第1話
「う…ん」
ここは、どこだろう。ずいぶんまぶしいが。璃空はぼんやりする頭を少し動かして記憶をたどっていく。
確かスポットでの戦闘中に触手のようなものが現れて、――ああそうか。それに捕まって次元の向こうに引き込まれたのだった。
それにしても、今寝かされているのは心地よい寝台だ。捕虜にしては破格の扱いである。
璃空は身体に何か異常がないか確かめながら、ゆっくりと起き上がった。
「気が付かれましたか?」
いきなり声をかけられたので、思わず身構える。
けれどその声の持ち主は、ふうわりとしたドレスをまとった年配の女性だった。璃空は少しホッとして戦闘態勢を解いた。
ただ、彼女はその細い腕や華奢なからだつきには似つかわしくないような、力強い目の輝きを放っている。威圧するようなその瞳は璃空を試しているようだ。けれど璃空は、理不尽な抑圧などものともせず、静かに凪いだ目で彼女を見つめ返した。
しばらくして、ふっと璃空から視線を外したその女性が、目を伏せてなぜかとても嬉しそうな笑顔を見せる。
「さすがは我が姉の血を引くお方。動揺のかけらもない」
「?」
「はじめまして、わたくしはこの国の王妃、シルヴァと申します。無礼な方法で貴方をこちらへ引き込んでしまったこと、深くお詫びいたします」
そう言いながら深々と頭を下げる王妃。
王妃と聞き、またこちらに危害を加える様子のない女性に、璃空は少し慌ててベッドを降り、片膝をついて挨拶した。
「こちらの方こそ、王妃と知らずとは言え殺気を向けたこと、失礼しました。わたくしは次元の向こうより来ました、と今は言わせていただきます。新行内 璃空と申します」
「ホホ…、なんと礼儀正しいこと、ますます嬉しくなるわね。まあそんなに堅苦しくしないで。どうぞそこへお座りなさい」
指し示す先には、豪華なソファとテーブルが置かれている。
あらためて見回してみると、部屋の作りも装飾も、璃空が住んでいるマンションとはかけ離れて豪華だ。どうやらここは彼女が住む王宮の中の一室らしい。
勧められたソファへ向かう真向かいに大きなマントルピースがあり、その上にはいくつかの写真が並べられている。何気なくそれに目をやった璃空は、その中に知っている顔を見つけて思わず声を漏らす。
「母…さん?」
そう、そこには璃空を産んで一年ほどで亡くなったと聞かされている、写真でしか知らない母親の姿があった。並んで写るのは、若い頃の王妃だろうか。
あまりのことに、その場で動けなくなった璃空を、優しげなまなざしで見つめる王妃。
その時、バタンと扉が開く。現れたのは、女性に支えられながら杖をつき、慌てた様子で入ってきた老婦人だった。
「おおー!おおー!」
その人は璃空を一目見るなり感嘆の声を上げ、思いも寄らない事を言い出した。
「まあなんと大きくなられて!よーく顔を見せて下さいまし。ああ~、やはりよく似ておられる。目のあたりなどリリアさまにそっくりで」
リリアと言うのは璃空の母親の名前である。
なぜこの人は母の名を知っているのか?
なぜここに若い頃の王妃と写っている母の写真があるのか?
老婦人は涙を流しながら璃空に抱きつく。もう璃空は訳もわからずなすがままだった。
「はいはい、乳母さま。感動の対面はそれくらいにして、離してお上げなさい。ゆっくり説明も出来ないじゃありませんか」
おかしそうに言う王妃はそのあと、璃空と泣きじゃくる乳母と呼ばれた人をソファに座らせて、ルエラたちが街で聞いたものと同じ話を璃空に語って聞かせたのだった。