OPENING 暗闇と孤独
少女は、暗い通路を慎重に辿ると、1枚の鉄扉の前で立ち止まった。
懐から、小さな鍵の束を取り出す。握り締めたそれを、鍵穴にそっと差し込み、ゆっくりと回す。
その動作は、音を立てることを恐れているように見えた。
続いて、ドアノブを回し、押し開ける。油を差していないのだろう、蝶番が、きぃきぃと鳴った。
最低限の隙間を広げ、体を中に滑り込ませる。少女が闇に目を慣らした頃、部屋の片隅に置いた机に腰かけた人物がそっと顔を上げた。
少年――もしくは、青年だ。身長は180㎝程か。伸びるままに任せた髪は背中まで達し、前髪が顔を覆い尽くそうとしている。もし明るみの中で見たのなら、きっと驚くような端整な容貌。着せられたワイシャツとジーンズはぼろぼろで、それは、青年がおかれた1つの事実を表していた。
手に持っていた物を床に置き、足音を立てないように彼へと歩み寄る。机から立ち上がると、青年は、少女のことを抱き締めた。
小さく微笑んだ少女が、彼のものと唇を合わせる。青年が、ぽつり、と呟いた。
「………………………会いたかった」
「あたしも」
穏やかに微笑み、少女は、彼の抱擁を受け入れる。少女の細い体では、青年の力は痛いくらいのはずなのに、振りほどく気配すらない。
腕の中の少女に、彼は、遠慮がちに問うた。
「もう1回………キス、してもいい?」
「しょうがないなぁ」
まるで遥か年下の子供を相手にするかのような口調で、いたずらめいた笑顔を浮かべて頷く。
許しを得た青年が、右手で少女の顎を持ち上げる。さっきよりも長く、深く、会えなかった間を埋めるかのように舌を絡め合う。
やがて、唇を離した青年は、満足げに喉を鳴らして抱擁を解いた。
少女は、さっき床に置いた袋から、ラップに包んだおにぎりやパンなどを取り出して青年に渡した。
「ごめんね、これだけしか持ってこれなくて………」
「……………ううん、ありがと」
それを受け取る青年の手は、栄養失調のギリギリ手前といった辺りまで痩せこけている。申し訳なさそうに詫びる少女の髪をそっと撫で、彼は、野菜や肉を挟んだパンを口に入れた。
「お父さんには、気付かれてない?」
こく、と頷く少女。そっか、と穏やかに微笑む青年。
「何かほしいもの、ある?」
彼は、首を振る。穏やかに、切れ長の目に諦観を滲ませながら。
「―――――俺は、君さえいてくれれば、何もいらない」