第3話
それより少し前。
魯庵とルエラを乗せた鏡が、シュルシュルと音をたてながら床を滑って止まる。
そのあと、鏡がカタンと揺れる。すると、誰もいないはずの空中から小さな声がした。
「どうやら誰もいないようですね、ルエラ」
「そうね。あちらからは同じ所へ帰るように見えるけど、どうも入り口と出口とは違うようだわ。私は元に戻るけど、貴方は姿を消したままでいて」
「わかりました」
直後、ボウンと白煙が上がり、人の姿に戻ったルエラが現れた。シンプルなシャツとジーンズ姿だ。
以前転送されてきた画像に写る女性たちの服装は、あちらの次元とほぼ同じようなものばかりだったので、これなら目立たずに中を歩き回れる。ルエラは鏡を拾い上げてボディバッグに入れると、姿を消したままの魯庵を伴って薄暗い通路を歩き出した。
通路の先には動く歩道のようなベルトコンベアがあり、今は止まっている。その先は工場へと続いているのだろう、遠くにある入り口から灯りが漏れていた。
ルエラは音もなくベルトコンベアの横を歩いて入り口までたどり着き、中の様子をそっとうかがう。
中は、奥行きはないものの、左右にかなり長い作りの建物のようだ。
右側を見ると、円い板に乗った充電中のロボットがずらっと並んでいる。反対側に顔をめぐらせると、破壊を免れ負傷?したロボットが台に寝かされている。どうやら修理を待っているようだ。
それらを乗せた台が少しずつ移動して、ロボットアームが忙しく動きまわり、ジジッと言う音もしている。
そのもうひとつ向こうに女性が何人かいて、修理の終わったロボットの点検作業をしているのが見えた。ルエラは完全に気配を消して点検作業をするあたりまで移動する。
そうして、あたかもずっとそこにいたかのように気配をあらわした。
「見かけない顔ね、新人さん?」
隣で作業をしていた若い女性が聞いてくる。
「ええ、今日来たばかり…です」
「そう、わからない事かあったら遠慮無く聞いてね」
「あ、あの…」
「?なに?」
「その、緊張しちゃったらトイレに行きたくて。でも場所をちゃんと覚えてないから我慢してたの~」
するとその女性はぽかんとした顔を思い切り笑顔にして、教えてくれた。
「えーっとね、あんたの真後ろにドアがあるでしょ。そこを出て左へ行くとあるわ」
「ひだり、左ね。右じゃなくて」
「そ、右へ行くと外へ出ちゃうわよ、気をつけて」
「わかりました、ありがとう!ちょっと行ってきてもいい?」
「あったりまえよ。早く行きなさい」
そう言って、クスクス笑いながら手をひらひらさせる。ルエラはちょっと頭を下げてドアから出て行った。
パタンと扉を閉めて、迷いなく右へと進む。突き当たりにまたドアがあり、開けると彼女が教えてくれたとおり、工場の外へ出ることができた。
「なんだか拍子抜けするくらい簡単ね」
「貴方が上手なんですよ」
うまく工場を抜け出してからは森や野原が続き、それでも少し歩くと街に着いた。
石造りの町並みにはあらゆる店が軒を連ねている。そして露天の市場には、見たこともないはずなのに、どこかで見たようなような野菜や果物。
見上げると少し離れたところに、高い棟がそびえている。どうやら王宮のようだ。
戦場のスポットとは打って変わって、街の中は見たところ平和そのものだった。
活気にあふれる街は、それでも以前に画像で見たとおり、ほぼ女性と年配の男性が少し。
「感じとしては、おとぎ話に出てくる街のようですね」
「そうね。こんなに賑やかで、穏やかで、ゆったりしているのに…」
「なぜロボットなど送り込んでくるのか?」
「若い男性がいないことに関係しているのかしら」
ほとんど聞き取れないような声で話す二人。
その上ルエラは完璧に街の空気にとけ込んでいる。
「奥さん、今日はRINがもぎたてで新鮮だよ。買って行きなよ」
「ありがとう、でもこの間買ったばかりだから、また今度ね」
「そうかい?またおいでよ」
「ええ」
市場のおかみさんたちが、何の疑いもなく声をかけていく。
魯庵はそれが不思議で「何か術を使われましたか?」と、思わず聞いた。
しかしルエラは首を振ってクスクス笑いながら言う。
「私の顔ってどこにでもある平凡なつくりだからよ」
「いえいえ、ご謙遜を」
魯庵が言うとおり、ルエラは整った顔立ちでかなりの美人だ。人間の男ならほとんどが振りかえるのではないかと思われるほど。それなのに、ここの女性たちから嫉妬心も起こさせず、包み込むように彼女のペースに巻き込んでしまう。
そんな彼女が世間話のように聞いた会話をつなげていったところ、少しずつこの世界のことがわかってきた。