第1話
ルエラは柚月を王妃のもとへ送り届けたあと、急いで分析室へ向かった。
部屋を覗くと、魯庵が大写しになった璃空の瞳の写真を眺めている。
「どう?」
「大丈夫そうですね。そんなに複雑なものではありません」
「そう、ならとりあえず貴方にまかせるわ。でも、出来上がったら私に見せてね」
「わかりました」
そのあと魯庵は1人、分析室で解析を始める。途中に1度フェイクがあったが、それも易々と通り抜けてどんどん解析を続け、パソコンにデータを打ち込みつつ、紙に魔法文字を書きつづっていった。
時計の日付が変わる頃、誰かが入って来る気配がしてふと振り向く。そこには湯気の立ったマグカップをふたつ持った柚月がいた。
「ご苦労様です。あったかいスープを入れてきたの。少し休みませんか?」
魯庵は「もうこんな時間ですか」といいながら立ち上がり、少し伸びをして柚月がカップを置いてくれた机へと移動した。
「眠れませんか?」
「そうね、あんまり身体を動かしていないからかな。手塚リーダーに睡眠を削らないように言われてるのにね」
言いながら苦笑いする柚月。身体の疲れのせいではなく、璃空のことが心配で、そちらが原因だと言うのは本人も十分承知しているようだ。
魯庵の向かいに座っていた柚月は、自分用に入れたスープを一口飲んで、ふと気づいたというように聞いた。
「貴方たちはあまり寝なくても大丈夫なのよね? どれくらい起きていられるの?」
「そうですね、それこそ身体の疲れ具合にもよりますが…1日が24時間だとすると、30分もぐっすり寝れば」
「そんなに短くていいの?」
驚く柚月に、ちょっといたずらっぽく言う。
「まあ、心配事があるときは眠れない日もありますよ。そういうときは徹夜ですが」
柚月はちょっと顔を赤らめて、
「もう、からかわないで」
とすねたように言った。やはり璃空の身を案じて眠れないようだ。
しかし、明日は柚月に一番大変な仕事をしてもらわなければならない。体力はもとより、精神的にも良い状態で望んで欲しい。ふと思いついた魯庵は柚月に言う。
「柚月さん、まだスープは残っていますよね」
「? ええ」
「それでは」
魯庵はどこからかみずみずしいハーブを取り出す。見かけはミントのようだが香りは違っている。それを何かを唱えながら柚月のカップに入れた。
「これでよし。今のは安眠効果のあるハーブです。これを部屋にもって帰って飲んで下さい。今飲むとここで寝てしまうかもしれませんので。よく寝て、すっきり目覚めて下さい。指揮官を必ず取り戻せるように」
柚月はハッと息をのんで顔を伏せた。しばらくそうしていたが、次に顔を上げたとき、彼女の顔にはみなぎるような決意が表れていた。
「そうですね。ぐっすり寝て、必ず璃空と一緒に帰って来ましょう。ありがとう。……ふふ」
「?」
「やっぱり第1チームのメンバーは最高ですね。よく璃空がそう話してくれるの」
魯庵は思いがけないひとことに、少し照れたように微笑んだ。
「そんなことを聞いたら、頑張らざるを得ないじゃありませんか。まったく、貴女といい指揮官といい」
「なんでしょう?」
「人を乗せるのが上手すぎます」
「プッ」
柚月は思わず吹き出す。魯庵も楽しそうに笑いだす。そのあと柚月は、ありがとうと、おやすみなさいを言うと、マグカップを大事そうに抱えて部屋を出て行った。
入れ違いにルエラが入って来る。入り口を振り返りながら、
「今、柚月さんと擦れ違ったわ」
そう言いながら、腕を組んで魯庵をまじまじと見つめている。
「何か?」
「安眠ハーブとハッピードリームの呪文……貴方って意外とロマンチストだったのね」
「意外はないでしょう? 悪魔がロマンチストなのはあたりまえです」
「あら? それはごめんなさい。で、首尾はいかが?」
ルエラは魯庵の立ち上げたパソコンを覗き込むようにして聞いた。
「あと少しです。このぶんなら明日の朝には出来上がりそうですね。ところでリーダーは?」
「もうぐっすりお休みよ。部下に睡眠を削るなって言っておいて、自分はそれを守らないんじゃ示しがつかない、って言うより~」
ルエラはちょっと胸を張って、
「率先して手本を示すような人なのよ~マイダーリンは。さっすが私の最愛の人!」
などと言う。あきれてその様子を見ながら。
こんな軽いノリの人が伝説の魔女だなんて、不思議で仕方がない魯庵だった。




