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第1話 楽園の村

遠くに四十を過ぎて惑いを拭えず、五十にして天命を知った。我の天命は空想の世に浸る事也。


 ある朝、目覚めた男は違和感を覚えていたが、それでもそれが非現実だとは気付かなかった。思うことによってのみこの世が成立していることを考えると、あながちその男を責めることは叶わず、問題は皆がこの世と呼ぶ世界との接点だけかもしれない。

 そもそも現実とは何かをよく認識できない男にとっては、空想世界もまた現実なのかもしれず、現実・空想の境目となる基準が欲しいと男は思っていたのであった。大体が客観的にその基準を示せる人など存在しなく、多くの主観の集まりの多数決で現実が決まっているとすれば、少数意見も少しは分があるかもしれない。


 男の歩んだ人生は、波瀾万丈だったのか平凡だったのかわからないが、それも何をもって判断するのかわからない。それは幸せとはなにかを議論するに等しく、個という唯一の主観を持ったものが、よかれと思ったことが全てであるという甚だ我儘な結論に達するのみである。


 よって、男は社会というものに馴染めず、空想世界へと逃亡するのであるが、これを誰か評価できるのかと考えれば、それは難しいものであり、できるとすればそれは画期的な発見となるだろう。


 男は長い年月、社会との接点を探してきたが、価値観とよばれるものがほとんど一致せず、お金もいらない・名誉もいらない・愛もいらない・ないないづくしで欲しいものを探すのが大変だった。かといって感情がないかと言えば、それなりにあったのだろう。怒りもするし、悲しみもする。ただ寂しいという感情だけは記憶にない。


 空想世界に旅立つことが、ただ1つの望みである。


 心地よい風が家屋にそよぎ、少年は目を覚ました。日は未だ昇っておらず、かといって暗闇というわけでもなく、作業には十分な明るさだった。少年の与えられた仕事は、牛舎から牛を放牧することで、労力はほとんど必要なかった。牛舎の扉が開いて牛たちは我先にと駆け出して行った。牛たちは朝ごはんをたらふく食べると、決まった時間に牛舎に戻り、それぞれがバケツに乳を満たして、また牧草地へと向かう。乳搾りは必要なく、牛たちが勝手に乳を満たすので少年の仕事は極端に少ない。気候は1年を通して温暖で、寒さをしのぐだけなら牛舎は必要ないのだが、時折夜中に狼の遠吠えが聞こえる。少年はまだ狼を見たことはないのだが、父親の話によると怖い獣だと感じている。怖いといえば、少年には時折襲う得体のしれない恐怖感があった。果たして自分は生きているのだろうか?というチコに言ったら笑われるような恐怖だが、少年にはやはり怖いものだった。チコは少年の2こ下の妹で、よく懐いて今も傍らにいて話しかけてくる。

「ねえ、お兄ちゃん。私も牛さんとお話がしたーい」

「多分、いつかできるようになるよ」

 少年はいつの頃からか、牛と話すことができるようになった。それは他の村人にもできるものはおらず少年だけの特技であったが、それは牛が言葉を話すのではなく、想念の中だけのことだった。とはいえ、少年と牛との意思の疎通は完璧で、村中の誰もが少年は牛と話ができると信じていた。ここにも少年の悩みがあって、3年以前の記憶が皆無といっていいほどなく、牛との意思の疎通がいつの頃からか思い出すことが出来なかった。2年前の記憶もおぼろで、このことが生きているのか?という疑問に繋がっているようだった。そして記憶の薄い原因は全くもって見当もつかなかった。


「おーい、シン。今日狼探検に行こうぜ」

そう言うのは、それほど仲がいいというわけではなかったが、幼馴染で2歳上のギンという少年だった。この村には寺子屋風の学校が1つあるだけで、生徒も数えるほどしかいなかったから皆が遊び友達で、今日は何をしようかと考えるのが楽しみでもあり、日課でもあった。幼いといえども皆仕事は言いつけられていたが、遊びに支障のある仕事を持っている子供はいなく、一日の大半が遊びに費やされていた。それは大人も同じで働かねば生活できない家庭はなく、悩みといえば一日を何に使おうかという至極平和な悩みであった。牛などの家畜は自分で自分の世話をするし、畑の作物は手入れをしなくとも整然と成長しているのであった。暇な大人は、作物を干したりして加工食品を作ったりしているが、それの評判はそれほどいいわけでなく、素材のままの方がおいしいというのが多くの人の好みであった。家畜を食べるという習慣もなく、狩りもしないから肉を口にすることはほとんどなく、そのせいなのか村には争い事がほとんどなかった。村人たちの僅かな悩みは獣害で、狼に牛が襲われたりイノシシに畑を荒らされたりすることだったが、それも2、3年に1回くらいのもので、実害とよべるほどの悩みではなかった。


 家畜は牛と鶏がほとんどだが、それらの知能は高いらしく家畜というよりは共存動物といった方が適当かもしれず、どちらかといわなくても恩得に与かっているのは人のようである。知能の高さでは、ペットの犬が最も秀でていて、よく人が教わることがあると村人たちの先生役にもなっている。人以外は言葉を話せないのだが、簡単な道具なら扱えるようで牛は自分でバケツを用意するし、鶏も卵の受け皿を用意する。犬は首輪を嫌って、首輪をしても自分で首輪を外してしまうから誰も首輪をかけようとしない。


「おーい、ヘイさん、将棋でもやろうかね」

「そだな、やることもないし…」

このように穏やかといえば穏やか、退屈といえば退屈の日常が繰り返されていたが、村人たちには、これが平和であるとは認識できなかった。比べるものがないのだから仕方がないが、そもそも平和とか剣呑とか基準があっても判断しづらいのだから、尚更基準、即ち比べる対象が少ないか無ければ、これが究極の平和なのかもしれない。

 時々、村に旅人が寄ることもあるが、その人たちの話は面白く、まるでおとぎ話を聞いているようだと大人は話しているが、この村の人で外に旅した人がいないのだからこれまた比べるものがないのだろう。旅人の話は実感が伴わず、この村とは無縁のものだと思っているようだ。隣の村も何処にあるのかわからず、この世界はこの村だけかもしれないが、旅人がいるということは、やはり何処かに別な村があるのだろう。でも学校の先生は別な村のことを教えてくれず、現実はこの村が全てといっても何も困りはしない。シンは知らなきゃ無いのと同じだと思うことにしている。でも狼は見たことは無いが、遠吠えは聞いているし、大人の話にもでてくるから現実なのだろう。

 ギンがその狼を探しに今夜探検に行こうと誘っているが、シンにとってはあまり興味がなかった。そこに狼がいると確認したところで何が面白いのだろうと思う。ただ1つ、狼と意思の疎通がとれるかは試してみたかったが、お前を喰いたいと言われたらどうしようかと思ってしまう。でもそれもあまり怖いとは思わない。怖いのは得体のしれない恐怖で、恐怖の対象がわかっていればその分だけの怖さで済むが、恐怖の対象がわからなければ、どのくらい怖いのか見当もつかない。例えて言えば、底の無いそしてどのくらい混沌としているかわからない坩堝の中に投げ込まれたようなものだ。でも、この村には坩堝が無い。シンは何故坩堝を知っているのか自分でもわからなかった。学校でも、知らないはずのものを知っている時がある。子供たちは無邪気に“凄~い”と言ってくれるが、先生はそうはいかない。何故そんなことを知っているのかと問い詰められたり、説教にまで発展したりすることがある。そういわれても、当のシンが理由を持っていないのだから答えようもない。


「シン、暗くなったら出発だ」

「何人で行くの?」

「5人になった。他のやつらは怖いってさ」

「ところで、狼さんたちの居場所はわかるの?」

「シバを入れて3匹の犬も連れて行く」

シバはシンの愛犬である。小さなシバが傷ついて狼の群れから逸れたのをシンが介抱して育ててきたのだ。だから愛犬というより愛狼かもしれない。シバとはようやく会話ができるようになっていた。

「シバの了解はとったの?」

「お前がとるのさ」

「シバが言うには行かない方がいいって」

「なんだシン、怖気づいたのか」

「そうじゃないけど、戻ってこられないってシバが言ってるよ」

「どゆこと?」

「わからないけど」

「それなら行くったら行くんだ」


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