第3話
「ところで、昨日のメールの内容がうちのにばれちまってね。と言うか、隠せるわけがねえんだよなー。で、ちょっとややこしいことになってるんだ」
手塚が言う(うちの)と言うのは手塚リーダー婦人、ルエラ・手塚の事だ。
なぜメールの内容が隠せないかというと、彼女は魯庵とおなじ異界の魔女なのだ。勘が鋭く、昨日もちょっとした手塚の変化に気が付いて詰め寄られたらしい。
「悪魔が絡んでいると聞いて、向こうの世界に興味津々。自分があっちの世界へ行って真相を確かめると言い出しやがった」
「相変わらず無鉄砲ですね、ルエラさんは」
璃空は苦笑しながら言う。手塚リーダーは「笑い事じゃないぜ」とか言いながら、こちらも苦笑して続きを話し出した。
「それでお前に頼みがあるんだが」
「魯庵、ですか?」
「ああ。第1チームの貴重な戦力を欠けさせるのは、心苦しいんだが。白川をしばらく貸して欲しい」
「わかりました。かわりに魯庵に向こうの世界に行ってもらうんですね。彼も悪魔がなぜエスに加担しているのか不思議に思っていたようなので、たぶん大丈夫だと思います。あとで本人に確認してみます」
手塚はホッとしたような顔をしたが、まだ何か言いたいことがあるようだ。しかし珍しく言いよどんでいる。
「?」
璃空が怪訝な顔をしていると、
「あのな、本当に悪いんだが、向こうに行くのは白川だけじゃないんだ」
「‥‥まさか?」
「そのまさかだよ。言いだしたら聞かないんだよ、うちの奥さんは」
璃空のチームに悪魔の魯庵がいることは、ルエラも知っている。
リーダーはさんざん魯庵に任せろと説得したらしいが、女性の多いらしい向こうの世界には、同じ女性である自分が行った方が話を聞き出しやすいから、と主張を曲げないらしい。
「本当に‥‥。お前は一般市民だから危ないことはさせられないんだと言っても、『あら?私はバリヤチーム総括リーダーの妻よ。そこらの一般人と一緒にしてもらっちゃ困るわね』とか言いやがって、らちがあかない」
手塚は疲れた顔でため息をつく。
魯庵のように日常的に訓練を受けているものならともかく、いくらルエラが魔女であるとは言え、訳のわからない世界へ彼女を送り込むのは相当心配なのだろう。
「そういうことなら、魯庵には必ず行ってもらうことにしますよ」
璃空は少しでも手塚の不安が解消出来るよう、努めて明るい声で言った。
「失礼します」
ちょうど話がとぎれるタイミングをはかったようにドアが開く。柚月がトレイにカップをふたつ乗せてあらわれた。そのままこちらへやって来ると、
「どうぞ」
と言いながら、手塚と璃空の前に珈琲を置いた。
「こんな奴にお茶はいらないって言ったぜぇ?」
「ええ、お茶は入れてませんわ。これは珈琲です」
当然のことをしらじらしく言う柚月に、はじけるように笑い出す手塚。
「あっはは、こりゃ一本とられたな。ま、いいか。今澤くんの美味い珈琲でも飲みながら、対策を考えるとするか」
そういう手塚の顔には、さっきまでの疲れた表情はもう見えなかった。
璃空は手塚の切り替えの早さもさることながら、彼を笑顔にするきっかけを作った柚月を、これはわざとなのか天然なのかと、思わず考えてしまいながら長いこと彼女を見つめ、手塚に冷やかされることになったのだった。