第1話
璃空がこちらの次元に連れ込まれて、まだほんの数時間。
それが今は、こちらの戦闘服に身をつつみ、武器の確認をしている。
その様子を見ていた王妃が感慨深げに言う。
「久しぶりにそのコスチュームを見ました。今となっては懐かしい、などと言うと叱られますね。けれど貴方はやはりリリアの忘れ形見、本当によく似ていらっしゃる。昔、姉がふざけて父の戦闘服を着てひどく怒られたのを覚えています。こうしているとリリアが戦闘に行くようで…」
そこまで言って言葉に詰まる王妃。
璃空はそんな王妃の手をとり、ひざまずいて彼女の手の甲に唇をつけて言う。
「しばらく彼らを貴女にあずけます。俺は必ず帰って来ますので、くれぐれも彼らのことをよろしくお願いします」
「承知しました。大切にいたします」
王宮を出たふたりは、裏道から、車のような乗り物で数分移動したところにそびえる壁までたどり着いた。車を降りると、ダフネはボフンッと白煙をあげて小さなサイズになり、すうっと姿を消した。
「消えることが出来るなら、一人で行けば良いだろう」
璃空は嫌味のつもりで言ったのだが、ダフネはこたえる様子もない。少し笑ったような声で、さらりと言い放った。
「国王を連れ帰る時に案内役がいるでしょう?」
「俺は案内役、兼、国王の楯か」
「よくおわかりで。さて、では扉を開けますよ」
ダフネの声のする方を見ると文字の書かれたパネルがある。そのいくつかが勝手にチカチカ光ったかと思うと、目の前の壁がズズ…と開いていく。
璃空はため息を一つ落として心を平常に戻し、ダフネに「行くぞ」と声をかけ、壁の向こうへと歩き出して行った。
その頃…
王妃の部屋ではとんでもない事が起こっていた。
璃空から預かった鏡がガタガタと揺れ出し、その表面にさざ波が立ちだしたのだ。そうしてその揺れは、やがてうねりのようになっていった。
「あ…あ、どうしたのでしょう。だれか止められないですか…」
王妃が言うが、部屋にいる側近たちもただオロオロするばかり。
そうしてグニャグニャになった鏡から光が漏れ出したかと思うと、ゴォンっと音がして何かが飛び出した。
「あいたたた…」
「大丈夫ですか?ルエラ……あ!」
「どうしたの?あっ成功したのね!良かったー」
なんと、ルエラと魯庵の二人が、鏡の中から抜け出て床にころがっていたのだ。
これには、そこにいたすべての人間が声も出せずに驚くばかり。
ようやく立ち直った王妃がルエラに声をかけた。
「なぜ、なぜ出てこられたのです?ダフネは何ヶ月もかかると言っていたのに…」
ルエラはなぜかそれには答えず、ふふっと笑っているだけなので、代わりに魯庵が説明した。
「ルエラが鏡の成分を分析したのです。ダフネがさきほど、彼女を伝説の魔女と言っていたでしょう? 普通なら何ヶ月もかかる事柄も、彼女の手にかかればご覧の通りです」
「すごい…すごいです。あなたはなんと素晴らしい方なの」
「ええっと、そんなにすごいことではないんですよ。ちょっと鏡を削っていろんな反応を調べて…チョイチョイっとね」
ルエラは珍しく、少し照れくさそうに王妃に答えている。
「それにね、成功したのは魯庵くんのおかげなの。とにかく彼ったら、ありとあらゆるものを持って来てるんですもの。あれないかなー?って言えば、はい。これが必要、って言えば、はい、ってね。貴方なんでそんなに色々持ってるの?」
すると魯庵はしれっとした顔で言う。
「心配性なもので」
ルエラは可笑しそうに魯庵を睨んでいたが、すぐ真剣な顔になって聞いた。
「新行内くんは?もう壁の向こうへ行ってしまったのですか?」
「はい、たぶんもう超えてしまったと思います」
シルヴァも真剣な表情で答える。
「わかりました。それなら、魯庵、すぐに新行内くんの後を…」
言い出すルエラをさえぎって魯庵が言う。
「まず、次元のあちら側へ戻ってバリヤの何隊かをこちらに寄越してもらいます。指揮官を追うのはその後です」
「え?でも」
「大丈夫です。指揮官が自分一人で充分だと言っていたのですから。心配なのはダフネが言っていたアンドロイドの制御の方です。もしそんな事が可能なら、彼はもしかしたら」
そう言って深刻に考え込む魯庵。
「どうしたの?」
「彼、いや彼と国王はこちらの世界だけではなく、今私たちが暮らしている、あちらの世界をも視野に入れているのかもしれない」
「!」
「!」
ルエラと王妃は驚いて顔を見合わせる。
「ですから、制御装置が起動した後にも対応できる体制で行かなければなりません」
「そうね、わかったわ」
ルエラは壁の向こうに行けないとわかって、少し残念そうだったが、すぐに王妃に向き直って言う。
「今聞いたとおりです、王妃。私たちは一刻も早く、私たちの仲間を連れてこなければなりません。協力して下さいますね?」
「当然です」
王妃は側近に向き直ると、凜とした声で言った。
「貴方たち!急いでこの方たちを次元の狭間へ連れて行って差し上げなさい。それから、ダフネが以前に引き込んだ人たちもすべて」
「はい。どうぞこちらへ」
ルエラと魯庵の二人は、王宮から王妃の側近に連れられて、次元の出口へと向かったのだった。




