抜け。


ーーーそれらの黒い思念たちは一瞬にして払われていく。


「あ……」


ーーー体を覆っていた重い気配が消え、颯は呆然とかの美貌の陰陽師……香月の美しく整った顔を見上げた。


その口元にはいつもの通り、人をくったような飄々とした笑みが浮かんでいたが、こちらを見据える血のように赤い瞳には、ほんのわずかだが、慈悲深い、どこか暖かく感じる炎が灯っているように感じた。


ーーー危機的状況からなんとか逃れることができた反動からか、はたまたさっきまでの「浄化」のためかはわからないが、黒き思念が消えた後にも関わらず、颯の体は疲労と倦怠感が覆っている。


「か、づき……」


ーーー襲ってきた堪え難い眠気に、意識が薄れていく。


「おれ、は……」


ーーーたとえ、香月から見たら無駄なことだと思われていたとしても。


それでも…………。


「ふん」


香月の足音がゆっくりと近づいてくる。


ーーーそれと同時に急速に薄れゆく意識の中、颯は確かに聞いた。


「……頑張ったではないか、この馬鹿弟子。……だが、今はしばし眠るがいい……」


ーーーそんな、彼女らしい、ぶっきらぼうな褒め言葉をーーーーーーーーー。



********************



ーーー雪。


まだ10月の初めだというのに、空はどんよりと曇り、そして季節外れの冷たい雪が降りしきっていた。


そんな雪の中を、一人の少女が、空から降ってくる雪以上に冷たく、凍てついた瞳をじっと前方に向けて立っていた。


凍りつくような風にあおられて、息を呑むような銀の髪が空へと舞い上がる。


その顔もまた、この世のものとは思えないほどに、美しい。


だが、そこには感情らしいものが何一つ浮かんでいない。


ただそこにあったのは、すべてを拒絶するような虚無だけーーーーーーー。


ーーー少女が立っているのは、宮中のとある庭。


昼間だというのに、この不吉な雪のせいで人々の往来はなく、少女は一人、じっと立っていた。


「……そんなところに立っていたら、かぜをひいちゃうよ」


ーーー突然、誰もいない無音の雪景色の中に響いた幼い声に、少女はゆっくりと振り返った。


そこにいたのは、まだ5歳になるかならないかほどの幼い少年であった。


「……なぜ、お前は外に出ている?他の者たちは、皆この雪が不吉だと言って中に入ったというのに」


感情のこもらない、淡々とした口調で少女は言った。


ーーーそれは、少年へと向けられた、拒絶の意思表示だった。


「ふきつ?どうして?ゆきはこんなにきれいなのに」


けれど。


少年はそんな少女の内心を知ってか知らずか、小首を傾げ、ちょこんと庭へ降り立ち、少女の側へと近づいてきた。


「わぁ。とおくでみてもおもったけど、おねぇさんのめ、とってもきれいだね!かみも、ぎんいろで、きらきらしてる!」

「!!」


キラキラと瞳を輝かせていう少年の言葉に、少女は大きく瞳を見開いて固まった。


ーーーそれは、少女が唯一見せた確かな「感情」だった。


「きれ、い……?」

「うんっ!!おねぇさんはとってもきれ……」

「っ……」


ーーー少年が言い終わらないうちに、少女は地面に膝をつき、少年を抱きしめた。


「!!」


少年は驚いたように目を丸くしたが、彼女の腕を振り払うことはしなかった。


「……おねぇさん?」

「っ………っ………」

「おねぇさん、ないてるの?」

「……………」


細かく揺れる肩に、少年はそう尋ねた。


「……きれいっていわれるの、いやだった?」

「っ、違うのだっ……!!」


ーーー少女は確かに泣いていた。その赤い瞳から、ポロポロと大粒の涙が流れ出ていく。


「うれし、かったのだ。初めてだったから。この色を、受け入れてもらったのが……」

「はじめて……?」

「ああ。そうだ……。私は、この色のせいで皆に嫌われている」

「みんな、おねぇさんにひどいこというの?」

「……そう、だな。私を綺麗だと言ってくれたのは、お前が初めてだ」


ーーー少女は、生まれついてのこの色を、実の両親にでさえ、疎まれていた。


そんな、孤独な少女は初めて向けられた言葉に、心に、ただただ涙した。


「なかないで、おねぇさん」

「っ…う……」

「わらってよ、おねぇさん」

「っ、ああ……」


少年の心底心配するような声音に、少女はこくりと頷き返した。


「……ねぇおねぇさん」

「……なんだ?」

「おねぇさんは、なにしているひと?」

「私か?私は……陰陽師だ」

「おん、みょうじ……?」

「……妖という、人に害をなすものを倒すのが陰陽師だ」

「わぁ!それじゃあおねぇさんはせいぎのみかたなんだねっ!!」

「正義……?」

「うんっ!!」


少女は少年を離し、その顔を覗き込み、その澄んだ瞳に息を呑んだ。


「ねぇおねぇさん、ぼくにも、そのおしごとさせて!」

「え……?」

「おんみょうじのおしごと!ぼくも、おねぇさんみたいなせいぎのみかたになるっ!!」

「……陰陽師は、簡単になれるものではない。それに危険だ」

「だいじょうぶだよ、おねぇさん。ぼくは、がんばってつよくなるから。だれにもまけないくらいにつよく!そうしたら、おねぇさんはもう、なかなくてよくなるよ!ぼくが、おねぇさんをまもってあげね!」

「っ!!」


呆然と目を見開いた少女を、少年は真っ直ぐな眼差しで見上げ、にっこりと笑って言った。


「ぼくは、おねぇさんのさいしょのでしだよになるっ!!そして、ぼくもおんみょうじになって、おねぇさんといっしょにたたかえるようになるっ!!それで、おねぇさんを、ぼくのおよめさんにしてあげるっ!!」

「……本当、か?」

「うんっ!!やくそくだよ、おねぇさん!」

「……香月」

「え?」

「私の名は、香月。お前の名は?」


少女は少年の髪を優しく撫で、そう尋ねた。


「ぼくはね、はやて!これは、ぼくとかづきおねぇさんとのやくそくだよ!」

「ああ、そうだな、颯」


ーーー少女はそう言ってぎこちない笑みを浮かべた。


その笑顔は今にも泣きだしそうであり、そして、何よりも美しいものだったーーーーーーーーーーー。



********************



ーーー翌朝。


「ーーー!?」


差し込んできた朝日で目覚めた颯は、ハッとした勢いのまま、ガバリと身を起こした。


「あ、れーーー!?」


ーーーい、いつの間に戻ってきたんだ!?


颯が目覚めたのは、彼がいつも眠る寝室だった。


ーーーと、混乱した頭であたりをキョロキョロと見渡している颯の元へ、部屋の外から遠慮がちな声がかかった。


「……失礼いたします」

「!!」


ーーー入ってきたのは颯がよく知っている女房ーーー彼の世話係の和泉だった。


「お目覚めのようですね。おはようございます、東宮様(・・・)

「っ!!お、おはよう……」


ーーー「東宮様」。


昨日の夜は一度も呼ばれなかったその呼び名に、思わずしどろもどろな返答を返す。


颯……疾風親王(・・・・)にとって、「東宮」という称号はつい最近ついたものであるということも、その返答の不自然さの原因となっているのではあるが。


「……時に、東宮様。本日はお父上であらせられる主上より、お手紙を承っております」

「え、父上から?」

「はい」


ーーーそう言って渡された父、今上帝からあてられた手紙を急いで開いてみると、中には、



『昨日はご苦労さん、我が息子よ。だが聞いたぞ?お主、たかが下級の百鬼夜行ごときを成敗できなかったそうだな?まったく、嘆かわしいなぁ。お前はいつになったらまともな陰陽師になるやら。無理ならさっさと諦めて東宮としての仕事をもっときちんとこなせ。かの“麗しの君”のためとはいえ、あの者の足を引っ張っては意味がなかろうが。このままではいつになっても“麗しの君”には振り向いてもらえんぞ?まぁ、せいぜい努力するがいい、我が馬鹿息子よ。私としては、陰陽師になるなど諦め、かの“麗しの君”へ求婚することを進めるぞ。その時は惜しみなく、女御になれるよう、協力してやろう。父、今上帝より』



「…………………」


ぐしゃり


「んなことわかってるわっ!!こんのクソ親父っ!!」

「言葉が汚のうございます、東宮様」


ーーーおおよそ一国の皇太子とは思えない悪態にすかさずそうツッコミを入れる和泉の君。


ーーー香月からしたら、自分がただの子供でしかなく、その上弟子としても未熟であることは自覚している。


そのまま彼女はとっておいたもう一つの文(・・・・・・)を颯へ差し出した。


「そして、もう一つ。こちらは陰陽頭、土御門香月様より承りました、お手紙にございます」

「えっ!?香月からっ!?」


ーーーそう叫び、和泉から奪い取る勢いで手紙を受け取り、内容に目を通す。



『チビへ。単刀直入に言うが、昨日のお前は錫杖の振りが大きすぎる。そんなだからすぐに疲れるのだ。まったく、力もないくせにお前は無駄が多すぎる。……だが、まぁ、破門するのはまだ早い。今のままでは陰陽師になることなど、夢のまた夢だが、それでもお前がなりたいと言うのならば、私のところへ来るがいい。私はいつでも陰陽寮にいる。土御門香月より』



「……!!」


ーーー香月が、認めてくれた?


ーーー昨日の失態で、もうダメだと思ったのに。


誰よりも美しく、誰よりも強い、陰陽師な彼女。


颯にとって、その存在は憧れ以上の気持ちを抱く人だ。


ーーーいつか、彼女とともに、肩を並べたい。


ーーーあの雪の日の約束のように。


もう二度と、彼女が孤独な涙を流さないように。


自分は東宮で、本物の陰陽師になれないとしても、それでも颯は、せめてあの天才の片腕くらいにはなれるようになりたいと思っている。


あの美しく、優しい陰陽師の少女を、そばで守れるように。


ーーーそうして、その時には。


「……届くといいなぁ」


ーーーいつか、この想いを遂げられるだろうか?


この、甘く、颯の最も大切な想いが…………。



********************



「……約束、か」


ーーー彼はまだ、あの幼い雪の日の約束を覚えているだろうか?



『ぼくは、おねぇさんのさいしょのでしだよになるっ!!そして、ぼくもおんみょうじになって、おねぇさんといっしょにたたかえるようになるっ!!それで、おねぇさんを、ぼくのおよめさんにしてあげるっ!!』



ーーーまったく、私はいつまで待ち続ければいいのだか。


けれど。


今、彼とともに過ごす時間が、とても楽しいと思っている自分がいる。


それは、彼と出会う前までは、考えもしなかったこと。


「早く強くなれ、馬鹿弟子」


ーーー私はいつまでも待ってるからな。


お前が、いつか、陰陽師になれる、その日まで…………。



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